PTA法(ドッサリース農法)


第10章PTA法からの視点

PTA法(ドッサリース農法)からの視点

最終訂正日:2010-12-29

第10章では、PTA法(ドッサリース農法)の考え方に基づいて、さなざまな現象を検討します。

従来のものの見方では説明が出来ない事柄についても、明瞭に見えてくることが多々あります。

その幾つかのものをご紹介します。 第9章を後ろに追加して、合併しました(2009.01.19)

第10.1章 国歌「君が代」:苔の話 ・PTA法が顕著な違いを示す作物・ ヒートアイランド現象 
第10.2章 ヒダカソウ:世界で一輪の花(絶滅危惧種)
第10.3章 爆発する肥満・生活習慣病
第10.4章 有機圏内炭素循環:生物地球化学的物質循環の新しい見方
第10.5章 ハインリッヒ・シュリーマンのこと
第10.6章 9.11事件
第10.7章 ゲストブック当選者に寄せて:北関東地方の様子
第10.8章 主婦のためのPTA法(ドッサリース農法)
第10.9章 間の抜けた話かもしれないこと:生ゴミの堆肥化処理
第10.10章 植物は意思を持っていない?(良いものも、悪いものも吸収してしまう!)
第10.11章 太陽・特殊相対性理論、そしてPTA法(理論は予測を可能とする)
第10.12章 海外渡航とPTA法(ドッサリース農法):異なる常識、幾つもある常識
第10.13章 PTA法から見た農産物の収量と単価(2009.10.02)
第10.14章 どちらを選びますか!?  小派? 大派? (2009.10.23)
第10.15章  ある女子大の教室の風景?
第10.16章  PTA法(光合成移転農法)は、2つの太陽を持つ。今の太陽と過去の太陽と。
第10.17章 肥料代金が安くならないPTA法
第10.18章 有機物を炭素肥料に転換するには(光合成のリサイクルの作法)
第10.19章 PTA法とは何だろう?





第10.1章  国歌 「君が代」 : 苔の話 ・ ヒートアイランド現象:

先日、北京オリンピックが開催され、いくつかの競技において日の丸が掲揚され、君が代が流れました。

   「君が代は   千代に 八千代に さざれ石に

   いわおとなりて  苔の生すまで」

この歌は、日本の国歌ですから誰でも知ってる歌です。

日の丸が掲揚され、君が代が流れると、選手でなくても「何も言えねえ」と思うのはよく理解できます。

さて、日本を代表する文化の一つに日本庭園というものがあります。

龍安寺石庭、西芳寺苔庭が双璧とされています。異論は少ないでしょう。

龍安寺石庭は、小石が敷き詰められた庭の所々に大きな石を配し、小石をきれいに掃き清めて、かつ、掃き目をはっきりと筋目を立ています。

すると大きな石は恰も島のように、そして、敷き詰められた小石は海のように見えます。

そして、その石庭の美しさはもとより、借景が見事です。石庭を取り囲む塀の上には、遥か彼方の山並が広がり、石庭の小石の海と大きな石の島の景色が一気に
山並みまで広がっているような解放された気持ちになります。

その対極にあるとされるのが、西芳寺苔庭です。

西芳寺の苔庭は、庭木としてはやや高い木々が配され、庭一面に苔が広がっています。

静寂感の下で悠久の時の流れを映し出す日本文化の極致とすら言われるものです。

これもまた、「何も言えねえ」という類のものかも知れません。

日本固有の文化の一つに茶の湯があり、茶室には苔の風情が合います。

前者は、借景により空間的な広がりを持ち、後者は、苔によって、古からの悠久の時の流れを感じるような、そのような特色があるようです。

私たち日本人は、空間時間のそれぞれに広がりを持つ多様な文化を編み出していたようです。

上記の事柄は、謂わば、客観的な日本の断面です。

(因みに、PTA法:光合成移転農法でも、光合成が時空を超えて移動して推進する考え方をします。)

閑話休題

日頃、「苔」について格別の感慨をお持ちの方はほとんどいないと思います。

しかし、「苔」に対する私たちのイメージは「生長が遅い」というものがありそうです。

確かに、苔の生長は遅いようです。

ほとんどの植物は、独立栄養植物であり、自分で光合成を営み、炭酸ガス・水・無機養分から自己を生長させる能力を持っています。

その生長の早さを評価する指標として「最大同化速度」というものがあります。

単位面積・単位時間における炭酸ガスの同化量をいい、その植物の最大の同化速度を言います。

他方、植物には「飽和照度」という評価指標もあります。

地表の照度は、晴天時に約7〜10万ルックス位で、曇りの日には2〜3万ルックス位です。

トマトやサトイモは、陽性植物の代表であり、飽和照度は7万〜8万ルックスという高い値となっています。

他方、朝鮮ニンジンやワサビは陰性植物であり、低い値となります。

苔は、地衣類に分類され、一説によれば、その飽和照度は数100ルックスのものもあるとされています。

とすれば、苔の生長量はトマトやサトイモの1%程度でしかないものと予想されます。

勿論、現実の苔の生長速度はもっと小さいものであることに疑いはありません。

大多数の人にとっては「苔を栽培する」というような経験はないでしょう。

ここで、敢えて「苔」を取り上げたのは理由があります。

苔は、陰性植物で生長が遅い植物の代表です。

PTA法(ドッサリース農法)は、低分子量有機物を施肥して、これを吸収させ、植物体内において、吸収した低分子量有機物を植物の持つ能力で同化させることを
意図した栽培の取り組み方です。

換言すれば、光合成に依らず植物が有機炭素を獲得することでもあります。

第7章において、7.1式、と7.2式を提示しました。

   W = P                             7.1式

   W = P + D                            7.2式

Wは植物を構成する有機炭素量であり、Pは当該植物の光合成によって大気の炭酸ガスから獲得した有機炭素量を意味します。

Dは、低分子量有機物の吸収によって獲得した有機炭素量を言います。

斜字体は、PTA法(ドッサリース農法)におけるものです。

なお、D項は、PTA法(ドッサリース農法)に固有の項目であるため、敢えて、斜字体にしない場合があります。

7.1式では、低分子量有機物の施肥がなされていないため、「D」項はありません。

勿論、低分子量有機物が植物に吸収され、植物に同化され、あたかも炭素肥料のように振舞う、というものの見方は、PTA法(ドッサリース農法)が仮説として提案
しているものです。

PTA法(ドッサリース農法)に固有なものが「D」項です。

このPTA法(ドッサリース農法)は、農法である以上、従来の栽培と比較して何らかの顕著な違いがあって然るべきです。

最も顕著な違いが現れるのが、陰性植物の苔にあるものと予想されるからです。

苔は、光合成が下手で、生長が遅い植物です。

   (WW)=(PD)/P=(PP)+(DP)          10.1式

PP)項は、D項の影響を受けて1よりも大きな値になるかもしれません。しかし、赤い破線で示した部分を正確に把握することは難しく、ここでは検討の対象とし
ません。

しかし、D項の影響をより大きく受けるのが(DP)項です。

PTA法(ドッサリース農法)の仮説に基づく「D項」の影響が顕著に現れるのが、苔と言えます。

もし、PTA法(ドッサリース農法)がいうように、植物が低分子量有機物を吸収・同化して、自己の組織の有機炭素として取り込むのであれば、即ち、「D項」がある
のであれば、従来の栽培に比べて顕著な違いが現れるのが「P(P)項」が小さい値の植物と予想されるからです。

苔の栽培は、手軽で費用も少なくて済みます。

適度に遮光して、細かい霧吹きで湿度を保てば、日陰や物影で簡単に栽培できます。

勿論、そこで発生する苔の種類はよくわからないのですが、旺盛に苔が出ます。

先のドッサリースを良好に混合した土壌と、そうでない普通の土壌とを比較すると、PTA法(ドッサリース農法)によって苔が旺盛に生長することが確認できます。

10.1-1 屋上緑化:ヒートアイランド現象対策

今日、都会では使用するエネルギーが増加して、ヒートアイランド現象が生じているとされています。

そのため、屋上を緑化して屋上の断熱効果を高め、冷暖房のエネルギーを削減する試みがなされています。

しかし、日本は台風のある国です。

台風の強い風によって屋上の植栽が地表に落下した場合には大きな被害が予想されます。

屋上という建物の一番高い場所で、位置エネルギーがもっとも大きくなる場所に、大きな植栽を配置することは極めて危険な試みと言えるでしょう。

もし、その植栽が「苔」であるならば、屋上から地表に落下するにしても、被害はより小さなものとなることが予想されます。

そして、絨毯のような苔の層は、断熱性も高く、また、全体としても単位当たりの重量が小さく、建築物の耐震強度に与える影響も最小限でしょう。

10.1-2 PTA法(ドッサリース農法)の苔の確認

普通の栽培において、PTA法(ドッサリース農法)において苔が旺盛に生長する様子を確認するには、黒マルチで被覆した内部の土壌表面に見受けられます。

最も旺盛に苔が生長する様は、ビニールハウスによる栽培(所謂、施設栽培)で、土壌をビニールシートで被覆するケースです。

このような栽培形態では、苔が旺盛に生長して数センチメートルの厚みになるような苔が形成されます。

この苔の厚みは、芝生のようなもので、普通の絨毯の厚みを遥かに上回るものです。

通常のハウスでの栽培はトマト、キュウリ、ナスのような果菜類が多く、大体、苗の定植時から収穫時までの期間で見事な苔が形成されます。

収穫時には苔に係り合っていることはできず、大方が、苔を踏みつぶして収穫に精を出すことになります。

ただ、このように施設栽培に伴って生じた苔は、それを外部に持ち出すと、圃場の作土が失われることでもあり、好ましいことではありません。

家庭菜園用ビニールハウスをお持ちの方であれば、ドッサリースを施用し、黒マルチで被覆し、暖かく湿った状態を維持するだけで厚い苔ができます。見る分には
土壌も減りません。

以上、苔に関して要約すれば。

 1) PTA法(ドッサリース農法)の効果が顕著に現れるのが、苔と思われる。

 2) PTA法(ドッサリース農法)によれば、苔が簡単にしかも旺盛に栽培できるようになる。

 3) その一つの用途としては、屋上緑化が挙げられる。

 4)勿論、神社仏閣・茶室のような日本文化に深く関与した場所において、苔を植栽することも簡単にできることが予想されます。

第10.2章  ヒダカソウ:世界で一輪の花(絶滅危惧種)

日本では、北海道ほど都道府県名とその形とが知れ渡っているものはありません。大方の国民が名前、形も知っています。

大体、菱形の対角を南北に向けた地形です。

北の果て稚内から南端で何もない襟裳岬に向けて山脈が連なり、襟裳岬はその山脈が太平洋に落ち込んでいる所です。

その襟裳岬の西側に「アポイ岳」という標高800m程の山があり、高山植物が豊富で楽に登山ができる便利な山として知られています。

そのアポイ岳に「ヒダカソウ」という固有種の高山植物が自生しています。

この「ヒダカソウ」こそが、過日新聞に「世界で一輪の花」と報道されて有名な絶滅危惧種の植物です。

今日(平成21年)では、保護のために入山が禁止されているため、一般には、この1輪となったヒダカソウの現況は知る由もありません。

ただ、昔はこの地域にはごく普通に見かけた高山植物であり、それが盗掘があったにせよ、急激に数を減らし、「一輪」となった以上、急速に回復しているとは思えません。

このアポイ岳のある地域(様似町)には、世界的にも珍しい「カンラン岩」という岩石の鉱床が露出しており、そのためか超塩基性岩石という珍しい性質の土質となっているようです。

カンラン岩は、地下深くのマントルの近くで生成される岩石であるために、その鉱床が地表に露出することは少なく、世界的にも珍しいものと言われています(カナリア諸島とニジェール)。

中性子線を遮断する能力が高い岩石であるために、中性子線に関連する施設を構築する材料に利用される可能性を秘めた鉱石です。核関連施設の遮蔽壁です。

この「ヒダカソウ」が、超塩基性土壌を好む植物なのか、あるいは、他の植物群が超塩基性土壌とは適合しないためなのかは判りませんが、「ヒダカソウ」が残っている地域の土壌としては特異なものがあるようです。

これまで地球上ではさまざまな種が栄えては衰退しています。

恐竜のようなものが今日まで生き延びていたなら、是非見てみたい・・・と残念でなりません。

しかし、いろいろな物を見ると、このような種の栄枯盛衰は稀なことではなく、普遍的というよりは、むしろ、必然的なことかも知れません。

とはいえ、保護できるものであれば、保護したいものです。

「ヒダカソウ」が、徐々に生息領域を狭めた理由は定かではありませんが、高山植物故に、温暖化によって低地の植物が高地まで進出し、アポイ岳の高山植物群を駆逐していると言えなくもありません。

PTA法のものの見方からすれば、PTA法は幅広い植物に対して旺盛な生長を促しており、仮に、「ヒダカソウ」に用いれば、比較的簡単に増殖できるように思います。

ドッサリースは、低分子量有機酸カルシウムを主成分とした資材であり、アルカリ性でもあります。

この資材の標準的な利用方法は、一旦土壌に分散させ、加湿して、土壌と資材とを馴染ませて資材の強いアルカリ性を土壌による緩衝と大気中の炭酸ガスによる中和によって、pH値では中性の土壌になった時点で播種・定植を行います。

即ち、資材の持つ強塩基性そのままの状態で作物を栽培した事例はありません。

否、これまでの経験で、ドッサリースを土壌によく混合して、その後、水分を与えて土壌と馴染ませて、一定の期間放置してから播種或いは定植する方が、安定した発芽、活着に繋がるためにどのような使い方になっています。

「ヒダカソウ」の場合も、一旦土壌に馴染ませて中性になった土壌に移植するか、種子があるなら、そこへ播種することで比較的簡単に栽培ができるように思います。

PTA法からすれば、「ヒダカソウ」の栽培に格別な困難性はないように思います。

PTA法では、根圏から低分子量有機物を吸収し、これを同化して生長できるため、通常の光合成のみの生長に比べて遥かに少ないエネルギーで旺盛に生長できます。

「ヒダカソウ」の減少の原因が気象環境の変化によって、生命力が低下しているのであれば、少ないエネルギーで旺盛に生長できるPTA法の考え方を適用すれば、「ヒダカソウ」はまだ十分生命力が残されれているものと思います。

ヒダカソウ:平成21年4月21日:栽培品

桜のように、花が咲いてから葉が開きます。氷河期を生き延びた植物のためでしょうか。

新聞では「世界で一輪の花」とありましたが、簡単に2株購入できました。その写真です。

4月20日に入荷し、植えかえたものです。この株は小さく、蕾です。

アポイ岳の固有種で、アポイでは激減しているようです。

ヒダカソウ:平成21年4月21日:栽培品。大きい方の株です。

この写真では上手く映っていませんが、「根」が非常に太く、中央に水平に伸びる茎と同じ程度の太い根が束になっています。

花弁は8ー11枚。最初、球状になっている時の外側は淡いピンク色ですが、開花すると、ほとんど白色となります。肉眼では、微かなピンク色が残っています。

葉も球状になり、開花後、丸まった葉が開きます。

北海道様似郡様似町のアポイ岳は、襟裳岬に程近い場所です。襟裳岬への道すがら目にする樹木は強風のためか樹高が低く、40~50pの樹木が樹齢100年を越えていて、一人前の木の葉をつけます。強風のため地面にへばり付く様に枝を伸ばしています。伸ばしている、とはいえ盆栽見たいな自然の広葉樹です。

ヒダカソウの根が太いのも、強風に耐えるためのものかも知れません。


第10.3章 爆発する肥満・生活習慣病の回避:
病気に関する正しい理解は、医師もしくは医学書によってください。
ここでは、それ生活習慣病を回避する一つの見方について述べます。

生活習慣病とは、次の3つに分かれているようです。

   1)高血圧に由来する疾病(例えば、高血圧症)

   2)高血糖に由来する疾病(例えば、糖尿病)

   3)高脂血に由来する疾病(例えば、動脈硬化、血栓症)

生活習慣病は、その病を得るとほとんど完治することがなく、医師の指導の下で病と上手に付き合うしか術はなさそうです。

生涯、病と共に生活しなければならない当事者にとって大変な負担となるものと思います。

その病が、医療関係者の努力によって速やかに完治するのであれば一番望ましいのでしょうが、それは適いません。

生活習慣病を得るのは、多くの場合、当事者の生活習慣の結果であり、それは甘んじて受け入れなければなりませんが、余りにも貴重な医療関係者の時間を割くことが勿体ないと思います。

上記1)の高血圧症は塩分の過剰な摂取による影響が大きいと言われ、この病を回避するには、減塩を心がけることが大切とされています。

様々な資料によりますと、世界的に見ても肥満が蔓延し、それが多分に影響して、生活習慣病を引き起こしているように思われます。

その傾向は、先進国に止まらず、発展途上国においても顕著に見られます。

例えば、親しみを持つ日本人が多いと思われるメキシコでは、女性の71%、男性の66%が肥満であることが確認されています。

このまま推移すると、少なく見積もってもこの半分程度の人たちが生活習慣病を得るとしても過言ではありません。

即ち、人口の半分もの人たちが生活習慣病を得ることになると、患者自身にとっても大変なことですが、社会として成り立たない事態に陥ることさえ懸念されます。

人口抑制のため、一人っ子政策をとっている中国でも1/3程度の人たちが高血圧症となっている調査結果もあります。

メキシコ、中国ばかりでなく、欧米先進国でも、日本でも、その他の途上国でも肥満が増加し、このまま推移すると、たいへんな事態になることが懸念されています。

PTA法(ドッサリース農法)は、低分子量有機物を炭素肥料と考えて栽培する農業の取り組み方を提案するものです。

それだけに、生活習慣病と直接関係するものではありません。

ただ、家畜糞尿のような腐敗性廃棄物を活性の高い生石灰で分解処理し、その残渣を圃場に施用した場合、驚くほど収量が増加し、また、その収穫物の食味が格段に向上している現象を理解(解釈)するに際して、さまざまな事柄を参考にしています。

その一つに、古の農業の姿があります。

こと、日本において、江戸時代、明治時代という古の時代には、ほぼ全国民が四六時中、今日明日の食糧を得るために必死で働かなければならない時代であったように思われます。

江戸時代よりももっと昔の時代には、もっと厳しい生活環境であったことは容易に理解できます。

そのような時代には、満足な人工動力はほとんどなく、家畜が最大の動力源であり、大半は人力でした。

このあたりの目安は、産業革命以後のさまざまな動力(電力、内燃機関、蒸気機関など)がどれほど身近であったかをみれば凡そ見当が付きます。

日本は、昭和30年代までは「農業立国」でした。当時の田植えは人力でした。各家庭の部屋のコンセントの数はそんなに多くはなく「テーブルタップによるたこ足配線は厳禁」という時代でした。


電化製品も、照明、ラジオ、テレビ、冷蔵庫、洗濯機程度だったと思います。

すなわち、つい最近まで日本の大多数が農民であり、人力で耕地を耕していました。

それゆえ、多くの方々の昭和20年代の先祖まで辿れば、過半数が農業を体験していたことになります。

六公四民とか、五公五民というような過酷な取り立てがあったにせよ、寄生階級の割合は少なく、大半の人が額に汗して日々の生活を送っていたようです。

それゆえ、多くの仕事は人力を最大限活用しており、また、食糧も決して豊富とは言えず、大多数の人にとって肥満は縁遠いものでした。

(勿論、南洋諸島の国々のように、格別労働をし続けなくても簡単にタロイモが成長して、食糧には全く不自由しない地域もあるでしょうが、平均的な姿として日本を想定しています。)

人間の力は、およそ150Wと言われています。

馬の力が一馬力が約750Wで、5人力に相当します。

今日、私たちが普通に利用している自動車は100馬力近いエンジンを備えています。勿論、それ以上の高出力の自動車もあります。

仮に100馬力としてみれば、500人力に相当します。

古の時代に比べれば、現在の人口は爆発的に増えています。

また、家庭生活あるいは社会の形が昔に比べて何事にも豊富になっています。

ただ、一概には言えませんが、人間一人が食べる食糧の量にはそんなに違いはないように思われます。

仮に江戸時代であれば、500人力もの力が出る動力を上手に利用すれば、何も殆どの人が四六時中労働に従事しなくても、必要な食糧や必要品は比較的簡単に得られたはずです。

まして、今日はコンピューター技術が著しく飛躍を遂げ、ほとんど人手を要することなく広大な農地を耕作できます。

とすれば、今日、多くの人が食べるための食糧は比較的簡単に生産できるものと思われます。

因みに、アメリカの農家は平均して177haの耕地を耕し、アメリカ人は一人当たり0.4haの農産物を消費しているとされています。

(10aの水田の標準的なコメの収量は10俵程度で約600kgです。アメリカの稲作の労働時間は10a当たり2時間と言われています。

アメリカ型農業では、一人の作業者が2時間就労するだけで米600kgを収穫することになります。仮に、この作業者が年間2000時間の稲作に従事したとすれば、600トンのコメを生産する勘定です。

勿論、現実にはこのようにはなりませんが、機械力を利用すれば、一人の労働によって法外もない需要を満たしてしまう事例として、単純計算をしたものです)

即ち、単純な見方をすれば、一人の農家が400人分の食糧を生産していると言い換えることもできます。

なお、日本人一人の農産物の消費量は「0.16ha」と見積もられており、単純な面積の比較をすれば、アメリカ人の農家一人が日本人1000人分の農産物を生産しているとみることもできます。

人間が生活するに際して必要不可欠なものは「食糧」であり、その食糧がほとんど人力で生産しなければならない江戸時代などにあっては国民のほとんどが第一次産業(農林水産業)に従事して、四六時中仕事をしなければならなかったことを考え合わすと、今日は、大きな動力でごく少数の人たちが働くだけで十分供給できることが判ります。

私たちはともすれば、数千年も前の時代の格言・諺・書物を引き合いに出して、「かくあるべし」と物事を考えることが多々あります。

多くの場合には、常に、勤勉で、労働に勤しむことを是とすることが多いように思います。

しかし、「人間の食欲を満たす」ということに限定して見れば、各々の家庭での調理は別として、その食糧を生産する過程では全人口の極僅かの人たちの労働によって完全に充当できるといえます。

このことを勘案すると、古のものの見方を捨て去る訳ではないけれど、圧倒的に人工的な動力の大きさが人力を上回る時代には、一時的にせよ、また別の感性で行動しなければ間尺が合わないことになりかねません。

今日、「食糧を生産する」という過程だけを取り上げてみれば、全国民が額に汗して食糧を生産しなければならない、というものではないように思います。

このため、額に汗して食糧を生産することなく食事を得て、ついつい肥満になってしまう、という状況が生まれ易い事情が見えてきます。

それだけに、肥満になって、ついには生活習慣病を得てしまう人たちを蔑視することはできないように思われます。

発展途上国を含めて、現代社会に住む私たち全員が、そのような社会に身を置いている以上、皆、肥満になり、生活習慣病を得る可能性が極めて高いといえるのでしょう。

皆等しく肥満、ひいては、生活習慣病を得る可能性の高い時代に身を置いているとはいえ、できることなら、肥満や生活習慣病は敬遠したいものです。

PTA法(ドッサリース農法)は、概して、ベジタリアンと言われる野菜を中心とした食事を心がける人たちに肥満が少ないことから、より多くの野菜を食べて貰う為に美味しい野菜の生産に関心を寄せていました。

PTA法の野菜は食味が改善されて、概して、美味しい筈です。

PTA法は、低分子量有機物を施肥し、これを作物に吸収させ、同化するように考えて栽培する農法です。

作物は、光合成以外の経路で有機炭素を獲得し、光合成に比べて少ないエネルギーによって成長します。

このため、旺盛に生長し、このことはより多くの光合成がなされたような成長の度合いを示します。

そのような作物は概して美味しいとされています。

ものの順序で言えば、家畜糞尿のような腐敗性廃棄物を完全に殺菌・分解できる生石灰処理の処理残渣を、圃場に散布し、作物を栽培すると、やたら収量が増え、同時に、この世のものとも思えない美味しい農産物が収穫されました。

しかし、この生石灰処理は多額の費用を要し、誰しもが躊躇するというよりは、最初から検討の対象から除外されていました。

ただ、農産物の増収効果を加味すると全体としての経済性はすぐれていました。

昨今の肥満、生活習慣病の激増を勘案すると、美味しい野菜を以てすれば、摂取カロリーを下げて、肥満を回避できるかもしれません。

それに、この栽培方法の野菜を一度口にすると、市販されているものは、およそ食事の材料とは思えないほど魅力に欠けるものでした。

このような美味しい野菜がほどほどに流通するようになれば、自然と肥満の解消、生活習慣病の回避につながるものと思い、この生石灰処理とその栽培について、詳細に検討して、判り易いものの考え方に想到しました。

それがPTA法(ドッサリース農法)であり、低分子量有機物を炭素肥料と考えて栽培する、全く類例を見ない斬新な考え方でした。

第10.4章 有機圏内炭素循環:
生物地球化学的物質循環における新しい見方;高効率炭素循環

PTA法(ドッサリース農法)は、低分子量有機物を炭素肥料と考えて施肥し、栽培を進める農業の取り組み方です。

PTA法(ドッサリース農法)は、「植物が低分子量有機物を吸収すること」及び「植物に吸収された低分子量有機物が、植物体内において、同化作用によって植物組織として取り込まれる」という2つの仮定に基づいています。

一般的には、植物が有機炭素を獲得する経路は、光合成(炭酸同化作用)によって空気中の炭酸ガスを固定する経路とされています。

勿論、植物の根から微量の有機物(有機炭素)が取り込まれる現象が存在していることは、既に放射性炭素14Cをトレーサとして確認されています。

ただ、その吸収量が少ないことから、生長への影響は無視できるものと考えられています

このことから、PTA法(ドッサリース農法)の見方と、従来の見方との違いは、「植物に吸収される有機物の量を多いと見るか、無視し得ると見るか」の違いということもできます。

PTA法(ドッサリース農法)では、この植物に吸収される有機炭素の量が多いと考えて栽培を進めます

即ち、光合成以外の経路で、有機炭素として植物に吸収された炭素の量が多く、生長に影響すると考えるのであれば、従来の生態系の炭素循環の見方を変更することにもなります。

このPTA法(ドッサリース農法)の考え方を示したのが次の図です。

図の左側は、従来の見方を模式的に示したものです。

「無機領域の炭酸ガスが光合成によって、ブドウ糖となって有機領域に取り込まれ、同化によって様々な植物、或いは、餌となって動物になって有機領域を循環して、最終的には呼吸(酸化)によって再び、無機領域の炭酸ガスとなる」という生物地球化学的循環を示したものです。

他方、右側がPTA法(ドッサリース農法)の見方を示すものです。

PTA法(ドッサリース農法)では、無視できない量の有機炭素が、有機物のまま植物に取り込まれて植物体内に同化されてしまう経路が追加されたもので、より現実的なものとして、酸化カルシウムによる家畜糞尿や植物体のような天然由来の生体組織の分解処理によって高分子量有機物を低分子量有機物とし、これを施肥することで植物が吸収して、ATPで同化することを模式的に示したものです。

PTA法(ドッサリース農法)では、植物に吸収される有機物の影響の度合いを無視できないものと考えて栽培を進めます。

しかし、従来の知見では、植物に吸収される有機物の量は微量なので無視できる、としています。

ただ、次の図のように植物に有機物が吸収され、同化されるとするのであれば、光合成による炭素循環よりも圧倒的に少ないエネルギーで炭素が循環するものと予測されます。

このような有機領域での炭素の循環は、「生物地球化学的炭素循環における有機圏内循環」というべきもので、PTA法(ドッサリース農法)の見方によって、初めてクローズアップされた生態系の見方と思われます。

現在、ヒトは食物連鎖のピラミッドの頂点を占めており、地球上の至る所で活動してます。

普通の食物連鎖では、階層が一つ上がることで、その階層のエネルギーが一桁下がるとされています。

勿論、ヒトは雑食性であって、動物ばかりでなく植物も食糧としているために、食物連鎖のピラミッドの各層のエネルギーが厳密に支配されているわけではありません。

しかし、ヒトが増えることは、同時に、食物連鎖の下の階層にある生物群がより旺盛に増殖していなければバランスがとれません。

私たちを取り巻く環境は、人口の増加が他の生物群の生息を抑圧しているようにすら見受けられます。

PTA法(ドッサリース農法)の有機領域内炭素循環という考え方は、ヒトの身勝手で地球上に増加するのであれば、その人口を養うために、自然界では一般的ではないにせよ、本来であれば分解者(カビ・細菌等)が分解する物質を人為的に低分子量化して生産者であり、ヒトが食糧とする作物に吸収させて、光合成を助勢し、耕地を拡大することなくヒトの食糧を増産して、人を養うことを提案するものです。

限られた耕地をいたずらに拡大することなく、有機炭素の有機圏内循環で光合成の効率を高めることでヒトの食糧を増産するもので、現在のヒトがある程度の割合で地球上に存在することは、行掛り上仕方がないにしても、自然界本来のバランスを崩す度合いをできるだけ少なくしようとするものです。

環境の保護、温暖化の抑制、人工的な物の排除など、ヒトと環境との折り合いについて様々な取り組みがなされています。

PTA法(ドッサリース農法)は、「生物地球化学的物質循環における有機圏内炭素循環」という高効率炭素循環を提案するものです

炭素の生物地球化学的循環における有機圏内炭素循環

家畜糞尿のような「原料」の有機炭素を、分解者の思いのままに分解させ、炭酸ガスとして大気中に解き放つことは、大気の側としては、炭酸ガスの濃度を高めるには殆ど寄与しません。

即ち、家畜糞尿の有機炭素を「堆肥化」という名目で炭素が大気へ拡散すると、その効率は限りなく「ゼロ」となり、その作物への循環効率は殆ど「ゼロ」に近くなります。

大気中の炭酸ガス量は約三兆トンであり、仮に1トンの鶏糞は凡そ25%が固形分であり、その45%が炭素であれば約113kgの炭素量であり、炭酸ガスとしては約410sであり、鶏糞1トンから約410sの炭酸ガスが大気へ放出されても大気中の炭酸ガス濃度の上昇は限りなくゼロであり、当該施肥による光合成の助勢の貢献についてはゼロと考えてよい。

他方、PTA法(光合成移転農法)では、糞尿の高分子有機物のある程度の割合の有機炭素が低分子量有機炭素へ転換されます。その対象は蛋白質や核酸であり、その巨大分子の骨格窒素をアンモニアとして除去することで主として構成するユニットの(単位構造)に関連する有機酸のカルシウム塩が生成している。

この低分子量有機酸カルシウムを主成分とする生成物を乾燥固化して、粉末として施肥し、作物が有機酸を経根吸収して、極めて軽い負担で生長すれば、作物にとっては大変有益なことと言えます。

第10.5章 ハインリッヒ・シュリーマンのこと:古の日本では長期間し尿を熟成させていた

ここでは、ハインリッヒ・シュリーマン氏に関することを認めます。

ただし、あくまでも筆者の頭の中にあるシュリーマン氏に関する事柄であり、情報源を確認したものではありません。

幾度か目にしたシュリーマン氏の著作とシュリーマン氏についての伝聞に基づいて、筆者の頭の中に形成されたシュリーマン像です。

所謂、筆者の身勝手な寓話(でまかせ)と予めお断りいたします。(この項目は、現在推敲中です。申し訳ありません。)


第10.6章  9.11事件 (忘れ難き祖国の香り)

世界中を震撼させた2001年の9.11事件は、まだ記憶に新しい事柄かもしれません。

超高層ビルに大型旅客機が突入する映像は、CGとしか思えないものでした。

この9.11事件に引き続き、アフガニスタンにおける戦闘が拡大されました。

アフガニスタンでは、それ以前から長きにわたり内戦が続いており、その戦禍を逃れるためにアフガニスタンから遥か遠方の日本に避難してる人もいました。

祖国アフガニスタンにおける戦闘の拡大、被災者の拡大の報道に、日本に避難しているアフガニスタンの人々が心を痛める姿が報道されていました。

 「私の祖国、アフガニスタンには親戚も友人も沢山居ます。みんなどうしているのか?心配です。」

 「私の祖国はフルーツの美味しい国なんです。懐かしいなァ‐。」

皺深い高齢の男性アフガニスタン人の方が、遥か遠くの祖国に目を遣るように流暢な日本語で祖国の窮状を案じていました。

凡そ、年齢のいった男性ほど外国語の習得に時間を要し、且、下手なものはないとされています。 

「9.11事件」の時点で、その高齢の外国人(アフガニスタン人)男性が流暢な外国語(日本語)を流暢に操るほど、日本での避難生活が長きに及び、且、祖国への帰国の見通しがつかないのがアフガニスタンの情勢なのでしょう

この放送は、日本の東京を中心とした放送局の編集に基づいてなされているものと思います。

東京は、世界中の美味しい物が集まる大都市です。

世界中の美味しい物で、東京で入手できないものは皆無、とすらいえます。

それほど、東京の美食は世界的にも有名です。

東京の美食の証は、昨今の美食の書籍の記載内容からしても、世界中が認めているとしてよいでしょう。

アフガニスタンの地から、その美食の都市東京に避難して、長逗留し

 「私の祖国は、フルーツが美味しい国なんです。」

とは奇異に感じられます。世界中の美味しいものは東京に集まっているはずなのです。

東京で「美食」について、満たされない人など世界中を見回してもいる筈がないのです。

しかし、PTA法(光合成移転農法:ドッサリース農法)の立場からすれば、この言葉はよく分かります。

アフガニスタンに足を運んだことがある方は少ないでしょう。

精々、地図を眺める位です。一面茶色い国土です。

9.11事件に引き続くアフガニスタンへのアメリカ軍の侵攻の様子は多くの人がTVを通じて目にしています。

乾燥した空気と豊富な日照に暴露されるオアシスの果樹は、活発な水分蒸発がなされ、作物の生育環境としては最も好適なものと言えます。

最適な生育環境の下では、活発な光合成が営まれ、多量のブドウ糖が産生されることは想像に難くありません。

このため、オアシスに育つ果樹は、甘い香りのフルーツが実ります。

豊富な日照と乾燥した熱気が活発な光合成を促している、と考えられます。

このような考え方は、日本でも散見されます。

温州ミカンの産地では、「南に海が広がる山の南斜面のミカンが美味しい」とされています。

海面の照り返しを受ける南向きの山肌の果樹が豊富な日照のために、光合成が旺盛になり、甘いミカンとなります。

ただ、残念なことに、同じ産地であっても「海に面した南向きの斜面のミカンが格別美味しい」という事情は収穫時期に、直接産地に赴かなければ知り得ません。

この南斜面で収穫される美味しいミカンは、小売店の店頭の表示から窺い知ることができません

巷間目にする「産地」という行政区画は目安になりません。

ワイン通の方であれば「テロワール」とでもいいましょうか、日照と風土を含めたものが優劣の指標となるようです。

リンゴの産地では、地面に反射シートを敷き詰めて、地面に届く日光を反射してリンゴの葉面に与えている事例もあります。

日照を補うという見地に立てば、「南に海が広がる山の南斜面のミカン」と軌を一にするものといえます。

かっては裏日本と言われた地方では、夏の南風が高山を越え、乾燥した熱気となります。

このため、最高気温の高い地域は日本海側に多く見られます。

つい先年までは、山形が日本の最高気温の記録を持っていました。

このような、乾燥した熱気が流れる地域には、格別に美味しい農産品に事欠きません。

日本列島の中央の山脈に水分を落とし、除湿された空気が山脈を流れ下り、気圧の上昇とともに気温を上げ、そして、相対湿度を下げて裏日本の各地を流れ下り、活発な水分蒸発を促し、旺盛な光合成を誘い、豊富なブドウ糖の産生に繋がっているのでしょう。

「ダダチャ豆」「××産コシヒカリ」「××産ササニシキ」「××産アキタコマチ」・・・いずれもその土地の風土が生み出したウットリするほどの美味しい作物です。

その種子を別の風土で栽培しても、およそ意味がないことが実感として判ります。

これらの産地の米を生産者から直接入手して食べると、オカズが目に入らないほどの美味しさに襲われます。

残念なことに、そのようなご飯は、当該地域の生産者から直接調達した米でなければ、実現は難しいという側面を持ちます。

豊富なブドウ糖の産生は、作物の生長を促すばかりでなく、その食味を格別美味しいものとしています。

昔から、豊作の年の作物は何れも美味しいものとされています。

この裏日本の評判の作物の種子を表日本に持ち込んで販売する事例も散見しますが、その美味しさは再現されないはず、というのがPTA法の見方です。 

裏日本に見られる様々な美味しい産物は、その風土が生み出したものと思われます

PTA法(ドッサリース農法)の立場からすれば、オアシスの美味しいフルーツを懐かしむ気持ちはよく理解できます。

日本に暮らす私たちからすれば、砂漠のオアシスへ行くことはまずあり得ないことです。

そこでは、豊富な日照と活発な水分蒸発によって活発な光合成が営まれ、日本に居ては想像できない美味しいフルーツが実っているのでしょう。

  ・美味しい作物には、活発な光合成が不可欠です。

  ・PTA法(ドッサリース農法)は、低分子量有機物を「炭素肥料」と考えて施肥し、作物に光合成以外のルートで有機炭素を与えます。

言換えれば、PTA法は光合成を助勢することでもあり、結果として、活発な光合成が営まれたと同じ効果を奏します。

即ち、PTA法による収穫物は押し並べて美味しいものとなっています。

   ・このような見方は、日照の少ない高緯度地方の農業にも適用することができます。恐らく不味いはずです。

   ・PTA法は、収量を高め、さらに、美味しさを高めるものと思われます。

    (高緯度地方への渡航の経験はありませんが、高緯度地方の農産品に美味しい物の話は見聞したことがありません。PTA法は、高緯度農業でも美味しい収穫物が得られることを示唆しています。)

   ・・英国の料理の不味さをよく耳にします。真偽のほどは判りません。100kmの海峡を隔ててフランスは世界最高の料理とされています。

これも市井の者には真偽のほどは判りません。しかし、格別な反論は見当たりません。

100kmの違いで、フランスの日照は英国の1.5倍となっています。どんな農家でも、日照量が前年の2/3になったら凶作に見舞われます。

たった100kmで、風土には大きな隔たりがあります。

英国の女性が格別料理が下手であろはずもなく、フランスの女性が格別料理の才能に長けているとも思えません。

何れも、日々、心を砕いて料理に励んでいることは疑うべくもありません。

しかし、結果として「世界で一番不味い料理」とされ、一方は「世界最高の料理」の名をほしいままにしています。

 霧の深いロンドンでは、かのシャーロックホームズ氏をして「彼女」とすれ違っても気付きませんでした。

この霧の深さが日照を遮り、また、大気の湿度の高さが作物の蒸散を妨げます。

即ち、水分が蒸発しないことには、土壌の水分が吸収されません。

水分の吸収は、言換えれば養分の吸収でもあります。

霧の深さ、湿度の高さが英国の植物の光合成を妨げ、生育を妨げ、ひいては、収量が少なく、同時に不味い農産物を生み出していると推測されます。

この光合成の低さが調理の素材の不味さを引き起こし、ひいては、不味い料理を生み出していると思われます。

PTA法の考え方を英国人が理解するようになれば、英国料理の評価が一段と高まり、隣国と肩を並べるまでになるものと推測しています。

第10.7章 ゲストブックの当選者に寄せて:北関東の様子(栄光の当選番号は「1」で、王貞治選手の背番号です。)

当サイトのゲストブックの最初の当選者は「ゲストブックの番号が1番」の来訪者です。北関東地方にお住まいの方です。

ここでは、PTA法(ドッサリース農法)からみた、北関東地方に関連することを認めます。

 【過日のTV放送のこと】

以前に、この北関東地方の様子を紹介するTV放送がありました。全国的な放送だったと思います。

北関東地方で太平洋に面する地域には、大きな掘り込み港が建設されて、外国から大量の原材料が輸入されて陸揚げされます。

その原材料は、広大な関東平野に広く供給されて、様々に加工され、数多の商品となって大消費地である首都圏に向かいます。

この港には、家畜の飼料となる穀物も陸揚げされ、北関東地方にある無数の畜産施設に向けて飼料が運ばれます。

そして、その飼料の量に応じて、ある種の副産物が発生します。

PTA法(ドッサリース農法:光合成移転農法:Photosynthesis Transfer Agricultural Method)は、家畜排せつ物、生ゴミ、野菜屑、食品加工くずのような腐敗性有機物を酸化カルシウムで殺菌分解して、その際の生成物(低分子量有機物)を「光合成産物の断片」と考えて作物に施肥し、この断片を作物が吸収し、同化に利用することで、極めて少ないエネルギーで旺盛に生長できる、と考える栽培方法です。

そして、この腐敗性有機物の元を辿ると「光合成産物」に行きつき、そして、耕地での利用では光合成をあたかも助勢するかのごとく作用することから、「光合成移転農法」という名前を付しています。

この出発原料となる腐敗性有機物(光合成産物)が大量に安価に集まる場所の一つが畜産施設です。

家畜が餌として食べて、吸収しきれずに排泄される物体は、基本的に有機物であり、毒物もなく、極めて良質な原料と言えます。

PTA法は、これに酸化カルシウムCaOを添加して10分間程の攪拌操作で完全な殺菌を行い、同時に、高分子有機物を低分子量有機物まで分解します。

このため、PTA法の原料は、飼料の流通を辿ると必ず見出すことができます。

その意味で、PTA法は北関東地方と密接な関係があります。

さて、この北関東地方の太平洋に面する地域の生活環境を紹介した番組です。

「 海水浴場から程近い養豚場から、日々、大量の家畜糞尿が発生し、そのまま近郊の河川に流入し、その最下流にある海水浴場では、そんなことはものともせず、数多くの海水浴客が楽しんでいる姿があります。」

「また、急速な人口増加で、下水道の整備が追い付かず、また、バキュームカーで収集したし尿処理が間に合わず、暗闇の中で自治体の所有する原野に処理しきれないし尿を散布していました。」

PTA法の立場からすれば、貴重な光合成産物の原料を、無駄に捨てることは大変勿体ないことのように思えます。

PTA法からすれば、遺棄される有機物は、適切に低分子量化し、施肥すれば「極めて美味しい農産物」に姿形を変えることができます。

ただ、別の見方もできるのかも知れません。

私たち日本人が諸外国へ出かけた折に、飲料水に悩まされることが多々あるようです。現地の人にとっては何ら問題のない水が、旅人である日本人が飲むと、下痢になったりします。それで、日本人は「外国の水が悪い」と言います。

しかし、地元の方々にとっては、何一つ障害とはならない水質であれば、「水が悪い」とする日本人の考えは、全く余計なお世話です。過度に衛生的な生活を追求した余りに、さまざまな環境要因に対して耐久性を失った大多数の日本人の生活こそが見直すべき事柄かもしれません。

その意味では、TVで紹介された北関東地方の風物こそが好ましい姿なのかもしれません。

ただ、環境の問題は注意を要します。

メキシコは、東京オリンピックの次にオリンピックが開催されたこともあり、年配者にとっては親近感を覚える国の一つかもしれません。

2200mの高地に展開するメキシコ文明の遺跡の数々は驚嘆すべきものばかりです。残念なことに、これらの遺跡に刻まれたさまざまな文様・文字・彫像が何を意味していたものかを辿る手掛かりは残されていません。

かって、メキシコ文明が盛隆を極めていた時、この盆地の中央には巨大な湖があり、その湖上に水上都市が建設されていたとのことです。

ひょっこりひょうたん島の大きなようなものでしょうか。しかし、スペイン人が征服し、破壊しつくして今日の廃墟となっています。

今日、メキシコの国旗の中央には「サボテンに鷲がとまっている姿」があります。

これは、スペイン人に征服されたメキシコ人(中世マヤ民族)が、「我々は、ある地方から南下し、鷲がサボテンにとまったこの地を安住の地とした」とスペイン人に語ったことに由来していると聞きました。

そして、その時、既にメキシコ平原には巨大なピラミッドや広いサッカー場(死者の回廊とも言われています)が存在していた、とのことです。

即ち、今日メキシコ観光の中心となっている「月のピラミッド」「太陽のピラミッド」は、はるか以前に建設されて、誰が何のために建設したのかさっぱり判らないのです。

巨大な湖があり、常春の穏やかな陽気で住みやすい土地柄です。

産業革命前で、人工的な動力の無い時代にあっては、メキシコ高原は理想的な住みやすい場所であったことは疑いもありません。

現に、そこに巨大な遺跡を建設した民族がいました。

そうであれば、巨大な遺跡とおそらく都市を構築した人たちがそこに住み続けるのが、当たり前のように思えます。

しかし、古代マヤ民族ともいえる民族は、この繁栄した巨大な都市を捨てて廃墟としました。その理由が判りません。

今日、メキシコを旅すると、日本人には水が大変です。メキシコには大河がありません。周囲の山脈から流入する水は地下に浸透します。

メキシコ高原は2000mも掘削しても砂質といわれています。流れる水は、全て浸透し、大河を形成することがありません。

それで、メキシコ市では、「地下に浸透した汚水をくみ上げて、また、利用している」というように水の汚染が進んでいます。

かって、日本列島には「O−157被害」が吹き荒れました。べロ毒素を産生する大腸菌(O−157)の罹患によって沢山の患者が出ました。

聞けば、メキシコ市ではそのような患者は日常茶飯事で、スーパーマーケットで簡単に特効薬が入手できるとのことです。

腸の活動を停止させ、内容物を一気に排泄させてしまい、ほぼ1日の下痢で翌日からは大丈夫、というような薬でした。

格別、大騒ぎになるような病気ではないとのことでした。

さて、このように大腸菌や細菌類に対して、比較的鷹揚に取り組むことも一つの在り方で、北関東の事例も軌を一にしているのかも知れません。

しかし、この常春の国で動力の無い時代に巨大な建造物を構築した古代マヤ民族が、住み易いと思われるこの地を放棄した理由の一つとして、クローズアップされているのが「水の汚染」です。

およそ世界中の文明で、大河の無い文明は少ないといえます。

エジプト文明、チグリス・ユーフラテス文明、インダス文明、黄河文明・・・さまざまな文明は大河のほとりに展開されています。

日本では、大河の無い藤原京は早々に放棄されました。

メキシコ文明が広がる地域は、標高2000mを超える盆地となっており、ボーリング調査によれば、2000m以上掘削しても、尚、砂質の土壌だったそうです。

スペイン人が侵略した時のメキシコ高原では、その中央に巨大な湖があり、盆地を取り巻く山並みからの河川が流入していました。しかし、この湖から外洋へ至る河川はありません。

この盆地のさまざまな汚染物は、川の流れによって湖に流入し、湖の汚濁物質の濃度は徐々に上昇することが予想されます。

このメキシコ高原の中央盆地では、私たち日本の普通の人であれば、直ぐに息切れがし、高地の恐ろしいまでの希薄な大気を実感できます。

そのような中で、人力のみで太陽のピラミッド、月のピラミッド、巨大な幅の回廊が建設されるまでになった文明社会が、忽然として廃墟として捨て去られたのは、恐らく、この湖の汚濁によるものであろうと推測する見方です。

今日のメキシコシティの水の悪さを考えると、強ち、否定できる見方でもなさそうです。

何となく、「文明は大河の辺」とされていますが、それは排泄物や腐敗性廃棄物に由来する感染性病原体を生活環境から運び去る目的からも、必要不可欠な要素のように思えます。

閑話休題 北関東地方のこと

首都圏の北に広がる関東平野の凡そ北端に大きな港を建設して、ここから輸入される原料を陸揚げして、この原材料を関東平野の各地で商品となし、巨大な人口が蠢く首都圏で消費する構造は、極めて合理的であり、先人の気宇壮大な意気込みが判ります。

ただ、この地域は日本でも有数の大河(利根川)の下流に当たり、その上流の広大な集水区域から排出されるさまざまな汚濁物質がまとめて流下する場所です。何もしなくても上流の全ての汚れを巻き込んで汚れた水が流れる場所です。

その上、飼料の消費に伴い発生する「ある種の副産物」が、そのままこの河川に流入すると、汚染はますますひどくなります。

幸い、この関東平野北部の気候は、真冬でも河川が凍結することはほとんどなく、地表に齎された液体は、凍結して堆積することなく、常時、流下するため、汚濁物質は安定して流れ下るために、季節による濃縮はありません。即ち、平野や河川が凍結する地域で「ある種の副産物」が投棄されると、真冬の間は大量に留まり、雪解けと共に一気に流れ下ることとなり、その汚染区域は一気に広がります。

PTA法は、さまざまな腐敗性有機物を短時間に殺菌・分解・脱臭します。この原理は、生石灰CaOによる蛋白質の骨格(ペプチド結合)の断裂、核酸などのC-N結合の断裂によるもので、感染性病原体の生命活動(遺伝)を完全に消滅させることによります。

また、ウイルスやプリオン(狂牛病の原因物質)のような微細な生命とは言い難く、生命体ではないものの、増殖し、感染性病原体となり得る物質も、CaOのペプチド結合を断裂する作用からすれば、この処理によって分解されることは容易に推測できます。

反応機における混合時間は、約10分間程度で時間的には短いものの、通気乾燥により水分が蒸発して乾燥するまでの間には相当長い時間があり、反応機から排出された後も、原料は強いアルカリ性の条件の下に維持されている為に、ウイルスやプリオンというポリペプチド物質は、完膚なきまでに低分子量有機物に分解されます。

勿体ない

さて、旧来から養豚・養鶏・酪農等を生業とされる方の中には、「ある種の副産物は、従来から河川で環境還元してきた」とお考えの方もいらっしゃいます。確かに、わが国には、川で立ち小便をしても「三尺下ればきれいになる」と言われていました。

一般には、この副産物を堆積して、堆肥として耕地に利用することが奨励されていますが、凡その価格が700〜1000円/トンと手間賃や燃料費にもならず、タダかタダ同然で耕種農家に引き取ってもらっているのが実態です。

ところが、PTA法では、最終的に得られる処理物の値段が、およそ堆肥の50倍程度となり、しかも、処理の過程で生石灰CaOを添加している為に、生成物の量は堆肥の倍程度となります。

即ち、同じ目方の副産物であれば、凡そ、堆肥の倍の量となるため、総合的に見れば、堆肥の100倍の価値を創造することになります。

そして、現状では、この生成物は設備費、処理の消耗費、手間賃の他に適正な利益を加味した価格で耕種農家に販売されています。

即ち、ある種の副産物を堆肥とするのであれば手間賃にもならないものが、PTA法によって完璧に殺菌・分解・脱臭して販売すると、手間賃ばかりか利益まで生むことになります。

ある種の副産物を未処理で投棄することは、古い時代の人々には「最も簡単で安価な始末の仕方」に感じるかも知れませんが、PTA法という近代的な技術を操る世界では、「未処理の投棄」は、経営的に見ても勿体ないことこの上ないことといえます。

第11章には、このPTA法の経済性について、採卵鶏の鶏糞を取り上げて検討しています。

ここでは、その詳細は省略しますが、採卵鶏を飼育する場合、卵の販売の利益よりも、PTA法によって鶏糞を処理して、その生成物を販売する利益が大きくなっています。勿論、このサイトでは、利益の程度を云々することを主たる目的としたものではありません。

経済状況の変化でどのようにでも変化するものではありますが、ただ、常識的には採卵鶏を飼育する生業においては、卵の販売益が最大と思われているものが、実は、「鶏糞の適正ない処理による農業資材の生産」こそが、最も大きな利益を齎すとなれば、「一体、養鶏とは何を生業とするものか?」「畜産とは何を生業とするものか?」という根本的な事柄で、全く異なる姿が浮かび上がってきます。

この北関東平野では、飼料の消費に伴う副産物の利用は、「未利用」の状態といえるでしょう。

このある種の副産物を高度に浄化し、衛生面からして全く不安のない状態とし、それを活用すれば、この地域の農産物の出荷額は飛躍的に上昇するものと思われます。

ただ、奈何せん、あまり好まれない副産物にも、それぞれ所有者があり、煮て食べるか、焼いて食べるかは、専ら、所有者の総合的な判断に委ねられます。

「子供は風の子」というように、子供たちを元気に育てる為に、ある程度、汚染された環境の下で育てる配慮はそれなりに有意義であることは、汚い水をものともせずに遊ぶ諸外国の事例からも理解はできますが、産地の利益として見れば、桁違いとは言えないまでも、巨額な収益を捨て続けている、と言えなくもありません

この章は主婦の方がご覧になるものと思います。台所で馴染みのあるスケールで若干の説明を加えます。鶏の卵を例にして、いろいろな数値を見てみます。

<採卵鶏の諸元>     1日の餌・・・・105g/羽/日

                餌の単価・・・・65円/kg  (6.825円/羽/日)

                卵の重量・・・・50g/個

                産卵率・・・・・・90%    (日平均   45g/日)

                卵の単価・・・・200円/kg ( 9円/羽/日)

         鶏は、毎日7円弱の餌を食べ、卵9円を生産している勘定です。

         鶏の飼育のためには、鶏舎や電気や人件費などさまざまな費用を要します。

                  採卵鶏の飼育における利益率は、売上の10%を下回るとされています。

         即ち、1羽当たり、日額0.2円という数値が導かれます。

<鶏糞の生石灰処理>

               1日の鶏糞量・・・・・・160g/羽/日(水分75%、固形分25%、固形物40g/羽/日)

               CaO処理の重量・・・・400g/羽/日  (処理時の水分を90%に調整するため)

               処理費用・・・・・・・・ 5.2円/羽/日 (1kgの処理費は約13円のため)

               資材生産量・・・・・・・128g/羽/日  (資材の末端価格は56.67円/kg)

               資材の価値・・・・・・・7.25円/羽/日

               CaO処理の粗利益・・約2円/羽/日

        鶏卵の価格は、市況の変動によって変化しますが、とはいえ、需給関係が短期間に大幅に変化しません。

        他方、鶏糞のCaO処理では、鶏卵の販売以上の利益をもたらすことが予想されます。

ここでは、おが屑や敷き藁のような異物が入り難く、排泄物そのものが取り出しやすい鶏糞を例にして、PTA法のあらましを推測しました。

しかし、この傾向は採卵鶏以外の、ブロイラー、養豚、酪農においても全く同様に取扱うことができます。

そして、これら始末に苦慮する副産物を発生する事業において、ともすれば、片隅に追いやられて顧みられることが少ない物に対しても、正しく浄化し、適正にリサイクルすれば、生業を遥かに凌ぐ利益をもたらすものであることが判ります。

下のグラフは、1羽の1日の鶏卵の生産の推定される利益と、鶏糞処理における推定される利益を比較したものです。

勿論、実際の経済では需給関係でどのようにでも変化するものですが、CaO処理資材を利用している割合が日本の全耕地面積に対して0.3%にも満たない状況では、当面、この関係が維持されるものと思われます。

このことは、鶏糞のCaO処理によるリサイクルは、養鶏事業とほぼ等しい事業規模となり、利益は10倍にもなる、といえます。

養鶏に携わる人にとっては、このような鶏糞処理はとてもリスクが大きく困難と考えますが、実態は、養鶏の方が遥かにリスクが高いものといえます。

その後の、法律の改正によってどのように様子が変化したかは、TVの報道では見ておりませんが、法律に従い改善されているのかもしれません。

第10.8章  主婦のためのPTA法(ドッサリース農法)

PTA法は、光合成移転農法(Photosynthesis Transfer Agricultural Method)の略です。

凡そ、ご家庭の主婦の方々には縁遠いものと思われるかも知れません。それは、とんでもない誤解です。

むしろ、「主婦のためのとっておきの秘密」ともいえるのがPTA法です。

一見難しそうに書いているのは、勿論、「勿体をつけるため」に他なりません。

夕食を食べ終えた直後に、「アー、明日の夕食は何にしよう!?」 と思ったことはありませんか?

でも、間違っても口に出してはいけません。

口さがない野郎共や、同居の家人が、暇にまかせて

    「四六時中食べる事ばかり考えている。」

と吹聴しかねません。

しかし、冷静に考えれば、地球上に生命が誕生した時から今日まで、餓死することなく食べ続けて世代を繋いだ者だけが、今生き長らえているのですから、食べることは一番大切なことです。

私たちは、病を得ると病院のお世話になります。

しかし、カラスや魚のような生き物は、生涯にわたって病院のお世話になることがありません。

してみると、生命にとって食べ続けることこそが最も大切なことと思います。

そのために、思い悩み長嘆息することは、決して卑下されるべきものではないはずです。

今日、多くのご家庭では、主として主婦の方が料理をされているように見受けられます。

そして、日々、如何にして美味しい料理を作り続けるか、お悩みと思います。

同じ生き物の「牛」とか「豚」とか「鶏」であれば、ほぼ毎日同じ餌を食べています。

畜産家は皆さまのように食事のメニューに悩むことなどありません。

どういう訳か、今日の多くのご家庭では日々食事のメニューを変えて、食事を楽しんでいるように思います。

ただ単に、食事を楽しむだけであれば、それは楽しいものですが、その料理を作り続ける立場になれば、大変な負担になっているのは間違いありません。

PTA法(ドッサリース農法)は、間違いなく、「美味い野菜を作る」「美味い人参を作る」という辺りから出発しています。


   「美味い人参を作って、簡単にダイエットできるようにする」

   「美味しい野菜を作って、食材を肉・乳から野菜へ切り替える」

   「美味しい野菜を使って、簡単に美味しい料理ができるようにする」

というように、「美味しい野菜・果物」が豊富に入手できれば、食生活を豊かにすると同時に、野菜を中心とする食事であれば肥満を回避しやすく、高血糖症、高脂血症にもなり難い生活習慣が身に付くものと思われます。

いろいろな見方はあるでしょうが、医療に携わる方々ほど日々研鑽されている人はいないと思われます。

いつの世でも、もっとも高貴な職業とすら言えます。

しかし、「高血圧症」「高血糖症」「高脂血症」の所謂、生活習慣病になると、完全に治癒することは難しいと言われています。

そのような、完治しない病のために、定期的に通院して診察を受け、適切な薬剤を受け続けることは、患者本人にとっても大変な負担であるばかりでなく、治癒しない病のために医療機関の負担を増すことにもなり、回復の可能性のある患者から、その機会を奪う、とすら考えられます。

そうであれば、先ずもって、生活習慣病のような病を敬いて遠ざけることが一番といえます。

東京オリンピックの次はメキシコオリンピックで、メキシコという国は日本人には親しみを覚える国です。

このメキシコで、猛烈な勢いで肥満が増えているようです(既に60%以上が肥満)。

早晩、この方々が高い割合で生活習慣病へ移行することが懸念されています。

人口の60%以上もの人たちが生活習慣病になれば、医療機関の混雑も然ることながら、国力の低下、社会不安、・・・およそ正常な社会の機能が著しく阻害されることは疑いもありません。

このような状況を回避するには、一つの見方ではありますが、美味しい野菜によって、食生活を穀物や野菜が中心として、肥満と縁遠い食生活とし、徐々に肥満を解消したり、未然に肥満を回避することが安価でよさそうに思えます。

PTA法(ドッサリース農法)では、ほぼ全ての農産品(穀物・野菜・果樹)の美味しさを高めることができると思われます。

料理を美味しく仕上げるためには、さまざまな調理の手腕が必要ですが、素材自身の食味・食感が決定的な役割を演じています。

PTA法による栽培でもたらされる様々な農産物は、必ずや皆さまの食卓を豊かにするものと思います。

「美味い」「不味い」は、極めて主観的なものの見方で・・・聊か、怪しげな話に思えるかも知れません。

しかし、この「美味い」「不味い」という主観的な判断基準が、実際の社会活動を支配しています。

美味い・不味いの実例を挙げます。

  • インスタントラーメン

美味しいとされるインスタントラーメンは、そうでないラーメンの倍以上の値段で販売されています。

過日、著名な雑誌の高名な編集者がその誌上で、飛びぬけて高価なインスタントラーメンの銘柄に関してその美味さを称えていましたが、殆ど同じ目方でありながら価格の差に大きな開きがあり、高価なインスタントラーメンは「なるほど高いだけのことはある」と思わせる美味さがあります。

摂取エネルギー、栄養分、目方等の客観的に数値化できるものを取り上げても、価格差を合理的に説明することはできません。

しかし、この価格差に消費者は不満を言いませんし、暴動を起こしません。

  • ワイン

1本数百円のワインから、高価なものではフランス・ブルゴーニュ・ロマネ村産の百万円もするワインがあります。

どなたでもそれなりに美しく見える薄暗い場所では、1本百万円の値段は、さらに倍となるそうです。

原価に数千倍の違いがあるとは思えません。

ただ、不思議なことに、この不当に高い値段のワインを飲むときほど、喜んでいるようにすら見えます。

決して、その見上げるほどの値段の高さに不満などいいません。

  • 米(コメ)

裏日本の著名な産地のコメであれば1俵六万円以上であっても飛ぶように売れます。

外米であれば1kg60円、1俵4千円が国際相場です。しかし、日本人の誰もが安い外米に見向きもしません。

多くの日本人は1俵18千円もする高価な国産米をせっせと購入します。

安価な外米を、いつでも気軽に安く入手できない現実に不満を持つ日本人は皆無ではないでしょうか。

  • メロン

安価なメロンは1個300円程度です。高価なメロンは1個一万円を超えます。

勿論、この値段は初荷のご祝儀相場ではなく、日常的な価格です。

もし、皆さまのお宅に、お歳暮やお中元で一万円相当の次の品がお届けられたら、どのように思いますか?

  • 高級メロン1個
  • 外米約150kg(2俵半)

おそらく前者であれば、ご家族揃った時に、食後のデザートとして美味しいメロンに舌づつみを打って、ご家族で贈って下さった方の話題で楽しいひと時をお過ごしになるでしょう。

そして、後者であれば、頭髪天を衝く如く、怒り狂うでしょう。

150kgもの外米は、その是非は別として、多くの日本人にとってはゴミでしかありません。

しかし、世界を見渡すと、貧しい国の人にとっては、たった1度の食後のデザートにしかならない「高級メロン1個」よりは、「外米150kg」の方に限りない魅力を感じるかもしれません。

その何れに是非があるのかは知る由もありません。しかし、大多数の日本人は前者ではないでしょうか。

即ち、今の日本社会は、「美味い・不味い」という感性・尺度が支配しているといえるでしょう。

ともすれば、今日では、全ての事柄が知り尽くされて、何でもきっちりと計測して、明確な数値としていなければ気がすまないような錯覚に陥ります。

ただ、実体経済を支配している「美味さ」をはかる術はまだありません。

PTA法(ドッサリース農法)は、大変難解に記述されていますが、それは難しそうな方が「カッコが良い」と思ったからにほかなりません。

しかし、PTA法の牽引力は、確実に、ご家庭の主婦の方々が握っていると言って過言ではありません。

PTA法の効果は、「美味しい農産物が安価に大量に生産される」というものです。

同じ料理を作るにしても、美味しい素材を用いれば、仕上がる料理の味も数段向上します。

もし、PTA法による農産物を用いて調理された時に、

    (今日の料理はいつもと違って美味しい!)とご家族の方が言っても、それは    

     「今日はちょっと、調理の仕方を変えてみたから・・」

と軽くいなしてください。

何も正直に

    「PTA法(ドッサリース農法)の美味しい野菜を使ったから・・・」

という必要はありません。

PTA法(ドッサリース農法)を、やや詳しく説明しだすと、「家畜糞尿」「有機廃物」「し尿の腐熟」「清糞」「感染性病原体の分子レベルの分解殺菌」「ペプチド結合の断裂」「リン酸の固定」・・・どうも、場に相応しくない内容に傾きがちとなり、力が抜けます。

 PTA法(ドッサリース農法)に基づいて、排泄物を集めたり、生石灰で処理をしたり、栽培をするのは、主として野郎共の仕事かも知れませんが、その一連の所作の結果は、全て農産物に集約されて出力されます。

その結果を支配するのはご家庭の主婦である皆さまに他なりません。

PTA法による野菜・果物は、皆さまが本来お持ちになっていた料理手腕を如何なく発揮できる素材として、ご愛用いただけるものと思料します。

なお、PTA法(ドッサリース農法)によって、美味しい農産物を栽培できることが判り、その理屈が光合成の移転にありそうだ、と判ることによって、そのように栽培された美味しい農産物の特徴の一端が見えてきました。

簡単に言えば、「美味い野菜の見立てが判ってきた」ということでしょうか。

具体的にいえば、ある品目の姿を見れば、PTA法(ドッサリース農法)による美味しい野菜が入荷している店舗かもしれない・・・という予想ができます。

おいおい、そのような目安を掲載できるかも知れません。

乞う!ご期待。

要約すると、PTA法(ドッサリース農法)は次のように言い換えることができます。

  「料理が美味しくなる」

  「料理が簡単になる。素材だけでも美味しい。」

  「美味しい農産物がより安く生産できる」

  「野菜・果物が中心の食事はカロリーが低く、肥満予防にもなる。」

  「美味しい素材を用いれば、調理で加える塩分が少なくなり、減塩効果に繋がる。」

  「生活習慣病を回避しやすい食生活ができる。」

PTA法は、主婦の方々にとって縁遠いものではなく、手放し難い魅力があるものかも知れません。

凡そ、糞尿処理費が、本業の売上の半額にも達する高度な浄化処理があります。

過日、世界を震撼させた狂牛病の原因物質である異常プリオン・鳥インフルエンザウイルスをも完璧に殺菌分解できる可能性のある処理方法です。

ところが、その残渣を耕地に利用すると、この驚異的な処理費を上回る利得があります。

周囲の不安をよそに約30年間も続くこの信じ難い現象の裏には、「炭素肥料」という新しい肥料要素がありそうです。

「衛生的な環境の創造」「美味しい農産物の安定した増産」「健康の増進」・・・

この驚異の現象は、世界規模で全く新しい社会構造への移行を示唆しています。

「炭素肥料」「光合成の移転」という全く新しい概念の出発物質は、「家畜糞尿」「生ゴミ」「有機廃物」という始末に困り、その処理が大きな負担となっていたものです。

最も高額で且最も衛生的な処理とリサイクル方式が、実は、全体としてはむしろ最も安価で、最も衛生的で、最も美味しいものを、最も安定的に供給する方法かもしれません。

そこには、「炭素肥料」「光合成移転」という驚くべき見方が内在しているように思います。

第10.9章  間の抜けた話かもしれないこと:生ごみの始末

生ゴミは、台所の大敵です。否、家庭の・・・

自分が出した生ゴミでさえ、一度、生ゴミとなった物体は見るのも触るのも嫌なものになってしまいます。

少し、時間が経とうものなら臭気を発して、いよいよ生ごみの本領を発揮しだします。

そして、他の人の出した生ゴミとなると目にするだけで、もうダメです。

絶対に触ることができません。目にするだけで十分に気持ちが萎えます。

この生ゴミを処理して有効に活用する仕方として、家庭の生ゴミ用の堆肥化容器が利用されています。

バケツを逆さまにしたような、かなりの大きさのプラスチック容器です。

この生ゴミを堆肥にするプラスチック容器には蓋はありますが、底がありません。

中身が空っぽできれいなら、小さな子供たちには格好の遊び道具になるでしょう。

その使い方は、蓋を開けて生ゴミを投入します。ときどき攪拌したり、土を被せたりすることで、生ごみの臭気が少なくなり、分解も早まるので、臭い匂いをものともせずに果敢に挑戦される方もいらっしゃるようです。

しかし、PTA法(ドッサリース農法)の見方からすれば「噴飯もの」のように見えてきます。

天然由来の腐敗性有機物を栽培に利用しようとする趣旨は、PTA法も堆肥化容器も軌を一にしています。

PTA法は、家畜糞尿や生ゴミや野菜屑のような有機物を低分子量の有機物に転換して施肥すると、作物に吸収され、さらに、同化されて作物体の一部に取り込まれる、と考える栽培の取り組み方です。

他方、生ゴミ堆肥の容器には底がありません。投入された生ゴミは生物分解を受けて、徐々に分解されます。

生ゴミの分解が進むと、その分子量は徐々に小さなものとなります。

その意味では、低分子量有機物に近づくことでもあり、その方向はPTA法と同じです。

PTA法では、原料となる有機高分子を低分子量化する手法の一つとして、酸化カルシウムによる分解があります。

この石灰分解では、有機高分子は「ギ酸」「酢酸」「プロピオン酸」「コハク酸」などというような概ね分子量が200に満たない有機酸が生成されます。

反応剤として添加された石灰が過剰にあるため、有機酸カルシウムという形態で存在しています。

この反応生成物を乾燥すると凡そ白色〜淡黄色の粉末状の固体となります。

この粉末状固体は、酸性の液体に接すると溶解します。

作物の根からは、周辺土壌から養分を溶解させて吸収するために「根酸」という酸性物質が放出されています。

この根酸によって粉末状の固体(ここでは、便宜上、ドッサリース、と称しています)は溶解します。

作物が物質を吸収できる前提として、水に溶解している物質でなければなりません。

小さな砂や石が、そのまま作物に吸収されることはありません。

他方、堆肥化容器の中の生ゴミは、巨大な分子量の組織が徐々に分解されて、小さな分子となります。

長い目で見れば、高分子量有機物の炭素は分解されて「炭酸ガス」となって大気に飛散します。

しかし、堆肥は「堆積できる肥料」とでも言うのでしょうか、手にとることができる、固体状の物質です。

少なくとも液体ではありません。液体であれば「液肥」という言葉が適用されるのでしょう。

この固体状の堆肥にはさまざまな物質がふくまれています。

何よりも、堆肥には「生物」が多量に含まれています。

即ち、巨大高分子物質がほとんどそのまま残留しているのが堆肥です。

生ごみからの分解の過程で水に溶けるほど小さな分子量の成分も生成されますが、そのような低分子量の有機物は、底から地中に流亡してしまい、容器の中に残る割合は大変少ないものと思われます。

PTA法の立場からすれば、作物に吸収されるのは極めて分子量が小さい有機物と考えられます。

その水に溶けるほどの分子量の小さい有機物は、底のない堆肥化容器ではほとんど貯留できない、ということが容易に予想されます。

底のない堆肥化容器で生ゴミを始末しても、折角作物が吸収しやすい分子量200未満の低分子量有機物となっても、底がないために「良い物が悉く失われてしまう」ということが懸念されます。

汚らしい生ゴミを熟成させて、折角低分子量有機物としても、栽培に一番大切な部分を悉く無にする構造となっています。

家庭用の生ゴミ堆肥化容器は、全国の各地で散見される景色ですが、「本当に、それでよいのだろうか?」と心配になります。

地域によっては、このような訳の分からない容器に対して、驚くなかれ公共の組織から補助金が出ているという話もあります。

その昔、まだ人力や馬や牛が農耕の動力源であった時代では、恐らく「堆肥」という代物は使用されていなかったと思われます。

その理由は、肥料としての性能が悪いため、と思われます。

昔の肥料の主体は「液肥」であり、し尿や落ち葉、雑草、下草・・・さまざまな有機物を地中に埋めた樽に貯蔵し、水のようなサラサラした液状になったものを「こやし」として施肥していたようです。

東北・北海道では、その貯蔵期間は10年とか15年にも及ぶものでしたが、暖かい地方であれば、或いは、もっと短くなるかもしれません。

ただ、日本では、今日の高速堆肥化処理のように3週間とか2か月とか、或いは、半年、というような短期間ではなかったでしょう。

江戸時代や明治時代のように古い時代にあっては、樽一つを作るにしても難儀で、樽を作るだけでも立派な生業として広重の絵にも描かれています。その樽を地中に埋め、肥しになる原料(し尿・落ち葉・下草等)を貯蔵して、腐熟させて、液状になってから、水で薄めて施肥していたようです。

大変時間の掛かる面倒な方法ですが、落ち葉や下草をチョイチョイと集めて、数か月堆積して、所謂、堆肥としてから施肥するような農家は、いろいろな気象変動に伴う凶作・不作を乗り切ることができず、おそらくは、死に絶えたものと推測されます。

今日、当業者が堆肥を手に取り、においを嗅いだり、或いは、状態を眺めている写真がいろいろな雑誌に散見されます。

カメラマンや編集者の意図が判りません。ただ、このように顔を近づけても悪臭をしなくなってものを施肥するのが、今日の有機栽培の主流であることには疑いようもありません。

それがPTA法(ドッサリース農法)から見える景色です。

勿論、「このような堆肥で栽培しても作物が出来ない」とからいうのではありません。

今日では、強力な機械力を自由自在に使いこなして、広大な耕地を利用して膨大な食糧が生産されています。おそらく、この食糧生産量は、全部食べたら、大多数の人が肥満になって健康を害するほどの生産量といえるでしょう。

PTA法から見える姿は、「折角分解によって得た一番大切な低分子量有機物を失うのは勿体ない」ということです。

因みに、高分子量有機物を主体とした堆肥を施肥した場合、堆肥(高分子量有機物)は圃場で土壌の菌によって分解されて、最終的には有機炭素は炭酸ガスにまで分解されます。

その過程において、作物が吸収できる程度の分子量(凡そ、分子量として200未満と言われています)となる時期もあり、その時、その場所に作物の根が伸展していれば作物に吸収されます。

化学肥料を使用せず、堆肥だけを施用した栽培によって得られる農産物は、確かに「化成肥料だけの栽培による収穫物よりも微かに美味い」と感じます。

しかし、それは微差にすぎません。

PTA法(ドッサリース農法)による収穫物の美味しさに比べれば、現行の堆肥を用いた栽培の美味しさは低く、殆ど考慮に値しないものであることが判ります。

明治時代、東北地方の農家で使用されていた「肥し」は、およそ10年〜15年という長い時間を土中に埋めておき、水のようにサラサラになったものを水で希釈して施肥していました。

このような「肥し」の調合は面倒です。 長い時間を要し、その間、泥状の「原料」を土の中に保管しなければなりません。

樽に穴が穿たれると、漏れてしまいます。

この「原料」をそのまま施肥して良いのであれば、むしろ、経済的な負担はなく、気楽なものかも知れません。

それを、10年〜15年と保管して、熟成させて施肥していました。

今日、10年〜15年という期間を要して何かを準備するということは稀です。

「桃・栗三年、柿八年。柚子のバカは17年。」とされていますが、東北・北海道地方には柚子はありません。

身近な処では、ウイスキーの熟成の期間がこれに程近いものがあります。

そして、このような古の「肥し」の調合を会得した人は、収穫の秋に、その収穫物を口にすると、10年〜15年という長い期間熟成した、所謂、所望の肥やしを用いて栽培したものと、そうではなく、若い肥やしを施肥したものを「食味」で区別できました。

このことから、十分な熟成期間を経て、低分子量有機物の割合が増した肥やしを用いて栽培すると、熟成期間が短い肥やしに比べて、食味の上で前者が優れていると思われます。

また、社会の救済体制が十分ではない古の時代、農家は生産性の向上を至上目的としていたことは間違いがなく、十分な熟成期間によって適正に熟成した肥しを用いることが、冷害や日照り等の異常気象を乗り越えて、所定の収穫物を手にする方法であったように推測されます。

底に穴が穿設され、頂上部に蓋が装着される開口からなる生ゴミ投入口を備えた円錐状容器からなる家庭の生ゴミを原料として堆肥を調製する物品は、その底部に穿設された穴の大きさ程度「間が抜けた」話かもしれません。

耕作の出来・不出来、栽培の上手・下手に、直接一族の命運がかかっている古の農家(大多数の日本人がこのような環境に身を置いていました)であれば、ご家庭の生ゴミから農業資材を生産するのであれば、液体の漏れない容器を使用し、日々発生する生ゴミと共にし尿を加え併せて、八分方満たされた時点で蓋をして土を被せ、そして、10年〜15年という時間を土中に保管して熟成をするのでしょう。

このようにすれば、収穫される野菜や果物は美味しく、そして、沢山採れるでしょう。

PTA法(ドッサリース農法)から見た、現在の生ごみの始末のあり方です。

PTA法(ドッサリース農法)では、家畜糞尿や野菜屑などの腐敗性有機物を、生石灰と混合して約10分ほど攪拌して、高分子量有機物を酸化カルシウムによって分解し、低分子量有機物となし、これを炭素肥料と考えて施肥するものです。

古の長期間にわたる熟成で、どの程度の有機高分子の分解が促進されるか知る由もありません。

何故なら、今日、10年〜15年という長い期間をし尿や落ち葉、雑草、生ゴミを地中に貯蔵しているものが存在しません。

ただ、PTA法(ドッサリース農法)で栽培した野菜を「昔のような味がする」と評する年配の女性がいました。

その味覚によれば、PTA法(ドッサリース農法)と古の農業と類似したものがあるように思います。

そして、今日の堆肥を用いる有機栽培の産物は、これらと異なるものと思われます。

日々、ご家庭にあって、ご家族のために毎日お三度を作ることはたいへんな仕事です。

その際に、野菜の切れ端や皮など、どうしても生ゴミが出ます。

その生ゴミを勿体ないと考えて、堆肥として野菜の栽培に役立てようとするのは、真摯で、また、堅実な考え方でしょう。

決して、非難されたり、嘲笑されるべき類のものではありません。

あのような物品が販売店に並ぶまでには、かなり高額な金型を準備し、大量に生産する過程があります。

また、そのような物品の購入に対して「税金からの補助金」を支払うようになっている場合もあります。

店頭で購入する人が「購入するか否か」を判断する時間以上に、長い工程が存在する訳であり、一体、その過程でどのようなことがなされて、現在に至っているかが、大いに気になります。

このような物品を庭先に設置して、利用する人たちを嘲笑するよりは、むしろ、その前段階の過程の関係者のいずれかに重要な見落としがあったように思います。

工学の分野では、「次元」が基本的な要素といえます。表立てて検討することではありませんが、さまざまな事柄を検討する上で、「次元が正しいか?」と時折、チェックしながら検討を進めます。

「間が抜けた話」の「間」は、部屋の広さでいえば「面積」となります。次元では「L2」です。

「話の間」ということもあり、その場合には「時」です。次元では「T1」です。

生ごみの堆肥化容器の底に開いた穴は「面」であり、その次元は「L2」となります。

次元から見れば、強ち、外れていないかもしれません。

第10.10
植物は意思を持っていない?(植物の吸収:良いものも、悪いものも吸収してしまう!)

植物は、自己の生長のために必要な物質を外界から吸収しています。

光合成のためには、「炭酸ガス」「水」「光」を吸収し、炭水化物(ブドウ糖)と酸素を生成しています。

また、N、P、K、Ca、Mgをはじめとするさまざまな養分元素を吸収しています。

耕種農家は、栽培している作物が必要とする肥料要素を、間断なく作物が吸収できるように肥培管理をしています。

ここでは、土壌に関連して事物を見ることとし、「葉面撒布」のような事柄は割愛します。

さて、概して、植物は「根」からさまざまな物質を吸収しています。

植物は、ヒトのような動物が出現する遥か以前の時代から地球上に存在しており、その形状からして、根からさまざまな養水分を吸収するような構造となっています。

これは大気中に露出している葉部は太陽光や大気と接することはできても固体物質や液体物質とは接触しにくいといえます。

このため、少なくともCa,Mg、P、Kというような元素は地中から獲得しなければならず、根がこれらの物質の吸収機能を持つようになったのは自然の成り行きと思われます。

植物が、「葉面で日光と炭酸ガスとを吸収し、酸素、水分を放出する」ことや「水分と養分は土壌に伸展する根から吸収し、導管を通じて葉部へ移送する」ことなどは、植物が植物として生きるためには必然的な結果でしょう。

しかし、生きるためではないものに対しても反応してしまうのが悲しい性かもしれません。

私たちが、除草剤を散布すれば、おそらく、除草剤の効能欄に記載された雑草は、この除草剤の主要成分を吸収して枯れてしまうでしょう。

雑草自身にとっては、枯れてしまうのは意図しない事態でしょう。

植物は、自分に有益な物質も、有害な物質も、ある条件に適合したものは全て吸収してしまいます。

この植物の吸収過程を見ると、「植物の意思」というものが感じられません。

単に、吸収されやすいものを吸収しているだけのことです。

そうであれば、「植物にとって有益な物質」「植物にとって無益な物質」「植物にとって有害な物質」という識別はなされていないのでしょう。

PTA法(ドッサリース農法)は、低分子量有機酸カルシウムという物質に拘って作物の挙動を検討しています。

これまで、作物における有機物の吸収という観点から仔細に調査した事例が少ないように思われます。

勿論、作物(植物)が有機物を吸収することは、周知ではあります。

一般的な認識として、植物の根における物質吸収は

  1) 水は吸収される

  2) 水に溶解しているものは、吸収される可能性がある。

  3) 電荷を帯びている物質は、吸収されにくい

  4) ある種の物質は能動輸送される物質もある

  5) 有機物について言えば、分子量200以下程度のものであれば吸収される可能性がある

というような、凡その傾向があるとされています。

PTA法(ドッサリース農法)では、低分子量有機酸カルシウムを製造する現実的な手法として、家畜糞尿や生ごみや野菜くずのような有機廃物に生石灰を加えて短時間に分解する方法を取り上げています。

この有機廃物の生石灰分解処理では、蛋白質や核酸のN−C結合が断裂し、そのC側断片がカルボン酸となり、結果として、低分子量有機酸カルシウムが生成されます。

蛋白質の分子骨格のC−N結合が切れる場合には、大雑把に言えば、構成するアミノ酸からアミノ基が除去された低分子量有機酸が生成され、その分子量は200以下であるものが多数生成することになります。

また、核酸のC−N結合が切れる場合にも同様に低分子量の有機酸が生成することが予見されます。

即ち、前記のような有機廃物の生石灰分解による生成物には「分子量200以下」という有機物(即ち、有機炭素)がかなり含まれていることが示唆されます。

勿論、家畜糞尿とか生ごみの成分の厳密は特定は困難性が高く、定説はありませんが、現実に、これら有機廃物の生石灰処理の残渣を乾燥したものが「有機石灰質土壌改良資材」として利用されており、その成分としてギ酸・酢酸・プロピオン酸というように分子量の小さい有機酸カルシウムが相当量含有されていることが知られています。

PTA法(ドッサリース農法)は、このような低分子量有機酸カルシウムの低分子量有機酸は根毛の細胞から吸収され、植物体内に取り込まれるものと考えています。

ここで、先の植物の物質吸収に関して「電荷を持つ物質の吸収は難しい」という見方があります。

有機酸は、解離するとイオン化するため、根からの吸収は阻害される可能性があります。

ただ、作物の根からが、根酸が放出され、根の近傍の土壌は酸性となっている可能性が高いと言えます。

因みに、圃場のpHは、栽培開始時のpHよりも収穫後のpHが酸性になっていることは広く知られており、度重なる栽培の結果土壌のpHが酸性に傾き、pH矯正
用の石灰を施用する事例は多々見受けられます。

即ち、根の近傍において酸性の環境が生まれているのであれば、有機酸はイオン化せず、分子状の形態で水中に溶解している可能性が生まれます。

農業資材の性質を示す指標に「く溶性」という見方があります。

くえん酸に対する溶解性を示したもので、根の周辺土壌が、このくえん酸酸性とほぼ等しい条件と思われます。

そこで、くえん酸といろいろな低分子量有機酸の解離を比較すると次のようになります。

このグラフは、いろいろなpHにおける有機酸の解離状態を示すものです。

横軸は、pHを示します。

縦軸は、(未解離酸の濃度/解離酸の濃度)を示すものであり、ほぼ中央の「1.00」という水準は、未解離酸と解離酸の濃度が等しいことを意味しています。

そして、何れの有機酸も、酸性が強いほど未解離酸の割合が高いといえます。

根酸の強度は、1%のくえん酸水溶液程度と言われていますが、そのpHは2.5程度であり多くの低分子量有機酸は、未解離酸分子の割合が解離酸の10倍以
上存在することと予想されます。

即ち、根毛の外表面近傍の低分子量有機酸は、高い割合で未解離で溶解しており、その意味で、根毛の細胞膜を濃度拡散で透過し易い状態にあると言えま
す。

このように、PTA法(ドッサリース農法)は、低分子量有機酸カルシウムを施肥して作物に吸収させることを意図して栽培を進める栽培の取り組み方です。

この植物の根の物質吸収は、植物が格別選り好みをするというものではなく、単に、細胞膜を透過しやすい性質を持つものが勝手に透過し、吸収されると考えま
す。

たとえ、根毛の細胞膜を透過し、体内に取り込まれる物質が当該植物にとって良い作用を及ぼすものも、そうでないものも関係なく吸収されると見られます。

根毛から葉面までの間、水分の蒸散によって水流が形成され、この水流に従って養分の吸収が行われています。

即ち、葉面から水分が大気中に蒸散@すると、それを補完する意味で土壌の水分が根から吸収Aされます。

根で吸収された水分は導管を通じて葉面Dに至り、蒸散によって大気に至ります。

この水分の蒸散によって形成される水流は、植物に養分を運ぶ運河のような役割を担っています。

このことは、逆に、大気の湿度が飽和しており実質的に葉面における水分の蒸散が「ゼロ」という条件を実験的に作ると、水流が形成されずに、養水分の吸収が
断たれて、生育が阻害されることが判ります。

そこで、土壌中の低分子量有機酸カルシウムについてみれば、根毛の外表面に到達した有機酸は、概ね高い割合で非解離状態で水中に溶解しており、これが
ため細胞膜を濃度拡散によって透過し、根毛の細胞内Cへ到達します。

一度、根毛の細胞内に取り込まれた有機酸は水流に同伴して導管を通じて葉部Dへ移送されます。

葉では、水分の蒸散が行われているために、有機酸は濃度を高めるしか術はありません。

勿論、このような低分子量有機酸の移動は、土壌の養分(無機成分)についても同様であろうと思われます。

植物の葉部ではさまざまな同化が同時に進行しており、根圏から移送された低分子量有機酸は、必要に応じて適宜利用されるものと推定されます。

このように、根毛の土壌と接する細胞膜の内側に生じる「養分の濃度がゼロに近い水」のために、当該細胞膜の外側と内側には養分の濃度差が生
じ、より大きな濃度拡散を生じせしめているものと思います。

なお、ここでいう養分とは「低分子量有機酸」と言い換えてもよいでしょう。

植物が有機物を吸収し、同化に利用する過程はまだ詳しい研究が進んでいないのかもしれません。

PTA法(ドッサリース農法)では、有機物を特別な物質とは考えず、また、作物も物質吸収に際しては格別な意思を持たずに、単に、透過し易い性質を持つ物質
を透過させる、というように振舞うものと想定しています。

本サイトでは、これまであまり有機物の吸収に関する調査・研究の事例の多少に関わらず、「分子量の小さな有機酸は植物に吸収されやすい」と考えて検討を
進めています。

第10.11章   太陽・特殊相対性理論、そしてPTA法 (理論は予測を可能とする)

【約100年前】

アインシュタインが相対性理論を発表して、ほぼ100年で、その記念事業も行われたようです。

相対性理論が生まれる前、およそ1世紀以上も昔のことになりますが、「太陽が燃え続ける理由が判らない」状態でした。

言われるまでもなく、私たち地球上の生命は、須らく太陽の恩恵によって生まれ、生きながらえ、世代を繋いでいます。

その最も重要な太陽が、何故燃え続けているのか、判っていませんでした。

太陽が石炭なら、そんなに長い間燃え続けることはできません。

石油の塊でも、同様です。

燃えた排ガスは、何処に流れるのか、酸素はどこから補給されるのか、

知れば、知るほど、太陽の永続性が心配されます。

しかし、いくら心配しても、大方の場合には、翌日も同じように朝になれば前日と遜色ない太陽が昇ってきます。

【特殊相対性理論の出現】

ところが、アインシュタインによって特殊相対性理論が提案され、事情は一変しました。

    E = MC^(2)

      E: エネルギー

      M: 質量

      C: 光速

この特殊相対性理論の出現で、「早晩、太陽が燃え尽きる」という心配は解決しました。

1sの質量欠損が、石油の燃焼熱に換算すると約200万トンの石油に相当する法外もないエネルギーを生み出すことが示唆され、太陽の中心部の高温高圧の条件の下で重水素がヘリウムに転換する核融合反応が進行すれば、現実に質量欠損が生じ、毎日大きなエネルギーが生み出されても、なかなか燃え尽きないことが納得できます。

特殊相対性理論を利用して発生する太陽エネルギーは毎日、毎日何時も利用していても、かといって、気軽に使いこなせるものではありません。

ガスコンロに点火したり、煙草の火をつけるときに「ちょっと特殊相対性理論を利用して・・・」という訳にはいきません。

巨大なエネルギーを生み出す理屈は判っても、いざ、それを現実に活用するとなると、簡単ではありません。

もし、この理屈が正しければ、やり方によっては、巨大なエネルギーが発生します。

仮に、1sの質量が消滅すると、石油200万トン分の燃焼熱が一気に発生します。それが、どのような事態になるかは俄に想像できませんが、特殊相対性理論はそのような事態を予測することができます。

その、最初の利用が原子爆弾であったといえるでしょう。

これは、ウランやプルトニウムの原子核が分裂する時に生じる質量欠損を利用したものです。

今日では、原子力発電という形で平和利用の目的での活用の道も拓けましたが、極めて高度な科学技術を駆使しなければできないことです。

アインシュタインの特殊相対性理論が示唆する質量欠損に基づく巨大なエネルギーの生成は、大変魅力があることですが、質量欠損が生じる条件は放射能とか高温・高圧とか、何かと困難性の高いもので、気軽に利用できるようなものではありません。

実現するには難しい条件とは言え、「質量とエネルギーが等価」という驚くべき可能性が理論的に示唆されたことは大変な進歩であり、今日では、原子力発電なくしては、日本のエネルギー問題を語ることができません。

アインシュタインの特殊相対性理論は、ある種の不安や疑問を解消し、且つ、途方もない現実を予測可能としました。

【PTA法(光合成移転農法)も後知恵】

PTA法(ドッサリース農法)は、昭和の後半に開発され、今日まで約25年も実際に行われている

 「有機廃物の生石灰処理とその残渣の圃場利用」

を別の角度から検討したものです。

その意味では、後知恵でしかありません。

【耕種農業の現場で・・・】

耕種農業は、最も原始的な産業の一つとされ、さまざまな知識が集積されて無駄のない栽培が行われています。

その中核をなすものが「肥料」であり、NPKを主体として、他にCa,Mg等の要素も施肥資材としても用いられています。 

肥料の他に、種苗、被覆資材(ビニール)、出荷資材(段ボール)、農機(耕運機、トラクター等)のようなさまざまなものを用いて、緻密に計画された耕種農業が実現しています。

ところが耕種農業の根幹をなすNPKという最も重要な肥料要素に投じる金額の数倍(3〜10倍)もの金額を土壌改良資材に投じている生産者がいます。

どんな作物に対しても、この土壌改良資材を施用し、栽培しています。

「万能の土壌改良資材」という使い方です。

この異常な現象は、約25年前に開発され、今日では約数千haの耕作面積に達しています。

一度、使った生産者は高額な経費をものともせず、使い続けます。

日本の耕地面積を勘案すれば、イノベーターによる導入期にあたるのでしょうか。


この有機石灰質土壌改良資材を「低分子量有機物は炭素肥料のように振舞う」という見方をしたものが、

PTA法(ドッサリース農法)です。

これまで、土壌改良資材と認識されていたものを「肥料」と見方を変えたものです。

炭素を施肥資材として考える事例は多くはありません。

むしろ、非常に少ないといえます。

実際の、耕種農業の生産の場では、肥料はNPKを主体としたものであり、有機炭素を肥料要素として取扱うことはほとんど類例を見ません。

「有機炭素を炭素肥料と考える」ような見方は、尋常ではありませんので、俄に想像しにくいことですが、敢えて、検討を進めると、様々な現象の説明ができ、さらに、予測もできるようになります。

 炭素肥料は収量を高める:高緯度農業の収量増加

PTA法(ドッサリース農法)では、低分子量有機酸カルシウムを多量に含む「有機石灰質土壌改良資材」を「炭素肥料」と考えて施肥し、栽培を進めます。

従来、作物が有機炭素を獲得することは、専ら光合成によるものとしていましたが、根圏から低分子量有機酸を吸収して同化することは、光合成以外の手法で有機炭素を獲得することであり、結果として、疑似的により豊富な光合成が行われたこととなり、収量が増します。

生産者個人としては、大幅に緯度が異なる地域において耕種農業を営むことは稀であり、ほとんど関心を持たない事柄です。

しかし、現実に高緯度地方では、同じ作物でも収量が少ない場合があります。

勿論、収量が低い原因が日射の角度ばかりではありませんが、得てして耕種農業のさまざまな結果は「収量」に集約されることがままあります。

PTA法(ドッサリース農法)では、施肥によって根圏から有機炭素の吸収を促しますので、生産性の低い高緯度農業の収量(生産性)を高めることができるものと予想されます。

 陰性植物の生育の助勢

陰性植物は、低い光量で生長速度が飽和する性質があるため、概して生長速度は小さいものとされています。

これは、光合成が規制されるためであり、如何ともしがたいものとされていました。

しかし、根からの養水分の吸収と共に有機炭素を獲得できるのであれば、光合成に依らない有機炭素を利用して生長することとなり、通常の生長速度を上回る生長速度を達成できる可能性が生まれます。

苔・朝鮮ニンジン・ワサビというような陰性植物の旺盛な生長を促す可能性が拓けたことになります。

多くの施肥資材で「陰性植物」という性質に着目して、顕著な効果を奏する考え方は、PTA法(ドッサリース農法)が初めてかもしれません。

 美味しい作物を予測する

耕種農業において、「収量」は誰にでも判り易い大切な指標です。

しかし、現在の日本のような社会にあっては、概して飽食で肥満で食べるには不自由をしていません。

このような場合には、「美味しさ」が大切な要素となります。

これまで、概して、「気候に恵まれた年は豊作で、美味しい」とされています。

PTA法(ドッサリース農法)は、低分子量有機酸カルシウムを多量に含む「有機石灰質土壌改良資材」を炭素肥料と見たてて施肥し、有機炭素を作物に供給します。

このことは、疑似的に光合成量を高めたことになり、気候に恵まれた年を演出し、収量を増すとともに、収穫される農産物も美味しいものとなります。

このPTA法(ドッサリース農法)の実績に対する解釈から、「旺盛な光合成が営まれる栽培環境では、作物は美味しい」という見方が生まれます。

 これは、

 「南向きの斜面が美味しい」

 「熱い乾燥した熱気が駆け抜ける裏日本の作物が美味しい(米・ダダチャ豆等)」

 「ほぼ年中晴天で、乾燥した熱風が吹くオアシスの産物が美味しい」

というような栽培環境の農産物が、格別美味しいものであることが予想され、栽培の場所や栽培形態を見れば、凡その美味しさの程度が予測できるものとなります。

勿論、PTA法(ドッサリース農法)による農産物は美味しいものとなりますが、美味しい農産物が得られる栽培環境を推測できます。


アインシュタインの特殊相対性理論によって「質量とエネルギーの等価」が示され、質量欠損が巨大なエネルギーを発生することが示唆されました。

PTA法(ドッサリース農法)の光合成移転と言う見方と、その栽培実績を勘案すると、植物の生育の姿が明確に浮かび上がり、どのような栽培が美味し
い作物をもたらすか、さまざまな植物の栽培の在り方が見えてきます。

PTA法は、植物の生育の在り方を明瞭に示すことができます。

 第10.12章 海外渡航とPTA法(ドッサリース農法)、生石灰処理: 違う常識・幾つもある常識

【ハワイへの渡航!!】

四方を海に囲まれた日本から、外国へ渡航するとなれば一大決心を要することです。

何らかの手段が無ければ、到底、叶わぬ夢です。津軽海峡ですら、泳ぎ切るには数名で交代しなければなりません。

以前、唐の高僧は、日本へ渡って仏教の教えを普及するために幾度となく渡航を試み、漸く、成功しましたが、その時は既に盲目となっていたとのこと。唐招提寺として今日、その縁の名刹が残されています。

時代は進み、「憧れのハワイ航路」という名曲があるように、船を利用した航海がもっとも普遍的な移動手段の時代もありました。

しかし、平成の今日であれば「飛行機」で、ハワイのような海外へ渡航するのが一般的かもしれません。

今日では、原油・LNG・自動車・穀物・石炭・鉱石というような物の輸送を意図した場合には、その手段は船舶によることが多いのですが、人が海外へ渡航するためであれば、飛行機を利用するのが多いでしょう。

時代の変遷とともに、常識的な手段と言うものも変遷を遂げます。

 【東海道五十三次】

江戸から京・大阪の上方へ行く手段も、昔は、徒歩が普通です。

500km以上の旅路を馬や籠を利用できた人は稀でしょう。 

講釈師によれば紀伊国屋文左衛門は、嵐の中、五百石船で江戸にミカンを運び財を成したとされています。

今では、新幹線・高速道路・飛行機の移動手段がありますが、徒歩での移動は稀でしょう。

 【浮世離れした処理費の高さ:生石灰処理】

PTA法(ドッサリース農法)は、有機廃物の生石灰処理を出発点としています。

この出発原料は、「天然由来の腐敗性物質」であればよく「廃物」である必要はありません。

しかし、現実には家畜糞尿や食品工場の脱水ケーキ(原料由来の残り滓)を使用することが多く、一般には「廃物」とされるものです。

この原料となる有機廃物を、生石灰処理することは、大変費用の掛かる処理方法です。

多くの場合、家畜を飼育する主たる目的は「営利」にあり、糞尿の処理の如何は肉・乳・卵などの製品の付加価値に影響することが無く、概して、昔であればそのまま河川に放流したり、野積にしたりしていたものが、今日では「堆肥化処理」が一般的と言えます。

野積みと堆肥化の大きな違いは、雨水の影響の有無です。堆肥化処理では雨水の侵入を防ぎ、また、地下浸透を防ぐ床があります。水漏れを防ぐ床と、屋根があれば堆肥化処理は可能となります。

しかし、生石灰処理は、原料の適切な水分調整、良質の生石灰の準備、適切な反応機、適切な比率で原料と生石灰を混ぜること、所定の反応時間を守ること、・・・などさまざまな遵守事項があり、その処理費用は高額なものと成ります。

家畜糞尿や脱水ケーキのような原料は、概して、日々大量に発生するものであり、その始末に関しては、事前に慎重に検討されています。

このため、処理費用の最も高い処理方法である、生石灰処理を選択する事例は極めて少ないといえます。

 【高額な施肥資材:ドッサリース(炭素肥料):NPK肥料の3〜10倍も余計に!】

耕種農業は、最も長い歴史を持つ業種の一つとされ、その所作も合理的に整理されています。

そして、何よりも生業である以上、十分に経済性も追及されつくしています。

この耕種農業で中心的な役割を果たしているのが「肥料」であり、NPKの3成分が主要肥料要素として広く認識されています。

これは、農産物として圃場から収奪する元素を的確に補填し、作物が要求する成分を的確に圃場から供給するための配慮です。

PTA法(ドッサリース農法)では、現在、土壌改良資材としてNPKの経費の約3〜10倍の資材を追加して施用しています。

これは、栽培品目が特殊なものの栽培ではなく、ごく普通の土耕でのことです。

勿論、NPKの資材費を目安にドッサリースを施用している訳ではなく、「水稲なら600s程度」「根菜なら1〜2トン」「葉茎菜なら1〜2トン」「果菜なら2〜3トン」(各々10a当りのドッサリース施用量)というような目安で施用した結果です。

最も原始的な栽培形態で実績のある土耕の露地栽培において、一般的な生産者が最も主要なNPK肥料資材に投じる金額の数倍(3〜10倍)もの金額を余計に支払って土壌改良資材(ドッサリース)を追加して施用している生産者もいます。

NPKの施肥で済ます生産者、さらに、ドッサリースを追加して施用する生産者、双方とも、当事者にとっては「常識・習慣」に違いありません。

日本と言う狭い国土で、気候、経済価値、風習、情報、土壌、品目等ほとんど等しい環境で営農していながら、全く異なる肥培管理がなされています。

そして、高額なドッサリースを利用している生産者が、仮に、他の圃場を利用して栽培することとなれば、間違いなく、何を栽培するにしても「有機石灰質土壌改良資材(ドッサリース)」を用いることは明らかです。

ドッサリースを利用する生産者にとって、「ドッサリースのない耕種農業を営むのであれば、農業は廃業するしかない(即ち、ドッサリースを使用しない、現在の大多数の農家の姿は余りにも惨めに映るのでしょう。勿論、それは間違いなく、昔日の自分の姿に他なりませんが。)」というほど効果があるようです。

露地栽培と言う古くから続いている農業において、全く異なる栽培手法が、双方とも当事者にとっては「常識」となっている現実があります。

第10.13章 PTA法から見た農産物の収量と単価 

【農産物の収量と単価】

耕種農業では、作物の収量とその値段は大変重要な要素です。

しかし、それは耕種農家ばかりではありません。

買い物をした場合「単価」と「数量」との積で支払額は決まります。この関係はどんな場合であっても大切な関係です。

そのため、耕種農家は収量が増えるように日々研鑽を重ねて栽培に取り組みます。

しかし、農産物の単価は多くの場合市場で決定されてるため、自分で操作することができません。ただ、より高い単価であることを願うしかありません。

次の「農産物の収量と評価額(単価)の関係」のグラフは、横軸を単位面積当たりの農産物の収量とし、縦軸をその農産物の評価額(単価)としています。

そして。標準的な収量を「1」とし、その標準的な小売価格を「1」としています。

○a(0)は、標準的な栽培における生産者価格を示し、□a(0)は、その時の小売価格を示しています。

耕地で生産された農産物は、生産者の手から小売業に向かって移送され、その過程で単価は上昇し、最終的に小売価格となって消費者に引き渡されます。

特定の圃場で生産された農産物は、その収量の線上を縦方向に上昇して推移します。

一般的には、最初に図示しない市場の卸値があり、生産者価格は、様々な経費を差し引かれて決定されます。

また、小売価格は、卸値にさまざまな経費が加算されて小売値となります。

市場における農産物の評価額は、小売の消費動向や当該農産物の入荷動向を勘案して、自由競争のセリによって決定されます。

この農産物の収量と評価額の関係に格別関心を呼ぶようなことがあろうはずもありません。

それでは、次のような場合はどのようにお考えでしょうか??

同じ時期に収穫された「3トンの人参」について、どのようにお考えでしょうか??

1) 耕地3反で収穫された3トンの人参 1t/反×3反=3トン
2) 耕地2反で収穫された3トンの人参 1.5t/反×2反=3トン
3) 耕地1反で収穫された3トンの人参 3t/反×1反=3トン

 この関係を次の図に例示します。

一般的には、3トンの人参の値は同じであり、そのように考えて格別問題はないと思います。

上図では、生産者の立場であれば、A(0)⇒A(1)となるだけです。

即ち、標準的には、1反で1トン収穫されるニンジンが、3反で収穫された3トンであっても、1反で収穫された3トンであっても、3トンである以上、生産者単価に差はなく、生産者の売上はA(1)と原点(0)とが作る四角形の面積となります。

ところが、1反の畑で、通常は1トンの収穫となるものが3トンというように3倍もの収穫となった時には、この人参は非常に旺盛な生長を遂げていると言えます。

その背景には、ニンジンを生長させるための生命力(活性)が非常に旺盛だったと言えます。

或いは、光合成によって獲得したブドウ糖が大量に存在したとも言い換えることができます。

極論すれば、通常の場合より、3倍の光合成がなされたものといえます。この旺盛な光合成(有機炭素の獲得)が、ひいては旺盛な生育に繋がっています。

このため、通常の3倍もの旺盛な生長のために収量が3倍にもなると、その収穫物は通常の人参よりも糖度が高く美味しくなります。

このような理由から、収量の多い耕地の収穫物の方が、概して美味しい傾向にあり、このため、収量が増加した時の農産物の価格は上図の赤線a(0)⇒a(3)A(0)⇒A(3)で示したように推移する傾向があります。

これは、当該人参の収量が増加した時点で直ちに顕在化するものではなく、消費者の評価が高まり、徐々に、青線a(0)⇒a(1)、A(0)⇒A(1)から赤線a(0)⇒a(3)A(0)⇒A(3)へ移行します。

このように、高品位の美味しい農産物が生産され、流通する時には、通常の農産物における生産者価格の比率(生産者価格/小売価格)は、そのままで推移するのではなく、品薄感や確実に流通させるために流通経路が短縮し、生産者価格の比率が高まる傾向にあります。

そして、生産者の売り上げは、原点0と赤●A(3)とが作る四角形の面積となります。

1×0.25=0.25 ⇒3×0.25=0.75⇒ 3×2.5=7.5   0.75/0.25=3倍   7.5/0.25=30倍  7.5/0.75=10倍

このように、収量が3倍になることは、一般的には売上が3倍に成るように思われますが、見方によっては、生産者にとって売上が30倍にも拡大される可能性を秘めているものといえます。

ただ、消費者にとっては、普通の値段の農産物に比べて美味しいもの(高級なもの)が3.5倍の単価で販売されていることであり、この「良いものが高い値段で販売されている」という現象は、普通のことであり、「3.5倍」という価格差は、それなりの体感できる品質差があるのであれば納得できる範囲のものです。

即ち、「単位面積当たりの収量を増加させる栽培の在り方」というものには、生産者にとって非常に魅力的なものといえます。

ただし、この農産物の美味しさに由来する単価の上昇(あるいは推移)は、実際に美味しい農産物を生産したものでなければ、美味しさを体感できず、また、そのような単価の上昇を経験することができません。

第10.14章 どちらを選びますか!?  小派? 大派?   その理由をこっそりお知らせください!

【いつでもどこでも行われている栽培試験】

同じ品種の農産物を、同じ時期に播種・定植し、肥料の種類や栽培の仕方をいろいろ変えることは、耕種農家個人でも、各種試験場や研究機関で日常的に行われている栽培の試験・研究です。

この栽培試験の詳細(試験条件・規模・期間等)は、試験の目的に応じていろいろです。

「より高い収量を求めるためのもの」、「肥料や資材の性質を評価するためのもの」、「障害の度合を見極めるもの」、「食味の違いを調べるもの」など様々な目的に応じて、さまざまな栽培試験が行われています。

いろいろな試験場では、さまざまな条件を科学的に考慮して、客観的で有益な結果が得られるように、規模も大きいでしょう。

生産者個人では、多くの場合、畑の一角に畳2枚分位の広さを決めて、条件や肥料をちょっと変えて試しに栽培するでしょう。

作物の栽培は、生命を育てるのと同じで、いくら考えても、幾ら配慮しても限りがありません。

大変複雑な選択肢の中から日々刻々と判断が迫られ悩ましいことの連続です。

ここでは、幾つかの農産物について、違いを概観します。勿論、正答はありません。

【大きいニンジン・小さいニンジン】

ニンジンに限らず、生産者はどの一株であっても、出来れば均等に生育してほしいと考えて栽培を進めています。

圃場を耕起して、均等な土質とします。 大きな偏りがあれば、管理が難しくなります。

肥料も出来るだけ均等に散布し、よく土壌と混合します。 これも偏りがあったのでは栽培の管理が難しいでしょう。

ニンジンの種も、発芽が良く、実績のある種苗メーカーのものを利用します。

そして、一定の間隔で播種します。 このとき、シーダーを利用して播種の間隔を厳密に揃えることもあります。

あるいは、手による筋蒔きであれば、間引きによって最終的な株間が一定になるようにします。

ニンジンは、生育初期には群生していた方が生育がよくなるとされている場合には密稙して、間引きで株間を揃えるの一般的かもしれません。

ただ、これらの一連の作業では、その圃場全体がほぼ等しい大きさのニンジンとするように作業が進められている、ということです。

意図的に、収穫されるニンジンの大小に差をつけるように配慮することはほとんど皆無です。

作業の目的は、一定のサイズの良質なニンジンを得ることですが、しかし、収穫期において実際に収穫されるニンジンの大きさは不揃いであり、規格に準じて大きさ毎に仕分けして出荷されます。

ほとんど、おなじ作業をして、同じような条件の下で生育しながら最終的に差が生じるのは当然のように日常的に見受けられる現象でしょう。

「同じ手間をかけているのだから、同じものが採れて当然」という方が珍しいとすら言えます。

さて、店頭に大特価の量り売りのニンジンがあったら、皆様ならどのようにしますか??

小さい人参を選びますか? 大きなニンジンを選びますか? その理由はなんでしょうか?

筆者の経験では、大きいニンジンと言えば、1本で0.5〜1.5kg程度のものがあります。



【小派の言い分】

小さいニンジンを選ばれた方は、野菜室での保管のし易さを念頭に置いて選ばれたのでしょうか。

小さいニンジンは、弁当のおかずにも入れやすく、良いかも知れません。

仮に、1本が1.5kgにもなるニンジンであれば、形にカッコよさがありません。

【大派の言い分】

大家族だから一度に大量の野菜が必要となり、大きいニンジンを選ばれた方がいるかもしれません。

1本で1.5kgとなれば、1本で半月〜1カ月分のニンジンとなり、便利かもしれません。

ただ、1か月も冷蔵庫で保管すると鮮度が落ちるかもしれません。

【答え:正答はありません】

正答はありませんが、PTA法では、つぎのような見方をすることがあります。

同じような条件の下で栽培されたニンジンに、大きさに大きな違いとなっているならば、大きいニンジンでは活発な光合成がなされ、多量のブドウ糖が生産され、この多量のブドウ糖を獲得したニンジンがより大きく成長するためにブドウ糖や生体エネルギー(ATP)を大量に其々の組織に送り、迅速に、且つ、活発に生長を促しています。

或いは、何らかの理由で、より旺盛に生長を促す状況が生まれていたものと思われます。

このため、大きく育ったニンジンの側には「多量のブドウ糖」が存在している可能性があり、とすれば、大きなニンジンの側が、甘いものと思われます。

或いは、「天候に恵まれた年の作物は何でも豊作で何でも美味い」という言い伝えのように、大きなニンジンは、換言すれば、豊作のニンジンであり、美味しい可能性があります。

同じ畑で、同じように栽培され、同じ時期に収穫されたのであれば、大きなニンジンが美味しいかもしれない、とPTA法は考えます。

勿論、この見方が正解というものではありません。一つのものの見方として例示しただけのものです。


【サンマなら!?】

もし、ニンジンではなく、サンマだったらどうでしょう??

サンマは、群れで回遊し、夜、サーチライトに誘導されて数え切れないサンマが一気に収穫されます。

このため、余りにも多すぎて一匹、一匹を区別することなく箱詰めされ、店頭に出回ります。

店頭では、氷が入った発泡スチロールの箱に多数のサンマが入れられて、お客が選り好みして、購入します。

「口先が黄色いもの」「ピンと立つもの」「頭の後ろの背中が盛り上がって丸々としているもの」

主婦の方々には、いろいろな品定めの秘訣があるらしく、良さそうなものを選び出します。

ただ、無数のサンマの群れの中で、美味しいサンマと、ちょっと落ちるサンマがあるようです。

そして、餌を沢山食べて、元気に育ったサンマがより美味しいようです。

【リンゴなら!?】

リンゴの販売では、「1個」「2個」「4個」というようなものから「1箱3kg」「1箱5kg」というように豪快な売り方もあります。

昔は、20kgのリンゴが入ったリンゴ箱で購入した時期もあります。

リンゴの収穫時期になると、リンゴ屋さんがリンゴの木箱を自転車に積んで配達し、その木箱のリンゴが無くなったらその年のリンゴはお終い。

また、来年のリンゴの季節を心待ちにしていた・・そんな時代もあります。

今は、CA倉庫でリンゴを保存し、一年中リンゴが出回るようになりました。

このリンゴは、リンゴの木に沢山の花を咲かせ、沢山実ります。

しかし、リンゴの摘果をするために、実際に出荷されるリンゴの数は、咲いた花より遥かに少なくなっています。

大きな木で沢山の日の光を浴びて、沢山のエネルギーを獲得したものを、極少数のリンゴの果実に送り届けて、美味しい実がなります。

日本では、「リンゴの輸入自由化」に際して、生産者の大反対運動が展開されましたが、実際にリンゴの輸入が開始されますと、日本の消費者は海外のリンゴに見向きもしませんでした。

誰もが、安価な外国産のリンゴを欲しがらないためです。

これは、美味しさに格段の差があり、日本のリンゴが美味しかったためといえます。

高いリンゴには、それなりの合理的な意味のある手間をかけて、人手が加わって美味しく仕上げられたもののようです。

単に、木を植えて、時期になったら収穫するだけでは、美味しい果物はできないようです。

そして、摘果をして、リンゴを間引くことで美味しさや大きさを集中させるのであれば、「大きなものが美味しい」という見方もできるのかもしれません。

リンゴや梨のような果物では、「3kg8個」「3kg10個」というように、果物の大きさを表示している場合があります。

消費者は、その違いの意味を実感できませんが、丹精込めて栽培している生産者であれば、その表示が商品の大切な効能を示していることがよく判るのでしょう。

ダイコンや、キャベツのようにあまり大き過ぎると野菜室に入れにくく不便なものもありますが、農産物では、ものの大きさが美味しさの一端を現わしている場合もあるように見受けられます。

忙しない日々の中で、私たちの命を繋ぐために必要不可欠な食べ物について、その出所に思いを馳せるのも、時にはあってもよいことかもしれません。

第10.15章 ある女子大の教室の風景?

炭素肥料の引き合いに、「女子大の教室」を例示するのは不謹慎の誹りを免れませんが・・・・悪しからず。

約40名ほどの女生徒の全員が、いずれも健康的ですくすくと育ち、且つ、教養に富んでいることは間違いのないことですが、

ほぼ全員が、「洗顔のみノーメイク」「髪の手入れは、洗髪のみ」「セットは、精々、三つ編み」と明治前半の風景様相

たった一人の女生徒が「お化粧」「美容院」「ブランドの衣類とバッグと靴」というような身なりであった場合、

後者がひと際目を引くことは疑いもありません。

新築家屋の建設なら・・・

炭素肥料: 材木で作る家屋の本体

NPK要素: 化学肥料や堆肥で施肥されるNPK、Ca,Mg、等必須要素は「サッシ」「水周り」「電気回り」

新築の家の建設でいえば、炭素肥料は家を作る材木といえるかもしれません。この材木、光合成と言う自然条件でしかできません。

光を反射させたり、人工光線で促進することもできますが、値段がかかります。

新築工事で、天気任せなのが材木による本体工事。

NPKその他の必須要素は、化成肥料でも堆肥でも有機配合肥料でも施肥できます。

家屋の建築でいえば、サッシ・窓枠・屋根瓦・水周り・電気工事・壁紙というようなもの。

新築の現場に、サッシばかり、或いは、大量の屋根瓦ばかりを持ち込んでも、使いきれません。

NPK等の慣行肥料は、いくら大量に施肥しても利用しきれません。

炭素肥料は、本来光合成がなすべき部分を、人為的に補給するようなものです。

この家屋の、本体部分が早く、大きくできるのであれば、サッシや水回りも沢山必要になるかもしれません。

今日、耕種農業において、何気なく作物を育てている中には、いろいろな考えが秘められているように思います。

「畝の形」、「畝の間隔」、「株間」、「播種の形態」、「種子か育苗か」、「手芝の長さ」、「施肥の仕方」、「全層か条間か株間か」

生産者にしてみれば、考えるまでもない事柄であっても、その一つ一つに経験に裏付けされた理由があります。

昔は、主として自家用の生産であったものが、今日では、生産規模が拡大し、専ら、販売を目的としたものとなっています。

この耕種農業で特徴的な物資は「肥料」です。

肥料と言う資材は、農業以外に使用しません。

この肥料の施肥に関しては、栽培品目・土壌分析・従来の標準的な収量・作物の肥料成分の要求量等を参照して、先ず、必要となる肥料成分量が決定されます。

次いで、意図する栽培形態によって、有機農業を目指すのであればそれなりの資材で資材の量を決定します。

即ち、慣行農法であれば、化学肥料や一番安価な肥料で、いずれの場合であっても必要とする肥料成分量を確保します。

その際には、数多の肥料の中から最も安価な費用で済むような肥料の組み合わせとします。

しかし、この肥料に関する一連の所作(計算・施肥・肥培管理)において、「収穫物を美味しくする」という明確な視点がありません。

勿論、現実的には、美味しさのために次のような配慮はあります。

● 高級メロン:1株の果実を1個に制限して栽培管理する

● 高級ワイン用ブドウ:1株のブドウの房を6房に制限し、ブドウの果実に糖度をのせる

● ダイコンやニンジン等:間引きによって最終的な株間・畝間を適切に維持し、商品価値の高い農産物とする

○ 有機栽培:食味が良いから、との理由で特定の有機質肥料を利用する場合があります

上記のそれぞれの項目は、それなりに、美味しさを高める所作と言えなくもありませんが、毎作、同じ作業を続けるとその目的を見失うことが多々あります。

PTA法(光合成移転農法)は、「低分子量有機物を作物に吸収させ、これを同化させることは、低分子量有機物が炭素肥料のように振舞っている」とする見方に立脚して、従来のNPKの化成肥料の他に、低分子量有機物を積極的に施用することで、恰も、光合成が増幅されるように作物の生長を促し、収量を増したり、あるいは、品位を高めたりする新しい農業の考え方を提案するものです。

このPTA法(光合成移転農法)の基本となるものは「低分子量有機物」であり、「炭素肥料」です。

従来のNPKを中心とした施肥設計の一連の作業において、「美味しさを満足する」という観点での配慮は皆無といえます。

それぞれの作物が、所定の収量を得る場合の最小限の費用を求めるのが、施肥設計でもありました。

しかし、PTA法(光合成移転農法)では、低分子量有機物を施肥し、吸収させ、ATPによって同化の然るべき過程に取り込むものであり、光合成を出発点とする従来の有機炭素の獲得に比べて圧倒的に少ないエネルギーで進行する同化過程と推測され、これがため、疑似的に光合成が増幅されたこととなり、「光合成が旺盛な状態での栽培」を具現化するものです。

光合成が旺盛な場合の作物からの収穫物は、上記の「高級メロン」「高級ワイン用ブドウ」「間引き」のように、殊のほか美味しい農産物として出力されることが予想されます。

現実に、低分子量有機酸カルシウムを施肥した場合の効果がそのようになっています。

また、高級ワインとして有名な外国のブドウ畑の土壌は、ほぼ全地球を調べてもたった2haしか確認されていない土壌であり、それは「有機物と石灰とが混じりあった土壌」と言われています。

従来の施肥設計による栽培の様子は、およそ次の図になるでしょう。

(左端)

一般的な栽培で、標準的な栽培をすれば、例年通りの収量となります。但し、畝間・株間等詳細に見れば「自然の成り行き」ではなく、高度に人為的に配慮された栽培であって、自然界の生態そのものではありません。

(中央)

間引き・摘果・摘蕾で、当該作物のエネルギーをごく限られた果実や収穫物に集中させて品位を高める栽培思想です。

(右端)

反射光を加えてより旺盛な光合成を促し、美味し農産物としたり、収量を増やしたりする栽培思想です。

温州ミカンや石垣イチゴやリンゴでは、どちらかと言えば、旺盛な光合成を「美味しさ」に振り向けた栽培が行われています。

これらの、従来の肥料の考え方には、「施肥によって光合成を増強する」という技術思想はありません

光合成の多少は、「光」を以てのみ可能と考える栽培思想です。

PTA法(光合成移転農法)は、作物に低分子量有機物を与えることで、実質的に光合成を助勢することを意図した栽培の取り組みです。

「光」以外の手段、しかも、「低分子量有機物(炭素肥料)」という秤で計量できる物質で「光」の作用を充当するものであり、従来の肥料としての感覚では理解しにくい側面を持ちます。

しかし、光合成が増強された結果は、「高級メロン」「高級ワイン用の葡萄」というように、得てして多くの人々に歓迎される結果に結びついています。

その様子を次の図に示します。

PTA法は、炭素肥料によって、あたかも光合成が増加したような結果をもたらします。炭素肥料によって生まれた「大いなる生体エネルギー」は、収量に振り向けることも、美味しさに振り向けることも、あるいは、調和を以て美味しさを向上しつつ収量を増加することもできます。

消費者には、一つの作物が多様な美味しさを持つものであることを提供し、生産者には、「美味しさ」「収量」のどのような栽培を意図するか、多様な栽培の取り組みを提供します。

農産物の美味しさに「幅」があることが判り、また、人為的に左右できるものであれば、消費者は多様な食生活を楽しむことができます。

PTA法(光合成移転農法)の炭素肥料は、耕種農業の様々な場面において、「人間の食べ物として優れた資質を備えた収穫物」の生産に大きく寄与します。

第10.16章 PTA法(光合成移転農法)は、2つの太陽を持つ。今の太陽と過去の太陽と。

PTA法(光合成移転農法)は、「家畜糞尿に生石灰を添加して短時間に殺菌分解し、その残渣を耕地に利用するリサイクル」が、長期間利用され続け、ほとんど全ての作物に対して経済的に優位な状況をもたらしている現実を解釈する一つの方法として提案したものです。

このリサイクルの状況は次のようなものです。

1)施用による経済効果が処理費を上回っているためか、リサイクルが継続して行われている。

2)「収量増加」・「食味改善」・「連作障害抑制」・「酸性土壌のpH矯正」・「老木若返」・「開花力回復(庭木・桜等)」等の施用効果がある。

3)対象植物は、水稲・穀物・蔬菜類・果樹・花卉・庭木等殆どの陸上植物(蒸散を利用する植物)のほとんど。

4)NPK等の従来の肥料要素は従来通り、従来の肥料でその全量を補う。本資材は、NPK等の肥効成分量を「ゼロ」として施肥設計する。

5)堆肥、他の有機配合肥料との併用は厳禁であり、また、他の石灰質資材との併用も厳禁である。

PTA法(光合成移転農法)は、「生石灰処理の主たる生成物である低分子量有機酸カルシウムの有機酸が作物に吸収され、同化されることは、有機酸があたかも炭素肥料のように振舞っているのではないか」とする見方です。

即ち、農業の分野に「炭素肥料」という概念を導入して、生石灰処理残渣のリサイクルの際の施用効果を解釈したものです。

この「炭素肥料」は、言うなれば「有機炭素」であり、過去のいずれかの時点で光合成によって二酸化炭素から有機炭素に転換された炭素原子が転換したものであることは間違いない事実です。

言い換えれば、「炭素肥料」は、「過去の光合成産物の名残」と言えなくもありません。或いは、「過去の光合成」としてもよいでしょう。

その意味で、「炭素肥料」「過去の太陽」と言い換えても、誤解は少ないでしょう。

光合成産業とも言われる耕種農業にあっては、太陽による日照を利用することは当然であり、異論はないでしょう。

即ち、耕種農業では、作物を播種・定植し、栽培している圃場で、その時に行われている今の光合成を積算して収穫物としています。

その時の光合成条件だけが関心の的となっていました。

去年・一昨年・その昔の気象を云々しても、今栽培中の作物の作柄には意味はありません。

また、自分の耕地以外の事は無関係です。日当たりのよい耕地は概してみのりが良く、北向きの斜面の耕地では、日陰が多く、日照が少なく、概して作柄はよくありません。

北向きや、山影の耕地では、日照を改善する術はありません。

PTA法(光合成移転農法)の「炭素肥料」は、「過去の太陽」を、今の作物が吸収しやすくしたものと言い換えることができるでしょう。

「炭素肥料」という施肥資材で、「過去の太陽」を補うことができるのであれば、日照の不利な耕地も生育が良くなります。

勿論、日当たりのよい耕地は、更に、良いものとなります。

PTA法(光合成移転農法)は、このように、今の太陽で耕地で行われている光合成に、過去の光合成産物を付加する考え方をする栽培です。

これまでの農業では、NPKを主要な肥料要素と考えて栽培を進めることが多い傾向があります。

NPK等の肥料要素は、植物にとって、経根吸収に依って獲得すべき物質であり、日照とは特別な関係はありません。

【堆肥:有効性、乱雑、安全性】

堆肥や有機配合肥料は、有機物を施肥する栽培の形態です。

しかし、堆肥や有機配合肥料では、有機物の分子量が調整されていません。作物が吸収できる形態は「水に溶解しているもの」であり、水中で塊となる堆肥では、水に溶解する状態になるタイミングが特定できません。

仮に、生物分解によって、作物が吸収できる「水溶性の状態」になったにせよ、その時期に作物が栽培されている保証はありません。

即ち、堆肥や固体の有機配合肥料では、その有機物は効果的に利用される保証はなく、また、今栽培中の作物に効果を奏する保証もありません。

因みに、さまざまな有機物の分解についての調査に依れば、木質の分解には数百年を要するものもあるようです。

このことは、「有機物の肥料」という観点からではなく、考古学の調査で地中から出土する木片が考古学的に見て大変有益な知見をもたらしていることから類推しても、その分解期間は長いものがあることが容易に理解できます。

また、我が国の家屋は木造を中心としており、30年程の耐久性があることからも、迅速には分解しにくい有機物があることが予想されます。

有機物原料に含まれるさまざまな危険物質、特に、感染性病原体となる成分についての安全性の検証は十分なものとは言い難く、「大腸菌群数」程度にとどまります。

PTA法(光合成移転農法)の切っ掛けとなった「有機廃物の生石灰処理」では、蛋白質、核酸、生体膜、ペプチド結合、リン酸基等に対して効果的に作用する化学操作といえます。

このため、有機物の中でも処理対象となり得る成分の割合が多い物質として、「家畜糞尿」「食品加工残渣(有機物残渣)」とう物質を利用しています。

炭素肥料としたい有機物原料の性状に応じて、それなりの処理が必要になります。

【古の液肥:10〜15年の貯蔵、安全性】

因みに、古の日本では、し尿や下草などを樽に溜めて、地中に10年以上も保管して、四季の気温(土壌温度)の変化によって生物相が変わり、繰り返しし尿のような原料を分解することによって水のようなサラサラした液状となったものを、希釈して「液肥」として用いていました。

有機物を分解するためのエネルギーが不要なために、古より利用されていた方法ですが、今日の社会情勢の下では10年、15年という長い期間に渡って原料を貯蔵することは難しいかも知れません。

10年、15年の貯蔵期間は、ウイスキーの貯蔵期間にも等しく、たいへん高価な液肥となります。

また、地中での長期貯蔵によって原料に含まれる感染性病原体が合理的に消失する根拠もないために、安全性という面では生石灰処理に劣ります。

PTA法(光合成移転農法)は、過去の光合成によって生じた有機物を低分子量化して、光合成を営む作物に吸収させ、同化する考え方で栽培を進めます。

その意味で、過去の光合成を現在の光合成に付け加えるものです。

現在の光合成は、その量には自ずと限界がありますが、しかし、過去の光合成である有機物の量は大量に存在し、適切な手法によって低分子量化できるのであれば、ほとんど手付かずの膨大な資源が身近に出現したことになります。

栽培のための「今の太陽」に、「膨大な過去の太陽」を加勢させるのがPTA法(光合成移転農法)の考え方です。

日照の少ない土地柄、高緯度、山の斜面、建物の日陰というよう太陽による日照が少ない耕地であっても、低分子量有機物の施肥と言う形で、過去の光合成を加味することで作物の生育を加勢することができます。

地表の光合成の量を概観すると、次の通りです。

AA: 年間の耕地の光合成量  ≒4(PgC/y)  (Pg:ぺタグラム=10^(15)g=10の15乗g))

BB: 年間の地表の全光合成量≒60(PgC/y)  

CC: 堆積している光合成量  ≒2500(PgC) 

DD: 人の代謝エネルギ相当量 ≒0.4(PgC/y)(1人1日1500kcalとして63億人の1年分の光合成による炭素固定量)

PTA法(光合成移転農法)は、BB:CCを過去の太陽として、現在の太陽へ助勢することを提案するものです。

しかし、原稿の太陽に依る光合成量が「4」であることから、BBの毎年地表で営まれている光合成「60」を用いるだけ十分充当できます。

即ち、現在の「化石燃料」「地下資源」のような枯渇を心配する恐れはありません。

現実的には、家畜が不要として排せつした家畜糞尿を低分子量化するだけで、全耕地を賄うに足るものがあります。

ヒトの活動は、基本的には上記DDの「0.4PgC/y」の食糧の安定的な確保であり、@太陽光に基づく「光合成」による食糧の生産、A太陽光に基づく電気エネルギーの生産、およびB風力発電という再生可能な手段で生命活動を維持することは簡単なように見受けられます。

因みに、光合成の太陽エネルギー変換効率は約1%程度です。

第10.17章 肥料代金が安くならないPTA法(光合成移転農法)

【期待はずれ】

PTA法(光合成移転農法)は、窒素・リン酸・カリの所謂NPKの主要な肥料については、従来と全く同じに、その全量を化成肥料で補います。

このため、PTA法(光合成移転農法)は、NPKなどの従来の肥料に関しては、一切、経費節減になりません

そして、PTA法(光合成移転農法)は、「炭素肥料」を余計に施用するため、栽培の経費は確実に増加します。

その意味では、大多数の耕種農家の期待を完璧に裏切ります。

大多数の人にとっては「一顧だにできない栽培方法」と映るでしょう。全く、理解できない栽培の在り方でしょう。

【利用者は数千ha】

しかし、その異常な栽培を30年近くも続けている人がいます。また、今日では、数千haの生産者が迷うことなくPTA法(光合成移転農法)を行っています。

勿論、この生産者は、「PTA法(光合成移転農法)」という名前や「炭素肥料」という概念はないでしょう。

「有機石灰質土壌改良資材」を利用している、とする認識はお持ちだと思います。

この数千haの生産者は、PTA法(光合成移転農法)を利用しない栽培を体験している人ばかりです。

以前は、化成肥料や堆肥を使用した栽培を行い、そして、今、PTA法(光合成移転農法)を用い、化成肥料でNPKの施肥設計を行う栽培を実施しています。

PTA法(光合成移転農法)の前後を模式的に示せば上図のようになります。

これは、PTA法(光合成移転農法)を採用した場合、NPK等の従来の肥料は、そのまま化成肥料で補うことになり、肥料代金の削減は一切ないことを意味します。

そして、「炭素肥料」の代金が、NPKの肥料代金を上回ることになり、これが新たに追加されます。

即ち、耕種農家にとって、殆どメリットが見出せない、と見えてしまうのがPTA法(光合成移転農法)です。

そうであっても、炭素肥料の施用効果によって収量が増加することを目標とします。

収量が増加すれば、当然、NPK等の肥料要素はより多くなり、従来の量よりも増加することになります。しかし、通常はNPKは豊作に備えて過剰に施用されているために、PTA法に変更しても、急激に増加することはありません。また、通常は作柄を見て、適宜、追肥することが行われるために、作柄を見ていれば、肥料切れとなることはないでしょう。

そして、PTA法(光合成移転農法)へ変更した後の収量の推移を見て施肥設計を行うために、次の栽培に際しては、元肥は収量の増加を見越した値となります。

即ち、上記の図は、PTA法(光合成移転農法)がNPKの主要な肥料を減じるものではないことは明らかです。

【PTA法(光合成移転農法)のメリット】

このように表現すれば、PTA法(光合成移転農法)にメリットは感じられません。

その、メリットが感じられないPTA法(光合成移転農法)に、数千haの耕種農家がいます。そして、リピーターです。

今、PTA法(光合成移転農法)を採用している耕種農家は、それ以前は、ごく普通に化成肥料や堆肥に依って施肥設計を行い、肥培管理していたものです。

その栽培形態に戻ることは、作業としては未知のものではなく、極めて簡単です。炭素肥料(有機石灰質土壌改良資材)の施用を省略するだけで良いからです。

しかし、毎年の作付においては、敢えて、炭素肥料を施用する選択をしています。そこに迷いはありません。

PTA法(光合成移転農法)の効果としては、繰り返し記載したように次のようなものです。栽培対象によって差が生じますが省略します。

1) 増収

2) 食味の向上

3) 連作障害の抑制(連作障害の強い作物の連作を奨励するものではありませんが、連作を余儀なくされる場合に障害が軽減される)

4) 酸性土壌のpH矯正

5) 樹木(果樹・庭木・桜等)では、老木の若返りによる収量の増加、開花力の回復

耕種農業には、さまざまな経営実態があり、PTA法(光合成移転農法)の効果を一概には表現できません。

ただ、明らかに窒素、リン酸、カリという主要な肥料は従来と全く同様に化成肥料で施肥し、その上で、その数倍にもなる炭素肥料(有機石灰質土壌改良資材)を施肥することを十分理解したうえで、PTA法(光合成移転農法)の栽培を選択している耕種農家の耕作面積が数千haに及ぶ何らかの経済的な理由があるのでしょう。

第10.18章 有機物を炭素肥料に転換するには(光合成のリサイクルの作法)

【さまざまな原料】

PTA法(光合成移転農法)は、低分子量有機物を炭素肥料と考えて施肥し、作物に吸収させ、同化させることを意図した栽培の取り組みです。

有機物の有機炭素は、光合成で炭酸ガスの無機炭素が有機炭素に転換されたものの名残であり、言うなれば光合成の産物です。

その光合成の産物である有機炭素を、有機炭素のまま作物に吸収・同化させる意図を持つのがPTA法(光合成移転農法)です。

PTA法(光合成移転農法)を、「光合成のリサイクル」とする見方は、以上の理由によります。

このことから、有機物を低分子量有機物に転換できれば、作物に直接有機物のまま吸収・同化させる可能性が生まれるのではないか、とするのがPTA法(光合成移転農法)によって示唆される見方です。

しかし、有機物にはさまざまなものがあり、また、膨大な有機物が存在します。その量を概観すると次のようになります。

1) ヒトの代謝エネルギー           0.4 PgC/y

2) 耕地の光合成獲得エネルギー       4  PgC/y

3) 地球の光合成獲得エネルギー       60    PgC/y

4) 地球の有機物のエネルギー        2500   PgC

PTA法(光合成移転農法)は、さまざまな有機物の利用先として、低分子量化して、耕地へ移転することを提案するものです。

ヒトが食糧を得るために、耕地で「4」のエネルギーを獲得し、その「0.4」だけ呼吸によって無機化しているのであれば、PTA法(光合成移転農法)によれば理論的に未利用の「3.6」は、耕地にリサイクルできることになります。

或いは、耕地以外の光合成である「60」を耕地に移転できる可能性があります。

しかし、有機物の全てを、そのまま耕地の光合成(作物の栽培)に移転できる訳ではありません。


【これまでの実績では、腐敗性有機物の生石灰分解】

PTA法(光合成移転農法)を想到するきっかけは、家畜糞尿の生石灰分解とリサイクルによるものです。

即ち、家畜糞尿や食品加工残渣残渣のような腐敗し易い性質を持つ有機物を原料とし、生石灰で分解し、低分子量有機酸カルシウムを生成して、耕地に利用するものでした。

生石灰による分解処理では、蛋白質・核酸・生体膜というような生体組織を主体にしています。

これは、腐敗性有機物の生石灰分解処理が、比較的簡単な工程で、かつ、短時間で低分子量化できるために採用されたものと思われます。

温度や圧力などの諸条件を自由に設定できるのであれば、また、別の反応処理形態も可能となりますが、あくまでも実用性・経済性の制約の下では、利用できるものは制限があります。

生石灰分解では、炭水化物を主体とした有機物の迅速な分解は期待できません。


【時間をかければ、天然由来の有機物はほぼ分解できる】

ただし、時間の制約を取り除けば、多くの有機物は生分解によって無機化できます。勿論、ここでいう有機物とは、天然由来の有機物です。

木質であれ、繊維質であれ、多くの天然有機物は、適切な温度条件の下で地中や地表で生分解を受けて、最終的には無機化されています。

ロシアの永久凍土帯では、冷凍マンモスが出土するほどなので、このような条件では無機化は出来ないかもしれません。

しかし、耕種農業が営まれている多くの地域では、植物のほとんどが生分解して、姿形が無くなります。

その無機化の過程で、「作物が吸収できる程度の低分子量有機物」の形態となる可能性は否定されるべきものではなく、現実に、堆肥として多数利用されています。

ただし、天然の巨大分子量有機物が自然の生分解を受けて低分子量化された時に作物に吸収されるには「タイミング」が考慮されねばならず、作物が栽培されていない時であっても、生分解が勝手に進行するため、地中における自然の生分解によって、巨大有機物の有機炭素を有機物のまま作物に移管する比率は低いものとなります。

このため、従来は、堆肥の施肥目的は、堆肥に含まれているNPKその他のミネラルが、無機化に際して開放されて、作物に吸収されるとしていました。

このような理由から、堆肥として利用される様な物質(家畜糞尿・稲藁・魚滓・汚泥等)に関してNPKの凡その含有率を表示して、施肥設計の際の目安としていました。

しかし、このような堆肥であっても、有機炭素のかなりの割合のものが作物の有機炭素に取り込まれていることが玖村らによって検証されています。(第13章に文献を示します)


【炭水化物を主体とした原料の利用】

自然界の有機物を利用する場合、安価で収集しやすく、且つ、簡単な手間で利用できることが望ましいと言えます。

その意味では、利用できる原料には自ずと制限があります。

家畜糞尿や食品加工残さのように、既に生石灰分解の処理対象として利用されている物質は、収集しやすく、何らかの浄化処理を必要とする物質であるために、その序でとして、生石灰分解がされたものと推測されます。

他の原料としては、木質の有機物があります。木くず、建築廃材、端材など木質廃材は多量に存在する有機物です。

しかし、これらの木質原料の主成分はセルロース、リグニン、ヘミセルロースなどを主体としたものであり、先の生石灰分解の条件では分解できない成分です。

これらの多糖類の分解は、一般的には「酸分解」が利用されます。

酸分解よって単糖類に転換して、さらに、エタノール⇒酢酸とし、最終的に酢酸カルシウムというような低分子量有機酸カルシウム塩の形態で圃場利用することになります。

このような低分子量化は、技術的には可能であっても、「有機酸」としては利用しにくく、「塩」として安定化した方が利用しやすいため、反応工程は多段階になり、原料が安価でも製品は高価になります。

ただ、木質は家畜糞尿や食品残渣のように腐敗性は低く、直ちに悪臭を発するものではないので、「迅速に処理しなければならない」という要請はなく、とすれば、焼却するなり他の利用用途に活用するのが合理的と言えます。

このことから、PTA法(光合成移転農法)は、天然由来の有機物を低分子量化して耕地へ利用する考え方を提案するものですが、全ての有機物を低分子量化して利用する、というものではなく、安価に利用しやすいものを活用することを提案するものです。


【自然界の成分の変遷】

PTA法(光合成移転農法)は、「光合成のリサイクル」を提案するものです。

しかし、木質・繊維質・多糖類の低分子量化が困難であれば、経済的には利用できる天然由来の有機物が限られてきます。

ただ、牛・ヤギのような家畜は反芻によって多糖類を分解できるものもあり、植物が生産したままの形態ではなく、動物が利用した後の糞尿としてみれば、その量は膨大なものがあります。

一つの目安として、動物の餌があります。

立木を餌として食べてしまう動物がいます。このような動物は、繊維質の樹皮であっても食べてしまい、餌とすることができます。

家畜として飼育されている牛は、それなりに生育によい餌を食べていますが、基本的には反芻によって餌を分解するため幅広い成分を分解し、糞尿とすることができます。

豚は、餌が牛と違っています。

これは畜産だけに関係するものではなく、宗教にも関係し、家畜として飼育する動物をどのようにして選別していたかは、それぞれの地域で得られる餌の種類によって制限されていたことが判ります。

反芻を利用して食事をする動物は人間との餌が異なるために、家畜として育てやすかったともいえます。

因みに、我が国の国内だけを見ても、毎年8〜9000万トンの家畜糞尿が発生しています。

これは成人の排泄物(糞と尿)は毎日1.4s程度ですが、それと同量あるいは、それ以上の家畜糞尿が発生しています。

私たちは、毎日の食事で多用している「卵」のために、国民一人に1羽強の採卵鶏が飼育され、その鶏糞量は日量約160gであり、ヒトの排便量150〜200gとほぼ同量となります。

採卵鶏以外の家畜排せつ物の量を考えれば、目に見えないところで膨大な排泄物が発生していることが判ります。

さまざまな感染性病原体の除去処理のための生石灰分解処理によって耕地の必要とする十分な「炭素肥料」の量が得られます。

第10。19章 PTA法とは何だろう?

● 有機物の吸収(炭素肥料)が付加されている。

この図の下段だけを見ればよいことが判ります。慣行農法の評価を省略しても構いません。以下は下段の図だけで検討します。


● PTA法は、現在と光合成と過去の光合成産物を加える所作です。

微分記号と積分記号とを併記しました。


● 現在の光合成は意のままになりません。炭素肥料は予め製造・貯蔵できます



● 現在の光合成は貯めることができません。炭素肥料は全地球の有機物を、集めて、固定し、貯蔵します。

トップエネルギー肥料植物から見た光合成移転理論第2章PTA法の糞尿処理第3章PTA法による栽培第4章PTA法の考え方第5章化学式で見るPTA法第6章低分子量有機物第7章光合成移転農法第8章PTA法のまとめ第9章PTA法の基礎知識第10章PTA法からの視点第11章有り得ない選択・PTA法第12章作物の美味しさについての一考察第13章PTA法の有機物吸収の考え方第14章炭素肥料が理解されない理由第15章PTA法サイトの図面集PTA theory is recycling of photosynthesis, carbon fertilizer and energy fertilizerツイッターのためのPTA法・光合成移転農法PTA法とランドラッシュ・第三の道か?ゲストブックにログイン