7.『ガン・ホー』 (“Gung-Ho1986

 

この作品は、アメリカCBS放送のニュース番組『60ミニッツ』(“60 Minutes”)で放送された内容が基になったという。そのニュースとは、日本の自動車会社、日産の生産工場が、テネシー州スマーナにオープンしたというものだった[]

 そこから想を得て、日米の労働観の違いから来る摩擦を、ローウェル・ガンツとババルー・マンデルが脚本化したのが『ガン・ホー』である。ちなみにガン・ホー(gung ho)とは、「熱血的な、がむしゃらな、ばかみたいに[やたら]熱心な」という意味のスラング。また、work togetherという意味も持ち、「第二次大戦中の米海兵隊のモットー」[]とのことである。

 つまりこの映画のタイトル「ガン・ホー」は、ほとんど軍隊的に統制され、休日出勤・サービス残業当たり前な、日本のビジネスマンたちのモーレツぶりを指す。そして、日米のメンタリティの違いを超えてwork together(共に働く)という意味を指しもするだろう。

 

 ともあれ、『ガン・ホー』はロン・ハワードのフィルモグラフィーの中で、最も特異な作品である。脚本は『ラブ IN ニューヨーク』、『スプラッシュ』に続く、3度目のガンツとマンデル。主演は『ラブ IN ニューヨーク』以来再び組むマイケル・キートン[]と、いわゆる気心知った、手持ちのスタッフでの製作だが、どこか居心地の悪さがつきまとう。

 それは、これが現在のところハワードが作った、唯一の時事ネタを扱った映画だからだ。この映画が作られたのは、80年代半ばの、日本経済バブル前夜。1985年のプラザ合意を超えて、躍進する日本経済は合衆国に続く世界第二位となる。同時に、当時のロナルド・レーガン政権下で、「双子の赤字」と呼ばれた財政赤字と貿易赤字によって、合衆国の財政が危ぶまれていた。特に日本との貿易収支の膨大な不均衡は、激しいジャパン・バッシングを生んでいた時代のことである。ただ、こうしたことは国際経済の風向きが変われば、事情は変わる。国際間の労働慣習の違いも、いつまでも同じままではない。

 80年代末期には日経平均株価が最高値をつけ、バブル経済の頂点を迎えた日本だったが、90年代に入るとそのバブルも弾け、先の見えない長期的な経済停滞期に入ることは、ここに記すまでもないだろう。

一方、アメリカの90年代経済は、ITブームで沸きに沸くわけだ。ジャパン・マネーが世界を席巻し、円がアメリカを買い取ってしまうとも言われた時代など、ごくごく短期間だった。そうなってくると(こなくても)、80年代半ばのごく限られた一時期の風俗的な内容を扱った、『ガン・ホー』の映画としての生命は何とも短いという他ない。この映画はそうした時代風俗をふまえて、「日本人」を笑いのめした作品なのである。そのため、物語背景だけをとらえた場合、数年後に振り返って、「ああ、こういう時代もあったね」という、風俗的興味以上の関心を惹きつけることは難しい。ただでさえ、実際の日本社会に取材した「正しい」表現など、始めからする気のないコメディ作品なのだから。

 もっとも、フリッツ・ラングの『ハラキリ』(1919)の昔から、『ティファニーで朝食を』(ブレイク・エドワーズ 1961)のミッキー・ルーニーや、『ライジング・サン』(フィリップ・カウフマン 1993)を経て『ロスト・イン・トランスレーション』(ソフィア・コッポラ 2003)や『SAYURI』(ロブ・マーシャル 2005)にいたるまで、「正しい日本」などかつて描かれた試しがないのだから、作品の評価とはまったく別の次元としてそれはおく。しかし、ある特定の民族のステレオタイプを、ギャグにして笑いものにするというアプローチが、どうもロン・ハワードらしからぬ、偏ったアプローチのように思え、どこかしっくりこないのだ。ハワードは言う。

 「確かに、私はいくつかの間違いをしているだろう。これは公平とは言えない映画だと思う。けれど、しかるべき点でハートのある作品だろうと考えている。それに、とても笑えるしね[]

 公平とは言えないと語る本人のこの言葉は、しかしどちらに対して公平ではないと言っているのだろうか? 日本だろうか、アメリカだろうか。言葉からだけではそこが判然としないのだが、やはりロン・ハワードが徹底的にアメリカ合衆国の映画作家であることだけは、はっきりしている。しかしそれは国粋主義的で、外国軽視という意味でなく、彼が追求するのは、あくまでアメリカ人の生活のあり方なのだと言っておく。リベラルな民主党員と目される[]ロン・ハワードとしては、日本に対してやや厳しい見解を持っている可能性はあるが、それにしてもやはり、その描写が洗練されているとは言いがたく、誰が見たって珍妙な日本人労働者たちの表現は、ロン・ハワード的とは思えぬ品の悪さを見せている。

そもそも、日本人という設定でありながら、山村聡が日本企業の社長役として小さな役柄で登場して貫禄を見せる他は、セリフのある役に、ネイティブの日本人俳優が出演しておらず、映画の中の日本語からして、めちゃくちゃなのだ。適切な風俗考証を行う構えはいささかもない。『SAYURI』や『ラスト サムライ』(エドワード・ズウィック 2003)などのように、明らかにわかったうえで、考証を外すという態度はそもそも見受けられない。

 さすがにこれは、日本での通常公開は難しいと見られたか、ロン・ハワード作品として唯一の日本での劇場未公開作品となった(ビデオおよびDVDのみ)。全米での興行収入としては3千7百万ドル。ボックスオフィス初登場も第1位で[]、大ヒットとはもちろん言えないが、この規模の作品としては決して悪くない数字である。

とはいえ、ハワードもやはりこうしたある特定の人種や民族を、笑いのネタにするような、一面的な映画はその後作っていない。さらに言うならば、ハワードは外国人が主要な登場人物になるような作品を、20年後の『ダ・ヴィンチ・コード』まで、1作も撮っていないのだ(架空の世界が舞台の『ウィロー』と『グリンチ』は例外)。これはある種の反省だろうか? そうは思えない。その後のフィルモグラフィーを見てもわかる通り、ロン・ハワードにおいては、語るべき物語はあくまでもアメリカにあり、アメリカ人の中にあると見ているはずで、そのことを徹底したということだ。だからこそ、ハワードは徹頭徹尾アメリカ映画の監督であり、語り部なのである。

ただし、その意味では『ガン・ホー』も、他文化と接触した際のアメリカ人群像が描かれているという意味で、ハワードの一貫性をいささかも外していない。アメリカ映画の流れの中で、アメリカ人についての物語を描くこと。それがロン・ハワードの仕事の総体を形作るならば、『ガン・ホー』もまた貴重な一本となる。確かに時事風俗的な意味では、賞味期限の切れた映画である(その意味で、この作品はビジネス書など、映画とは無縁の書物に紹介されてしまいやすいという最大の弱点があった)。スマートとは言い難い点も多々ある。けれど「よそ者」がやって来たときのアメリカ人の反応についての群像劇として、『ガン・ホー』はハワード的作品の系列に無理なく収まり、今なお興味の尽きぬ作品である。

なお、『ガン・ホー』は製作の上でも摩擦を生んでいる。当初、舞台となる自動車工場はアメリカ国内の予定だったが、ロケに協力する国内企業はなかった。イメージダウンを恐れたのだ。そこで、撮影はブエノスアイレスで行われている。そして、そのブエノスアイレスの住人たちも、撮影にはきわめて協力的だったにかかわらず、アルゼンチン国内での星条旗の撮影に関してだけは、やんわりと拒否警告を受けている。ハワードはそれを尊重し、ブエノスアイレスでの星条旗の撮影は行わなかったという[]

 

 映画は、日本のアッサン自動車(漢字で書くと「圧惨」。この含蓄ある(?)当て字からすると、間違いなく背後に日本人スタッフがいるはずだ)の、工場長候補であるタカハラ(ゲディ・ワタナベ)の、絶叫のアップからスタートする。

 本編開始早々に絶叫から始まるのは『バニシングIN TURBO』もそうだった。アルフレッド・ヒッチコックが好んだ手法である。タカハラは会社内の「特訓部屋」で、性根を鍛えられている最中で、意味不明ながら、とにかく叫んでいる。さらに、「サービス向上」、「売上第一」などとマジックで書かれた無数の紙のお札が、体中にベタベタ貼られている。

 まずはこうした「異国」ニッポンの不可解さを見せつけて、続いていかにもナイスガイなハント(マイケル・キートン)が登場する。ここはペンシルバニアの小さな町。ハントを含めこの街の住民のほとんどは、自動車工場のブルーカラーとして生計をたてていたが、不況による工場閉鎖で、住民の大半は失業中である。ハントはそんな同僚たち(と自分)の職を救うため、住民代表として日本の自動車会社の誘致を求めて日本に旅立つのだ。

 オープニング・クレジットでは、ハントが慣れぬ日本の地を、目的地の自動車会社を求めて右往左往する様を映す。新橋や銀座をふらついていたかと思うと、焼肉店のろう細工メニューに見入り、次の場面では田んぼに膝までつかって、農夫に道を聞いていたりする。その一方で、なぜか川の欄干を一列になって行進する日本人社員のカットを挿入するなど、とにかく「奇妙な国ニッポン」を印象づける。

 そして、ハントがついに目的のアッサン自動車本社にたどりつき、真っ先に入るのがその「特訓部屋」。たくさんの日本人社員たちが、柔道場のような板の間に正座させられ、竹刀を持った指導官にびしびし「指導」されている。ここでハントとタカハラは初めて出会い、タカハラは口から泡をふきながら社員としての心構えを叫ばされている。

 ハントは重役室に乗り込み、まったく波長の合わない日本人役員たちを前に、工場誘致のプレゼンテーションをはじめる。とにかく、何を言っても反応がなく、伝わっているのかいないのかわからぬ、仏頂面の日本人たちを相手に、空回りしっぱなしのハント。

 絶望しきって故郷の町に帰ってくる。迎えてくれたフィアンセのオードリー(ミミ・ロジャース)相手に、飢えたようにオーバーな喜びを表現するハント。上映時間としては、始まってまだ20分にも満たないのに、異国への長い長い旅から帰ってきたことが切実に伝わってくる。これは、日本社会の奇妙さがあまりにも誇張して描かれていたためで、コメディ・シーンではあるが、不思議と説得力ある描写になっている。

 家に帰る車の中では、少し日本に行ってる間にますますさびれる町を見て、印象的な会話がなされる。

 「ピザ屋が廃業?」

 「ええ昨日。来週は理髪店とレコード店。町で唯一もうけてるのは・・・引越し業者だけよ」

 このセリフは、伝統的な西部劇における常套句のバリエーションである。

 たとえば、さびれた街に1人のガンマンが現われる。そんな彼に町の古参は決まって言うだろう。「この町はもう死んだ。もうかっているのは・・・棺桶屋だけだ」。さりげなく、こうしたアメリカ映画の変奏を行うあたり、いかにもロン・ハワードらしいタッチである。

 

 そしてロン・ハワードらしさの極みとして、この映画をさらに興味深くしているのは、この映画がアメリカと日本の文化摩擦というテーマを描くために、いかにもアメリカ映画的な、看守と囚人という刑務所映画の体裁を借りたという点だ。

 まったく手ごたえのない日本でのプレゼンから、失業を覚悟したハントは職探しを始めているが、実は工場誘致に成功し、日本企業がやってくるとの知らせを受け、狂喜する。

 アッサン自動車の日本人社員とその家族がやって来る。町は救われたとばかりに日の丸を振ったり、子供たちはカラテの型を見せたり、中国風の紙製の龍を振り回すなど、住民たちは市長以下総出で彼らを迎える。

 レッドカーペットを敷いてまで日本人一行を迎えるが、ここでも日本人は靴を脱いでカーペットを歩くなど、珍妙な描写をたっぷりと盛り込んでギャグが満載である。

 さて、いよいよ日本人社員による工場再開。工場長に就任したのは、映画の冒頭で叫んでいたタカハラである。再会を喜ぶハントと、戸惑うタカハラの対照がまた笑いを呼ぶ。

 この工場再開の初日、工場の中庭に作業員を集めての、タカハラたち日本人のあいさつの場面で、『ガン・ホー』が間違いなく「刑務所映画」であることが明らかになる。

 同じ作業服を着たアメリカ人作業員たち全員が中庭に集まる。その光景は、まるで囚人服を着た刑務所の囚人たちのようだ。彼らを見下ろす高い位置にやぐらを組んで、タカハラたち日本人社員はマイクで彼らに言葉をたれる。囚人たちを見下ろす位置からの命令。ここでの日本人たちの振る舞いは、まるで看守そのものである(この看守の位置にマイケル・キートン演じるハントもいる)。

 ここで、看守である日本人社員たちは、囚人としてのアメリカ人作業員たちに、あろうことか朝のラジオ体操を命じ、そのことが最初の軋轢(と笑い)を生むのだが、当然ながらアメリカ人たちはバカにしきって、命令など聞きはしない。そこで、看守側にいるハントは日本人(タカハラ)に、「彼らに言うことを聞かせろ」と命じられるわけだ。

 このように『ガン・ホー』は、「看守」と「囚人」との闘いのパロディとなっていることがわかる。そしてハントは囚人でありながら、看守と通じる裏切り者として機能する。ここで思い出すのは、たとえば『ロンゲスト・ヤード』(ロバート・アルドリッチ 1974)だ[]

 まさに看守VS囚人の構造をもつ刑務所映画『ロンゲスト・ヤード』でも、囚人たちをフットボール・プレイヤーとして鍛えつつも、最終的には看守チームに負けるよう看守側と通じた囚人を演じるバート・レイノルズの懊悩が描かれる。『ガン・ホー』はその経済戦争版リメイクであり、ここにロン・ハワードのアルドリッチとの接続を見る。

 

 話が進むにつれて、日本人とアメリカ人の仕事に対する考え方や習慣の違いが笑いと共に描かれる。家族が病気になろうが、妻が妊娠しようが仕事優先。企業のためにはプライベートなどなく、一切が仕事優先という日本のやり方をデフォルメ過剰に見せていく。その一方で、話が進むにつれて必ずしもヘンなのは日本だけでなく、アメリカだって同じだということも少しずつ示されて、映画はだんだんバランスを取り戻していく。

 特に、日本のやり方では欠陥車はゼロだ、と言い放たれて、唖然としたアメリカ人作業員が、「尻ぬぐいするのは、販売店の仕事だ」と言い返すところをはじめ、明らかな怠慢と雑な仕事ぶりで、日本もどうかと思うがアメリカだっておかしい。そもそも、赤カーペットをしいてまで歓迎した日本企業を、いざ仕事を始めてみると、頭からバカにして一切言うことを聞かず、今まで通りやればうまくいくと言ってはばからない。だったらなぜ閉鎖に追い込まれたのかと反論する日本側の言葉には無論反論できるでなく、アメリカ人は憤懣ばかりをつのらせる。こうした構成はハワードの、というよりはガンツとマンデルの脚本術の妙だろう(この映画では、とにかく次から次へと描かれるエピソードの多さに驚かされる。最後まで観客の注意をそらさない)。

 軋轢が決定的になるのは、日米友好によかれと、ハントとタカハラが開いたソフトボール試合だ。野球でアメリカが負ける訳がないと信じるアメリカ人側は、ゲームで日本に押されていることが信じられない。最終回、一発サヨナラのチャンスだったが、アメリカチームは高々とフライを打ち上げてしまう。(この打ち上げられたフライを捕るか捕らないかというサスペンスは、後の『バックマン家の人々』に受け継がれる)このとき塁に出ていた、アメリカ人作業者の中でも、特に反日感情の強いバスター(ジョージ・ウェント)は、フライを捕ろうとする日本人社員を故意に突き飛ばして落球させ、まんまと逆転サヨナラに成功させる。有頂天のバスター。確かに試合はアメリカチームの勝ちだが、後味の悪い結果となってしまう。このときの、ハント役マイケル・キートンの深刻な顔と、いろんな感情の入り混じったタカハラ役のゲディ・ワタナベの顔との切り返しが見事である。

 習慣の違いをギャグとして描きながらも、こうした気まずい描写をところどころ混ぜ込むことで、ドラマはふくらみを増す。日本側も決して奇妙さばかりを強調するのではなく、タカハラが家庭にまで仕事を持ち込んでいることに、彼の妻が不平を漏らすシーンがある。アメリカ人はそんなことはしない、家族をもっと大事にしてくれる、と。アメリカナイズは家人にまず浸透するものだ、という在米日本人家庭の真実を鋭く示す。夫婦喧嘩が始まりかけるが、そこに電話が鳴る。本国の社長からで、生産台数のノルマに達していないことの苦情である。今度失敗したら降格だと告げられ、平身低頭するタカハラ。その会話の傍らで、何とも申し訳なさそうな妻の表情を見せてこのシーンは終る。こうした家庭事情を描くことによる、ロン・ハワードの感情移入の手腕は屈指である。それぞれの立場の弱さを強調して、同情心を駆り立てる。この時点で、「囚人」とは必ずしもアメリカ人労働者のことを指すのではなく、日本人社員たちもまた「囚人」なのだということがわかる。すなわち彼らは、「看守」でありながら、「企業」や「本社社長」を「看守」にいただく、「囚人」でもあるのだ。映画はそんな二重構造を見せ始める。

 その囚人同士、ハントとタカハラがドラマの終盤で、2人でビールを飲みながら本音をさらしあい、心を通わせあうシーンは練りに練って編集・撮影された見事なシーンである。この場面を、マイケル・キートンとゲディ・ワタナベが、また絶妙のコンビネーションで演じる。すなわち、日々のストレスから完全に酔いつぶれるタカハラと、同じくストレスから逆に酔い切れなくて正気を失えないハントの対照だ。ほぼ半々に与えられた2人のダイアログと、そんな2人をいぶかしむ周囲の客の様子(周囲を気にしつつ、酔ったタカハラのフォローをするキートンの目の動きが実に細かい)を、カメラは正確無比にとらえる。ロン・ハワード自身が最も好きだ(しかも笑える)と語る場面である。

 

 さて、日米の労働者たちの緊張が頂点に達する寸前に、ハントはタカハラに交渉を申し出る。日本人の月産記録が1万5千台なら、それを達成しよう。その代わり給料を元に戻してほしいと。タカハラはその話にのるが、しかし実際に作業するのはアメリカ人たちである。働くにつれて、そんな台数は無理だと見るや、1万3千台でもいいんだろ? 給料の満額回答は無理でも、その半分を達成できたら半分値上げだろ? と、アメリカ側はハントに言い寄ると、ハントはそれに対して、つい、そうだと答えてしまう。

 このあたりから、囚人側でありながら看守側と通じるハントの受難が始まる。マイケル・キートン演じるハントは、『ラブ IN ニューヨーク』で同じくキートンが演じた、ビルという人物がそうであったように、口先だけのその場しのぎの男である。ただしハントがビルと違うのは、どんな言葉を言えば仲間たちが満足するかを知っていることだ。

 後にハントはとうとうそれを言ってしまって、仲間にバッシングされることになるが、アメリカ人が聞きたい言葉とは、自分たちは最高で、自分たちがナンバーワンだということだけだ。その根拠など不要で、それさえ聞かせれば、その場で丸め込むことができる。

 ここでいよいよ、この映画はアメリカ人の真実を突く。そのことは911以後の合衆国大統領が、合衆国の優位性ばかりを根拠なく連呼して、うまうまと支持率を稼ぎ、再選を果たしてしまうという、20年後の社会を予測している。『ガン・ホー』は時事風俗的な意味においては、賞味期限が切れていると前述したが、そうばかりでもなく、視線をアメリカ側に向けた場合、やはりそこには間違いのない真実がある。ロン・ハワードがアメリカ人を描いた作家であると繰り返す所以である。

 ハワードが繰り返し言うように、この映画はコメディであることを一義としている。コメディであるからには、最終的には日米の文化摩擦は解消されなければならない。アメリカ人作業者たちにはボイコットされたが、1万5千台のノルマを果たすため、ハントとタカハラはついに共闘する。そしてたった2人で作業を続けるうち、次第に彼らの熱に打たれた日米両方の社員たちも、初めて手を組むのだ。

 ついにチームとして、手を組み合った日本人とアメリカ人労働者たち。最後にもう一度、中庭に集まった(今度はきれいに整列している)アメリカ人と、高い所に立つ日本人という、看守VS囚人の構図が示される。だが今度は、あれほどバカにした朝の体操も、全員が楽しげにやっている。このとき少し引いたカメラのフレームの中には、「塀の外」が入ってくるのだ。塀、すなわち工場の外は彼らの街で、通りには車が走っているのも見える。こうして、アメリカ人労働者たちはもちろん日本人社員たちも、抽象的に「脱獄」に成功したことが、見事に示されるのである。この演出術こそ、ロン・ハワードタッチの極みである。

 このように『ガン・ホー』もまた、素晴らしきアメリカ映画の構造を持っており、これもハワードのきわめて優れた達成のひとつなのである。

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[] テネシー州スマーナは、日産が1983年に小型ピックアップトラックの生産を開始したことに始まり、同社の合衆国における生産工場の中心となっている。(20001129日付 日産プレスリリースより)

 なおこのスマーナ工場では、続いて86年から乗用車の生産にも踏み切り、しかも1日も軌道にのせようと、売れ行きにかかわらずフル操業させ、現場マネージャーには生産高に応じてボーナスを支払うシステムを採用したとのこと。(『北米の現地生産について』http://www1.harenet.ne.jp/~noriaki/link82-2.html参照)

 まさに映画『ガン・ホー』を地で行くことが行われていたわけだ。これでは日本人マネージャー・タカハラが、休み返上の強制残業で生産台数増加にこだわったわけである。

 ちなみに同サイトによると、その過剰生産で販売会社は大量在庫を抱え、それを処理するために大幅値下げが横行(これがダンピングである)。一方でスマーナ工場は生産性向上によって、本社から表彰を受けたという。何から何まで『ガン・ホー』の世界そのままである。

 

[] gung hoの訳語は、研究社『リーダース英和辞典 第2版 リーダース・プラス』より引いた。

 

[] Gray 前掲書 P.124によると、スタジオは『ガン・ホー』の主演にビル・マーレーかエディ・マーフィを望んだという。スケジュールの都合でどちらの参加も潰えたが、結果的にロン・ハワードの望んだマイケル・キートンの起用が叶う。なお、本章の作品成立における情報は、特に指定のない限りGrayおよびKramerによる前掲書を参照している。

 

[] Robert J. EmeryThe DirectorsTake One”(TV Books 1999P.62

 

[] 次のサイトでは、ロン・ハワードの民主党への献金記録が確認できる。

http://opensecrets.org/indivs/search.asp?NumOfThou=0&txtName=howard%2C+ron&txtState=CA&txtZip=&txtEmploy=&txtCand=&txt2006=Y&txt2004=Y&txt2002=Y&Order=N

 

[] 数字的根拠は、http://www.the-numbers.com/people/directors/RHOWA.htmlを参照している。

 

[] Emery 前掲書 P.6162を参照した。

 

[]『ロンゲスト・ヤード』はよほど作りやすい素材なのか、後にバリー・スコルニックにより『ミーン・マシーン』として2001年に。『ロンゲスト・ヤード』として2005年にピーター・シーガルによって、2度もリメイクされている。特に2005年版はアダム・サンドラー主演の手堅いリメイクでヒット。しかも、なんと70歳になるバート・レイノルズ自身も、重要な役どころで登場する。