1.はじめに

 

1999年初夏、ニューヨークを訪ねた機会に、ロン・ハワードの処女作『バニシングIN TURBO』のビデオを買おうと、ブロードウェイに面したビデオショップに入った時のこと。店内を探しながら、迂闊にもうっかり“Grand Theft Auto”という原題をど忘れしてしまい、どう探していいかわからず弱っていたとき、若い男性店員が「何かお困りか?」と声をかけてきた。

「探している映画のタイトルを忘れてしまったんだ。ロン・ハワードの映画なんだけど・・・」と言ったところ、その若い店員の返事に驚かされたのを覚えている。なんと「ロン・ハワード・・・俳優で出ている映画? それとも監督作品?」と言ってきたのだ。

「えっ?」と思わずにいられなかった。いまさら、ロン・ハワードといえば押しも押されもせぬ大監督であり、大ヒットメーカー。いまだに「俳優」としてのロン・ハワードをイメージすることなどあり得るのだろうか。もちろん、「監督作品だよ」と言い、「車の追っかけを描いたデビュー作」と伝えると、「ああ、わかった!」と、ほどなく探し当ててくれたのだった(後から思い出したのだが、『バニシングIN TURBO』はロン・ハワードの俳優としての「主演」作品でもあったのだ)。

 実際、ロン・ハワードのフィルモグラフィーを調べていると、監督作品以上に、俳優としての作品数がやたらに多い。一般的にすぐ思いつく映画への出演作品としては『アメリカン・グラフィティ』(ジョージ・ルーカス 1973)だろうが、合衆国では何しろ子役時代のTVシリーズ『アンディ・グリフィス・ショー』(19601968)でのオピー・テイラー役、そして『ハッピー・デイズ』(19741980)のリチー・カニンガム役での認知度が抜群だ。いずれも、品行方正で理想的なナイス・アメリカン・ボーイといった設定。アメリカ人にとって、ロン・ハワードという人物に対する、これらの役柄でのイメージの強さは、我々日本人の想像以上である。

 そのせいか、これら俳優時代にハワードの体に刻み込まれた「傾向」とも言うべきものは、確実にその後の監督作品にも受け継がれているといっていい。先に挙げた2つの大ヒットTVシリーズで、合衆国の暖かなファミリーライフの一員を演じ続けたことは、ハワードが監督としてのデビュー以来、一貫して家族のあり方を追求し続けていることと無関係ではないだろう。特にハワードが「家族」を主要なテーマにした作品を撮るときに、『スプラッシュ』以来、必ず起用し続ける脚本化コンビ、ローウェル・ガンツとババルー・マンデルは、もともと『ハッピー・デイズ』のライター・チームである。

 そして、俳優としてのロン・ハワードを語るうえで、決して欠かせない作品であり、ジョン・ウェインの遺作となった『ラスト・シューティスト』(ドン・シーゲル 1976)では、ウェインに人生哲学を学ぶ、ローレン・バコールの息子役を演じるという特権的な経験を得る。さらにこの映画には、彼らを導く牧師役としてジェームズ・スチュワートも出演しており、ウェインとバコール、そしてスチュワートなどという、往年のハリウッドそのもののような大スターに囲まれて映画を作った経歴は、ジョン・フォードやハワード・ホークス、そしてフランク・キャプラの記憶を、ロン・ハワードの作品の中で無理なく結びつける。

 そして『アメリカン・グラフィティ』で、ジョージ・ルーカスの演出を受けたことは、当然ながら後に『ウィロー』をルーカスのプロデュースのもとに撮るきっかけとなるだろうし、何よりルーカス仕込みのファンタジックなテイストは、まず『コクーン』に結実することだろう。さらにいえば、『コクーン』はスティーブン・スピルバーグの『E..』(1983)からのエコーと見なすことだって可能ではないか。いや、それ以前に『バニシングIN TURBO』という、ひたすらに車のレースを描いた作品でデビューを飾るというのは、やはり自動車に対する偏愛を隠さないジョージ・ルーカスからの影響・・・とまで言い切る根拠は希薄だが、少なくとも共通する資質(趣味)を持っていることは否めないはずだ。

 

 こうしてみると、ロン・ハワードというのは、優れて学びの人であることがわかる。ハワードは6歳で芸能界入りして以来、その周囲からの映画的影響をじっくりと満遍なく、きわめて自然に、しかも現場感覚で吸収してきたのだ。そのことは軽々と傑作を撮ってしまう、スピルバーグの天才性とは違うし、きっと浴びるほど映画を見てきたに違いない、ジェームズ・キャメロンやロバート・ゼメキス、そして世代を少し超えてクエンティン・タランティーノに見られるような、シネフィル的で執拗な細部へのこだわりとも無縁である。もちろんフランシス・コッポラのような、破滅的ともいえる巨匠性とはさらに無関係だ。

ロン・ハワード作品にある、独特の心地よさとは、世紀の大作を見させられるような緊張感などかけらもないということだ。かわりにあるのは、昔のアメリカ映画はきっとこんないい映画がたくさんあったんだろうなという、ほのかに香るノスタルジックな充実感である。『風と共に去りぬ』(ヴィクター・フレミング 1938)や『ベン・ハー』(ウィリアム・ワイラー 1959)級の、4時間の超大作を作ってしまうようなことはないだろう。同世代なら『タイタニック』(ジェームズ・キャメロン 1997)や『ロード・オブ・ザ・リング』(ピーター・ジャクソン 20012003)のような、極端な大予算作品を作る帝王的野心からも、遠く離れている。あくまでも、私たちにとって等身大の物語を語る。その人なつっこさが、ロン・ハワードの魅力の焦点だ。

もしかしたら、やはり同世代のロバート・ゼメキスが、最もハワードの作風に近いのかしれない。『ロマンシング・ストーン/秘宝の谷』(1984)や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)のような、小ぶりの、けれど充実した作品はロン・ハワードが手がけてもおかしくないタイプの作品だ。しかし、『フォレスト・ガンプ』(1994)や『コンタクト』(1997)などでゼメキスが広げたように、アメリカ全土や宇宙空間を一気に把握したり、長い歴史を横断していくような、時間的・空間的な膨張はロン・ハワードの傾向とは異なってくる。ハワードの物語は必ず家庭や、自分の住む町といった、自らのコミュニティの中で完結していくものなのだ。

ハワードの最も大規模な作品と言ってよい、『アポロ13』の乗組員はどうだろうか。この映画での宇宙飛行士たちは、合衆国を背負っている気配など微塵もなく、家族という最小ユニットのみが念頭にある。だから、ハワードは間違っても(たとえばスタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』(1968)がそうであったように)、アポロ13号を宇宙空間からの神の目線から映すような構図を選択せず、あくまでも人間の側からとらえるのである。そこにあるのは、機内から見る地球の姿であり、宇宙に出ようという幼い頃からの夢である。そして、このプロジェクト・チームで宇宙に乗り出したことの喜びであり、家族のもとに生還しようという執念と、帰ってきてほしいと願う肉親の心情だ。その過程において、フィリップ・カウフマンの『ライト・スタッフ』(1983)のように、成層圏を超えた世界に、人知を突き抜けた体験が彼らを待ちうけているわけではない。そんなスピリチュアルな表現が似つかわしくないのが、ロン・ハワードの作風である。

 

 ハワード・ホークスやジョン・フォード、フランク・キャプラ、ジョージ・キューカーといった、往年の巨匠たちが毎年のように新作を出していたようなハリウッドの黄金時代。そんな映画のグローリー・デイズに生まれ損ねた、後れた世代の映画好きとしては、ロン・ハワードの映画にこそ、自分が見そびれた、かつてのハリウッドの香りを感じさせられる。それは週末の夜、気軽に近所の劇場に出かけて行って、ポップコーンとソーダを両手に(願わくはガール・フレンドと一緒に)楽しむ、きわめて健全な娯楽としての映画だ。

そうかといって、人畜無害の、毒にも薬にもならぬ映画だというのでなく、ロン・ハワードの作品は、オールド・ハリウッドの香りを受け継ぎつつ、しかも現代のタイクーンと言えるスピルバーグ的な冒険性と、スペクタクル感覚もまた、兼ね備えている。それこそが、ハワードが本質的な何かを天才的に備えた映画監督であるというよりは、むしろ吸収の人であるという所以である。

その意味で、ロン・ハワードはまた技術の人でもある。凝ったSFXや、複雑なCG、奇抜なアングルや、超絶技巧のカメラワークで度肝を抜くような真似はめったにしないが、その気になればいつでも高度なSFXだって駆使してみせる(『ウィロー』、『グリンチ』など)、カメラなど自由自在に動かしてみせる(『アポロ13』、『ビューティフル・マインド』など)、どんなようにもフィルムをつなげてみせる(『ザ・ペーパー』、『身代金』など)といった、圧倒的な映画的語彙がそれを証明している。

そうしたもろもろの中には、これこそロン・ハワードのタッチだ、といえるような突出した何かを見つけ出すことは難しい。ハワードの映画にあっては、その時その時の物語を語る方便として、最もふさわしいやり方が選び取られているにすぎず、技術が先行するようなことは決してない。

 

おそらく、ロン・ハワードにとって、最も高度な技巧を要求した作品の一つであろう、『バックドラフト』クライマックスの大火災シーンにおいても、基本的には固定のカメラによってとらえられた炎の動きひとつひとつと、その中を動き回る人物の動きを交互に編集することだけで、空前のスペクタクルを作っている。火炎が噴き上るタイミングをコントロールし、爆風の方向をきちんと計算しつつ、しかも人物の位置関係を混乱させることなく、このパニック・シーンを撮るのは、驚くべき超絶技巧のはずだ。カメラワークと編集作業の見事なコンビネーションである。

こんな離れ業が可能なのは、ハワードのカメラが、常に動きの中心を的確にとらえているからだ。不用意にカメラを振り回したり、細かくカットを割って混乱させたりといった、がさつな映画作りなど絶対にしない。起こっていることを、じっくりと落ち着いて見せることで、いままさに語られつつある物語をごく自然に飲み込ませてくれる。強いて言うならば、それがロン・ハワードのタッチというべきだろう。

『バックドラフト』のこのシーンでの最重要事項は、やはり技術を見せることよりも、物語展開である。うっかりすると火災のものすごさに目を奪われがちで、実際、ユニバーサル・スタジオの目玉アトラクションの1つにも流用されているほどの大スペクタクルだ。けれど、観客の興味としては、物語の核となる主人公の兄弟の運命(生死などでなく、家族間の葛藤の克服だ)の方であり、大火災はその背景といっていいはずだ。この映画を見る者は、極限状態を体験しながら、その緊張感に心を奪われ、その真只中で回復される兄弟関係のドラマに胸を打たれる。それは物語に奉仕するための、理想的なSFXの活用ではないだろうか。

 

もうひとつ例をあげておくと、たとえば『シンデレラマン』のファイトを見ながら、この考え抜かれたカメラワークを気にする観客などいるのだろうか。つまるところ、そうした技術のことを考えさせない技術というのが、ロン・ハワードの腕の冴えである。

この映画でも、主人公がチャンピオン・ベルトを獲得できるか否かという状況を設定し、強烈なテンションを観客に強いる。しかしその実、物語として一番重要な部分であり、映画全体として観客が感じるはずの興味の中心は、主人公とその家族の末永い幸せが保障されるのかどうかといったことである。そして、ロン・ハワードはそれまでの語りにおいて、そうなるよう観客の気持ちを巧みに誘導している。どういうことかというと、この試合においては、主人公の勝敗はむしろ二の次であり、それどころか生死がかかっているのだという状況設定を、そこまでのストーリーで描きあげてあったということだ。(とはいえ、おそらく主人公自身は、目の前の勝利に夢中なのだろうと思われるところが、また複雑な視点を映画に与えているのだが)

このように、ロン・ハワードにおいては、火災の鎮火や、試合の勝敗といった、その場限りの結果論的なエピソードは、場の緊張を高めるための手段にすぎない。その実、彼が見据えているのは、その結果から生じるであろう物語の行方である。

このように、先人に学んだとおぼしき作風を背景に、映画作りにおける最高の技術を選択しつつ、最上の物語を語ること。しかし、それこそが、かつての職業的な映画作家であるジョン・フォードやハワード・ホークスらの資質だったのではないだろうか。

現在最高の映画の語り部の一人として、ロン・ハワードが物語をどのように語っているかについて考えること、そして、彼の映画から見えてくる表現の数々にはどんなものがあるのか。そうした作業の総和から、以下にロン・ハワード作品の魅力を、個々に浮き彫りにしていきたいと思う。

 

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