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その他の雑学

8畳部屋内の空気は、全部で約 30kg もあり、小さな子供よりも重い。 しかしまあ、空気がそんなにも重いなんて、これまで思ってもみませんでした。(^_^)

現在の日付: 2008/07/23 新しい日付を入力してください: (年-月-日)
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「君が代」はコード付けが変
今の「君が代」は2代目で、
元々は、イギリス人のフェントンの作ったものが使われていたことはご存知だろうか?

しばらくは、フェントンの「君が代」が使われていたが、
その「君が代」は、非常に歌いづらくて評判が悪かったため、作り直すことになった。
それで出来たのが、今の「君が代」である。

今の「君が代」は、
林広栄がメロディーを作り、ドイツ人のエッケルトがそれにコード付けをして、作られた。

ところが、
林広栄が西洋音楽とは別の流儀でメロディーを作っているのに対し、
西洋人のエッケルトは、無理矢理、西洋音楽の流儀でコード付けをしようとしたもんだから、
何かぎくしゃくしたコード付けになってしまった。
しかも、曲の最後の部分は、どうしたらいいかわからなかったらしく、コードが付いていない。

どう無理矢理なのかというと、
エッケルトは、林広栄のメロディーを、音階の音だけで済むような配置にしようと、
レードーレーミーソー... で始まり ...ラーソミレー で終わると解釈してしまったのだ。
これでは、主音がドでもラでもなく、何調なのかもよくわからず、曲の構造が把握できない。

しかし、世間では、これでも一番まし、他に方法がない、という考えが一般のようだ。


ただし、私は個人的には、
ラーソーラーシーレー... で始まり ...ミーレシラー で終わる、短調の曲だと解釈した方が
自然だと思っている。
短調の曲では、本当は、ソが半音高くないといけないのだが、
これはそうなっていないので、ドミナントコードをマイナーコードにしないといけなくなる。
しかし、それを嫌がってエッケルトのようにするよりは、こちらの方が曲の構造に近いと思う。
飽くまで私の見解です... (^_^;;


NHKの放送終了の曲は、今日も、曲の最後の方で突然コードが消えています。(^_^)
「火星の人面石」騒ぎの顛末
     

上の写真は、1976年、火星探査機「バイキング1号」が火星を撮影した際に写ったものである。
この写真が発表されると、
「これほどはっきりした顔が自然現象で出来るわけがない。火星に文明があったんだ。」
と騒ぎ出す人が何人も現れ、彼らがテレビや本で何度も仮説を話したので、
ちょっとしたブームになった。
しかも、彼らは近くの岩をピラミッドだとまで言い出し、話はエスカレートしていった。

これは本当に、人工的に作られたものなのだろうか?

実はこれ、
明暗を強調するよう画像処理された写真で、画像処理前の写真はここまで顔っぽくないのだ。

      画像処理前の写真はここをクリック 

この程度なら、光の加減で顔っぽく見えただけと解釈できる。

「えっ? 画像処理前のものでも顔に見える。自然現象で出来るようなものとは思えない?」
そうですよね。やっぱりそう思いますよね。

ところが、NASAはやってくれました...

今年(2001年)の5月、火星探査機「マースパスファインダー」を現地に送って撮影し直した。

      2001年の写真はここをクリック 

それを見ると、顔とはとても呼べない岩があるだけだ。
しかし、1976年の写真(画像処理前)と見比べると、同一のものであることはわかると思う。

それではなぜ、NASAは、あんな紛らわしい、画像処理された方を発表したのだろうか?
たぶん、話を面白くして国民に関心をもってもらった方が国から予算を取りやすいからだろう。

そもそも、NASAの広報担当者が、光の加減で顔っぽく見えるだけと言って発表したのに、
周りが勝手に騒いだだけのことで、NASAは嘘は言っていないのだ。
それでいて、国民に関心をもたせることが出来た。つまり、国民は一杯食わされたというわけ。

しかしまあ、あの顔があんなわけのわからない形だったとは、思いもよりませんでした。(^_^)
図書券で買うとおつりをくれない理由
小さい書店で本を買うと、図書券を価格より多目に出してもおつりをくれないことがある。
つまり、図書券は価格より少な目に出して、不足分は現金で払ってほしいという意味。

何かセコイような気もするが、
実は、これには深い事情があって、これをセコイといってしまうと書店がかわいそうなのだ。

図書券を発行しているのは、日本図書普及株式会社というところである。

書店は図書券を、日本図書普及株式会社から定価の5%引きで買い、定価で消費者に売っている。
ただし、本の支払いで図書券が使われることもあるから、
消費者に対する収支は、消費者に売った分と本の支払いで使われた分の差額になる。

手元に残った分は、日本図書普及株式会社に定価の5%引きで引き取ってもらえる。

例えば、消費者に対する収支が+100万円だった場合、以下のようになる。
(Aは、日本図書普及株式会社にそのまま返した分だから、いくらでも結果は同じ)

  日本図書普及株式会社から購入 − 95−A
  消費者に対する収支      +100
  日本図書普及株式会社の引取り      +A
 ―――――――――――――――――――――
  全体の収支          + 5


ここで聡明な方はお気づきだと思うが...
もし、消費者に売った分よりも、本の支払いで使われた分の方が多かったら、どうなるか?

例えば、消費者に対する収支が−100万円だった場合、以下のようになる。
(Bは、日本図書普及株式会社にそのまま返した分だから、いくらでも結果は同じ)

  日本図書普及株式会社から購入      −B
  消費者に対する収支      −100
  日本図書普及株式会社の引取り + 95+B
 ―――――――――――――――――――――
  全体の収支          − 5

なんと、5万円の損失になってしまう。
図書券を消費者にほとんど買ってもらえないような小さい書店が、
本の支払いで図書券を使われるのを嫌がる気持ちもわかる。

しかしまあ、裏では5%引きで取り引きされてるなんて、思ってもみませんでした。(^_^)
結婚式の乾杯でグラスを鳴らすと顰蹙
結婚式の乾杯のとき、宴会のときと同じような調子で「カチン!」とするのは、本当はいけないらしい。

結婚式の乾杯は、飽くまで、新郎新婦の前途を祝うもので、
参加してる人達の健康や活躍を祝うものではない、というのがその理由。

最近まで知らなかった...
私なんか、どうしても景気良く「カチン!」とやりたくなってしまう。

しかしまあ、そこまで堅苦しく考えることもないと思うのですが、そういうものなんでしょうかねえ (^_^)
東京駅だけ新幹線在来乗継割引がない
例えば、東京から青森まで電車で行くとき、
東京から盛岡まで新幹線を使い、盛岡から青森まで在来線の特急を使った場合、
交通費は以下のようになる。

       新幹線の特急料金      在来線の特急料金の半額
  東京 ―――――――――――― 盛岡 ―――――――――――― 青森

   |―――――――――――――――――――――――――――――| 
                  運賃                

在来線の特急料金がなぜ半額でいいのかというと、
新幹線から在来線に乗り換える場合、在来線の特急料金を半額にする
という乗継割引の制度があるからだ。

それでは、盛岡から銚子まで電車で行くとき、
盛岡から東京まで新幹線を使い、東京から銚子まで在来線の特急を使った場合は
どうなるか?

先ほどの話から推測すると、交通費は以下のようになりそうな気がする。

       新幹線の特急料金      在来線の特急料金の半額
  盛岡 ―――――――――――― 東京 ―――――――――――― 銚子

   |―――――――――――――――――――――――――――――| 
                  運賃                

ところが、実際には、在来線の特急料金は半額にはならず、以下のようになる。

       新幹線の特急料金        在来線の特急料金     
  盛岡 ―――――――――――― 東京 ―――――――――――― 銚子

   |―――――――――――――――――――――――――――――| 
                  運賃                

ん? なぜだ? その理由は、東京駅だけ乗継割引の制度が適用されないからである。

しかし、なぜ東京駅だけが???
「おかしいじゃないか! 東京だけ偉いのか!」と怒りたくなってしまう。
東京駅だけ特別扱いするなんて、考えれば考えるほど変である。

実は、乗継割引の制度は、元々、
新幹線ができたことに関連して、あることで抗議する人達があまりにも増えたので、
それをなだめるためにできた制度なのである。

新幹線ができる前、どの方面への特急も、すべて東京駅発や上野駅発だった。
だから、東京から目的地まで特急1本だけで行けた。
ところが、新幹線ができると、在来線の特急がすべて途中駅発になってしまい、
新幹線と在来線の特急の2つを使わないといけなくなった。
特急料金を2つに分けて買うと、割高になってしまう。
それで抗議する人が増えたのである。

例えば、東京から青森に行くのに、今、盛岡で乗り換えないといけない人も、
昔は、盛岡に着いてからも同じ列車に乗ったまま目的地まで行けたのである。
乗換えの手間は仕方ないにしても、料金くらい何とかしてほしいと思うのは当然だろう。

それでは、
例えば、盛岡から銚子に行くのに、今、東京で乗り換えないといけない人も、
昔は、東京に着いてからも同じ列車に乗ったまま目的地まで行けたのではないか?
その人はどうなるんだ! と思うかもしれない。
しかし、東京に着いてからさらに先に行く列車なんて、最初からないのである。

要するに、東京に限っては、新幹線ができる前から乗換えが必要だったのだから、
救済しないといけない義理はないでしょう、っていう意味。

まあ、国鉄(現JR)の言いたいことは、何んとなくわかるんですが...
しかし、新幹線ができる遥か昔に特急の運転区間をそう決めたこと自体が、
何か、天下の東京を通り過ぎるだけの人間なんかいるわけがない、っていう
東京崇拝の思想で決めたみたいで、未だにそれを引きずってるっていうのも変な気が... (^_^)
地球は回ってるのに地面は回らない?
     

地球が回っているのなら、地面も回っている筈だ。なぜ地面は回っていないんだ!
そう思う方もおられると思う。

ところが、地面はちゃんと、1日1回転しているのである。
あまりにも遅過ぎるために、実感として感じるのは無理。
しかし、確かめる方法はある。

何十メートルもある長い糸におもりをぶら下げ、糸のもう一方の端を固定して、振るだけでいい。
すると、振る方向が少しずつずれて行き、丁度、1日に1回転する。
これは、フーコーという人が考え出したので、フーコーの振り子と呼ばれている。
上の写真は、それを再現したものである。ただし、フーコー自身が作ったものはもっと大きい。

本当は、振り子の振る方向は全く変わっていなくて、地面の方が回っているのだが、
人間も地面と一緒に回っているので、振る方向の方がずれて行くように見えるだけなのだ。

言われてみればどうってことない方法ですが、何もないところから思い付いたのは凄いですねえ (^_^)
電力会社のHz数が東西でなぜ違うの?
電力会社から送られて来る電気は、東では50Hz、西では60Hzだが、
電気製品を買ったときや東から西に引っ越したとき、電気製品によっては、
50Hz用か60Hz用かのスイッチを正しく合わせなければならず、結構面倒だ。

どちらか一方に統一しておいてくれれば... と思ってしまう。
なぜ50Hzと60Hzに分かれてしまったのだろう?

これは、昔、電力会社が発電機を買った際、
東の地区の電力会社はドイツから買い、
西の地区の電力会社はアメリカから買ったからなのだ。

つまり、成り行きでなってしまっただけなのだ。

しかしまあ、現実の世の中というのは、きれいには行かないもんですねえ。(^_^)
100m走銃声直後に動くとフライング?
オリンピックの100m走では、0.01秒の差を争っている。
それだけにフライングの判定は非常にシビアだ。いつスタートを切ったかは、
足元のスターティング・ブロックが蹴られるのを検出して厳密にチェックしている。

仮に、ピストルが鳴ってから0.09秒にスタートを切ったとしたら...

フライングである。

え? どうして? ピストルが鳴った後なのに! しかも0.09秒過ぎているのに!

これは、人間の反射神経というのは、0.1秒以内に反応することは不可能であることが、
生理学上わかっているので、ピストルが鳴ってから0.1秒以内にスタートを切った場合、
ヤマカンでスタートを切ったとみなされるからだ。
規定で0.1秒以降でないといけないことになっている。

テレビ中継などで、たまに、各選手の反応時間が表示されるが、
それを見ると、みんな、0.2秒くらいはかかっているので、
確かに0.1秒以内に反応することは不可能という話は納得できる。

しかしまあ、スタートの合図より後でもダメだなんて、思ってもみませんでした。(^_^)
ホームページをなぜサイトというの?
ホームページのことをサイトともいうが、なぜだろう?

サイト、すなわち Site とは、
何らかの構造物(ビル、街、記念碑等)で占められた、地上のエリアのことで、
インターネットの世界では、丁度、ホームページのことを指している。

それに対し、ホームページ、すなわち Home Page とは、
開始場所のページ、大元になるページのことで、サイト内のメインページのことである。
飽くまで、1つのサイトの中のどこなのかを表す言葉である。

よく、下の階層のページで「ホームページ」と書かれたボタンを押すと
メインページに移ることが多いが、
それが「ホームページ」という言葉の、本来の使い方なのである。

つまり、「ホームページ」の方が、英語本来の意味からいうと間違いなのである。

しかしまあ、メーンページに移るボタンが「ホームページ」と書かれているので、
以前から、わけがわからなかったのですが、ようやく謎が解けました。(^_^)
変化球はなぜ打者の手元で曲るの?
野球で、ピッチャーが変化球を投げたとき、
なぜ、投げた直後には曲らずに、打者の手元で曲るのだろう?

実は、そういう気がするかもしれないが、実際には投げた直後から曲っているのである。
テレビ中継でボールの動きを見てみると、そうなっているのがよくわかる。

ところが、バッターボックスに立ってみると、とてもそうは見えない。

これは、
投げた直後は、ボールが遠くにあるので、変化しているのがほとんどわからず、
ボールが近くに来て、初めて、ある程度の速さで変化しているのがわかるからである。

これと似た話だが、強い風が吹いているときにフライを捕り損ねると、
解説者が、よく「風を計算に入れてなかったですねえ」と言っているが、
それを聞いて、風で流れるのを見てから追いかければいいと思うかもしれない。
ところが、
ボールが上の方にあるときは、ボールが遠くにあるので、流れているのがほとんどわからず、
ボールが近くに来て、初めて、もの凄い速さで流れているのがわかる。
ボールが近くに来て急に大きく曲り始めたかのように見えるので、追いつかないのである。

それから、これとは少し違うが、
ピッチャーの投げたボールが手元でホップすると言われることがある。
しかし、硬球くらいの重さになると、重力に逆らって、上側にカーブを描くなんてことはない。
どんなに速いボールでも、必ず、最初から最後まで下側にカーブを描いている。
テレビ中継でボールの動きを見てみると、そうなっているのがよくわかる。
ところが、バッターボックスに立ってみると、手元で上側にカーブを描き始めるように見える。
これは、下側にカーブを描くときの曲り具合いが、手元で鈍って直線に近づくからである。
つまり、下側にカーブを描くのに目が慣れてしまっているので、
曲り具合いが鈍るだけで逆側に曲り始めたように感じてしまうのだ。

このように、「手元で曲る」も「手元でホップする」も錯覚なのだ。
とはいえ、プレーしている人には、錯覚とは思えないほど本当にそう見えるので、大変である。

私は、子供の頃、本当に手元で曲ったりホップしたりしていると信じてました。(^_^)
春分・秋分の日は、大抵昼の方が長い
春分の日や秋分の日は、一般には、昼の長さと夜の長さが同じになる日だと思われている。
実際には誤差があるから、昼の長さと夜の長さは微妙に違うが、
そうであったとしても、昼の方が長い場合と夜の方が長い場合が同じ頻度で起こる筈だ。

ところが、実際には、大抵、昼の方が長いのだ。一体なぜだろう?

それは、日の出と日の入りが以下のように定義されているからだ。

 日の出 : 太陽の一部が水平線の下から顔を出した瞬間
 日の入り: 太陽の最後の部分が水平線の下に隠れた瞬間

もし、日の出と日の入りが以下のように定義されていれば、
昼の方が長い場合と夜の方が長い場合が同じ頻度で起こるのだが...

 日の出 : 太陽の中心が東の水平線を通過した瞬間
 日の入り: 太陽の中心が西の水平線を通過した瞬間

実際にはそう定義されていないので、
日の出のとき、太陽の半径の分だけ昼の長さが伸び、
日の入りのとき、またしても、太陽の半径の分だけ昼の長さが伸びて、
結局、太陽の直径分、すなわち、0.5度、昼の長さが伸びてしまうのだ。

時間にして、おおよそ、( 60×24 )分 × ( 0.5度/360度 ) = 2 分 伸びる。

しかしまあ、現実の世界で使える定義というのは、中々単純にはならないものですね (^_^)
落馬した馬が先頭でゴールしたら?
競馬で、騎手が落馬した場合、大抵、その馬はかなり後の方でゴールインする。
ゴール前で、騎手が全然追わないからだ。

競馬の実際をよく知っている人ほど、
空馬が先頭でゴールインしたらどうなるかなんて、気にしたことがないかもしれない。
だいたい、これまでにそんなことが一度でもあったのだろうか?

実はあったのである。
中央競馬の札幌開催のとき、ギャロップダイナという馬が、
空馬になりながらもあれよあれよという間に先頭に出て、そのままゴールインしたのだ。

私は、このニュースを新聞で見たとき、一瞬「嘘だろう!」と思った。
しかし、すぐに、このギャロップダイナが、
東京競馬のダートでコースレコードを出していたことを思い出し、納得できたのだった。

ところで、結局、一着として扱われた? いいえ、もちろん、失格である。

規則では、騎手が落馬した場合、
落馬地点で乗り直してから続行しないといけないことになっている。
空馬のまま続行することを認めると、
所定の負担重量を背負わずに走っていいことになってしまうからだ。
(ただし、実際には、乗り直すことなく棄権してしまう。)

冷静に負担重量のことを考えれば、答えがわかる話ではある。

しかしまあ、空馬が先頭でゴールインすることがあるなんて、本当に驚きました (^_^)
初日の出は東ほど早く見れるは嘘
本州、九州、四国、北海道に限ってみた場合、
元旦の日の出、すなわち初日の出が、最初に見れる場所はどこだろう?

最も東にある、北海道の根室半島の先端のような気がする。

ところが、実際には、何んと富士山の頂上なのだ。

なんで??? 標高が高いとはいっても、根室半島の先端より遥かに西なのに!!!

それは、1月頃は、地球の北極が昼と夜の境界に対して夜側に傾いているために、
明け方の日本列島は、時計と反対回りに少し回転した状態になり(下図参照)、
緯度が同じでも南に行くほど日の出が早くなるからだ。

        地軸
          #
           #  *****
          * #  |    *
        *    # |      *             ← 太
       *      #|       *            ← 陽
       *       #       *            ← の
       *       |#      *            ← 光
        *      | #    *
          *    |  # *
             ***** #
               |    #
             夜 | 昼  #
               |
           昼と夜の境界

つまり、1月頃は、根室半島の先端より千葉県の銚子の方が日の出が早い。
それではなぜ、最初に見れる場所が、銚子ではなく富士山なのだろうか?

それは、富士山は、銚子からそれほど離れていない割に、標高がかなり高いからである。

しかしまあ、言われてみれば簡単にわかることなのに、
それに気づかないなんて、固定概念っていうのは本当に恐ろしいものですねえ。(^_^)
軽自動車のプレートはなぜ全て黄色?
軽自動車のナンバープレートは、昔は白のものもあったが、今は全て黄色で統一されている。
車体との色合いからいって見苦しく、軽自動車の持ち主には評判が悪いようだ。

なんで軽自動車ばっかり??? 差別してるの???

実は、高速道路の料金が普通車と軽自動車で異なるので、
料金所で見分けやすくするためだそうだ。
そうすることで、料金所での渋滞を少しでも緩和しようということらしい。

誰の車か自動的に識別して銀行口座から引き落とすシステムが完成すれば、
こういうことも必要なくなるのだが... まだまだ先の話だろう。

結局、何かを強いられるのはいつも庶民なんですよねえ (^_^)
短時間しか降らなくても降水確率100%
例えば、午前7時まではどしゃ降り、午前7時以降は快晴になることが予想される場合、
午前6時から正午までの間の降水確率は何%だろう?
つまり、最初の1時間だけどしゃ降りで残りの5時間が快晴の場合、降水確率は何%か?

      100%である。

なんで??? 6時間のうち5時間も快晴になることがわかってるのに!

これは、降水確率というのは、
6時間の雨量の合計を問題にしているだけで、
いつ降るかや、降る時間の長さは関係ないからである。

それでは、20%とか30%とかいうのは、何の違いを表しているのかというと、
1ミリ以上になる可能性の度合いの違いを表しているだけなのだ。

例えば、30%というのは、30%という予想を 100 回があったとして、
1ミリ以上になる場合が 30 回、ならない場合が 70 回くらいあることを
表しているのである。

私は、つい最近まで、傘のない人が災難に合う度合いだとばかり思ってましたが、
いつ降るかや、降る時間の長さは関係ないとなると、ちょっと違ってましたね。(^_^)
月の見かけの大きさは3cmか30cm?
月の見かけの大きさについてアンケートをとってみると、3cmか30cmという回答が特に多いらしい。

30cmと答えた人は、某歌の中の「盆のような月が」という部分から連想してしまったのだろう。
3cmと答えた人は、何から連想したのかわからないが、まあ、日本では、
日本三景とか、三つ巴とか、3という数字を目にすることが多いから、そこからなのかもしれない。

しかし、30cmの盆でも1m離したときと5m離したときとでは、見かけの大きさが全然違う。
何cmと答えるのなら、どれくらい離したときのことなのかも一緒に答えないといけない。

それでは、手の長さ分だけ離したときの見かけの大きさはいくらか?
例えば、五円玉を手に持って手を前に一杯に伸ばし、五円玉を月の前にかざしたとき、
五円玉に対して月はどれくらいの大きさになるのか?

五円玉からはみ出る? 完全に隠れる?

いえいえ、実は、五円玉の穴の中にすっぽりと収まってしまうのだ。そんなにも小さいのだ。
信じられないかもしれないが、実際にやってみればわかる。
地平近くの月でやってみても全く同じである。あんなに大きく見えるのに...

しかしまあ、私も、最近まで、そんなに小さいなんて思ってもみませんでした (^_^)
高速道路は自動車道とどう違うの?
有料道路には、○○高速と呼ばれるものと、○○自動車道と呼ばれるものがある。
○○高速と呼ばれるものは非常に少なく、東名高速、名神高速、首都高速くらいしかないが、
これらは自動車道とどう違うのだろう?

実は、○○高速道路という呼び方は愛称なのだ。それでは、これらの正式名は?

東名高速の正式名は「第一東海自動車道」。

阪神高速は、独立した道路ではなく、
中央自動車道と阪神高速を合わせて一本の道路で、その道路の正式名は「中央自動車道四宮線」。
実は、阪神高速は、「中央自動車道四宮線」の一部(小牧〜西宮)なのだ。
因みに、中央自動車道は、「中央自動車道四宮線」の反対側の一部(世田谷〜小牧)である。

そして、首都高速は、高速道路ではなく一般道。正式名はあるが一般道としての名前である。

しかしまあ、中央自動車道と阪神高速を合わせて一本の道路だなんて、思ってもみませんでした (^_^)
産み立て卵が無重力で育ち孵化するか
産み立ての卵を無重力状態にもって行き、無重力ということ以外、
地球と全く同じ環境にしてずっと置いておくと、ひよこは孵るか?

昔、この実験がスペースシャトルで行われた。

それで結果は... 残念ながら、ひよこは孵らなかった。

詳しく調べてみると、原因は意外なところにあった。

卵の中で黄味からひよこに成長するためには、
黄味から管を伸ばして殻にくっ付け、殻の外から空気を取り入れなければならない。

黄味の方が白味より比重が軽いので、
地上では、黄味は卵の中で上の方に片寄って止まっている。
そのお陰で、黄味から管を少し上に伸ばすだけで殻にくっ付けることができ、
空気を取り入れることができる。

ところが、無重力では、黄味は卵の中で中央に止まってしまっている。
そのため、黄味から管をどの方向に伸ばしても、管の先が殻まで届かず、
空気を取り入れることができないのだ。

重力がないことくらい別にどうってことないと思っていた人も要ると思うが、
この実験から、実際に試してみるまでは大丈夫だなんていえないことがよくわかる。

しかしまあ、無重力って、結構怖いものなんですねえ (^_^)
ビル建設後の屋上のクレーンの降し方
ビルを建設するとき、
クレーンで鉄骨を吊り上げて上に拡張しては、そのクレーン自身をさらに上に上げて行く、
ということを繰り返して建設するが、建設が終わると屋上にクレーンが残る。

そのクレーンは、どうやって降ろしているのだろう?

だいたい、以下のようなやり方で降ろしているらしい。

 (1)屋上のクレーンで、ひと周り小さいクレーンの部品を吊り上げて組み立てる。つまり、
    親クレーンで、子クレーン(ひと周り小さいクレーン)の部品を吊り上げて組み立てる。
 (2)親クレーンを分解して、その部品を子クレーンで吊るして降ろす。
 (3)子クレーンで、孫クレーン(ひと周り小さいクレーン)の部品を吊り上げて組み立てる。
 (4)子クレーンを分解して、その部品を孫クレーンで吊るして降ろす。
 (5)孫クレーンを分解して、その部品はエレベータで降ろす。

何んとまどろっこしいやり方!
屋上のクレーンをエレベータで降ろせるくらい細かく分解すればよさそうだが、
そうしないのは、分解の手間や降ろす回数がもの凄く増えて、かえって手間がかかるからか?

いずれにしても、実際に採られている方法は、上に書いたまどろっこしい方法である。

しかしまあ、まさかとは思ってましたが、
ほんとにそんなまどろっこしいやり方だったんですねえ (^_^)
淀川の英語表記 YODOGAWA RIV.は正当
淀川の堤防に立っている標識には「淀川」と書かれているが、
英語表記は YODOGAWA RIV.である。訳すと「淀川川」。

あれ? 「川」がダブってるじゃないか!

「川」がダブっている河川は他にも沢山あり、
どういう場合にダブらせて、どういう場合にはダブらせないかには、
何の規則性もなくバラバラである。

それを聞くと、「何といいかげんな! ダブっている方は間違っている! 今すぐ直せ!」
と言いたくなるかもしれない。

ところが、我々日本人も、日本語の中で英語を使うときに似たようことしているのである。

例えば、幸せな気分のことを「ハッピーな気分」と言うが、
「ハッピー」自体に「な」の意味があるのだから、「ハッピーな気分」は「幸せなな気分」
という意味になって「な」がダブってしまい、本当はおかしいのだ。
にもかかわらず、少しもおかしいとは思わず、平気でダブらせて言っている。

だから、「川」がダブっているくらいのことは、大目に見てもいいのではないだろうか?

しかしまあ、「ハッピーな気分」は言われてみれば確かに変ですねえ (^_^)
交響曲第○番とかいうのは曲名でない
クラシック音楽で
「ベートーヴェンの交響曲第5番」とか「ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番」とか
いうのを聞いて、変な曲名だなあと思っている人が多いと思う。

ところが、これらは曲名ではないのだ。
作曲者と、音楽の種類と、その人のその種類の中で何番目の曲かを表しているだけなのだ。
本で言えば、「山村美沙の推理小説の5作目」とかいっているようなものだ。

それでは曲名は何? 実は、曲に名前自体が付けられていないのだ。
名前自体がないとなると、CDや楽譜を売ったり、演奏会を開いたりする側は非常に困る。
どの曲のことかを示すときに「あれ」とか「それ」とか言っても全然通じないわけだから...
そこで、どの曲のことなのか特定するために、仕方なく、
作曲者と、音楽の種類と、その人のその種類の中で何番目の曲かで呼んでいるわけだ。

もちろん、「エリーゼのために」のように名前付の曲も、あるにはある...

それでは、「パッヘルベルのカノン」や「フォーレのシチリアーノ」はどうか?
実は、これらも曲名ではない。カノンもシチリアーノも音楽の種類の名前だ。
「第○番」と付いていないのは、その人のその種類の中で、有名なのがその1曲しかなく、
わざわざ「第○番」と付けなくてもその曲のことだとわかるからだ。

昔から、どうも名前が変だ変だと思っていたんですが、名前じゃなかったんですねえ (^_^)
全局分混ざった電波からなぜ分離可?
AMラジオで電波を受信したとき、得られる信号の波形は、
すべての局の電波の波形を足し合わせた形になっている筈である。
足し合わせた形のものから、なぜ、聞きたい局の分だけ分離できるのだろう?

下図は、局から 900kHz の電波で音声を送った場合の流れを表している。

 

マイクで拾った状態では、音声は、信号の電圧が高いか低いかで表されている。
それを 900kHz の正弦波(sin 曲線)の振幅が広いか狭いかで表すように変換している。

900kHz の正弦波であっても、このように振幅を変動させた場合、
900KHz しか通さないフィルターは通過できなくなる。
振幅が変動するものは、厳密な意味では正弦波でないからである。
これでは、他の局の電波と混ざり合い、
波形が他の局の分と足し合わせた形になってしまうと、分離できないように思える。

ところが、である。
この、振幅が変動する、厳密な意味では正弦波でない波形は、
実は、他の周波数の正弦波(振幅が変動しない、厳密な意味での正弦波)を
足し合わせたものになっているのだ。
しかも、振幅の山を結んだ変動の速さ(音声の波形)が 20kHz 以下なら、必ず、
(900kHz - 20kHz)〜(900kHz + 20kHz)、すなわち 880〜920kHz の周波数の正弦波だけを
足し合わせたものになっているのだ。
つまり、この局は、実際には、880〜920kHz の範囲にあるいろいろな周波数の
正弦波(振幅が変動しない、厳密な意味での正弦波)を発信しているのである。

他の局も同じ理由で、ある範囲にあるいろいろな周波数の正弦波を発信している。

それで、もし、他の局が、
880〜920kHz の範囲のどの周波数の正弦波も発信していなければ、
880〜920kHz の範囲の正弦波を通すフィルターを通すことで、
この局の発信した正弦波(振幅が変動しない、厳密な意味での正弦波)だけが通過し、
それらだけ足し合わせた形になるので、元の形が再現させるわけである。

私は子供の頃、「電波に限っては、
足し合わされずに、それぞれ独立して飛んで来るんだ」とずっと思ってました。(^_^)
乳牛はなぜ毎年年中常に乳が出るの?
乳牛は、毎年、年中、いつも必ず乳を搾れるみたいだが、人間にはできない。
同じ哺乳類なのに、なぜ乳牛だけできるのだろう?

実は、乳牛も人間と同じように、乳は妊娠中と出産直後にしか出ないのだ。
そう言われても、現実には、いつもいつも乳を搾れる。
そんな芸当ができるのも、計画的に毎年妊娠させているからなのだ。
単に飼って放っておいても、いつもいつも乳を搾れるようにはならないのである。

ただし、いつもいつもとはいっても、出産直前の2ヶ月間だけは搾らないらしい。
これは、出産で体力を激しく消耗するので、それに備えて休ませるためらしいのだ。

しかしまあ、単に飼って放っておくだけでいいと思っていたけど、
実際にはこんなにも大変なものだったんですねえ。最近まで知りませんでした (^_^)
市販望遠鏡のレンズはなぜ2枚重ね?
望遠鏡は、レンズを筒の両側の端に1枚ずつ取り付ければ出来上がる筈である。
ところが、市販されている望遠鏡は、眼と反対側には2〜3枚重ねて取り付けられている。
大抵、凸レンズに凹レンズが重ねてある。なぜ、そんな面倒なことをしているのだろう?

それは、レンズを重ねずに作った望遠鏡で、白と黒の境界のあるものを見てみればわかる。
境界の部分が色付きで見える筈だ。
ピントを調整しようとして、青色を消すと赤色が残り、赤色を消すと青色が残る。

これは、光がレンズで屈折させられたとき、無数の色に分かれて少し広がってしまい、
色によって、ピントの合う位置が異なってしまうからだ。
この現象は、屈折率が色によって異なることが原因で起こる現象で、色収差と呼ばれている。

凹レンズが重ねてあるのは、その色収差を補正するためなのだ。

ただし、どんなに上手く重ねても、色収差はどうしても残ってしまう。
色収差をさらに小さくしようと思ったら、レンズの材質を変えるしかない。

だから、値段の高い望遠鏡には、石英レンズやEDレンズが使われているのだ。
石英レンズやEDレンズを使うと、色収差をほとんどなくすことができる。
値段が高いだけのことはあるのだ。

私はEDレンズの双眼鏡を持っているのですが、なぜあんなに高いかわかりました (^_^)
高速増殖炉に安全装置不要は本末転倒
普通の原子炉に代わるものを実現しようと、高速増殖炉の実験が再開されようとしている。

ところが、暴走したときに自動的に緊急停止させる安全装置が、高速増殖炉には付いていないのだ。
普通の原子炉にはそれが付いているのに、高速増殖炉には付いていない。

その理由が驚きである。なんと、

   付いていても、どうせ間に合わないから 

暴走したときのための安全装置も作れないのなら、計画を中止するのが普通だと思うが、
暴走しないことを無理矢理前提にして、安全装置を付けないことにするなんて、本末転倒である。

高速増殖炉で使われる原料は、普通の原子炉の原料に比べ、暴走のスピードが 250 倍ある。
普通の原子炉で1秒かかって上がる温度まで、高速増殖炉なら 0.004秒で上がってしまう。
こんなものを制御し切れるのだろうか?

しかも、熱を取り出すのに液体ナトリウムを使っているので、漏れて空焚きになる危険性大なのだ。
発電用のタービンを回すには水を使っているので、熱を液体ナトリウムから水に移すために、
液体ナトリウムの細い管と水の細い管が多数入り乱れている装置があるが、
液体ナトリウムは水と触れただけで爆発するので、ちょっとしたきっかけで、
その装置が粉々に破壊されて、液体ナトリウムが炉から全部抜けて空焚きになる危険性大なのだ。

ここまで危険をおかしてするほど価値があるのだろうか。とても割が合うとは思えない。

しかしまあ、まさに無理矢理という感じですね。今は頓挫してますが再開されるのが怖いです (;_;)
星までの距離はどうやって測るの?
夜空に浮かぶ星々までの距離は、どうやって測るのだろうか?

以下の方法で測ることができる。

まず、測りたい星について、どの方向に見えるかを測り、半年後にもう一度測り直す。
前回測ったときから地球は太陽の周りを半周しているので、
前回とは、地球の軌道の直径分、つまり3億キロ離れた位置から測り直すことになる。
これで見える方向にずれが検出できたら、ずれの大きさから距離がわかる。

ずれが検出できなかった場合は、測りたい星について、色と見かけの明るさを測る。
距離のわかっている星を解析した結果、
色と本当の明るさ(見かけの明るさと距離からわかる)の間に規則性があることがわかっている
ので、測りたい星についても、色から本当の明るさがわかる。
本当の明るさに対して、測定結果の見かけの明るさがどれくらい暗いかから、距離がわかる。

遠いために、星が個別には識別できず、星の集まりが光の塊になって見えてしまう場合、
すなわち、アンドロメダ星雲のような銀河までの距離を測る場合は、
その銀河の中からセファイド型変光星を捜し出し、変光の周期と見かけの明るさを測る。
セファイド型変光星だけは異常に明るいので個別に識別できる。
距離のわかっているセファイド型変光星を解析した結果、変光の周期と
本当の明るさ(見かけの明るさと距離からわかる)の間に規則性があることがわかっている
ので、そのセファイド型変光星についても、変光の周期から本当の明るさがわかる。
本当の明るさに対して、測定結果の見かけの明るさがどれくらい暗いかから、距離がわかる。

非常に遠いために、セファイド型変光星も個別に識別できない銀河までの距離を測る場合は、
その銀河からの光の波長が、それくらい赤方偏移しているかを測る。
救急車が離れて行くとき、実際の音の高さより低く聞こえるが、光でも同じことが起こる。
銀河が離れて行くとき、実際の光の周波数より低く、つまり赤の方向に偏移して見える。
どれくらい赤方偏移しているかから、後退速度(離れて行く速さ)がわかる。
距離のわかっている銀河を解析した結果、
距離と後退速度の間に比例関係があることがわかっているので、
測りたい銀河についても、後退速度から距離がわかる。

ただし、その比例係数が未だにはっきりしないので、誤差はかなりある。
だから、銀河の距離は「後退速度いくら」で表されることもある。

しかしまあ、最初に挙げた方法以外は、本当に概数でしかないんですね (^_^)
超伝導の電気抵抗ゼロは大袈裟では?
物質の温度を下げて行くと、ある温度で、突然、超伝導状態になって、電気抵抗がゼロになる
と言われているが、いくらなんでも「ゼロ」というのは大袈裟ではないか?
その温度以下でも原子は振動しているのだから、電子がぶつかることだってある筈だ、
と言いたくなる。

ところが、その温度以下になると、本当に正真正銘のゼロになるらしい。

そもそも、電気抵抗があるのは、電子が原子にぶつかるからなんだろうか?

正確にいうと違う。
電子はマイナス、原子はプラスの電荷を持っているので、電子は原子に引かれる。
電気抵抗とは、電子が原子の間を通り抜けて行った結果、電子の速さが遅くなることだが、
惑星の間を彗星が通り抜けて行くときと同じように、
離れて行くときの速さは、近づいて来たときの速さと同じになり、遅くはならない。
ただし、物質が激しく振動していると、つまり、原子が激しく往復運動していると、
通り抜けて行くときの軌道が乱されて、離れて行くときの速さが遅くなる。
これが電気抵抗である。

この説明から、
絶対零度にすると電気抵抗がゼロになるのは、原子の往復運動が完全になくなるからだ、
と思いたくなるが、それが、そう単純ではないのだ。
原子の間を電子が通り抜けたとき、原子の方も電子に引き寄せられて、往復運動が始まる。
絶対零度でも、電流を流せば原子が往復運動を始めてしまう。理由は他にある筈だ。

実は、原子がほんの少し往復運動したままでも電気抵抗がゼロになる理由がちゃんとある。

原子の間を電子が通り抜けた直後は、
原子がそこに集まって、そこだけプラスの電荷が多目になり、
少し経つと、原子はそこから離れて、そこだけプラスの電荷が少な目になる。
別の電子が、
プラスの電荷が多目になったときにやって来て、
プラスの電荷が少な目になったときに離れて行ったらどうなるか?
近づくときに引かれて加速され、離れて行くときに引き戻されて減速されるが、
加速の度合いの方が、減速の度合いより大きくなり、
離れて行くときの速さの方が、近づいて来たときの速さより速くなる。
つまり、前の電子から奪われたエネルギーを取り返すことができる。
超伝導状態では、そういう現象が起こっているらしいのだ。

その結果、トータルで見ると、電気抵抗がゼロになっているのである。

しかしまあ「超伝導で電気抵抗がゼロ」のゼロが正真正銘のゼロだなんて、ほんと驚きました (^_^)
1秒を閏秒不要に定義するのは不可能
世界中の時刻を一斉に1秒ずらす閏秒(うるう秒)というものがある。
1秒の長さを、正確に、1日の長さの 1/24 の 1/60 の 1/60 に定義すれば、
閏秒なんか要らなくなるように思える。なぜ、そう定義しないのだろう?

それは、1日の長さが、僅かではあるが、毎日不規則に変動するからである。
1日とは、太陽の見える位置が、一周して同じ位置に来るまでの時間だが、
それが毎日変動するのである。
変動の仕方が規則的なら平均に合わせればいいのだが、
不規則だから、時間のずれがどちら側に積み重なるのか、予測がつかないのだ。

それなら、1秒の長さを毎日少しずらして、
時間のずれを毎日少しずつ補正して行けばいいように思えるかもしれないが、
人類の作り出した時計(セシウム原子時計)があまりにも正確なために、
1秒の長さを毎日少しずらすことにしたら、その正確さを活かせなくなってしまう。
それで仕方なく、ずれが1秒積み重なってから閏秒で補正する方法を採っているのである。

しかしまあ、時計があまりにも正確過ぎると、それを活かすのも大変なんですねえ (^_^)
理科年表に光の速さが載ってない理由
光の正確な速さを調べようと思って理科年表の中を捜しても、なぜかどこにも載っていない。
光の速さはあらゆる現象の基本の筈だ。それが載っていないなんて、一体どうなってるんだろう?

実は、理科年表の中に、違った形で載っているのだ。それは...

 1mとは、光が 1/299792458 秒の間に進む距離。

これは、光が 1/299792458 秒の間に進む距離を1mと定義する、と言っているのだ。
言い換えると、光が1秒の間に進む距離を 299792458mと定義する、と言っているのだ。

普通に考えると、
光が1秒の間に進んだ距離を、他で作った物差しで測って、これが光の速さだ、と言うのが自然だ。
ところが、実際には、
光が1秒の間に進んだ距離に合わせて物差しを作れ、
物差しを作るときは、光が1秒の間に進んだ距離に合わせて 299792458mとなるように目盛りを付けろ、
と言っているのだ。

つまり、理科年表は、
1mが実際にはどれくらいなのかは、光の速さを基準にして取得してくれ、という考え方なのだ。

昔は、1mが実際にはどれくらいなのかは、メートル原器という棒を元に取得していた。
ところが、メートル原器は、ほんの僅かだが温度によって長さが変化する。
今日のように各種機械の精度が異常に高くなって来ると、その変化の量が無視できなくなり、
基準としては使い物にならなくなったのだ。

そこで、
絶対に変化しないものはないか捜した結果、光が一定時間に進む距離に白羽の矢が立ったわけだ。
もちろんこれは、
1秒の長さも、絶対に変化しない方法で規定されているからこそ成り立つ話なのだが...

光の速さを基準に1mの長さを規定しているのだから、光の速さが秒速何mかなんて測りようがない。
そういうわけで、光の速さの測定値は理科年表から消えたわけだ。

しかしまあ、
一体いつの間に光の速さの方を基準にするようになったんでしょうね。いやー驚きました (^_^)
犬用のミネラルウォーターがある?
最近はドッグフードも贅沢になり、
愛犬が栄養の摂り過ぎで成人病になるのを心配しないといけないくらいだ。

その愛犬用に、何と、ミネラルウォーターまで売られているらしい。

このミネラルウォーター、北アルプスの湧水に、ビタミンが加えられたものなのだが、
人用と違うのは、味付けがしてあるところだ。ミート味なんだそうである。

それで、気になるお値段の方だが、なんと、

    1.5 リットル入り 480円

人用より高い!

この値段でも買う人がいるからなんだろうが、それにしても高い。

しかしまあ、いくら愛犬でも、こんな高いものを与えるなんて、やり過ぎのような気が... (^_^)
信号待ちでエンジン停止は環境に悪い
車が信号待ちするときにエンジンを止めると、
止めている間は二酸化炭素が出ないので、その分環境にいい筈だ。
ところが、シミュレーションを行ってみると、
止める時間が15秒以下の場合は、かえって環境に悪いことがわかったらしい。

エンジンを再始動するときに、確かに少し余分に燃やさないといけないのだが、
余分に燃やすとはいっても大した量ではないので、それが原因ではないらしい。
それでは何が原因なんだろうか?

それは、エンジンを再始動させてから発進したのでは、発車するのが少し遅れ、
その分、渋滞がひどくなるからだそうだ。
つまり、飽くまで渋滞が絡んだ上での話なのだ。
しかし、人口が一極集中していることの弊害が、こんなところにまで及んでいるとは...

しかしまあ...

中小企業が東京に集まっているのは、
大企業の下請けの仕事しかとれず、その大企業が東京に集まっているから。

大企業が東京に集まっているのは、許認可や公共事業のために官僚を買収しないといけないから。
つまり、接待して機嫌をとって賄賂を渡すことで自分達のために汚職してもらわないといけないから。

この図式、いい加減に何んとかならないものでしょうかねえ (^_^)
恐怖の携帯GPSとは?
最近の会社は、携帯電話を営業マンに買い与えているところも結構あるが、
営業マンにとってはあんまり嬉しいものではないようだ。
いつ会社からかかって来るかわからず、気が休まらないからだ。

ところが、その上を行くものが現れた。携帯GPSだ。

カーナビのようなもので、自分が今どこにいるのか、正確な位置がわかるのだ。
元々は、山で道に迷ったときに遭難しないためなど、アウトドア用として売り出されたのだが、
その後、都市用のものも売り出されるようになった。
都市用のものは、都市地図と一緒に映るようになっていて、どの建物の中にいるのかわかる。

そしてついに... 会社向けのものが売り出された。
携帯GPSを持たせた営業マンが今どこにいるのか、会社にわかるようになっているのだ。
営業マンが喫茶店でちょっと休憩しただけで、すぐに会社にバレてしまう。
これではサボるなんて不可能。その結果、売り上げアップにつながるというわけ。

しかしまあ、ここまですると、
営業マンは、気になってかえって仕事に専念できなくなると思うのですがねえ (^_^)
役目終えた宇宙ステーションの捨て方
宇宙ステーションは、人間が暮らすための広さや設備が必要なので、どうしても大きくなってしまう。
例えば、ロシアの「ミール」は、全長13m、直径4.3mもある(下図は予備機。展示用に一部改造あり)

    

しかも、絶対に空気が漏れてはいけないので、壁はかなり頑丈に作られている。
そういうものが大気圏に突入すると、バラバラになっても、燃え尽きずに地面まで落ちて行く。

役目を終えたからといって、自然に任せて放っておくわけには行かないのだ。

「ミール」も役目を終えたので処分しないといけなくなったのだが、
実は、今年(2001年)の3月に処分された。

そのときの方法だが、ニュージーランドと南米の中間あたりの海に落としたのだ。
もちろんバラバラになって、破片はかなり広い範囲に広がって落ちた。
それで、なぜ被害が出なかったのかというと、その辺一帯には島がなく全く人が住んでいないからだ。

というより、地球上で全く人が住んでいない地域がそこだったので、
ピンポイントで正確にそこに落ちるように逆噴射を制御して、狙い通りにそこに落としたのだ。
落とすだけとはいっても、
北海道から九州まで数分で移動するくらい速いものを落とすのだから、高度な技術は必要である。

しかしまあ、技術の粋を集めたものの捨て方がそんな荒っぽい方法だなんて、何か笑えますねえ (^_^)
妊娠中はコンタクトレンズはタブー
コンタクトレンズは眼にとっては異物である。
異物なのになぜ眼が傷つかずに済むのかというと、
絶え間なく涙が分泌されて眼を守ってくれているからだ。

ところが妊娠すると、
ホルモンの関係で涙の分泌量が減るので、コンタクトレンズを付けると眼が傷つきやすいのだ。
また、角膜の厚さも変わるので、度が合わなくて頭痛やめまいを起こすこともあり、危険だ。

そういうわけで、妊娠中はコンタクトレンズはタブーなのである。

妊娠すると虫歯が悪化する話は知ってたのですが、
コンタクトレンズにもそんな問題があったんですねえ (^_^)
衛星放送になぜBSマークを入れるの?
NHKの衛星放送を見ていると、画面の右上にたまにBSマークが表示される。
折角映画を楽しんでいるのにあれが表示されると結構気になる。
見たい箇所に丁度あれが表示されたりなんかしたら、目も当てられない。
NHKは、なぜBSマークなんか表示するのだろうか?

それは、韓国や中国や台湾などの国でも受信できてしまうからだ。
契約料を払わずに見る程度ならまだいいのだが、中にはテープに録画して売る人がいるらしいのだ。
そこで、せめて買った人にくらいは海賊版だとわかってもらおうと、たまにあれを表示しているわけ。

しかしまあ、テープに録画して売るなんて、海外には、極端なことをする人がいるんですねえ (^_^)
お吸物の蓋ひっくり返し閉じてはダメ
お吸い物を飲み終わったとき、蓋をひっくり返して閉じる人が結構いる。
飲み終わったことがわかるようにとの配慮からだが、かえって相手に手間をかけさせるのだそうだ。

ひっくり返して閉じた蓋を、しばらく経ってから自分で開けてみればわかるが、中々外れないのだ。
蓋の角度をずらしてやろうと蓋の端を押したりすると、
角度がずれるときに、お椀の内側の塗料が剥がれて傷が付いたりする。

それで、蓋をひっくり返さずに普通に閉じた方がいいというわけ。

「旅館でそんなことしたら、飲み終わったかどうか相手がわからなくて困るんじゃないの?」
と思うかもしれないが、プロには微妙なずれでちゃんとわかるんだそうだ。

私も、最近まで、蓋をひっくり返して閉じてました。そんな弊害があったんですねえ (^_^)
熱帯魚をなぜ一匹だけで飼うとダメ?
熱帯魚は、アパートやマンションでも飼えるので、結構人気があるのだが、
飼うときの注意として、水槽には何匹か一緒に入れて一匹だけにしない方がいいとよく言われる。
一匹でも二匹でも同じような気がするが、なぜだろうか?

それは、一匹になると、ストレスを感じて病気になってしまい早死にすることがあるからだそうだ。
熱帯魚は元々群れをなして暮らす習性があり、群れをなしている間は外敵への恐怖が和らぐのだが、
一匹になると外敵への恐怖から強烈なストレスを感じてしまうらしい。
ある人の実験によると、一匹にすると群れをなしているときより酸素の消費量が増えるらしいのだ。

そういうわけで、水槽には何匹か一緒に入れた方がいいようだ。

病気の話で思い出したのだが、
私は昔、しっぽの毛一本分だけだが、競走馬に出資したことがあった。いわゆる共有馬主というやつ。

それでわかったのですが、競走馬って意外と病気するんですねえ。
これからというときに顔面神経痛で引退していったときは、ほんとにがっくりしました (^_^)
百円ライターのシールは剥がすと損
百円ライターを買うと、
見苦しいからかシールを剥がす人がいるようだが、あのシールは念のため剥がさない方が得だ。

なぜなら、そのシールをよく見ると、
上の方に、Safety Goods マークと対人賠償責任保険付きという文字が印刷されていて、
このシールが付いていると、万が一事故が起こった場合に保険が適用されるからだ。

しかしまあ、あのシールにそんな意味があったとは、最近まで、ちっとも知りませんでした。(^_^)
エレベータで重量超過後1人は乗れる
エレベータを待っているのは自分達の仲間だけ、やって来たエレベータは空、
こんなとき、最後の一人が乗った途端、重量オーバーのブザーが鳴ると、実に悔しい思いがする。
誰か一人残らないといけないし、先に行った人達はエレベータを降りてから待っていないといけない。
たった一人分超えているだけなのに、何んとか重量オーバーを解消できる方法はないものだろうか?

実は、確実ではないのだが、方法があるにはある。
まず、エレベータの中で壁にもたれかかっている人がいたら壁から離れる。
それでダメなら、全員が出来るだけ中央に集まる。
これだけで、重量オーバーが解消されることが結構あるのだ。

逆にいえば、壁まで一杯に広がって乗ると不利、壁にもたれかかったらもっと不利、ということになる。
しかし、なぜ、乗る場所によって、不利になるのだろうか?

それは、エレベータは複数のロープで吊るされていて、
その中の一本でも、それにかかる重さが制限値を超えると、重量オーバーになるからだ。
つまり、壁まで一杯に広がったり壁にもたれたりすると、
籠が傾いて、一本だけ制限値を超えてしまうことが起こりやすいのだ。
それで、重さが均等にかかりやすいように、壁から離れたり中央に集まったりするというわけ。

昔、デパートでエレベータに乗っていて重量オーバーのブザーが鳴ったとき、
エレベーターボーイが「壁にもたれかかっておられる方、恐れ入りますが離れていただけますでしょうか」
と言い、その人達がその通りすると、ブザーが止ったのをみて、このことを知ったんです (^_^)
ソフトバグには製造物責任が問えない
製造物責任法ができてから、電化製品が原因で火事になったりした場合に、
製造元に損害賠償を請求できるようになった(ただし、買ってから一定期間内という制限はある)。

ところが、例えば会社で、
ソフトウェアの障害によって、百万件ある顧客データが全部消えて入力し直しになり、
もの凄い労力が掛かっても、損害賠償を請求することができないのだ。
運用を含めて任せるような契約をしていれば、入力し直しの労力を負担させることができるかも
しれないが、そういう契約でもしてない限り、単にソフトウェアの修正を請求できるだけだ。

これは、ソフトウェアだけ製造物責任法の対象から除外されているからだ。
このことは、意外と知られていない。

それなら、電化製品の中に入っているROMのソフトウェアの障害が原因で火事になった場合も、
損害賠償を請求できないのかというと、こちらは請求できる。
ROMだけは、中味が何で出来ているかに関係なく、部品とみなすことになっているからだ。

そういうわけで、ディスクのソフトウェアを使う場合と、ROMのソフトウェアを使う場合とでは、
法律上の扱いが全然違うことを、使う側も意識しておいた方がいい。
つまり、ディスクのソフトウェアを使う場合は、
障害が発生しても最悪の事態は免れるように、使い方を工夫した方がいいというわけ。

しかしまあ、ROMかROM以外かで全然違うなんて、普通の人は知らないですよねえ (^_^)
上越へは上越新幹線でなく北陸新幹線
新幹線の工事が次々に完了して行くと、上越市にも新幹線だけで行けるようになる。
そうなったとき、上越市出身の人が「さあ田舎へ帰ろう」と思って上越新幹線に乗ったとする。
すると... あれれ、上越市を通ることなく新潟に着いてしまった、なんてことになってしまう。

上越新幹線なのに、なぜ上越市に行けないんだ!

それは、上越新幹線の上越は、上越市の上越とは意味が違うからだ。
上越新幹線がなぜそう名付けられたのかというと、在来線の上越線と並んで走っているからだ。
それでは、在来線の上越線がなぜそう名付けられたのかというと、
上野(こうずけ)(今の群馬県)と越後(今の新潟県)を結んでいるからだ。
一方、上越は越後(今の新潟県)の中の西の地区のこと。
まあ、新潟県という点で関連はあるのだが、新潟県は広いので、実質的には違う場所と言っていい。

上越新幹線で行けないのなら在来線で行くしかないのかというとそんなことはなく、北陸新幹線で行ける。
北陸新幹線とは俗に長野行新幹線と呼ばれている路線のことだ。
(因みに、なぜ「長野行」と「行」の字が入っているのかというと、
 「長野新幹線」にしてしまうと、長野から先の県民が「長野で打切りにする気か!」と言って怒るから)

そういうわけで、上越市に行くには、上越新幹線ではなく、北陸新幹線に乗らないといけない。

さて、北陸新幹線の長野から先の区間が開業されたとき、
JRは、上越市を通らない方を「上越新幹線」と呼び続けるつもりなんだろうか?
そのままにしておいたのでは、混乱が起きて間違える人が続出すると思うのだが...
長野から先の区間を開業するにあたり、何らかの対策が要ると思う。

いっそのこと、道路の名前に合わせて「関越新幹線」とでもすればすっきりするんですがねえ (^_^)
コンコルドはタイヤ事故だけ特に多い
2000年の夏、パリでコンコルドが離陸直後に墜落したが、その原因が、
離陸滑走中にタイヤが爆発して燃料タンクを直撃し破壊したことだという話は、よく知られている。
あのときは、コンチネンタル航空機が滑走路に部品を落として行ってそれを踏んだのが主な原因のようだが、
コンコルドが他の機種に比べてやたらにタイヤを酷使していることも原因の一つかもしれないのだ。

過去にあったトラブルの発生箇所を比べると、コンコルドだけがやたらにタイヤ関係に片寄っている。

片寄るのにはちゃんと理由がある。
コンコルドだけ翼が特殊な形をしているが、あれは音速を超えたときに都合がいいように決めた形だ。
あの形だと、もの凄いスピードが出るまで浮けないので、もの凄いスピードで滑走路を走ることになる。
(コンコルドの離陸速度は、確か、ジャンボジェットよりも100km/h以上速い)

それで、タイヤがすぐに焼けてしまうらしいのだ。

あの事故の後、
タイヤが爆発しにくいように、また燃料タンクが簡単には壊われないように、改良したとのことだ。

しかしまあ、あれほどのものなのに、弱点は意外なところにあるんですねえ (^_^)
なぜ朝焼けより夕焼けの方が紅いの?
朝焼けと夕焼けでは、夕焼けの方がずっと紅い。
東にあるか西にあるかが違うだけで、それ以外の条件は全く同じ筈なのに、
なぜ夕焼けの方が紅いのだろうか?

まず、朝焼けや夕焼けが紅くなる理由だが、
朝や夕方は、太陽の光が斜めから入るので、光が大気中を進む距離が長くなり、
青い成分が大気中の塵で全部反射してしまって、まっずぐ進むのが赤い成分だけになるからだ。

昼間も同じことが起きているのだが、反射の度合いが小さいので、黄色になっているのだ。

それでは、朝と夕方で大気中を進む距離が同じなのに、
なぜ夕方の方が反射の度合いが大きくなるのかというと、夕方の方が大気中の塵の量が多いから。

昼間、工場からばい煙が出たり、車が増えて排気ガスが増えたり、
乗り物が動きまって地面から塵が舞い上がったりして、夕方に大気中の塵が多くなるのだ。

要するに、塵が舞い上がるようなところに住んでいるから、夕焼けの方が紅くなるわけ。

そういえば、田舎の方に行くと、夕焼けも朝焼けと同じくらいの紅さですよねえ (^_^)
原子炉の爆発は発火や核爆発ではない
原子炉が爆発するほどの事故というのは滅多にないのだが、それでも世界で過去に数回起きている。
原子炉が爆発するというと、原子爆弾を連想して核爆発が起こるんじゃないかと思うかもしれないが、
実際には、核爆発が起きるわけではないし、爆発物が発火するわけでもない。

それでは、何が起こるのかというと、水が一気に水蒸気になるのだ。

原子炉の中の下の方には、水が溜まっている。
冷却が上手く働かなくなると炉心が熱で融け落ちて、その水溜りの中に落ちるのだが、
その、融け落ちた炉心の温度が、想像を絶する程高いのだ。核分裂反応で発生する熱は桁が違う。
それで、水が水蒸気になるなり方が半端ではなく、本当に一瞬でなるのだ。

あまりにも一瞬でなるので、「水蒸気爆発」と呼ばれているくらいだ。

やっぱり、原子力というのは、人間の手に負えるようなものじゃないような気が... (;_;)
トイレ扉を使用時閉められない旅客機
以前、広島西空港から小松空港まで飛行機を利用した。
使用機は「Jet Stream Super 31」という、かわいらしい飛行機だった。

Jet Stream Super 31 は旅客機としてはかなり小さく、座席は20席くらいしかない。
そのためか、スチュワーデスもスチュワードも乗っていなかった。
ところがである。こんな小さな飛行機にもかかわらず、トイレはちゃんと付いているのだ。

ただし... トイレの扉を開けると、なんと、
部屋一杯を便座が占めている、というか便座がぴったり収まる広さしかないのだ。
だから、足を通路に置いたまま、腰だけトイレに入れて座って使うのだ。
えっ? トイレの扉はどうするかって?
扉は開けっ放しにしたまま、使うのだ。

扉を開けっ放しにしたまま使えるか!って怒りの声が聞こえそうだが、
そこは上手く設計してある。

  ___________
    | || /\ |
    |席|||○||
    | ̄|| \/ |後
 前方 |席| \   |の
     ̄ ̄   \  |壁
    __   扉\ |
    | ||    |
    |席|| __ |
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ドア ̄ ̄ ̄

トイレの扉を開けた状態で、丁度、客室からの視界が遮られるようになるのだ。
誰が考えたのか知らないが、よくできていると思う。

しかしまあ、トイレの扉を開けたときは、ほんと驚きました。結局使いませんでした (^_^)
星雲とは銀河系外の星の集まりの事?
アンドロメダ星雲や大マゼラン星雲は銀河系の外にある星の集まりだ。
そのことから、星雲(Cloud)とは銀河系の外にある星の集まりのことのように思える。
ところが、かに星雲は銀河系の中にあるガスの集まり(光っている)だ。
一方は銀河系の外にある星の集まり、他方は銀河系の中にあるガスの集まりで、
全然別物なのに、なぜ、どちらも星雲と呼ぶんだろうか?

実は、アンドロメダ星雲という名前が付けられた時代には、望遠鏡が発達してなかったので、
それが星の集まりだということも、銀河系の外にあるということも、わからなかった。
それで、点ではない広がりのある光、つまり雲みたいに見えるものは、
すべて星雲(Cloud)と呼ぶようになったのだ。

ところで、オーストラリアのカウラの町から十キロ以上離れた、
もの凄く空気の澄んだ山奥にある個人経営の天文台で、大マゼラン星雲を見たことがある。
肉眼で見ると、その辺りが周りよりほんの少しだけボヤっと明るいだけだったので、がっかりした。
望遠鏡で見せてもらったらはっきり見えたのだか、肉眼ではその程度の見え方だった。

銀河系に最も近い大マゼラン星雲でさえそうなのだから、
アンドロメダ星雲が、望遠鏡で見たときでさえ、光芒が見えるだけ、という話は納得できる。

アンドロメダ星雲も、かに星雲も、昔は同じようなものだと思われたのも無理はない。

しかしまあ、昔の状況を考えれば、見た目の違いでそう呼ばれていたとわかりそうなものですが
現代は便利なもので溢れかえっていて、そういう状況だと気付きにくいんでしょうねえ (^_^)
交流モータが首振りにならず回る理由
交流モータの仕組みを表す図として、よく、下図のようなものが描かれている。

      永久磁石
        ↓

       /N
  ∽∽   ●   ∽∽
 | |S/    | |
 | |      | |
 | |      | |
 | |      | |
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 交流電源
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

しかし、この図の通りに作ったら、回転せずに左右に首を振るだけになる筈だ。
回転させるには、一旦、外部から力を加えて、回してあげないといけない。
回転方向は、力を加えるときにどちら向きに力を加えたかで決まる。
力を加えるにしても、交流の波形の変化に逆らって加えても回らないので、タイミングが難しい。

ところが、実際には、
電源を入れると、外部から力を加えなくても回転し始めるし、回転方向も毎回同じだ。
一体どうなっているんだろうか?

それは、上の図が、仕組みの説明を簡単に済ませるために、一部、手抜きをして描いてあるからだ。
本当は、そういうことにならないように工夫してある。下図はその工夫の一例だ。

       _________ 
      §          |
      §_______   |
               | |
       /N      | |
  ∽∽   ●   ∽∽  | |
 | |S/    | |  | |
 | |      | |  | |
 | |   § ̄ ̄| ̄| ̄ ̄  |
 | |   §__|_|__  |
 | |      | |  | |
 | |      | |  | 〓 コンデンサ
 | |      | |  | |
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄   ̄ ̄| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 交流電源
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

コンデンサが入っている方は、交流の波形が3/4周期遅れる。
一周期毎に同じ波形が繰り返されるので、1/4周期進むと言い換えてもいい。
その結果、4つの電磁石の磁性は、以下の順で切り替わって行く。

     N         ・         S         ・  
                                      
   ・ ● ・  →  S ● N  →  ・ ● ・  →  N ● S
                                      
     S         ・         N         ・  
                                      
     ↑                             |  
     |                             |  
       ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄   

交流の周波数が一定なら、電磁石の磁性の切り替わって行く速さも一定だ。
中の棒は、静止状態から一気にその速さで回転することはできないので、
電磁石の磁性の状態と中の棒の位置関係によっては、回転を邪魔するように力が働く瞬間がある。
その結果、回転を助けるように力が働く瞬間と邪魔するように力が働く瞬間が交互にやって来る。

一見、回転を助ける効果と邪魔する効果が相殺されて、回転しないように思えるが、
実際には、平均したときに助ける効果の方が大きいので、中の棒は、徐々に回転速度を上げて行き、
最終的には、電磁石の切り替わって行く速さと同じになる。

しかしまあ、説明を簡単にするために手抜きをして描いてあるとは、思ってもみませんでした (^_^)
スイングバイは時間対称なのに加速?
宇宙船を天王星や海王星や冥王星に向かわせるとき、
よく、途中の惑星でスイングバイの技法を使って加速させるというが、
よく考えると加速させることなんかできないように思える。

その惑星に最も近づく時点の前と後で、時間的に完全に対称になり、速度も対称になる筈だから、
その惑星に近づいて行くときの速さと、その惑星から離れて行くときの速さは同じになり、
全然、加速されないように思えるからだ。

しかし、実際にはちゃんと加速されている。一体どうなっているのだろうか?

それは、近づいて行くときの速さと、離れて行くときの速さが同じとはいっても、
その惑星を基準にしたときの速さのことをいっているだけであって、
太陽系全体を基準にしたときは、その惑星自体が動いているので、
近づいて行くときの速さと、離れて行くときの速さは同じにはならないからだ。

    .→→→→→→→→
   /
  ↑● ⇒
   \
    '←←←←←←←←

例えば、惑星(●で表されている)の動きと宇宙船の動きの関係が上図のようになっている場合、
近づいて行くときの速さより、離れて行くときの速さの方が、丁度、惑星の運動速度の2倍分速い。

要するに、スイングバイというのは、惑星の運動の一部を奪うことなのだ。
(とはいっても、惑星は宇宙船に比べると桁外れに重いので、惑星の運動の変化はほとんどゼロ)

しかしまあ、スイングバイが惑星の運動の一部を奪うことだったとは、気づきませんでした (^_^)
アラビア数字はアラビアが起源でない
     0 1 2 3 4 5 6 7 8 9

をアラビア数字という。
名前の感じからアラビア語の数字だと思っている人がいるかもしれないが、アラビア語の数字は、

    

で、全然形が違う。

それじゃあ、アラビアで考え出されたから? それも違う。

アラビア数字は、インドで考え出された数字なのだ。

当時、インドとヨーロッパはアラビア商人を介して貿易が行われていて、
アラビア商人がインドの数字をヨーロッパに伝えるとき、当然、アラビア語で書かれた書物を使っていた。

ヨーロッパ人が、アラビア語で書かれた書物に載っているのを見て、
アラビアで考え出された数字だと勘違いしてアラビア数字と呼ぶようになり、
それが世界中に広がって、その結果、世界中でアラビア数字と呼ばれるようになったわけ。

本当はインド数字と呼んでもいいくらいなのだ。

アラビア数字が伝えられる前、ヨーロッパではローマ数字が使われていた。
ローマ数字は、一の位はI,Vで、十の位はX,Lで、百の位はC,Dで、千の位はMで表し、
例えば、4888は MMMMDCCCLXXXVIII とやたらに長く、一目では読み取りにくい。
計算をローマ数字で書きながら行ってみるとわかるが、大変なのだ。
アラビア数字が如何に優れているかがわかる。

しかしまあ、この優れた書き方をインド数字と呼んでもらえないなんて、インド人はかわいそうですね (^_^)
注射針は板を丸めて溶接(?)して作る
注射針は管になっているが、あの管は、薄い板を丸めて板の端同士を溶接して作っている。
しかし、あそこまで細くしてしまうと、溶接なんてできるとは思えない。
一体どうやって作っているのだろうか?

実は、溶接するときは、直径4mmの太さにまでしか丸めずに溶接しているのだ。
だから、溶接した時点では、直径4mmの管ができている。
もちろん、そんな太い管を作っても、そのままでは注射針に使えない。

そこで、穴の開いているダイヤモンド製の塊のその穴に通すのだ。
その穴は、一方はその管の太さより広いが、もう一方は注射針の太さと同じくらい狭くなっている。
管を、穴の広い側から入れ、穴の狭い側から引っ張り出して引き伸ばすことで、
太い部分を、どんどん注射針と同じ太さにして行くのだ。
その結果、あの細い管が出来上がるというわけ。

しかしまあ、まさか穴を通して引き伸ばすことで細くしているとは、思いませんでした (^_^)
しし座流星雨は上に向かっても降る?
流れ星は、宇宙の塵が地球の大気に飛び込み、空気との摩擦で燃え上がって光ったものだ。

しし座流星雨は、しし座の付近から多数の流れ星が放射状に広がる現象のことをいう。
多数の流れ星が現れるのがまるで雨が降るように見えるので「流星雨」という名前が付けられているが、
降るとはいっても放射状にだがら、中には、上に向かって降るものもいる。

毎年11月の中頃に起こり、
今年(2001年)は日本時間で11月18日の夜(予想では19日午前2時頃に極大)に起こる。

なぜしし座の付近から放射状に広がるのかというと、塵がすべてしし座の方向から飛び込んで来るからだ。
地球に飛び込んで来たものが自分に向かって来るとはいっても、少しはそれる。
右にそれたものは右に向かって広がり、左にそれたものは左に向かって広がり、
下にそれたものは下に向かって広がり、上にそれたものは上に向かって広がる。
だから、放射状に広がるわけだ。

それでは、なぜ塵がすべてしし座の方向から飛び込んで来るのかというと、
毎年11月の中頃、地球はしし座の方向に動いていて、その状態で、塵が大量に漂っているところを通るから。
そこを通るのが、今年(2001年)は日本時間で11月18日の夜というわけ。

塵が大量に漂っているのはそこだけではないので、しし座流星雨以外にも流星雨はある。例えば、
 りゅう座流星雨、こと座流星雨、みずがめ座流星雨、ペルセウス座流星雨、おうし座流星雨、
 ジャコビニ流星雨、オリオン座流星雨、ふたご座流星雨、こぐま座流星雨
などがある。

なぜ塵が大量に漂っているのかというと、彗星がそこを通って大量の塵を撒き散らして行ったからだ。
塵の元になった彗星のことを「母彗星」といい、しし座流星雨の場合はテンペル・タットル彗星だ。

今年(2001年)は、世界で日本が一番条件がいいそうなので、見てみようと思います (^_^)
3次方程式の解の公式の見付け方
 ax3 + bx2 + cx + d = 0
 x3 + (b/a)x2 + (c/a)x + d/a = 0
 (x + b/(3a))3 - 3x2b/(3a) - 3xb2/(9a2) - b3/(27a3) + (b/a)x2 + (c/a)x + d/a = 0
 (x + b/(3a))3 - (b/a)x2 - (b2/(3a2))x - b3/(27a3) + (b/a)x2 + (c/a)x + d/a = 0
 (x + b/(3a))3 + ((3ac - b2)/(3a2))x + (27a2d - b3)/(27a3) = 0
 (x + b/(3a))3 + ((3ac - b2)/(3a2))(x + b/(3a)) - (3abc - b3)/(9a3) + (27a2d - b3)/(27a3) = 0
 (x + b/(3a))3 + ((3ac - b2)/(3a2))(x + b/(3a)) + (27a2d - 9abc + 2b3)/(27a3) = 0

x + b/(3a) を y とおくと、

 y3 + ((3ac - b2)/(3a2))y + (27a2d - 9abc + 2b3)/(27a3) = 0

見やすくするために、(3ac - b2)/(3a2) を p、(27a2d - 9abc + 2b3)/(27a3) を q と記述すると、

 y3 + py + q = 0

y = u + v とおき、以下の式を満たすような u と v の対をすべて求める。

 (u + v)3 + p(u + v) + q = 0
 u3 + 3u2v + 3uv2 + v3 + p(u + v) + q = 0
 u3 + 3uv(u + v) + v3 + p(u + v) + q = 0
 (u3 + v3 + q) + (3uv + p)(u + v) = 0  ‥‥‥ (A)

これを満たすような u と v の対を、取り敢えず、できるだけ多く求めることを考える。
そこで、以下の式を満たすような u と v の対をすべて求める。

 u3 + v3 + q = 0 かつ 3uv + p = 0
 u3 + v3 = - q かつ uv = - p/3  ‥‥‥ (B)

(B)を満たすような u と v の対をすべて求めるには、
(C)を満たすような u をすべて求め、各 u に対して(B)を満たすような v を求めればよい。
そこで、(C)を満たすような u をすべて求める。

 v3 + u3 = - q かつ (uv)3 = (- p/3)3 ‥‥‥ (C)
 v3 = - u3 - q かつ u3v3 = - (p/3)3

v3 = - u3 - q を u3v3 = - (p/3)3 に代入すると、

 u3(- u3 - q) = - (p/3)3
 u3(u3 + q) = (p/3)3
 (u3)2 + q(u3) = (p/3)3
 (u3)2 + q(u3) + (q/2)2 = (q/2)2 + (p/3)3
 (u3 + q/2)2 = (q/2)2 + (p/3)3
 u3 = - q/2 + √((q/2)2 + (p/3)3) または u3 = - q/2 - √((q/2)2 + (p/3)3)

見やすくするために、- q/2 + √((q/2)2 + (p/3)3) を s、- q/2 - √((q/2)2 + (p/3)3) を t と記述すると、

 u3 = s または u3 = t

一般に、z3 = r を満たすような z すなわち r の立方根は3つあり、それらの間には下図の関係が成り立つ。

         ×ω
    立方根 ―――→ 立方根
     ↑        |
     |        |
      ―― 立方根 ←―
     ×ω      ×ω

   ただし、ω = (- 1 + i√3)/2

どれでもいいからどれか1つを z0 と記述すると、立方根は z0, z0ω, z0ω2 の3つである。

s の立方根のどれか1つを f、t の立方根のどれか1つを g と記述すると、
(C)を満たすような u は以下の6つである。

 f, fω, fω2, g, gω, gω2

ここで、以下の点に着目する。

 (fg)3 = f3g3 = st
     = (- q/2 + √((q/2)2 + (p/3)3))(- q/2 - √((q/2)2 + (p/3)3))
     = (q/2)2 - ((q/2)2 + (p/3)3) = - (p/3)3 = (- p/3)3
 fg = (- p/3)ωn
 - p/3 = fgω-n
 ただし、n は 0, 1, 2 の中のどれなのかはわからないが、どれか特定の値。
     n がどの値になるかは、立方根のどれを f や g と記述したのかに依存する。

この点を踏まえて、各 u に対して uv = - p/3 すなわち v = (- p/3)/u を満たすような v を求めると、

 u = f    のとき v = (- p/3)/ f     = fgω-n/ f     = gω-n
 u = fω  のとき v = (- p/3)/(fω ) = fgω-n/(fω)  = gω-n/ω
 u = fω2 のとき v = (- p/3)/(fω2) = fgω-n/(fω2) = gω-n2
 u = g    のとき v = (- p/3)/ g     = fgω-n/ g     = fω-n
 u = gω  のとき v = (- p/3)/(gω ) = fgω-n/(gω)  = fω-n/ω
 u = gω2 のとき v = (- p/3)/(gω2) = fgω-n/(gω2) = fω-n2

これらの u と v の対は(C)を満たすので、u3 + v3 = - q を満たすのは自明である。
よって、(B)を満たすような u と v の対は、これらの6つである。
よって、(A)を満たすような u と v の対は、最低でも6つある。
この結果から、y3 + py + q = 0 を満たすような y すなわち u + v が、最低でも6つあるかのように見える。

ところが、gω-n を h と記述すると、(A)を満たすような u と v の対は、

 u = f      のとき v = gω-n     = h
 u = fω   のとき v = gω-n  = h/ω
 u = fω2   のとき v = gω-n2 = h/ω2
 u = hωn   のとき v = fω-n     = f/ωn   ‥‥ (ア)
 u = hωn+1 のとき v = fω-n  = f/ωn+1 ‥‥ (イ)
 u = hωn+2 のとき v = fω-n2 = f/ωn+2 ‥‥ (ウ)

ω3 = 1 なので、
n = 0 のときは ωn = 1  、ωn+1 = ω  、ωn+2 = ω2 に合わせて (ア)(イ)(ウ) の順に、
n = 1 のときは ωn = ω  、ωn+1 = ω2 、ωn+2 = 1  に合わせて (ウ)(ア)(イ) の順に、
n = 2 のときは ωn = ω2 、ωn+1 = 1  、ωn+2 = ω  に合わせて (イ)(ウ)(ア) の順に並べ替えると、

 u = f    のとき v = gω-n     = h      ∴ v = h
 u = fω  のとき v = gω-n  = h/ω   ∴ v = hω2
 u = fω2 のとき v = gω-n2 = h/ω2  ∴ v = hω
 u = h    のとき v = fω-n     = f      ∴ v = f
 u = hω  のとき v = fω-n  = f/ω   ∴ v = fω2
 u = hω2 のとき v = fω-n2 = f/ω2  ∴ v = fω

よって、y3 + py + q = 0 を満たすような y すなわち u + v は以下のとおりである。

 f + h ,  fω + hω2 ,  fω2 + hω ,  h + f ,  hω + fω2 ,  hω2 + fω

ところが、これらの中の1つ目と4つ目、2つ目と6つ目、3つ目と5つ目は、それぞれ同じ値なので、
実際には以下の3つしかない。

 f + h ,  fω + hω2 ,  fω2 + hω

- p/3 = fgω-n であり、また gω<-n を h と記述したことから、
- p/3 = fh すなわち h = - p/(3f) であることニがわかるので、以下のように書ける。

 f - p/(3f) ,  fω - (p/(3f))ω2 ,  fω2 - (p/(3f))ω

3次方程式の解は全部で3つなので、y3 + py + q = 0 を満たすような y は、これですべてである。

x + b/(3a) を y とおいたことから、x = y - b/(3a) であることがわかるので、
ax3 + bx2 + cx + d = 0 の解は、以下の3つである。

 - b/(3a) + f - p/(3f) ,  - b/(3a) + fω - (p/(3f))ω2 ,  - b/(3a) + fω2 - (p/(3f))ω

したがって、ax3 + bx2 + cx + d = 0 の解の公式は、以下のようになる。

 - b/(3a) + f - p/(3f) ,  - b/(3a) + fω - (p/(3f))ω2 ,  - b/(3a) + fω2 - (p/(3f))ω

 だたし、f は - q/2 + √((q/2)2 + (p/3)3) の立方根のどれか1つ
     p = (3ac - b2)/(3a2)
     q = (27a2d - 9abc + 2b3)/(27a3)
終端駅のポイントの付け方なぜ冗長?
鉄道の終端の駅で、ポイント(分岐器)の付け方を見てみると、例えば、下図のようになっている。

 1番線____
     ̄ ̄ ̄ ̄\
 2番線_____\_______ 隣駅へ
     ̄ ̄\/ ̄ ̄ ̄\/ ̄ ̄ ̄ ̄ 
 3番線__/\___/\____ 
     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 隣駅から
 4番線____/
     ̄ ̄ ̄ ̄

Xの形に付けたものを「両渡り線」と呼ぶ。
上図では、両渡り線が2箇所あるのだが、左側の両渡り線が無駄なように思える。
左側の両渡り線がなくても、4線の好きなところに到着できて、好きなところから発車できる筈だ。
ポイントが増えれば整備の手間が増えるのに、なぜ左側にも両渡り線を付けているのだろうか?

それは、左側にも両渡り線を付けていると、
例えば、1番線からの発車と2番線への到着を同時に行うことができるからだ。
つまり、到着する列車に左側の両渡り線を使わせるわけだ。

また、3番線からの発車と4番線への到着を同時に行うこともできる。
この場合は、発車する列車に左側の両渡り線を使わせる。

都会の通勤ラッシュの時間帯は混雑がひどいので、できるだけ運転本数を増やしたいのだが、
どこまで増やせるかは、終端駅での折返しの時間をどこまで短縮できるかにかかっている。
そこで、発車と到着をできるだけ同時に行わせるために、一見無駄と思えるものを付けているわけ。

これは逆に言えば、それほど混雑がひどいっていうこと。この混雑、何とかならないでしょうかねえ (^_^)
飛行機の翼のエンジンなぜ前に出す?
飛行機には、エンジンを翼の下に付けているタイプのものがあるが、
よく見ると、翼の真下に付けずに、棒状のものを介して翼よりかなり前に突き出すように付けている。
あういう付け方をすると、
力のかかり方が取付け部の前の方に片寄って無理な力がかかり、強度の点から見ても不利な筈だ。
それなのに、なぜ、あんな付け方をしているのだろうか?

それは、エンジンをあの棒状のものを介さずに付けてしまうと、
飛行中、翼が、エンジンの振動を受けてそれに共鳴して激しく振動し、破損してしまうからだ。
音速に近くなると、翼は、たとえエンジンの振動がなくても、空気の力だけで激しく小さく振動している。
そこに、エンジンの振動が加わると、すぐに共鳴してしまうのだ。

それを避けるために、あの棒状のものを介するようにして、エンジンの振動を吸収しているわけ。

しかしまあ、そんな深ーい意味があったなんて、最近まで、全然知りませんでした。(^_^)
一球式プラネタリウムの球の支え方
プラネタリウムの中央に鎮座している投影機、昔は、棒の両端に球を付けたような形をしていた。
つまり、2つの球で分担して映すような形をしていた。

        ○       ○   
     \ /        |   
      ×        ―+―  
     /|\      /  |  \ 
    ○ |      |  ○  |
      |      |     |

   東から見たところ  北から見たところ

球の表面にはプロジェクターが十個以上付いていて、丸天井全体分をそれらでカバーしあっている。
ただし、光源はプロジェクター毎にではなく、球の中心にある電球を共有して使っている。

光源は丸天井の中心に1個だけ置いた方がいいので、1つの球だけで映した方がいい筈だ。
それなのになぜ、2つの球で分担して映すような形にしていたのかというと、
もし1つの球だけで映すような形にすると、その球を支えようがないからだ。

例えば、下図のような支え方にすると、
回転軸の棒を支える北側の支柱が光を遮ってしまい、北側の一部が映らなくなってしまう。

        ×
 南側    /| 北側
      ○ |
     /  |
    ×   |
    |   |
    支柱  支柱

   東から見たところ

かといって、北側の支柱を取り払って、南側の支柱だけで支えるようにしても、
南半球から見た星空を映すときは、南側の方が高くなって南側の支柱が光を遮ってしまい、
南側の一部が映らなくなってしまうので、解決にならない。

それで仕方なく、2つの球で分担して映すような形にしていたのだ。

ところが今は、球が1つだけのものをあちこちでよく見かける。
これらは、一体どうやってその球を支えているのだろうか?

実は、回転軸を支えているのではなく、赤道部分を輪で締め付けるように支えているのだ。
       ***                  ***      ■*   **              **   **     ■■■     *            *       *     *■■■    *           ■*       *■    *  ■■■    *         ■*         *■    *   ■○■   *      □□□■*         *■□□□    *    □■■  *       □ ■■         ■■ □     *   □■■■*        □  ■■       ■■  □     *   □ ■■■        □   ■■■■■■■■■   □      ** □ *■         □    *■■■■■*    □        *□*           □      ***      □         □            □               □      東から見たところ             北から見たところ
そして、輪に沿って回転できるようになっている。 輪自体を支えるのは難しくない。球の下半分はどう光を遮ってもかまわないからだ。 輪の横から耳を出すようにして、その耳を支柱で支えている。 タイプによっては、 支柱で支えずに、下半分を円筒で囲んで、その円筒の上淵で支えているものもある。 また、輪の部分にはプロジェクターは付けられないが、 そこから映したい分は、輪の近くにあるプロジェクターでカバーできるので、問題ない。 しかしまあ、最初にこれを思い付いた人は凄いと思います。私にはとてもできません (^_^)
関東地方よりも首都圏の方が広い
関東地方とは、日本列島全体を大まかに分けた中の1つだ。
一般に、東京、神奈川、千葉、茨城、栃木、群馬、埼玉で構成される範囲を表す。

それに対し、首都圏とは、
首都、すなわち東京の圏内のことなので、一見、大きさも東京に毛の生えた程度に思える。
ところが、実際には、東京、神奈川、千葉、茨城、栃木、群馬、埼玉、山梨で構成されており、
関東地方より広いのだ。

しかしまあ、東京と隣接していないところまで首都圏とは、何か変な感じがしますねえ (^_^)
対数って結局何なの?
世の中には、対数で表されているものが多い。
増幅率を表すデシベルも、地震のエネルギーの大きさを表すマグネチュードも、
星の明るさを表す1等星、2等星、3等星の1、2、3も、
みんな、対数で表したときの大きさである。

対数は指数の逆とはいうけれど、実感としてピンと来ない人も多いと思う。
対数って結局何なの?

対数を、もの凄ーく大雑把に言ってしまうと、対数とは桁数のことなのだ。

     元々の大きさ   対数表現  
    ――――――――――――――――
          10           1
         100           2
        1000           3
       10000           4
      100000           5

つまり、10, 100, 1000, 10000, 100000 で表す代わりに、
1の後に並ぶゼロの個数、1, 2, 3, 4, 5 で表したもののことなのだ。

これを見て
 「あれ? 増幅率のデシベルの定義と違うぞ」
 「あれ? 地震のマグネチュードの定義と違うぞ」
 「あれ? 星の明るさの何々等星の定義と違うぞ」
と思った人もいると思う。
そう。もの凄ーく大雑把に言った場合はこれでいいのだけれど、正確にいうと、もちろん違う。

どう違うかは、下の表を見ればわかる。

     元々の大きさ  対数表現の例  デシベル  マグネチュード  等星(0等星基準時)
    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
           1/100000   -5       -50      -3.3220        12.5
           1/10000    -4       -40      -2.6576        10  
           1/1000     -3       -30      -1.9932         7.5
           1/100      -2       -20      -1.3288         5  
           1/10       -1       -10      -0.6644         2.5
           1           0         0       0              0  
          10           1        10       0.6644        -2.5
         100           2        20       1.3288        -5  
        1000           3        30       1.9932        -7.5
       10000           4        40       2.6576       -10  
      100000           5        50       3.3220       -12.5

桁数ではあるんだけれど、桁数を単純に 1, 2, 3, 4, 5 で表さずに、
10, 20, 30, 40, 50 で表したものがデシベルであり、
0.6644, 1.3288, 1.9932, 2.6576, 3.3220 で表したものがマグネチュードであり、
-2.5, -5, -7.5, -10, -12.5 で表したものが何ス々等星なのである。

マグネチュードと何々等星が、なぜこんな半端な値になっているのか疑問に思う人もいると思う。

マグネチュードの方は、元々の大きさが 32倍 になると対数表現が 1 増えるように決められているからだ。
元の大きさが 32, 1024, 32768, 1048576, 33554432 のものを列挙すれば 1, 2, 3, 4, 5 と綺麗に並ぶ。

何々等星の方は、
元々「星空を見て特に明るい星を1等星、肉眼で見える一番暗い星を6等星と呼ぶ」と決められたからで、
それを後で調べたら、6等星の明るさが1等星の 1/100 だとわかったからだ。

6等星と1等星の両方を1段階ずつ明るくしたとして、差はやっぱり 1/100 だから、
5等星の明るさは0等星の 1/100 ということになる。
そうなると、1/10 は0等星と5等星の中間の 2.5 等星になり、10 は -2.5 等星になる。

というわけで、対数は、感覚的には桁数に近いのだ。
ただし、桁数と言い切ってしまうと間違いなので、その辺が説明が複雑になる原因になっている。

しかしまあ、
従来の説明が複雑なのは、間違いを一切含まないことにこだわっていたからなんですねえ (^_^)
ビリヤードの押球のキュー切れの要因
ビリヤードにはキャロムビリヤードとポケットビリヤードがあるが、ポケットビリヤードは、
キュー(棒)で手球(白球のこと)を突いて色球に当て、色球を穴(ポケット)に落して行くゲームだ。
大抵、色球を落すと同時に、次の色球を落しやすい(落ちるような当て方をしやすい)ところに
手球が停まるようコントロールする。

例えば、下図のような配置になったとする。
そして、○を突いて、左の●を先に落してから、右の●を落さないといけないとする。

   ―――――――――――――――――――――――― 
  | \         | |         / |
  |\  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ /|
  | |                     | |
  | |                     | |
  | |                     | |
  | |        ●            | |
  | |           ○         | |
  | |                    ●| |
  | |                     | |
  | |                     | |
  |/ _________  _________ \|
  | /         | |         \ |
   ―――――――――――――――――――――――― 

ここで、○の真中を突いてしまうと、○は滑りながら無回転で左の●に当たって停まり、
少しだけ進行方向左に弾けて、テーブル中央の少し左下あたりで停まる。
これでは、右の●を落すにはクッションで跳ね返らせる以外になく、異常に難しくなってしまう。

そこで、大抵は、○の上を突く。
すると、○は前進回転しながら左の●に当たって一旦停まるが、
停まったまま前進回転し続けているので再度転がり始め、
左上の穴の少し下のクッションに当たって跳ね返って右に転がり、
テーブルの右上あたりで停まる。
これなら、右の●を落しやすくなる。

このように前進回転をかけて再度転がり始めるようにすることを、「押球」という。

ただし、前進回転が不充分だと、テーブルの左や中央あたりで停まってしまう。
そこで、どれくらい強い回転をかけられるかが問題になるわけだ。
どれくらい強い回転をかけられるか、つまり切れ味のことを、「キュー切れ」をいう。

手球の上を突けば突くほど強い回転をかけることができるが、
あまり上を突き過ぎると、キューの先が滑ってキューの側面が手球に当たり、反則になる。
だから、そうならない範囲でぎりぎり上を突くわけだが、そのことに関して、
「上手い人は、球の移動速度を上げずに回転だけ強烈にかけることができる」と言われている。

ところが、ある人が実験した結果、これが誤りであることがわかったのだ。
この実験でわかったことは、
球が転がっている状態の回転速度が最大であり、回転速度だけ速くすることは不可能である。
回転速度を上げたければ、球の移動速度自体を速くする以外に方法はない。
ということだ。

昔、エフレン・レイズが強い前進回転をかけるところをすぐ近くで見たことがあるが、
手球は、色球に当たった後、転がるというより、まるで生き物のように走っていた。
じっくり思い出すと、確かに、色球に当たるまでの球の移動速度も異常に速かったように思う。

しかしまあ、手球をどれだけ自由自在に操れるかは、
どれだけ強く突くことができるかにかかっていたんですねえ (^_^)
将棋はルールに従うと王将は取れない
将棋は相手の玉(王将のこと)を先に取った方が勝ちになるゲームである、
と思っている人が多いと思う。

しかし、正確にいうと違う。

例えば、
王手をかけて、相手が気づかずに王手が解消されないような手を指したので、自分は相手の玉を取った。
あるいは、
王手をかけていないが、相手が不注意で自ら王手になってしまうような手を指したので、自分は相手の玉を取った。
ということがあったする。

この場合、実は、相手が指した瞬間に、すでに、相手の反則負けとしてゲームが終了しているのだ。
だから、自分が相手の玉を取った動作は、ゲームが終了してから行った、ゲームと関係のない動作なのだ。

つまり、自玉の王手が解消されないような手や、自ら王手になってしまうような手は、
金を斜め後ろに動かしたりするような手と同様に、ルールに反する手の1つとして扱われるわけである。

そういうわけで、玉を取りたくても、そういうときは、必ず、すでにゲームが終了しているので、取れないのだ。

それでは、王手をかけて、相手が指せる手の中に、王手を解消できるような手が1つもない場合は?

この場合は、相手が何か指すまで待つ必要はない。
自分が指した時点で、すでに、自分の勝ちとしてゲームが終了しているのだ。
つまり、王手が解消されるような手が1つもない状態は、特別扱いされるのだ。
そういう状態のことを「詰み」という。

それでは、王手をかけていないが、相手が指せる手の中に、自ら王手になってしまうような手しかない場合は?

この場合は、相手が何か指すまで待たないといけない。
相手が何か指すことによって、ようやく相手の反則負けとしてゲームが終了するのだ。
まあ、現実には、自ら王手にならずに済む手が何か1つくらいはあるので(例えば持ち駒を打つとか)、
お目にかかれないが...

それから、こういう事柄に関係なく、本人が負けと宣言したら、無条件にゲームは終了する。
勝てる見込みがないと本人が判断したときは、無理に最後まで続けなくてもいいことになっているのだ。

ところで、
王手をかけられて、それに気づかずに王手が解消されないような手を指してしまう
なんてことが、プロ同士の公式戦であるのだろうか?
実は、女流(女性限定の組織のメンバー。通常の棋士の組織より1ランク落ちる)の公式戦では、
新聞に出ている対局結果の中で、2度ほど見たことがある。
通常の棋士の公式戦では、新聞に出ている対局結果の中で見たことはないが、噂では聞いたことがある。

まあ、人間がしてることだから、プロでもうっかりなんてことがあるんですねえ (^_^)
格安航空券はパンナムB747購入で誕生
海外旅行で飛行機を使うとき、ほとんどの人は格安航空券を買っているが、
格安航空券は、そもそも、どういう経緯で生まれたのだろうか?

ボーイング747型、俗に「ジャンボジェット」と呼ばれている飛行機があるが、
実は、あの飛行機が作られたとき、ほとんどの航空会社はあまり買いたがらなかった。
あんなに大きな飛行機を使っても、そんなに沢山切符が売れるわけがないからだ。

ところが、当時、大きな勢力をもっていたパンナムが、
なぜか、その、ボーイング747型機を、大量に買ったもんだから、他の多くの航空会社は大慌てした。
要するに、
パンナムがなぜそんな旨味のないことをするのかわからないけれど、そんなこと言ってても仕方ない。
とにかく座席を大きくされて快適にでもされたら、客をすべてパンナム1社に持って行かれてしまう。
そう考えて、他の航空会社も、仕方なく、ボーイング747型機を買い始めたのだ。

しかし、買ってはみたものの、やはり、そんなに沢山切符が売れるわけがなく、
ガラガラで飛ばす状況が増えてきた。
本当はもう少し小さい飛行機にしたいのだけど、
ボーイング747型機をもう買ってしまっていて遊ばせておくわけにも行かない。
それで、売残りを叩き売りし始めたのだ。

つまり、格安航空券が生まれた背景には、
航空会社が、必要もないほど大きな飛行機を、成り行き上、仕方なく買ってしまったことがあるのだ。

しかしまあ、
前々から、席が埋まらないのなら、なぜあんな大きな飛行機を買ったのか
ずっと疑問に思っていたのですが、そういう経緯があったんですねえ (^_^)
雲の切間からの光がなぜ平行でない?
雲の切れ間から光が差し込んでいる場面を見たことがあると思うが、
光が下に行くほど広がっているように見えることがある。

しかし、太陽からの光は平行の筈である。どうなってるんだろう?

実は、下に行くほど自分に近いから、大きく見えているだけなのだ。
線路が手前ほど広く見えるのと同じ理由である。
実際には下の方から見ているのだが、
真横から見ていると思い込んでいるために奇妙に感じるのだ。

                    |            |
                    |            |
         @@@@@@@@@@@|            |@@@@@@@@@@@@ 雲
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         ○          |            |
        -+-         |            |
         ∧          |            |


ところで、太陽の光がなぜ平行になるのかは、ご存知だろうか?

もし太陽が地球の近くにあるのなら、平行にはならず下図のようになる。

            #########
        #################
      #####################
     #######################
    #########################
    #########################
    ######################### 太陽
    #########################
    #########################
    .#######################.
      #####################  
     .. ################# .. 
            #########        
      . .               . .  
                             
       .  .           .  .   
                             
        .   .       .   .    
                             
         .    .   .    .     
                             
          .     .     .      
                             
           .  .   .  .       
                             
    @@@@@@@@.       .@@@@@@@@ 雲(切れ間の大きさは1kmとする)
                             
          .  .     .  .      
                             
        .     .   .     .    
                             
      .        . .        .  
      右端から              左端から
      出た光               出た光

  図 もし太陽が地球の近くにある場合

太陽の右端から出た光は左方向に、左端から出た光は右方向に広がっている。

上の図では、太陽の大きさが3km、太陽までの距離が4kmくらいに描かれているが、
それは紙面の関係上そうしているだけであって、
太陽の大きさと太陽までの距離は、この43万倍に描かれているつもりで見ていただきたい。

そういうつもりで見た場合、太陽の大きさは130万km、太陽までの距離は170kmということになる。

しかし、現実には、太陽までの距離は1億5千万kmもあるのだ。
現実に合わせるためには、上の図で、太陽を現在の88倍の距離まで離さないといけない。
そこまで離すと、光の広がり具合いがかなり絞られて、
完全に平行といっていいくらい平行になってしまうことがわかると思う。

これが、太陽の光が平行になる理由である。

しかしまあ、
雲の切れ間からの光が広がって見えるなんて、人間ってほんとに錯覚しやすい動物なんですねえ(^_^)
アニメのサブリミナル画像挿入は義務
サブリミナル効果という言葉は大抵の人が知っていると思う。
映画のところどころに見えないくらい短い時間だけ食べ物や飲み物の映像を挿入すると、
映画を見ている人は、食べ物や飲み物が見えていないにもかかわらず、無意識のうちに欲しくなる
というあの話である。つまり、何かを宣伝したいときの手段の一つなのだ(ただし効果は疑わしい)。

実は、それに似たことを、日本のテレビアニメでもやっているというのである。
ただし、テレビアニメの場合は、何かを宣伝したいわけでなく、単に、お遊びとしてやっている。
例えば、某アニメでは、爆発シーンの一こまに麻原彰晃の顔がしっかり映っていたらしい。
(当時はまだ、麻原彰晃がどんな人間かわからず、世間では「変わったおっさん」の認識しかなかった)

今、この話を聞いて、「制作スタッフは、我々をバカにしているのか!」と怒りたくなるかもしれない。
しかし、これで怒っては、制作スタッフがかわいそうなのだ。
実は、制作スタッフも自分の意思ではなく、義務としてやっているのだ。

えっ? 誰への義務だって?

もし担当のアニメに、サブリミナル画像を最初から最後まで一切入れなかったとしよう。
すると、かなりの数、怒って抗議してくる人達がいるのである。
アニメからサブリミナル画像を捜し出すのを趣味としている、そういう文化を持った人達である。
そういう人達にそっぽを向かれると、視聴率を支えてくれる人達が足りなくなってしまう。

まあ、そういうわけで、サブリミナル画像マニアにお付合いして、その画像を挿入しているのである。

しかしまあ、テレビの世界というのは、ほんとに、いろんな事情があるんですねえ (^_^)
地球上の殆どの物質は星の燃えカス
地球上にはいろんな種類の物質がある。
人間には炭素やカルシウムが、町には鉄やアルミニウムが、広大な海には塩の形で塩素とナトリウムがあり
他にもいろいろある。

ところが、地球の外に目を移すと、物質のほとんどは恒星に含まれていて、ほとんどが水素だ。
つまり、地球の外は、水素しかないといっていいくらい、水素ばっかりなのだ。

となると、地球上の物質は一体どっから来たのだろうか?

実は、地球上のほとんどの物質は、恒星の燃えカスなのだ。

恒星が燃えるといっているが、正確には核融合反応が起こっている(燃えるというのは飽くまで比喩)。
恒星の水素は核融合反応を起こしてヘリウムに変わる。
すべての水素がヘリウムに変わってしまうと、通常の星の場合は爆発してしまう。
ところが、異常に大きい星の場合、そのヘリウムが核融合反応を起こして炭素に変わる。
さらに、出来た炭素がヘリウムと核融合反応を起こして酸素に変わる。
そうやって、様々な核融合反応を起こしながら、いろんな物質が出来る。

そして、鉄がかなりの比重を占めるようになると、
鉄は核融合反応を起こせないから重力を支えきれなくなって爆発し、それまで出来たものを撒き散らす。

地球上のほとんどの物質は、この、撒き散らされたものが集まった結果なのだ。
つまり、地球上のほとんどの物質は、異常に大きい星が燃えて作られたものばかりなのだ。

異常に大きい星なんてほとんどないから、
それだけでこんなにたくさん集まるわけがないように思えるかもしれないけれど、
それだけで集まってしまうから凄いのである。

しかしまあ、それだけで集まってしまうなんて、宇宙のスケールって、ほんとバカでかいですねえ (^_^)
電車のブレーキは空気が抜けると掛る
運転席でブレーキをかけたとき、全部の車両にどうやって伝えているか、
大抵は、車両同士を管で結んであって、管の中の空気の圧力を上げたり下げたりして伝えている。
もちろん、この管は先頭の車両から末尾の車両まで一本になっている。

これらのことはほとんどの人が知っているので、電車の乗るとき、
「もしあの管から空気が抜けたら、ブレーキが掛からなくなるんじゃないのか...」と不安になる人もいると思う。

しかし、安心していい。もしあの管から空気が抜けたら、逆にブレーキが掛かってしまうのだ。

実は、ブレーキを掛けるとき、運転席では空気を抜いているのだ。
各車両のブレーキの部分は、大体、下図のような構造になっている(あくまで構造図なので、配置は実際とは異なる)。


      ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 車両同士を結ぶ管
     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                    | |
       ■■■          | |
     ■■■■■■■        | |
    ■■■■■■■■■  __   | |______   _____
    ■■■■■■■■■  \ |  |    | ̄| | |     |  ___
   ■■■■■■■■■■■ | |  |    | | |_|     |_|    |
   ■■■■■○■■■■■ | |)=====(| |                |
   ■■■■■■■■■■■ | |  |    | | | ̄|     | ̄|    |
    ■■■■■■■■■  / |  |    |_| | |     |   ̄ ̄ ̄
    ■■■■■■■■■   ̄ ̄    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     ■■■■■■■                   ↑     ↑
       ■■■                  空気タンク コンプレッサー

ブレーキを掛けているのは、車輪近くにあるコンプレッサー(空気タンク付)であり、
管の中の空気は、車輪近くのコンプレッサーがブレーキを掛けようとするのを押し戻すために使われているのだ。
そういうわけで、管から空気が抜けたという理由で、ブレーキが掛からなくなるということはないのである。

それでは、コンプレッサー側の空気が抜けたら、ブレーキが掛からなくなるのではないか!?
ところが、そんなことがすべてのコンプレッサーで同時起こるなんてことはないから、大丈夫なのだ。
少なくとも、2両編成以上であれば、あるいは、1両編成でも1両にコンプレッサーが2個以上あれば、大丈夫だ。
というか、大丈夫になるように、わざわざこういう凝った構造にしているのである。

しかしまあ、
まさか、走行中ずっと、あの管で圧力を掛けっぱなしにしてるとは思いませんでした (^_^)
天才とは1%の閃きと99%の努力の真意
発明王エジソンの有名な言葉に「天才とは1%の閃きと99%の努力のたまものである」というのがある。
この言葉は、一般に「閃きがなくても努力さえすれば成し遂げられる」という意味に解釈されているが、
実は、エジソンの言いたかったことは全く逆なのだ。

この言葉がいつどこで語られたものかはわかっていない。

この言葉が「閃きがなくても努力さえすれば成し遂げられる」という意味に解釈されて広まってしまった後、
エジソンは、そのことについて、こう言っているのだ。
「たとえ1%でも、ハイヤー・パワーの知性の存在を確認できれば、努力も実を結ぶ。
 それがなければ、いくら努力をしても無駄なこと。
 この発想の原点である little people の声、すなわち、1%の閃きが最も重要なのであるが、
 みんな、このことがわかっていないようだ」

ここで、little people について説明しておこう。
エジソンは、自分が次から次へと発明できる理由について、
宇宙の何者かが自分を通して発明させているからだと思っていた。
エジソンは、その何者かは自分の脳の中にいると思っていて、その何者かを little people と呼んでいたのだ。

それじゃあ、なぜ「1%の閃きと99%の努力のたまもの」なんて表現をしたのか?
それは、エジソンが82歳の誕生日の記者会見で、記者からの質問にどう答えたかをみればわかる。
記者から、これまでで最も偉大な発見は何かと質問されて、エジソンはこう答えたのだ。
「それは赤ん坊の脳の中に天才を見つけ出したことだ。
 生まれたての脳ほど little people にとって住みやすい場所はない。
 つまり、年が若いほど、
 自分の脳に宿っている little people の声に素直に耳を傾けることができるのである。
 大人になってからでは至難の業になるが、それでも1%の閃きと99%の努力があれば不可能ではない」

つまり、「1%の閃きと99%の努力のたまもの」という表現は、
「閃きがたとえ1%でも残っていてくれれば... そしたら何とかなる。」というニュアンスだったわけである。

しかしまあ、
「1%の閃きと99%の努力のたまもの」が「閃きが大事だ」という意味だとは思いもよりませんでした (^_^)
望遠鏡の性能は倍率でなく口径で決る
どんな安物の望遠鏡でも、単に倍率を上げるだけならいくらでも上げられるが、
倍率を上げれば上げるほど、像が暗くなり、また像の輪郭がぼやけてしまって、ちっとも見やすくならない。

見やすくするには、光を集めないといけないし、像の輪郭をシャープにしないといけない。

そして、光をどれくらい集めることができるか、像の輪郭をどれくらいシャープにできるかは、
口径がどれだけ大きいかに掛かっているのだ。

口径が小さいと、光をたくさん集めることができないのは想像できると思うが、実は、それだけではなく、
口径が小さいと、レンズや主鏡の精度をどんなに上げても、像の輪郭はシャープにならないのだ。

              A
               .
              .....
             . . . . .
            .  .  .  .  .
           .   .   .   .   .
          .    .    .    .    .
         .     .     .     .     .
        .      .      .      .      .
       .       .       .       .       .
      .     B .        .        .        .
    ___________________________________________ ← レンズ
    |   .        .        .        .        . |
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    |            .     .     .     .     .    |
    |               .    .    .    .    .     |
    |                  .   .   .   .   .      |
    |                     .  .  .  .  .       |
    |                        . . . . .        |
    |                           .....         |
    |                              .          | ← 点Aから発せられて広がった光は
                                   C              レンズのどこを通っても点Cに集まる。

上の図は、望遠鏡の外と入口部分の光の走り方を表したものである。
点Aを発して広がった光は、レンズのどこを通っても、また一点に集まる。
このことは、点Aから発せられた光に限らず、どの点から発せられた光についても、同様である。
(ただし、どの点から発せられたかによって、集まる位置は異なる)

ところが、実際には、完全には一点に集まらない。
上の図では、光の筋BCは完全な線のように描かれているが、実際には、点Bから少しずつ広がり始めるのだ。
(色の違いによる屈折率の違いのことではない。今回は、色の違いによる屈折率の違いはないとして話を進める)
点A以外から発せられた光の分も混ぜて描けば、点Bから少しずつ広がり始めるのは当たり前だが、
そういう意味ではなく、光の筋ABの分だけが、向きを変えられた瞬間に、広がり始めるという意味である。
このことは、点Bを通った光に限らず、レンズのどこを通った光についても、同様である。

これは、回折と呼ばれる現象で、光が波の性質をもっている以上、絶対に避けられないことなのだ。

そういうわけで、点Cには、少し広がってしまったもの同士が集まることになる。
少し広がってしまったもの同士が集まると、それらが干渉し合って、同心円状の模様ができる。
その模様は、中心の円盤が最も明るく、その隣の環が次に明るく、外側の環ほど暗くなって行く。

そして、光が、より広い範囲から集まるほど、すなわち、レンズの口径が大きければ大きいほど、
中心の円盤や環が全体的に小さくなり、また、中心の円盤と環の明暗の差が大きくなって、
像の輪郭が、よりシャープになるのだ。

なぜそうなるかの詳しい説明は略すが、
光がさらに浅い角度から重なり合うと、周りがさらに相殺されて行く感じだと思えば、だいたい合っている。

なお、これらのことは、光をレンズで屈折させる代わりに鏡で反射させる場合についても、同様である。

もちろん、いくら口径が大きくても、レンズや主鏡の精度が低ければ、ぼやけ方は当然ひどい。
同じ大口径でもいろいろな値段のものがあるが、
安いものには安い理由があり、高いものにはそれに見合っただけの値打ちがある。

世界で最も口径の大きい望遠鏡は、ハワイにある「すばる」で、口径が8mもある。
8mもあるレンズを作るのは技術的に無理なので、光を集めるのに鏡が使われている。
主鏡が8mもあると、向きを変える度に鏡自身の重さで鏡の形が歪んでしまうので、
鏡の後を 261本の動力付の棒で支えて、それを1つ1つコンピュータで常に微調整しながら精度を維持している。
主鏡がここまで大きいと、そんな大袈裟なことをしないといけないのだ。

しかしまあ、そんなお化け望遠鏡で見るとどんなふうに見えるのか、一度見てみたいものですねえ (^_^)
非常コック注意書"列車や電車"の経緯
電車のドアの横に手動で開けるための非常コックがあるが、そこに以下のような注意が書かれている。
「線路に降りるときは特に他の列車や電車にご注意ください」

しかし、この「列車や電車」という記述は変だ。電車は列車の一種なのだから「列車」だけでいい筈だ。
一体なぜ、こんなおかしな記述にしているのだろうか?

実は、昔は「列車や電車」とは書かれていなかった。そこには「汽車や電車」と書かれていたのだ。

ところが今、都会には蒸気機関車も気動車もなく、「汽車や電車」という記述は、いかにも実態と合わない。
そこで、辻褄が合うように「汽車」の部分を「列車」に書き換えた結果、今のようになったのだ。
JRの内部では、電車は列車の一種ではなく別物として扱っていて、
 電車:大都市近郊用の電車。
 列車:大都市近郊用以外の電車。電気機関車で牽引する列車。
という使い分けをしているので、一応、辻褄は合っている。

しかしまあ、大都市近郊用か否かで分けているところは何か変ですが、経緯がわかれば納得できますねえ (^_^)
天動説は信じても無理もないほど巧妙
天動説とは、地球は動かずに、他の惑星や太陽だけが動いているという説だ。

ここで注意しなければならないのは、天動説でも地球が自転していることだけは認めているので、
他の惑星や太陽が動いているというのは、飽くまで、恒星を基準にしたときの動きのことを言っている点だ。
例えば、天動説では、太陽は、地球を中心とする円周上を西から東に動いていて、一年かけて一周する、
と言っているのだ。

それでは、惑星の動きは?
これも、基本的には、地球を中心とする円周上を西から東に動いている、と言っている。

しかし、惑星の実際の動きは非常に複雑で、円周上を単純に動いているだけにはなっていない。
天動説で言っていることは、実際の動きと合わない筈だ。昔の人はなぜ天動説なんか信じたのだろうか?

実は、天動説では、地球を中心とする円周上を、惑星自体ではなく周転円の中心が動いていて、
その周転円の円周上を惑星が動いている、と言っているのだ。

    

これなら、惑星の実際の動きにかなり近くなる。これを初めて思い付いた人は凄いと思う。

ただし、一つ奇妙なことがある。
周転円の中心から惑星を見たときの方向が、
どの惑星についても、地球から太陽を見たときの方向と同じになっているのだ。
つまり、周転円の円周上の惑星の動きは、太陽の動きと連動しているのだ。

何んとなく不自然だと感じないだろうか?

上の図では、周転円の大きさが惑星によって異なるように描かれているが、
これらの大きさは作図の際に適当に決めたものであり、
地球を中心とする円の大きさと周転円の大きさの比率さえ変えなければ、
どんな大きさにしてもかまわない筈だ。
そこで、周転円の大きさが、すべて同じになるように描き直してみる。

    

この図を眺めていて、何か気づかないだろうか?

そう、すべての惑星が周転円で同じ動きをしていると考えるより、
地球の方が逆向きに動いていると考えた方が自然ではないだろうか?

惑星が周転円の円周上を動く動きとは、
実は、地球が太陽を中心とする円周上を動く動きがそのまま現れただけのものだったのである。

しかしまあ、天動説も結構よくできているんですねえ。地球を無理矢理止めたところ以外は... (^_^)
鏡はなぜ上下逆ではなく左右逆なの?
上下方向も左右方向も対等な筈。
左右方向だけ特に違いがあるわけでもない。
おかしい...

実は、本当は、左右が逆なのではなく、前後が逆なのだ。
左右が逆のような気がするのは、全くの思い込みに過ぎない。


           / ̄ ̄ ̄\        
          /     \       
    _____|      |___   
    |     |      |__ |   
     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|      |  ||   
          \     /  ||   鏡の中
           \___/   ||   
             ∪       ̄   
                       
  ――――――――――――――――――――― 鏡
                       
             ∩      _   
           / ̄ ̄ ̄\   ||   
          /     \  ||   鏡の外
    _____|      |  ||   
    |     |      | ̄ ̄ |   
     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|      | ̄ ̄ ̄   
          \     /       
           \___/        


       図 真上から見たところ


それではなぜ、そういう思込みをしてしまうのだろうか?

鏡の前に立ち、鏡の中に映っている自分を見てみる。

鏡の中の自分はこちらを向いている。
それを見て、我々は
「こちらを向くには横に180度回転する以外にないのだから、横に回転したに決まっている」
と勝手に思い込んでしまう。
そして、横に回転したものを基準に判断して、左右逆だと思ってしまう。

そう思い込んでしまう理由は、
 ・横に回転する動作は日常的に頻繁にあるので、真っ先にひらめきやすい。
 ・人間がほぼ左右対称にできているので、左右逆でも違和感がない。
の2つだと思う。

しかし、横に回転する以外にないと思うのは錯覚だ。縦に回転してもできる。
基準としてそれをイメージできれば、左右方向は同じで、上下逆だと思えて来る筈だ。

とはいっても...

縦に回転する動作が日常的にないし、上下が非対称であまりにも違和感があるので、
基準としてそれをイメージできる人なんて、いないでしょうね。(^_^)
蜃気楼って本当はどんな現象?
蜃気楼というと、ないものが見える現象のようなイメージがあるが、調べてみると、
 ・実際にあるものが浮いて見える。
 ・実際にあるものが歪んで見える。
 ・実際にあるものと一緒に倒立像(上下ひっくり返った像)が見える。
のような現象のことらしい。一瞬、大したことないなあと思った。
唯一、倒立像だけは面白そうだけれど、たぶん、倒立像が下側に見える現象、すなわち、
夏の陽射しに強い日にアスファルトの上に水が溜まったように見える現象のことだろう
と思い、「ああ、あれのことか、しょうもなー」と一度は思った。

ところが、倒立像が上側に見える現象も、あるらしい。
4月〜5月頃、富山県の魚津市から富山湾を挟んで対岸(能登半島)の建物を見ると、
月に何回かそれが見えるらしい。
倒立像が上側に見えたら、確かに、かなり異様な感じがして面白い。

倒立像が上側に見えるような場所は、世界中でも数えるほどしかないらしい。
しかし、なぜ富山湾なんだろう? そもそも、なぜ倒立像が見えるんだ?
調べてみた。

海面付近の空気が無茶苦茶に冷たく、上空の空気が温かいと、
対岸の建物から横方向少し上向きに発した光は、
冷たい空気と温かい空気の境界で、下向きに曲がる。
つまり、その境界が鏡のような働きして、上側に倒立像が見える。

     _____                      
    |    |     右下の人は           
     ∨∨∨∨∨  ・   光がこちらからも来ている    
        ||    ・ ように見える          
        ||      ・             温かい空気
         ̄        ・             
    ―――――――――――――――――――――――――― 境界
        _        ・   ・         
        ||      ・       ・     冷たい空気
        ||    ・           ・     
     ∧∧∧∧∧  ・               ・   
    |    | ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ○ 
      ̄ ̄ ̄ ̄ ̄                   ―+―
                             ∧ 
                            / \

境界といってもかなり幅のあるボヤッとしたものだろうから、
光の曲がり方もゆるーい曲線を描きながらだと思うけれど、
それでも、曲がり終えた結果は、上手い具合に反射したときと同じになる。

海面付近の空気が無茶苦茶に冷たくなるのは、海水が無茶苦茶に冷たいからだが、
日に日に上空の空気が温かくなれば、海水も一緒に温かくなりそうなものだ。
ところが、富山湾には、その時期、
北アルプスに溜まっていた大量の雪が一気に解けて一気に流れ込むので、
海水だけ無茶苦茶に冷たくなるなんてことが、あるわけ。

なるほど、特殊な地形のなせる技だったんですねえー。(^_^)
白黒の円盤を回すと色が見える?
上の円盤には白と黒しか塗られていないが、これを回すと色が付いたように見える。
このコマは、ベンハムという人が考え出してイギリスで売り出したら大評判になったらしい。
それで「ベンハムのコマ」と呼ばれている。

なぜ色が付いたように見えるのかは、未だに完全には解明されていない。
ただし、
ナトリウムランプの光しかない(色の成分が1つしかない)ところで行っても、
そこにいた人達は色が付いたように見えたらしいので、
錯覚であることは間違いないようだ。

絵の部分をクリックすると拡大されたものが表示されますので、
それを印刷すれば実際に作れます。暇な方は、お試しあれ。(^_^)
ヴァイオリンにフレットがない理由
フレットとは、ギターの柄に、仕切るように付いている出っ張りことである。
フレットがあると、音の高さがフレットの位置で決まるので、音程を取るのが楽になる。

ところで、音の高さって何だろう?
人間は、音の周波数の違いを音の高さの違いとして感じる。
そして、周波数がだいたい下図のような比率で並んでいるとき音階として感じる。

   ド    レ    ミ    ファ    ソ    ラ    シ    ド
    ×R×R ×R×R  ×R  ×R×R ×R×R ×R×R  ×R   

       【注】R は、R を12個掛けたら 2 になるような数。

しかし、上図のとおりに弾くと、和音を受け持ったとき、きれいにハモらない。
例えば、ドミソの和音を受け持ったとき、周波数はほとんど4:5:6なんだけれど
微妙にずれていて、きれいにハモらないのだ。
ヴァイオリンでは和音を受け持つことが非常に多いので問題である。
というわけで、正確には、下表のような比率で並べないといけない。

     ド   レ   ミ  ファ   ソ    ラ    シ    ド

     72  80  90  96  108  120  135  144

2音間の比率を調べてみると、以下のようになる。

 ド:ソ , レ:ラ,ミ:シ,ファ:ド ‥‥ 2:3
 ド:ファ, ミ:ラ,ソ:ド      ‥‥ 3:4
 ド:ミ ,ファ:ラ,ソ:シ      ‥‥ 4:5
 レ:ファ, ミ:ソ,ラ:ド      ‥‥ 5:6

微妙にずれているのは、レ:ソだけである(3:4から微妙にずれている)。

「それなら、この比率でフレットを付ければいいじゃないか」と思うかもしれない。
ところが、周波数を上表の比率で固定して並べてしまうと、
曲の途中で転調したとき、悲惨なことになってしまうのだ。

例えば、ソが主音の調に転調すると、
ドから並べたときと同じ比率でソから並べなければならず、
だいたい下図のようになる。

   ソ    ラ    シ    ド    レ    ミ   #ファ   ソ
    ×R×R ×R×R  ×R  ×R×R ×R×R ×R×R  ×R 

ファ以外は転調前の音と共通である。周波数もそうなので下表のようになる。

      ソ    ラ    シ    ド    レ    ミ  #ファ  ソ

     108  120  135  144  160  180  ?  216

2音間の比率を調べてみると、ソ:レが2:3から微妙にずれている。
ソとレは、この調では最も重要な和音の構成要素である。
その和音がきれいにハモらないのは致命的である。

ヴァイオリンにはフレットがないので、周波数を微調整することができ、
どんなに転調しても完璧にハモらせることができるのだ。

それだけではない。
メロディーを弾くとき、最も理想的な周波数はメロディーの動きに
依存するらしいので、そういう場合にも都合がいいわけである。

ヴァイオリニストにとっては、フレットなんて邪魔なだけなんですねえ。(^_^)
月食より日食の方が回数が多い?
日食とは、月が太陽のある側に来て、太陽を覆い隠すことであり、
月食とは、月が太陽と反対側に来て、地球の影に入ることである。

それなら、
新月のときは必ず日食が起き、満月のときは必ず月食が起きそうなものだが、
月の軌道が傾いているので、
北極よりも北にずれたり南極よりも南にずれたりして、中々起きない。

下図は、月が北限一杯に収まったところを表したものである。

  ■■
 ■■■■               ●   ■■   ●
 ■■■■               月   ■■   月
  ■■                    地球    
  太陽                ↑        ↑
                  日食のとき    月食のとき

地球より太陽の方が大きいので、
太陽と地球の北極同士を結ぶ線と、太陽と地球の南極同士を結ぶ線で挟まれる
範囲は、太陽に近いところほど広い。
したがって、日食のときの北限は、月食のときの北限より、少しだけ広い。
その差の分だけ、日食の方が起きる回数が多いのだ。

しかし、体験できる回数は、月食の方が遥かに多い。
日食が起きても、それを見ることができるのは、限られた狭い範囲だけだからだ。

ところで、私は皆既日食を見たことある。タイとベネズエラとトルコの3回。
それを見て、やっぱり実際に見ると全然違うなあ、写真は嘘だなあと思った。
写真は光らない。

夜景と同じで、実際に見てみると凄さがわかります。(^_^)
網膜に逆さに映ってもOKは慣れのお陰
網膜には目の前のものが逆さに映っている筈なのに、正しい向きに見える。なぜだろう?
網膜と脳の繋がり方が、網膜の上を下と感じるような繋がり方になっているからだろうか?

それを探るために、ある実験をした人がいる。
何人かの人に、目の前のものが逆さに見える眼鏡を一日中かけさせて何日間か生活させ、
その人達がどう感じるか調べたのだ。

初めの頃は、以下のように、体感と合わないことだらけで、何をするのも大変だったらしい。
 ・右手を出すと左側から現れ、手を左に動かすと右に動くように見える。
 ・右に振り向くと、風景が右に流れる。
 ・頭の上に地面が見え、しゃがんで身体を下にさげると、風景が下に流れる。

ところが、一週間くらい経ったあたりから奇妙なことが起こり始めた。
体感と合うようになってきて、その状態の方が本来の姿のように思え始めたのだ。
そのうち、正しい向きに見えているような錯覚さえ起こし始めたらしい。

この実験結果からわかることは、
身体をどう動かしたら網膜にどう映るかという体感は、
飽くまで、経験によって植え付けられたものであり、最初からあったわけではないということ、
つまり、体感と合うか合わないかは、飽くまで慣れの問題ということだ。

いやー、慣れっていうのは、本当に凄いものですねえ。(^_^)
証言が矛盾してても両方真実(相対論)
       _____                    _____ 
      | 8:57:00|      ☆      | 8:57:00|
        ̄ ̄ ̄ ̄ ̄         爆弾          ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 


                A→
                       ←B


8:57:00 に爆弾が爆発して光を放った。時計はその光を浴びた瞬間分解した。しかし機能は維持された。
それを見ていたAさんとBさんは、以下のように証言した。

 Aさん:右の時計が先に分解し、その後、Bさんとすれ違い、その後、左の時計が分解した。
 Bさん:左の時計が先に分解し、その後、Aさんとすれ違い、その後、右の時計が分解した。

2人の証言は矛盾している。どっちが真実なんだ?

実は、どちらも真実なのだ。

しかし、何んか納得できない。
矛盾以前の問題として、そもそも光は2つの時計に同時に届くのだから、時計は同時に分解する筈だ。
光の動きはどう見えたのか、2人に聞いてみよう。

そしたら2人は以下のように証言した。

 Aさん:私を基準にして計ってみたけど、光はすべての方向へ秒速30万キロで広がって行った。
     ただ、時計と爆弾がもの凄い速さで左に動いていたから、右の時計に先に届いて、そうなった。

 Bさん:私を基準にして計ってみたけど、光はすべての方向へ秒速30万キロで広がって行った。
     ただ、時計と爆弾がもの凄い速さで右に動いていたから、左の時計に先に届いて、そうなった。

普通に考えると、
Aさんを基準にして計ったら、
左へは秒速30万キロより速くになり、右へは秒速30万キロより遅くなる筈ではないのか?
Bさんを基準にして計ったら、
左へは秒速30万キロより遅くになり、右へは秒速30万キロより速くなる筈ではないのか?

昔の人もそう考えた。
しかし、いくら計り直しても、必ず自分自身を基準にしてすべての方向へ秒速30万キロになる。
当時の人は、一体どうなっているのか訳がわからず、相当悩んだようだ。

ここで、アインシュタインという人が逆の発想をしたのだ。
「理由なんかはなく、自然界はそういうふうにできているんだ。
 必ず自分自身を基準にして秒速30万キロになる(すべての方向へ)ように、できているんだ。
 矛盾が生じるのは他の前提が間違っているからで、そっちの方を直さないといけないんだ。」

アインシュタインは、そう考えて大前提の方を変えて、矛盾が起きないパターンを考えたのだ。
そして、そのパターンをまとめたものが「アインシュタインの相対性理論」と呼ばれるものだ。

その中には、AさんとBさんの証言が正しいまま矛盾が起きないパターンも含まれている。それは...

Aさんから見た風景
  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
        _____                    _____   
     ← | 8:56:51|      ☆      | 8:57:09|  爆発した瞬間
         ̄ ̄ ̄ ̄ ̄         爆弾          ̄ ̄ ̄ ̄ ̄   

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
      _____                   (_(___     
   ← | 8:59:51|      ☆        9:00:09|    Bさんとすれ違った瞬間
       ̄ ̄ ̄ ̄ ̄         爆弾        ( ̄ ̄ ̄( ̄     
                              分解している
  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

Bさんから見た風景
  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
    _____                    _____       
   | 8:57:09|      ☆      | 8:56:51| →    爆発した瞬間
     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄         爆弾          ̄ ̄ ̄ ̄ ̄       

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
      ___)_)                   _____     
     | 9:00:09       ☆      | 8:59:51| →  Aさんとすれ違った瞬間
       ̄) ̄ ̄ ̄)        爆弾          ̄ ̄ ̄ ̄ ̄     
     分解している
  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

なんと、右の方と左の方では、見えている時刻が異なっているのだ。
しかも、その異なり方が、AさんとBさんで食い違っている。
すれ違った瞬間は同じ場所にいる筈なのに、その瞬間であっても食い違っているのだ。
時計の表示が異なっているのと混同してはいけない。見えている時間そのものが異なっているのだ。
何か、もの凄く奇妙に感じるが、こちらの方が自然界の本当の姿なのだ。

相対性理論は、他にもいろいろパターンに触れているが、
それらは、正しいか否かを検証するレベルではなく、カーナビなど、すでに世の中で利用されている。

それにしても、アインシュタインっていう人は、
みんなが疑ったこともない大前提の方を疑ってかかるなんて、ほんと、変な人ですね。(^_^)
4月1日生は4月2日生より1学年上
4月1日生まれの子は、4月2日以降に生まれた子より1学年上にされるらしい。

実は最近まで知らなかった。何んかおかしい。ちょっと調べてみた。

理由は満年齢の決め方にあるようだ。
満年齢は、誕生日にではなく、誕生日の前日に増えるらしい。
つまり、
 4月1日生まれ: 3月31日に1つ増える。
 4月2日生まれ: 4月 1日に1つ増える。
ということになり、辻褄は合っている。

満年齢が誕生日の前日に増えるとなると、
誕生日の日に「満○歳になって...」と言うのは完全に間違ってるわけだ。

ところで、競走馬の年齢の数え方は、人間とは違うことはご存知だろうか?
生まれたときが1歳で、1年経つと2歳、という数え方をするらしい。
だから、3歳馬の新馬戦は、生まれてからまだ3年経っていない馬が競争するわけだ。
まだ子供なのに... ちょっとかわいそうな気がする。

人間の方の話に戻すが、前述のことは「年齢計算に関する法律」で決められているらしい。
しかし、法律っていうのは、なんでそんな変な決め方するんでしょうねえ。(^_^)
ピアノの音色はタッチで変わるか?
ペダルの使い方と音量が同じとき、タッチの違いで音色が変わるか?
結論から先にいうと、結局、変わるかどうかはわからなかった。
しかし、音色が変わる原因になりそうな事柄は、いくつかわかった。

ピアノは、ご存知のように、ハンマーで弦を叩いて弦を振動させることで、音を出す。

                         横波
          弦      ←― 縦波 ―→ ↑
       ○―――――――――――――――――――――――――――――○
            □ フェルト        ↓
            ||
   _________||  ↑
  ●――――――――――  |
  軸  ハンマーシャンク


弦の振動は横波(弦と垂直な方向の波)である。
ところが、
ハンマーが動く際、ハンマーシャンクがしなって、フェルトに弦と同じ方向の微振動が起こり、
その結果、叩いた瞬間だけ弦に縦波(弦と同じ方向の波)も発生する可能性があるのだ。

となると、鍵盤を押し下げる際の加速のさせ方、すなわち、
鍵盤に指を乗せた状態から徐々に加速させて目的の速さにするか、
最初から目的の速さで鍵盤を叩くように押し下げるかの違いで、
縦波がどの程度発生するかが違って来て、立ち上がりの音色も違って来る、
そういう可能性があるわけだ。

しかしまあー、
縦波なんて考えたこともありませんでした。本当のところはどうなんでしょうねえ。(^_^)
カラー放送移行後もなぜ白黒テレビOK
白黒テレビは、白黒放送用の電波が送られて来るのを前提に作られている。

その白黒テレビに、カラー放送用の電波が送られて来ても、
映像情報が白黒放送時の3倍(赤、緑、青の3つ)に圧縮されて送られて来るわけだから、
でたらめなものしか映らない筈だ。
ところが、実際にはそれなり映る。

カラー放送用の電波を白黒放送用に変換する機能が入っているからだと思うかもしれないが、
まだカラー放送がなかった時代に作られた白黒テレビでもそれなりに映るので、
そういう理由ではない。

なぜだろう?

実は、カラー放送では、映像情報を、色なしの明るさの情報と色の情報に分けて送っていて、
しかも、
色の情報は、明るさの情報用の信号の中に、人間の目ではわからない形で紛れ込ませているのだ。
もちろん、明るさの情報用の信号は、白黒放送用と同じ形式にしてある。

それでは、どうやって、人間の目ではわからない形で紛れ込ませているのか?

  ○○○○●○○○○
  ○○○●○●○○○
  ○○○●○●○○○
  ○○●○○○●○○
  ○○●●●●●○○
  ○○●○○○●○○
  ○○●○○○●○○

上の図がテレビ画面だとすると、映像情報は、

  1行目の左から右
  2行目の左から右
  3行目の左から右
  ・・・・・・・・
  ・・・・・・・・

という順で送る。
その中の明るさの情報用の信号の4行目の部分を書くと、下図のようになる(縦軸は明るさ)。

              ____            ____        
              |   |           |   |        
              |   |           |   |        
      _       |   |           |   |       _ 
      |  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄                                     ̄
  画面外                 画面内                画面外


そこに、色の情報を下図のように紛れ込ませている。

              /\/\            /\/\        
              |   |           |   |        
              |   |           |   |        
      /\/\/\/\    /\/\/\/\/\/\    /\/\/\/\
 /\/\ |                                   |
 ̄     ̄                                     ̄
  画面外                 画面内                画面外


実際には、人間の目ではわからないくらい細かく上下させていて、しかもサインカーブである。

画面外の上下振動は基準用のサインカーブで、
画面内の上下振動はその位置の色情報のサインカーブである。
そして、基準用のサインカーブと色情報のサインカーブの位相差で何色かを表している。

位相差とは、波形のずれが、一周期に対してどれくらいの割合かを表したものである。

しかしまあ、考えてみれば、
カラー放送に移行したと同時に白黒テレビにでたらめなものしか映らなくなったら、
白黒テレビをもっている人達が暴動を起こしますから、当然の処置なんでしょうが、
それにしても、
赤、緑、青の3つの信号を送る方式より画質が落ちるわけで、少し悔しい気がしますねえ。(^_^)
風呂を沸かす途中で混ぜるとなぜ損?
風呂を沸かすとき、もし途中でかき混ぜるとどうなるか?
答えは、沸くまでに余分に時間がかかってしまう。

なぜか?

熱源は、大抵、下の方に付いている。
風呂桶に水を入れて熱を加えると、そのうち対流が始まる。
一旦対流が始まると、その流れの力で、下の水と上の水が瞬時に入れ替れるようになるので、
下の方の水温は常に他より低目になる。
熱源の近くの水温が他より低い方が、逃げる熱が少ない分、効率がいい。

ところが、かき混ぜてしまうと、水温が均一になり、しかも対流がなくなるので、
再び対流が始まるまで、水温が均一の状態が続き、その分、効率が悪くなる、というわけ。

実は最近まで知りませんでした。この話を知ったとき、ちょっと感動しました。(^_^)
周波数分布無数でなぜ3原色で済む?
光の色って何だろう?

その前に光って何だろう?
実は、光とは 380000000〜790000000 MHz の電波のことなのだ。
つまり、そういう周波数の電波に、特別に「光」という名前を付けただけなのだ。

そして、この周波数の範囲内で、強さの分布に片寄りがあるとき、色が付いて見える。
周波数の小さい方が強目だと赤に見え、周波数の大きい方が強目だと青に見える。

ところが、強さの分布の仕方には無限のパターンがある。
それなのに、なぜ3原色だけで表せるのだろうか?

それは、人間の目には、
429000000 MHz のセンサ、549000000 MHz のセンサ、689000000 MHz のセンサの3つのセンサしか
付いていないからだ(正確には4つだが大筋に影響しないの説明省略)。

429000000 MHz のセンサが感知したとき、赤に見え、
549000000 MHz のセンサが感知したとき、緑に見え、
689000000 MHz のセンサが感知してとき、青に見える。

それでは、黄色に見えるのは、どんなとき?
答えは、429000000 MHz のセンサと 549000000 MHz のセンサが同時に感知したとき。
つまり、黄色という色は、人間の頭の中で作り出された色なのだ。幻影とでも言えばいいのか。

それでは、
429000000 MHz と 549000000 MHz の中間の周波数である 489000000 MHz の光が目に届いた場合、
どのセンサーも感知せずに真っ暗に見えるのか、という疑問が湧くかもしれない。

ところが、センサの感知する周波数にはかなり幅があって、
429000000 MHz のセンサと 549000000 MHz のセンサが両方が感知してくれるのだ。


       429000000 MHz    549000000 MHz     
       センサの感度     センサの感度     
            _     _          
           /:\ : /:\         
          / : \:/ : \        
         /  :  \  :  \       
        /   : /:\ :   \      
       /    :/ : \:    \     
      /     /  :  \     \    
     /     /:  :  :\     \   
    /     / :  :  : \     \  
  ―――――――――――――――――――――――――――
          429000000  549000000         
             489000000            


ただし、勘違いしてはならないことは、センサは、どの周波数で感知したのかはわからないので、
周波数が 489000000 だからという理由で黄色に見えるわけではない。
どちらのセンサも、強さしか感知してなくて、
2つのセンサで感じた強さが同じだから黄色に感じるだけなのである。

しかしまあ、3原色って、人間の目の仕組みに合わせて決めただけだったんですねえ (^_^)
サイフォンの取込口を離してもOKな時
        __________ 
       | ________ |
       ||       ||
    |  ||  |    ||
    |  ||  |    ||
    |  ||  |    ||ホース
    |――||――|    ||
    |  ||  |    ||
    |      |    ||
     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄     ||
      バケツ       ||

バケツに水を入れる。
ホースの一方の口を水の中に入れ、もう一方の口を水面より下にする。
この状態で、水を吸い上げ、一旦、バケツからもう一方の口まで水が流れ始めると、
吸い上げるのを止めても、流れ続ける。これがサイフォンである。

流れ続けている最中、取込口を水面から離すとどうなるか?
ホースの中に空気が入って水の流れが止る筈である、普通の水なら。

ところが、この水の中にポリエチレンオキシドという物質をほんのわずか入れておくと、
取込口を水面からかなり離しても、空気が入ることなく、流れ続けるのだ。

「ほんのわずか」「かなり離しても」って具体的にどれくらいだと思います?

 水1リットル当たり 100mg → 20cm
みなさん、信じられますか? 20cm の水の柱ができるんですよ! 水5リットルとして 500mg 入れるだけで! いやー驚きです。世の中には信じられないくらい凄い物質があるんですねえ。(^_^)
水飲み鳥はどこからエネルギー補給?
水飲み鳥とは、コップの水に口を付けては顔を上げて揺れる、
という動作を繰り返すガラス製の人形のことだ。

摩擦や空気抵抗があるのだから、
どこかからエネルギーを補給し続けないと動き続けることはできない筈。
しかし、どこから???

中に入っている色付の液体はエーテルである。
顔を上げた直後の状態からの動作を示すと、

 @エーテルの温度が上がる。
 Aエーテルの蒸気圧が高くなり、液面が押し下げられる。
 Bエーテルは、管を通って頭に行き、頭が重くなる。
 C頭が下がり、水に口をつける。
 D頭にいるエーテルの温度が下がる。
 Eエーテルの蒸気圧が低くなり、液面が戻る。
 Fエーテルは、管を通ってお尻に戻り、頭が軽くなる。
 G頭が上がる。

の繰返しになる。

じゃあ、エネルギーはどこから?
エネルギーは、コップの水と空気の温度差から補給しているのだ。
熱が空気から水に移動するときに、エーテルをお尻と頭の間で移動させているわけだ。
だから、水飲み鳥が動き続けると、そのうち温度差がなくなり動かなくなる。

しかしまあ、理由は、意外なところにあったんですねえ。(^_^)
画廊は店の絵を売らなくてもいい?
画廊とは、絵画を展示して、それを売っている店のことである。
画廊の中には、趣味で絵を描いている人達に店舗を貸し、貸し賃で儲けているところもあるが、
本来の画廊は、店舗を自分で使って、自分で売っている。

ところが、その、本来の画廊でも、
値段は表示されていないし、店員もただ店番をしているだけ。
どう見ても売るつもりがあるとは思えない。

なぜか?

実は、絵画は通常、外商で儲けるものであって、画廊で売れなくてもかまわないらしいのだ。
それなら、わざわざ経費をかけて画廊を構えるのか?

もし画廊を構えないと、何やら得体の知れない怪しい商売をしてるように思われてしまう。
それで、「銀座に店を出しています。」とか言えるようにしているらしいのだ。

売られているものが特殊なだけに、いろいろ事情があるんですね。(^_^)