PTA法(ドッサリース農法)


第14章 炭素肥料が理解されない理由 

NPKあるいは堆肥肥料と炭素肥料の違い(必要条件・十分条件)

最終更新日:2010-12-30

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炭素肥料が理解されにくい理由

従来の肥料は、NPK等の必須要素を必要とされるだけ補給する目的で施肥されるのに対して、炭素肥料は農産物の価値を高めるために施肥される点で異なり、充足すべきものが必要条件であるか、十分条件であるか、と異なるために理解を困難にしています。

これまでの農業は「必要条件の充足」を目的としています。

「外見が育てばよい」というだけのことです。食味についての定説がなく、このため、格別配慮するものがありません。

炭素肥料は、『人間が食事で食べるための美味しさとしての十分条件』を目指した作法です。

豚や牛や鶏や猫や犬が食べるものであれば、従来の対応で十分かもしれません。家畜やペットの食べ物ですから。

人に相応しい食材を生産するのであれば、美味しさを増進する炭素肥料の見方が必要となってきます。

PTA法(ドッサリース農法)は、植物が有機物を吸収する現象をつきつめて考えて想到した一つの見方です。

従来のさまざまな科学的な検証から「植物は、根から有機物を吸収している」ということは明らかです。

その吸収の度合や、吸収の効果の度合は現時点では、科学的な検証という点ではっきりしていません。

これは、吸収される有機物には多種多様なもの(分子)があり、無数の植物の種目の其々のさまざまな生育段階によって吸収の度合や作用や効果などが共通しているとは言えず、その挙動の一つ一つを検証することは大変な労力であり、かつ、その知見から得られる効果もあまり大きくはなさそうであることから、砂漠に水を注いで貯めようとするにも等しく、あまり顧みられない事柄であったためと思われます。

即ち、NPK等の代謝であれば比較的簡単にトレースすることができます。

これが、COHとなれば、その吸収と同化のプロセスはほとんど無限に複雑となり、その軌跡を追跡することも困難性が高くなり、その結果がもたらす成果の有用性を考えれば、費用対効果の観点で、ほとんどメリットを見出せないかもしれません。

従来の文献の中には、有機物の経根吸収に関しては、勢い、「たいしたことではない」との見方もされています。

NPK等の従来の肥料の効果からすれば、仮に、有機炭素の肥料効果があったにせよ「その効果は大きくない」とする見方が著しく常軌を逸したものとはいえません。

そして、こ現象は「光合成のリサイクル」或いは「光合成産物のリサイクル」とも言い換えることができます。

これまでの耕種農業は、「現在の光合成条件」に限定されています。

しかし、「現在の光合成に、膨大な過去の光合成産物を付加できる」となれば、耕地の生産性は飛躍的に高まり、私たちの食糧は飛躍的に豊かになります。

また、単に食糧を豊かにするばかりか、広大な耕地が余剰となり、整備が困難な地域の開発を見合わせることができます。

さらに、現在の耕地の中で、余剰の耕地を「太陽電池による発電地」に転用することすらできます。

この章では、NPK等の慣行肥料と炭素肥料の違いを、いろいろな角度から概観します。

● ここでは、NKP等の化学肥料ばかりでなく堆肥、有機配合肥料を含めて慣行肥料と称しています。

  また、炭素肥料とは、「低分子量有機物で経根吸収によって植物に同化される有機物」とします。

● 一つの見方としては、

  慣行肥料・・・生長に必要な成分を供給する資材・・・・必要条件を満たす目的

  炭素肥料・・・より旺盛に生長させる資材・・・・・・・・・・十分条件を満たす目的

  という見方もできるでしょう。

● 別の見方では、

   慣行肥料・・・餌の生産・・・・・空腹を満たす物質(餌)の生産

   炭素肥料・・・食材の生産・・・美味しさを満足させる物質の生産

● 或いは、

   慣行肥料・・・食事・・・・・・生命を維持する物質(ノーメイク)

   炭素肥料・・・化粧品・・・・特徴を浮き打たせ、他から差別させる

● または

   慣行肥料・・・シャンプー・・・髪を洗浄する

   炭素肥料・・・リンス・・・・・・髪を整える

NPK等の化成肥料や堆肥などの従来の肥料の見方は、「必要条件を満たす資材」という点にあり、PTA法(光合成移転農法)がいう炭素肥料は、「十分条件を充当する資材」という見方をする点で、全く異なる視点に立っているとする見方もできます。

「低分子量有機物は炭素肥料のように振舞う」とするPTA法(光合成移転農法)の見方は、あくまでも仮説にすぎないものですが、有機物が経根吸収されるという自然現象が科学的に検証されている以上、それに基づいて、その意義を概観することは強ち無意味ではないように思います。

ここでは、いろいろな表現で炭素肥料が理解しにくい理由を概観するのは、理解し易い表現には個人差があるためです。

いままでの堆肥では、過去の光を見ていませんでした

【14.1 従来の施肥設計の手順】

【従来のNPKを中心とした肥料の施肥】

耕種農業は、食糧の生産の根幹を成す産業であり、極めて重要なものと言えます。

その栽培の形態には従前からの土耕の他に、施設栽培であったり、人工照明を使用する野菜工場であったりして、多種多様なものがあります。

しかし、そのいずれの場合であっても、農産物として収穫し、出荷することで、当該圃場から何らかの元素を持ち去るために、物質収支の観点から、収穫した量に見合う成分を補充することがなされています。

平易に言えば、肥料の施肥です。これは農業に特徴的な行為と言えます。

鉱業では、原油・石炭・鉄鉱石のように一方的に大地から収奪するのみで、その後、荒野が残されるだけです。

作物を構成する元素は、品目によって異なり、また、単位面積から収奪される元素量も品目によって異なります。

しかし、今日では、栽培品目に応じて施肥成分量のデーターがあり、これと土壌の化学分析データーとから適切な施肥量が導きだされ、合理的な施肥設計と肥培管理がなされています。

その際には、最少養分律や放縦漸減の法則といわれる事柄に配慮して、合理的な施肥の指導等がなされています。

この模式図は、ある作物を収穫した際の収量とその作物の収穫によって圃場から失われる肥料成分量を模式的に示したものです。

生産者は、収穫毎に収量を記録し、施肥量と収奪量とを記録に留めています。

そして、次の栽培に際して、その標準的な収量に見合う肥料成分量を類推します。

ただし、炭素Cは光合成によって大気から獲得するものであり、施肥対象とはしていません。

COHの3元素については、自然の成り行きに委ねられます。

なお、図において、CaとかMg以下の必須元素については省略しています。

そして、作付に際して施肥する場合、上図のように標準的な収量よりもやや多い収量を設定して施肥設計し、肥培管理します。

これは、豊作になって「肥料切れ」という事態にならないためです。当然と言えば当然の配慮です。

ただ、実際にどのような収量となるかは栽培を終了するまでは判りません。

ここで、炭素或いは酸素・水素については、自然条件の成り行きで決まるため、格別考慮する必要はありません。

仮に、「養液栽培」のように、作物が必要とする肥料成分量のうち、炭素・水素・酸素を除く全ての元素を人為的に補充しなければならない栽培形態では、このNPKなどの必須要素を「ゼロ」として栽培すれば、その収量は確実に「ゼロ」となります。

肥料の保持能力の低い土壌の耕地では、NPK等の必須肥料要素が目標収量から推定される肥料成分量よりも著しく低い値であれば、ほとんど収穫は期待できないでしょう。

即ち、栽培に際して圃場に供給される必須の肥料成分の施用量は、言うなれば、来るべき収量に比例する重要なものといえます。

極論すれば、NPKの施肥量をゼロとすれば、収量はゼロとなる恐れがあります。

私たちの平均的な栽培環境の下では、空気と水は十分に供給される条件にあると考えてよいでしょう。

とすれば、必須元素の施肥量は、収量と比例関係にあるといえます。

少なくとも、標準的な収量である限り、肥料の施肥量と収量との関係は、比例すると考えられます。

しかし、標準的な収量を超えた収量の領域については、肥料の施肥効果は「報酬漸減の法則」という挙動を示し、いくら多量に肥料成分を与えても、収量の増加が少ないとされています。

例えば、ダイコンの固体重を1sと仮定し、その水分を95%、固体の割合を5%と仮定し、更に、固体に占める炭素の割合を45%、窒素の割合を1.5%、カリの割合を1%、リンの割合を0.2%と仮定すれば、ダイコン1本の各元素の含有量は炭素22.5g、窒素0.75g、カリウム0.5g、リン0.1gとなります。

肥料成分からすれば、施肥重量の1,000倍以上の収穫物の重量と言えます。

この場合の、現実の収量が、例年の収量同程度のものであれば、多少の過剰施肥ではあったものの、現実的には理想的な栽培結果といえるでしょう。

この図では、光合成で獲得した炭素Cが最少養分律での制限要素のように成っていますが、実際に「実収量」を支配している要素が何であるかは、判らないのが通例です。

厳密に管理された養液栽培では、意図的に制限要素を決めて栽培することがあり、その場合には、ほぼ特定できます。

【14.2 異常に低い炭素肥料の生長の倍率】

【炭素肥料の施肥】

仮に、酢酸カルシウムを「炭素肥料」と仮定して施肥し、酢酸根の全量がダイコンに吸収されてダイコンの組織に同化したと仮定します。(酢酸カルシウムは、家畜糞尿の生石灰処理に際して生成する有機酸カルシウムの主成分であり、ここでは、それを代表して用いることとしてます。)

さらに、この際に、酢酸根の吸収と同化に格別のエネルギー損失は無かったと仮定します。

このダイコン1本分の炭素を全て酢酸カルシウムで補うとすれば、約74gの重量となります。

     ダイコンの固形分重量・・・50g

     酢酸カルシウムの重量・・・74g

この酢酸カルシウムの重量は、ダイコンの固形分の重量50gよりも重いことになります。

また、ダイコン固体重の7.4%の肥料重量であり、収穫物重量(1s)と施肥重量(74g)との倍率が異常に低いと言えます。(ここでは、NPK等、他の必須養分は周囲の環境から自由に獲得できるものとしています。)

    1000 ÷ 74 =13.5倍

即ち、NPKを中心とした主要な肥料要素、あるいは副次的な肥料要素の施肥量と収穫物の収量との比率に比べ、炭素肥料は圧倒的に効率が悪い肥料(物質)といえます。

このように、炭素肥料における施肥重量と収穫物の収量と対比して考えると、「肥料」としての意義があるか否か、聊か疑問が持たれることと思います。

即ち、従来の農業の視点からすれば、「有機物を経根吸収させて作物の生育を促す」という見方は、殆どなされたかった可能性があります。

第一、ダイコン(収穫物)の固体重量よりも施肥肥料の固体重量が多い、ということは従来の肥料の概念ではありえません。

このことは、当サイトでいう「低分子量有機物は、植物に吸収されて炭素肥料のように振舞う」とする見方は、案外、従来の農業においてはほとんど顧みられなかったものかもしれません。

それ故、「炭素肥料」という言葉や表現を、仮に耳にし、目にしたとしても、理解できない場合もあろうかと思います。

化学的な見地からすれば、物質収支の観点から「炭素肥料」というものがあっても、何ら抵抗はありません。

炭素・酸素・水素・窒素・リン・カリウム等の約16種の元素が植物の必須元素とされており、その全てが施肥対象とされても不思議ではありません。

月面の基地で野菜を栽培するとなれば、全ての必須元素を供給する必要があるからです。

【PTA法(光合成移転農法)での炭素肥料の考え方】

PTA法は、「低分子量有機物が植物に吸収されて同化されるなら、炭素肥料とも言えるのではないか」とするものです。

植物の光合成の全てにわたって炭素肥料が置き換わる、とするものではありません。

光合成が行われている植物が生育する過程で経根吸収によって低分子量有機物が追加された場合に、そのまま、或いは、より少ないエネルギーで同化の過程に取り込める可能性を利用するものです。

第5章の熱力学的な計算では、酢酸を経根吸収して、同化に利用することができればある程度のATPを消耗する生体エネルギーの消費(ブドウ糖の消費)はあるにせよ、その消費量を上回る有機炭素の獲得となり、光合成だけによる生長に比べて有利であることが示唆されます。

即ち、経根吸収による有機炭素の取り込みは、光合成だけによる有機炭素の獲得による生長に比べてより旺盛に生長を促すものと推測されます。

仮に、低分子量有機酸カルシウムを炭素肥料として施肥し、通年以上の収量を目指した場合は、どのようになるのでしょうか。

桃色の部分が、経根吸収による有機炭素となります。

赤い部分は、光合成によって例年獲得していた有機炭素の量です。

この図のように、経根吸収によって有機炭素が取り込まれ、同化された場合には、その効率の良し悪しは別として、水色の仮想線で示した例年の収量を上回る収量となることが推測されます。

現実に、PTA法を想到するに至ったもっとも大きな現象が、家畜糞尿の生石灰処理とその残渣の圃場還元であり、大幅な増収と食味の変化(向上)によって、実質的に有機廃物の処理経費が全て賄われている実態があります。この処理残渣の主成分はギ酸・酢酸・プロピオン酸のような低分子量有機酸カルシウムと消石灰です。

すなわち、 この低分子量有機物が経根吸収によって植物に取り込まれ、同化するものであれば、当該植物は光合成以外の経路で有機炭素を獲得することができ、旺盛に生長することができると、思われます。

「通常よりも旺盛に生長できる」ということが、どのような意味を持つかは定説がありません。

しかし、上記の「有機石灰質土壌改良資材(当サイトでいう炭素肥料)」の施用実績では次のような効果や現象が確認されています。

1) 収量が増えること

2) 食味が変化すること(概して甘くなり、美味しくなる)

3) 果樹では、収量が低下した老木が再び旺盛に実をつける

4) 花を愛でる樹木では、寿命が近づき開花力の衰えた老木が旺盛に開花する

5) 新築家屋のために日照が遮られ、花が咲かなくなった庭木が、再び開花し出した。

6) マルチの下の土壌に、長い苔が生長し出した。

このことから、当サイトでは「経根吸収によって取り込まれた有機炭素は、炭素肥料のように振舞う」と仮定して栽培することを提案しています。

光合成以外の経路である経根吸収によって有機炭素を獲得することは、疑似的に光合成が助勢されたとみることもできます。

より旺盛な光合成とは、日照が豊富で、蒸散が豊富で、気温が生育に適した条件で、穏やかな通風があるものと思います。

一般的には、「豊作の年の陽気」と言い換えることもできるでしょう。

豊作の年は、概して、農産物は美味しいと言われています。

或いは、海に面する南向きの斜面のミカンは、平地や北向きの斜面に比べて美味しい、とされています。

リンゴやミカンのような果樹においては、果実を摘果或いは摘蕾し、限定された果実に栄養分を集中させることが一般的に行われ、高級メロンの栽培においても果実を1株1個に制限した栽培がなされています。

そのような意味で、炭素肥料も栄養を集中させる意味を持つものであり、NPKなどの必須成分を供給する肥料ではなく、品質を高めるためのもので、「十分条件の充当」に当るともいえます。

このように、NPKなどの必須元素を補給する従来の肥料に比べて、炭素肥料は趣を異にする肥料と言えます。

【ご飯と化粧品】

NPK等の慣行肥料の施肥の思想は、作物の生育に必要なご飯(食事)を与えるようなもので、それは必要な行為と言えます。

しかし、炭素肥料は「化粧品」のようなもので、できあがったもの(人)の価値を高めるために、それなりにより良く見せるものかもしれません。

私たちの身の回りを見廻すと、重要とはいえ食材の値段はさほど高くはありません。しかし、化粧品は、必要品ではないにもかかわらず、法外に高いものとなっています。

主食の米は、1s4〜500円程であり、化粧品であれば、いろいろな値段はあるものの10gで数千円もする高価なものです。

即ち、単位重量で比較すれば、化粧品は主食であるコメの千倍も高価なものとなっています。

生命の維持には、化粧品は何の役にも立ちません。

書いて字の如く、面相を化かす物品で、本来、真っ当な世相の下では、あってはならない代物とすら思われます。

それが、食糧と同額どころか、千倍も高額に評価される社会とは、俄にこの世のものとも思えません。

しかし、実社会では、日々熱心に、この法外もなく高額な物品を利用して止まない方々が実在しています。

炭素肥料は、作物の生長に「不可欠」という資材ではありません。

炭素肥料は、光合成を助勢することになるかもしれない資材ですが、光合成に置き換わるものではないように思われます。

その意味で、慣行肥料の其々の必須成分要素は、いずれも必要不可欠な成分であり、意味合いは異なります。

しかし、炭素肥料は農産物の評価を高める資材である可能性はあります。

これは、メロン・高級ワイン用ブドウ・リンゴ・ミカンのような果菜類・果樹にみられる摘蕾・摘果によって疑似的に光合成産物を限定した数量の果実に集中させて経済的価値を高める所作と軌を一にするものかもしれません。

作物の自然の営みとしては、このように果実の数を制限する理由はまったくありません。

にも拘らず、メロン・ワイン・リンゴ・梨等さまざまな作物において、高級なものほど栽培の過程で減数処理(摘果)しているように見えます。

おそらくは、収量を減じてまで手間をかけて果実数を減じているものと思われます。

あるいは、ダイコン・ニンジン・ホウレン草・小松菜等の根菜類や葉茎菜類のある種のものでは、播種の時点では大量に播種し、順次、間引いて最終的には経済性を高めた大きさの作物として収穫することも、同様の栽培の取り組みといえるかもしれません。単純に、収量だけで見れば、間引くよりも多数の株を栽培した方が収穫量を増やすことができる場合もあります。

即ち、栽培する作物の数を制限することで農産物の質的な向上をはかり、結果として収益を最大にすることはある意味で栽培の常套手段ともいえることかもしれません。

この場合、「生長を促す術」と「数を制限する術」を巧みに利用して、もっとも経済的な道を選択しています。

「低分子量有機物を経根吸収して、同化すること」が、光合成だけによって有機炭素を獲得することに比べて、少しでも作物の負担を軽減して、作物の成長を促すことになれば、作物の質的な水準をより高い位置へ引き上げることとなり、「通常では得られ難い良質の農産物」として高い経済性を持つこととなります。

勿論、農産物の僅かな品位の違いで、経済的な価値に大きな差が生じることの是非は別ですが、現実に、日本人に最も身近な食材である、米では、外国産米を基準にすれば、平均的な国産米は4倍ほどの単価であり、そして、評判の良い産地のコメは約20倍でも飛ぶように売れています。そして、概して、高額な米は品薄で、低価格米ほど買い手がないようです。

この美味しいコメと、普通のコメと、外国産米との価格の違いを科学的に説明する術はありません。

しかし、この価格差を誰もが納得し、より高額な美味しいコメを購入する人は「むしろ喜んで食べている」という現象が生じており、科学的に見れば、到底信じ難いことといえます。

ある意味で、化粧品の効能と似ていなくもありません。

【メロン栽培と施肥設計】

今日では、各種のメロンが店頭を賑わし、以前よりは身近な産物となりました。

メロンの主流は、表面に網目が入ったマスクメロンで、「アールスフェボリット種」「アンデス種」など無数の種類があります。

このメロンには、大雑把にいえば、安価で手頃なメロンと、その30倍程度の高価なメロンと、その中間的なメロンがあります。

大きさは、1s強であり、高価だからと言ってそのメロンの個体重が10kgもあるようなことはありません。その意味では大きさは同じといえるでしょう。

メロンは、果実の中に種が含まれており、この種を調べたり、取り出したりして、同種のメロンを生産することは不可能ではないでしょう。

仮に、F1種といわれるものであっても、現在の農業技術を利用すれば、店頭で求めたメロンと同じものを生産する術はあります。

そうであれば、安価なメロンを栽培している生産者が、高価なメロンを栽培すれば、多いに経営が潤うはずです。

少なくとも、メロンの大きさに大差はなく、その栽培に要する肥料や手間に30倍もの差があるとは思えません。

肥料・施肥設計という客観的な栽培技術に関しては、メロンの果実の大きさが同様であれば、ほとんど差はありません。

【高価なメロン:1株1個の立ち作り】

現実に、高価なメロンは温室の隔離床で栽培され、1株、1株が独立した立ち作りとなっており、1株から唯1個のメロンが収穫されます。

室内では、室温や湿度が自動的に記録され、所定の換気がなされ、定めれられた施肥設計の下で、適宜、水やりがなされて、1個のメロンにその株の栄養の全てが集中して、生長します。

【安価なメロン:1株で多数のメロンの収穫】

通常の場合は、五月の連休の行楽に併せて出荷できるように、初冬に定植して、冬季の間はビニールハウスで育て、4月頃から1株当り2個のメロンを収穫し、引き続いて栽培して4個のメロンを収穫し、その後、ナス・キュウリ・トマトのような別の栽培に切り替え、初冬にメロンに戻るような栽培のサイクルを続けます。

メロンの収穫でいえば、土日などの休日や祝日のような行楽客の出足の頃合いを見て、メロンの大きさが良さそうなハウスを一斉収穫し、箱詰めして出荷します。

その収穫は、どうしていも一斉収穫になるため、メロンの品位には不揃いとなります。むしろ、一定の分布を示すのが自然です。

【施肥設計の違い】

この双方のメロンの栽培において、施肥設計によって、収穫量に応じた肥料要素の施肥量が決定されています。

このため、施肥設計という観点では、栽培品目が決まり、標準的な収量が決まれば、同じ手法で施肥すべき肥料要素の量が決定されます。

勿論、両者の栽培の経験と実績を加味して、最終的に出力される施肥成分量は異なっているかもしれませんが、その基礎となる施肥設計手法に違いはありません。

しかし、生産されるメロンの経済的な価値には30倍もの差が生じています。

勿論、1株当たりの収穫個数が1個と6個では大きく異なりますが、現実には、1株から1個のメロンを栽培する立ち作りでは、1株当たりの面積が狭くなっています。

そして、1年間の同じ面積で比較すれば、1株から1個のメロンを収穫する方が、遥かに多数のメロンを生産し、かつ、メロンの単価において格段に高価なものとなっています。

耕種農業において、施肥設計はもっとも基本となる業務と言えます。

しかし、その基本となる業務であるにもかかわらず、施肥設計では収穫物の品位の良否に結び付いていない現実があります。

「肥料」を考える上で、施肥設計は重要な事柄であるにもかかわらず、何故か、農業経営で最も重要な収入に作用していない現実があるように思われます。

即ち、高価なメロンでも安価なメロンでも、何れの場合であっても生産者は、極めて合理的に、また、正しい手法で施肥設計をしています。

例年や前年の収量や、場合によっては土壌の化学的な分析を踏まえて、過不足ない肥料を準備し、栽培に備えます。

しかし、その結果、高いメロンの生産者には高額な売り上げをもたらし、安価なメロンの生産者にはそれよりも低い額の売り上げをもたらすだけです。

同様の施肥設計で、大きな格差が生じることに関して、施肥設計は示唆するものがありません。

肥料は、耕種農業において重要な資材であり、肥料を使用する産業は耕種農業しかない、とすらいえる資材です。

その資材の利用の仕方を決定づける施肥設計において、同じ品目を栽培して大きく異なる結果をもたらす現実を評価する術がないことは、大きな欠陥かもしれません。

即ち、このサイトで取扱う「炭素肥料」について、施肥設計や肥料の観点から「判りにくい」とする見方もあるでしょうが、実は、施肥設計あるいは従来の肥料のハンドリングにおいて、現実の耕種農業の経営に結び付いていない状況があるように思えます。

炭素肥料、という観点から見れば、慣行肥料には「美味しさ」に対する配慮が全くない資材、との見方ができます。

即ち、NPKを主体とした従来の施肥設計は、当該作物が然るべき個体重となるに要する肥料成分量を過不足なく補給するという技術思想はありますが、現実の食の経済は、「食材の美味しさ」にあります。

安価なメロンの30倍もする高額なメロンを購入して、消費する人々は、その値段の高さに苦言を呈しません。その高い価格で保証された美味しさを堪能できた時には、喜んでいる、とすら思えます。

生産者が施肥設計をする際には、それぞれの肥料要素の単位重量当たりの価格の高低を比較し、最も安価な肥料の組み合わせを選択します。そのような生産者の思想からすれば、同じ外観、同じ目方で30倍も価格差がある現実は理解できないかもしれません。

しかし、現実の食の経済は完全に「美味しさ」によって支配されており、安価な魅力に欠ける美味しさであれば、経済価値を持ちえないのが実情です。

この美味しさに関して、NPK等の成分を中心とした慣行の施肥設計では考慮するものがないと思われます。

即ち、施肥設計が配慮するものは、然るべき外見が整った農産物までであって、その質的なものについては配慮がないといえます。

このような今日の施肥設計では、今の社会が耕種農業に求める「食の楽しみ」「食の美味しさ」に応えるべき術がなく、消費者は「肉」「乳」「卵」「魚」というような他の第一次産業の製品に希望を託しているといえるでしょう。

【炭素肥料の意味するもの:栽培において】

当サイトでは、「低分子量有機物が経根吸収で植物に取り込まれて同化し、恰も炭素肥料のように振舞う」と仮定して、その効果を概観しています。

もし、炭素肥料というように、作物に有機炭素を供給することができれば、この図のように通常得られる水色の2点鎖線の水準を超えて赤い矢印のように有機炭素量が増加して、全体の収量は緑の線で示した推定収量へ上昇することになります。

或いは、高級メロンのように果実を摘果したり、摘蕾して収穫する果実を極端に削減すれば、限られた収穫物に対して多量の養分或いは栄養分を集中させることができます。

このことは、光合成が増加したのとほぼ同様の効果があるものと思われ、

 「天候が良かった年の作物」     「南面で日当たりのよい傾斜地」  「海に面した南面」    「反射シートで日照を集めた栽培」

というようにみることもできます。

このため、疑似的に旺盛な光合成が生じたのと同様の結果をもたらし、旺盛なブドウ糖の産生は、旺盛な生長を促し、或いは、甘さに満ちた農産物として収穫されることが予想されます。

このより旺盛な成長力を、収量の増加に利用することもできるものと思われ、或いは、品質の向上に利用することもできるでしょう。

例えば、高級メロンのように収穫する果実の数量は「1株1個」と決まっている以上、無暗な収量の増加にはならず、むしろ果実の美味しさの向上という形に結果が集約されるものと予想されます。

リンゴ・梨のような果樹であれば、糖度が高く果実に蜜が入った状態となり易いと言えるでしょう。

光合成に依らない有機炭素の獲得によって旺盛に成長したり、或いは、より少ないエネルギー消費で生長できるというように、美味しさと収量とに幅を持った選択が可能となります。

このように、炭素肥料の作用は、疑似的に光合成を助勢するようなものと考えることができ、その効果は「収量の増加」或いは「食味の向上」或いは「収量の増加と食味の向上」というようなものと推測できます。

この効果の推測は、家畜糞尿のような有機廃物を生石灰で分解処理した時の残渣である有機石灰質土壌改良資材を用いた時の施用効果に他なりません。

従来のNPK等の慣行肥料の役割が、必須要素の充当であり、作物が要求する必要条件を満たすためのものであれば、炭素肥料の施肥の効果は、単に収量を増加するばかりか食味を向上させ、商品価値を著しく高めるものであり、十分条件を充足するための所作と言えなくもありません。

このように必要条件を満たす目的と、十分条件を満たす目的では、明らかにその思考経路は異なり、従来の慣行肥料だけの知見を以てしては炭素肥料を理解することは難しいことかもしれません。

【理屈では説明できない現実】

須らく、何かを理解しようとする時には、客観的な見方に基づいて検討し、誰もが、何時でも納得できる客観的な判断を求めることが多く、

農業でも、さまざまな視点から検討を重ね、客観的な数字を積み上げて、合理的な所作を選択します。

ところが、最終的に遭遇する事柄は「美味しさ」という五感の判断にゆだねられる経済的な価値です。

さまざまな農業の事柄で、他の選択肢を選ぶ場合の量的な違いは10%にも満たない差であり、微差の中から最良のものを選択しています。

耕種農業では、農産物が出荷されるまでの全ての工程が合理的な経済思想の下で進められています。

しかし、農産物が食材となった途端、美味いものとそうでないものとでは、10倍以上の差が生じています

即ち、生産する過程は厳密に算盤勘定ができる過程であり、その算盤に従って歩みを進めます。

ところが、その農産物を「食べる」段階では、美味い・不味いという人間の主観で価値が決定されます。

即ち、生産費の安さだけを追求する生産工程の基準価値決定の消費過程での基準とに脈絡がない現実が浮かび上がります。

言い換えれば、耕種農家は、一連の作業の成果物である農産物が経済的価値を決定する過程を殆ど考慮することなく、一見、正しい所作に見える「経費削減」を追求して農産物を生産しているといえるでしょう。

そのような中で、勿論、品位や美味しさも考慮はしています。

「リンゴ・ミカン・ブドウ・メロンなどの間引き・摘果・摘蕾」「ダイコン・ニンジン等の根菜類の間引き」「ホウレン草・小松菜などの葉茎菜類の間引き」等の行為は、実は収量を高めるのではなく、「品位を向上する」ための所作であり、ある意味で、美味しさを向上させるための行為です。

ただ、多くの生産者にとっては、余りにも当然の作業のため、その根本的な意味合いを考えることなく、しかし、的確に間引き・摘果・摘蕾を行っています。

むしろ、当該作業の持つ意味合いではなく、具体的な所作(一枝の花の数・各生長段階における適正な株間や残すべき株の様子等)の如何に拘りをもって行われているようです。

このため、当該農産物を出荷するまでは、「美味しさ」は一連の作業の成り行きで決定されることに、格別問題視していない事例が多いようです。

勿論、昨今では、光学式糖度計の導入によって、非破壊検査で品位を決定するものもあるようではあります。

しかし、「品位を高める」「美味しさを高める」という視点については、殆ど願望の範疇に属し、積極的に人為的に操作する意図はあまり見られません。

勿論、耕種農家個人のレベルでは、それなりに工夫や、家風や、仕来り、心掛けはあるものと思いますが、全体として、「美味しさを高める」という所作はないといえるでしょう。

炭素肥料は、経根吸収で有機炭素を獲得し、疑似的に光合成を助勢することが考えられ、実際に、そのような施用効果の実績があります。

その意味で、炭素肥料は農産物に「美味しさ」を与える資材と見ることもでき、これまでの耕種農業では、ともすればうっかり忘れていた事柄を充当するものといえます。

従来の肥料の施肥設計は、健全な農作物を育てるまでで、それが食材として美味しさを兼ね備え、経済的な価値を高める配慮が無かったといえます。

他方、炭素肥料は、これまでの施肥で生育した農作物に美味しさを付与し、経済的な価値を高める資材と言えます。

即ち、炭素肥料は、これまでの耕種農業に美味しさを付与し、消費者に満足を与える資材と言えます。

今日、食糧は身の回りに溢れています。昔は、ほぼ全員が農作業に従事しなければ社会が成り立たなかったと言えます。

しかし、100人力、200人力も発揮するエンジンや人間の頭脳と遜色ない指令を出すロボットや人工頭脳を利用すれば、海外では、1人の労働で1000人分の食糧を生産するまでになり、食糧の「量」に関しては、全く不足する事態は考えられません。

しかし、それは「餌」の範疇です。

PTA法(ドッサリース農法)は、従来の真摯な耕種農業に、「経根吸収で有機炭素を付加する」ことで、疑似的に光合成が助勢され、栽培された農産物に対して美味しさを加えて、収穫に導く、そのような従来の肥料にはない新しい役割を持つものといえます。

概して、厳しい経営環境の中に身を置けば、一見、合理的に見える数字の積み重ねが示唆するものに委ねることが多いかもしれません。

ただ、そのような判断は、誰もが出来る判断であり、経済的な恩恵にはならないことが多いでしょう。

従来のNPKを中心とした肥料の施肥設計は、単に、作物を生育させるだけのためであり、炭素肥料は、人が美味しく食べるための肥料と言えるでしょう。

PTA法は、「炭素肥料」という全く新しい概念を取り入れた新しい農業のあり方を提案するものですが、それは、これまで見逃されていた「美味しさ」を付与することでもあり、従来の栽培技術が「餌の生産」と「食糧の生産」との識別ができないものであったものを、PTA法の炭素肥料は、「美味しさ」によって、経済性を高めたものです。

「安く生産する」というだけを目標とした従来の肥料の考えと、「美味しさを整えて、経済的な価値を高める」とする炭素肥料の考えとは、明らかに判断基準が異なります。

この肥料の持つ性質の違いが理解を困難にしているものと思料されます。

炭素肥料は、生産者と消費者を美味しさで繋ぐ、全く新しい肥料と言えるでしょう。

PTA法(ドッサリース農法)は、「作物の生育に際して低分子量有機物を吸収・同化させ、光合成を助勢する」と考える栽培の取り組み方です。

低分子量有機物とは、そのほとんどが過去の光合成によって生じた有機炭素化合物です。

即ち、PTA法(光合成移転農法)は、過去の光合成を現在の光合成に付加する思想の栽培の取り組みです。

現行の耕種農業は、現在栽培中の作物における光合成に成果を期待するものです。

しかし、過去の光合成の産物を付加できれば、その過去の光合成産物の堆積量は膨大なものがあり、耕種農業の生産性を飛躍的に高めるものです。

このように、PTA法は、膨大な過去の光合成産物を耕種農業の栽培資源として活用するものであり、耕地の生産性を高めるばかりでなく、人の食べ物に相応しい食味を付与して、経済的価値を高めます。

従来のNPKを中心とした化学肥料や、堆肥・有機配合肥料のようにNPKやミネラルを補給することを意図した肥料では、当該栽培条件における光合成条件(日照・気温・湿度・風速・CO2濃度等)に見合うNPK等の必須要素を補給することが目的であるため、収量の増加も光合成条件に支配され、また、食味を改善する意図はありません。

このようにPTA法でいう炭素肥料は、従来の何れの肥料とも趣旨が異なるものといえます。

トップエネルギー肥料植物から見た光合成移転理論第2章PTA法の糞尿処理第3章PTA法による栽培第4章PTA法の考え方第5章化学式で見るPTA法第6章低分子量有機物第7章光合成移転農法第8章PTA法のまとめ第9章PTA法の基礎知識第10章PTA法からの視点第11章有り得ない選択・PTA法第12章作物の美味しさについての一考察第13章PTA法の有機物吸収の考え方第14章炭素肥料が理解されない理由第15章PTA法サイトの図面集PTA theory is recycling of photosynthesis, carbon fertilizer and energy fertilizerツイッターのためのPTA法・光合成移転農法PTA法とランドラッシュ・第三の道か?ゲストブックにログイン