PTA法(光合成移転農法)

第2章 PTA法の糞尿処理 

家畜糞尿の処理と利用


第2.1章 困った代物: 家畜糞尿の利用先は圃場のみ


最終訂正日:2010‐08‐06

PTA法(光合成移転農法)は、ある種の低分子量有機物が植物に吸収・同化されることを「炭素肥料」「エネルギー肥料」と考えて、従来のNPK等の化学肥料による慣行農法に併用することで、物質収支・エネルギー収支の視点から、植物の生長に必要な要素を的確に補い、優れた栽培結果に導くものです。

この炭素肥料・エネルギー肥料の原料は、原理的には天然由来の有機物を利用できます。しかし現実的には家畜糞尿や食品残渣となるでしょう。

食品残渣については、さまざまな食品製造工程があり、多種多様な残渣となるため、この第2章では、比較的性状が決まっている家畜排せつ物について記します。

家畜糞尿としては、牛・豚の糞尿や鶏の鶏糞があります。全て、PTA法(光合成移転農法)の適正な原料として利用できます。

そして、特筆すべきは、これらの家畜糞尿は多くの場合、菌類、ウイルス、プリオン等のように感染性病原体が含まれていることがあり、その適正な殺菌処理は常に望まれています。

それに対して、PTA法の生石灰処理では、生石灰と10分程の混合によって完璧に殺菌分解して、原料に由来する感染性病原体は全て分子レベルで分解されて殺菌がなされる利点があります。

この第2章では、糞尿の利用の形態について、ゆっくりと概観します。あまり、ゆっくり思いを馳せることがない代物かもしれませんが・・・


このような家畜糞尿は、言うまでもなく、困ったものです。 家畜ではない犬猫の所作を見ても、後ろ足で足蹴にして、素知らぬ顔で立ち去ります。

  ● 悪臭を放つ

  ● 各種感染性病原体を多量に含んでいる( 各種大腸菌、 各種ウイルス、 プリオン等)

  ● ほとんど利用の価値が無い

日本では、かって遷都によって藤原京を建設しましたが、大河が無いために(ヒトの)糞尿の始末ができず、早々に廃墟と成りました。

兼ねてより、「文明は大河の辺」とされるのは、この糞尿を流し去る大河を必要としていたようです。  

犬猫の所作に依らずとも、糞尿は困りもので、その始末には往生します。

古来、糞尿の利用先は「耕地」です。

しかし、生産される堆肥の経済的な価値が低く、生産費を賄いきれていない現実があります。

このため、今日でも堆肥化の研究に膨大な費用を費やしています。


ところが、家畜糞尿を完全に殺菌分解して、耕地にリサイクルし、結果的には全く経済的な負担になっていない事例があります。

そして、圃場や作物から見れば「堆肥化処理もPTA法もやっていることは同じ」と見えてしまう現実があります。

同様のことを行うのに、何故、法外な費用を投じるのか、その理由が判りません。

同様のことを行うにも関わらず、結果に差があるのはなぜか?両者の法外な費用の違いは、結果の法外な差、を示唆しています。

第1図 再掲載

約30年前から行われ、今日数千haで行われているリサイクルの模式図(但し、ヒトのし尿は含まず)


第2.2章 糞尿の利用の形態の推移


第13図 糞尿の圃場利用の形態

上から順に、その概要を記します。



【(A)江戸・明治時代:液肥としての利用】

歴史的に見て、大別すれば4つの形態です。

日本では、古来、し尿を耕地に利用していました。

日本のような厳しい風土では、し尿を巧みに耕種農業に利用しなければ命を繋ぐことができなかったとすら思えます。

江戸時代には、幾度かの異常気象によって多数の餓死者をだしており、その異常気象を乗り越えた栽培が明治時代の栽培の形態とも言えます。

江戸時代・明治時代と引き継がれた農業の姿は、「し尿を樽に貯めて、雑草や落ち葉などを加え、10年以上も地中に貯め置き、トロトロの水のようになってから、天候を見て、水で希釈して液肥として株の傍に施肥する」というような細やかなものでした。

「し尿を10年以上も貯め置く」という面倒な処理は、大変な手間と設備(樽)になります。

当時は、動力と言えば人力であり、その少ない動力で食糧を得るには、殆ど全ての事柄に細心の注意を払い、最大限の工夫をしなければなりません。上第13図は、糞尿の圃場への利用の形態を示したものです。

歴史的に見て、大別すれば4つの形態です。

(A) 江戸・明治の頃の長期間熟成・液肥として施肥

(B) 近代の直接糞尿施用

(C) 堆肥化処理後、堆肥としての圃場施用

(D) 糞尿の生石灰処理後、土壌改良資材として圃場施用(本サイトのPTA法)

しかし、古来、糞尿はそのまま捨てるか、圃場に利用する以外に格別の利用用途を持たないものであったようです。

当時は、公は、武器を利用して一方的に農民から収奪するだけであり、冷害などで困窮しても格別の救済はせずに放置していたようです。

そのような中で、冷夏や日照りなどで不作の時の、困窮した農家の栽培の方法、そのような中で一定の収量を確保できた農家の栽培の方法が暗黙のうちに比較されて、其々の家の「家風・仕来り」として醸成されていったものと思われます。

数多の餓死者の実例を参照して醸成された農業の姿が、「し尿は直ぐに使わず、10年以上も寝かして使う」というものであったと思われます。

このような、長い期間熟成させたし尿によって栽培した農産物は、概して美味しいものでした。

今日、年配者が「昔の野菜は味があった」と懐古しているのは、このような手法による農産物を食べていたからに他なりません。

このような栽培の形態は、地域にもよりますが、昭和30年代あたりまでは日本の各地に普通に見られたものです。

しかし、農耕の手段が「耕運機」「トラクター」となり、耕作面積が大きくなると、この耕地に充当するために、10〜15年も熟成させた液肥を生産することは不可能です。

今日では、このような長期間の熟成による液肥はほとんど目にすることはありませんが、幸いなことに、年配者の中にはこのような液肥(肥溜)の体験を記憶している方もあり、今日の主流である「堆肥化処理」と異なる所作が行われていたことを実体験として知っているのは大変参考になります。

今日の主流となっている「堆肥化処理」は、廃棄物を発生する側の「始末」として近年開発され、栽培の実績を伴わないまま流通しているために、基本的には、始末に困った有機廃物を身近な処に処分するための所作としての色合いが強いといえます。

今日の農業は、あらゆる面で各種の補助金によって成立している産業であり、農産物の成果の如何に関わらず、成り立ってしまう実態があります。

歴史的に見て、大別すれば4つの形態です。

日本では、古来、し尿を耕地に利用していました。

日本のような厳しい風土では、し尿を巧みに耕種農業に利用しなければ命を繋ぐことができなかったとすら思えます。

江戸時代には、幾度かの異常気象によって多数の餓死者をだしており、その異常気象を乗り越えた栽培が明治時代の栽培の形態とも言えます。

江戸時代・明治時代と引き継がれた農業の姿は、「し尿を樽に貯めて、雑草や落ち葉などを加え、10年以上も地中に貯め置き、トロトロの水のようになってから、天候を見て、水で希釈して液肥として株の傍に施肥する」というような細やかなものでした。

「し尿を10年以上も貯め置く」という面倒な処理は、大変な手間と設備(樽)になります。

当時は、動力と言えば人力であり、その少ない動力で食糧を得るには、殆ど全ての事柄に細心の注意を払い、最大限の工夫をしなければなりません。

当時は、公は、武器を利用して一方的に農民から収奪するだけであり、冷害などで困窮しても格別の救済はせずに放置していたようです。

そのような中で、冷夏や日照りなどで不作の時の、困窮した農家の栽培の方法、そのような中で一定の収量を確保できた農家の栽培の方法が暗黙のうちに比較されて、其々の家の「家風・仕来り」として醸成されていったものと思われます。

数多の餓死者の実例を参照して醸成された農業の姿が、「し尿は直ぐに使わず、10年以上も寝かして使う」というものであったと思われます。

このような、長い期間熟成させたし尿によって栽培した農産物は、概して美味しいものでした。

今日、年配者が「昔の野菜は味があった」と懐古しているのは、このような手法による農産物を食べていたからに他なりません。

このような栽培の形態は、地域にもよりますが、昭和30年代あたりまでは日本の各地に普通に見られたものです。

しかし、農耕の手段が「耕運機」「トラクター」となり、耕作面積が大きくなると、この耕地に充当するために、10〜15年も熟成させた液肥を生産することは不可能です。

今日では、このような長期間の熟成による液肥はほとんど目にすることはありませんが、幸いなことに、年配者の中にはこのような液肥(肥溜)の体験を記憶している方もあり、今日の主流である「堆肥化処理」と異なる所作が行われていたことを実体験として知っているのは大変参考になります。

今日の主流となっている「堆肥化処理」は、廃棄物を発生する側の「始末」として近年開発され、栽培の実績を伴わないまま流通しているために、基本的には、始末に困った有機廃物を身近な処に処分するための所作としての色合いが強いといえます。

今日の農業は、あらゆる面で各種の補助金によって成立している産業であり、農産物の成果の如何に関わらず、成り立ってしまう実態があります。


【(B)糞尿の直接施用】

近年では、糞尿をそのまま圃場施用することも散見されました。 これは、農業の形態の変化に起因するように思われます。

農業の経営が、効率化・大型化を求める結果として耕種農業と畜産業(酪農・養豚・養鶏業)とが分離し、専業化されました。

相当数の家畜を飼育する時代となると、糞尿は「家畜糞尿」であることが多くなり、また、その発生量は膨大です。

牛・豚・鶏の飼育規模が一寸多くなるだけで、これまで人間のし尿を想定した糞尿の腐熟と液肥としての利用形態は一気に破綻しました。

家畜の排せつする糞尿量は、想像を絶するものがあり、それを10〜15年も貯蔵して腐熟させることは、不可能でした。

従前の「肥溜」による液肥の製造は、家畜糞尿の日発生量の約5000倍(5000日分)を貯蔵する樽が必要となる勘定です。

取りあえず、可能であったのが、糞尿をそのまま圃場に施用することでした。

効果のほどは別として、圃場施用による臭いは強くなりました。

なお、古の農業を知る者は、糞尿を直接圃場に供給することを頑なに禁じていました。


【(C)堆肥の施用:緩効性肥料としての利用】

糞尿をそのまま圃場施用すると、空気の比重よりも大きい臭気成分が地表を漂います。

比重の重い臭気成分は、専ら人の鼻の高さの低地を漂うために、その悪臭は遠くまで及び、これを軽減する手法として堆肥化処理が普及してきました。

大量の家畜糞(あるいは糞尿)を遥か昔のように10〜15年という長期間に渡り、貯蔵して液肥にすることは現実的ではなく、高速堆肥化処理がなされます。

家畜糞尿を堆積できる状態で、且つ、空気を含む程度の水分状態(水分60%内外)に維持すると、好気性菌が活動し、周囲の家畜糞を餌として好気性菌が増殖し、その呼吸に伴う反応熱が堆積層に蓄熱されて温度が上昇し、その温度に応じて活動する好気性菌が順次活発に活動(増殖)し、堆積層は高温になります。

この高温条件は凡そ80〜90℃にもなりますが、どのような温度で管理するかは、それぞれの堆肥化施設の性質によって異なります。

堆積層の高さ、水分状態、攪拌の頻度、水分調整材の添加、戻し堆肥の割合、通気の頻度、通気量、風速というような諸元を適宜設定して、高温の堆肥化処理がなされ、主として、腸内細菌が死滅し、且つ、糞の臭いも軽減されます。

ただ、この高温発酵では、家畜糞尿も混入しているために、曝気による排気には糞尿臭が伴います。

そして、引き続き、40〜50℃程度の温度とした中温発酵を2カ月ほど維持して、水分が30%程度になったものを堆肥として取り出します。

この高温処理・中温処理の一連の好気性菌の活動(増殖)によって、糞尿の組織を分解して、糞尿らしさを無くしています。

糞尿らしさを無くするには、糞尿組織を全て一旦好気性菌へ転換することが望ましいといえます。

糞尿組織の全てが分解されて好気性菌へ転換されると、その代謝エネルギーによってかなりの目方の損失となり、現実には、「糞尿の臭いが感じない程度」が目安となっているようです。

このようにして生産された堆肥を、緩効性肥料として圃場へ利用します。

圃場に施用された堆肥は、定性的には圃場で分解されて、有機物は全て無機化されます。

この無機化によって、堆肥の生体組織に含まれていたさまざまな化学物質が無機物質として土壌に供給され、作物の根に吸収されます。

この堆肥の分解は土壌微生物によるもので、作物が栽培されていない圃場であっても分解は進行します。

また、作物が栽培されているからといって、分解が加速されるようなことは考えにくいものと言えます。

作物が、その時々に必要とする肥料成分量は刻々と変化し、概して、生長量が多い時期には多量の肥料成分を必要とするものと思われます。

これに対して、堆肥の分解(無機化)の速度は、土壌微生物の活性に従い、概して、温度に支配されるようです。

耕種農業では、多様な品目を、さまざまな季節に播種し、栽培しているため、堆肥の肥料供給速度(無機化速度)が、必ずしも作物の生長曲線と一致せず、このため、化成肥料を主たる肥料とし、堆肥を補助的な肥料と考える使い方が多いようです。

現在の糞尿の利用形態は、ほとんど、この堆肥化処理となっています。


【(D)生石灰処理:有機石灰質土壌改良資材としての利用・・・PTA法(ドッサリース農法)】

生石灰処理は、およそ30年程前に開発され、今日では数千haの耕地で利用されているリサイクルの形態で、ほぼ全品目に施用されているものです。

家畜糞尿や植物残渣を出発原料とし、これに生石灰を添加して混合して殺菌分解し、低分子量有機酸カルシウムを主体としたカルシウム質残渣を乾燥粉末となして有機石灰質土壌改良資材として圃場に利用していました。

この粉末資材の袋に「有機石灰質土壌改良資材」との表示があるため生産者(耕種農家)も概して、そのように認識していますが、他方、実際の栽培に際しては、全品目に対して等しく効力のある土壌改良資材として、水稲・根菜・葉茎菜・果菜・果樹・花卉・樹木(桜のようなもの、お茶のようなもの)など、およそ殆どの植物に利用しています。

この区別は「蒸散によって水分を吸収する植物」というような見方が適切と思われます。

なお、当然のことですが、昆布やワカメのような海藻類は植物であっても対象外です。

ただ、土壌改良資材は、土壌に混合されることによって、圃場で栽培している当該品目が要求する適切な土壌環境を整える役割を果たすものであり、品目が異なれば、当然、最適な土壌環境は異なってくるものであり、「万能の土壌改良資材」という考え方は、元来、あってはならない考え方です。

以上のことから、糞尿の利用先としては「圃場」であることが多く、幾つかの形態があることは従来から常識として知られていると言えるでしょう。


【(E)有機農法の先進国は日本】

日本語は、活字を拾う作業が煩雑なために、製本して出版する作業は大変であり、出版物の種類は少ないと思われます。

他方、欧米は活字を拾う作業は極めて簡単であり、結果として出版物の種類は大変豊富です。

このため、欧米には膨大な出版物が現存しています。

豊富な出版物が現存するために、ついつい当該国の水準が高いものと錯覚することがあります。

耕種農業、とりわけ有機農法についてはその傾向が強いといえます。

日本は、生活圏が海によって隔てられ、限定された地域において文化が醸成されきました。

また、江戸時代において、かなり長い間、「鎖国政策」がとられ、孤立した社会が形成されていました。

そのような中で、人々の食を支える産業は耕種農業でした。

産業の主体は「人力」であり、当然、蒸気機関や内燃機関のような動力はありません。

「3反百姓」「5反百姓」という言葉が残っているように、農家の耕作面積はさほど広いものではなく、そのような中で収穫物の半分を上納するという過酷な環境で農業が営まれていました。

欧米、特に、米国は主たる食糧が肉であるため、耕種農業はさほど進展していません。

耕種農業に関しては、むしろ、日本の方が進歩していたように見受けられます。ただ、日本には、手軽に入手できる書籍がないだけです。



第2.3章 堆肥化処理と生石灰処理: 何れも糞尿由来成分石灰を圃場に補給している


第14図 堆肥化と生石灰処理の施肥資材の利用の比較

(何れの形態でも、石灰が圃場に補給されている)


上記の第14図は、(C)堆肥化処理、(D)生石灰処理の大まかな施用資材を示しています。

【堆肥化処理】

糞尿の堆肥化処理も、生石灰処理も、何れも糞尿に由来する物質を圃場へ利用する点では共通しています。

堆肥化処理の場合は、堆肥とは別にカルシウムやマグネシウム等のミネラルが別途補給されています。

厳格な「有機栽培」では、NPKに関連する化成肥料の使用はありませんが、カルシウムとマグネシウムについては、酸性土壌のpH矯正、あるいは、葉緑体の必須元素としてのMgの補給の意味で補給することは普通に行われています。

【生石灰処理】

生石灰処理で生成する残渣は、有機石灰質土壌改良資材であり、NPKの補給機能は「ゼロ」として施肥設計されるため、NPKについては化成肥料によって全量が補われています。

ただ、Caについては、生石灰処理残渣(土壌改良資材)に多量に含まれていることから、10a当り600〜3000kg程度の本資材の施用があれば、別途追加して施用する必要はありません。


【石灰を施用することが半ば常識なら・・・生石灰処理に格別な有効性は見いだせない?】

圃場に石灰を施肥することは古くから、農業の基本と言われていました。

生石灰処理・PTA法(ドッサリース農法)の前から、およそ、日本では文豪宮澤賢治氏が社会に出た頃には石灰は圃場に利用されていました。

そうであれば、「糞尿」も「石灰」は、耕地へ施用する標準的な資材であったともいえます。

それゆえ、生石灰で糞尿を処理することに、格別の意義を見い出しにくいといえます

糞尿も石灰も、何れも耕種農業では普通の施用資材に他なりません。

糞尿と言う有機物は、遅かれ早かれ、分解されて、やがては、有機炭素は炭酸ガスという無機炭素になり大気へ放散されます。

ミネラルやリン酸、硝酸根も土壌に還元されるだけのことです。

その中間の過程で、糞尿を生石灰で分解しても、それが、どのような意味を持つものかよく判りません。

現在の、施肥設計や肥培管理の見方では、「どちらも同じ」という見方が標準的です。

結果的には、殆ど、従来の「堆肥と石灰の施用」と差異がないような「生石灰処理」について、生石灰処理では膨大な費用を投じています。

それなのに、意味不明な生石灰処理残渣である有機石灰質土壌改良資材に、NPKという主要な肥料よりも3〜10倍という法外もない費用を投じているのが現状です。

この異常な栽培が30年近くも続き、その面積は数千haにも及んでいます。



第2.4章 堆肥化処理と生石灰処理の処理フロー


 第12図 鶏糞の堆肥化処理のフロー図(再掲載)



第11図 鶏糞の生石灰処理のフロー図(再掲載)




【処理フローの比較】

上記の2つのフロー図(11図・12図)は、鶏糞を原料とした場合の「堆肥化処理」と「生石灰処理」のフロー図です。

 (堆肥化処理)

堆肥化処理の具体的な施設には、多種多様なものが実際に稼働しています。

しかし、大方の場合にはそれを生業とする者の特徴を際立たせるだけの意味で「特異な機器」を用いたり、特異な菌類を添加したりしていますが、ほとんど大差ないと見られています。

一般に、迅速な堆肥化処理をするため発酵槽へ供給する原料(鶏糞)の水分を60%内外に調整します。

また、製品として取り出される堆肥の水分は約30%程度であることから、原料の水分が高すぎる場合には「戻し堆肥」として堆肥を混合することが行われています。


 (生石灰処理)

生石灰処理は、原料(鶏糞)に対して一定量の生石灰を混合して、分解処理を行います。

この反応処理の際の水分は約85〜95%の所定の値に調整され、安定した分解処理がなされるようにしています。

鶏糞の場合には、水分が低すぎるために、水を加えて調整します。

約10分程度の反応処理後は、乾燥ヤードに展開し、時々攪拌パドルで掻き混ぜて、固体粉末状の資材とします。

これまでは、この固体粉末は「有機石灰質土壌改良資材」として流通しています。

(石灰を最初に添加しても、圃場で施用しても同じ???)

このように、糞尿を堆肥化処理して堆肥とした後に圃場に施用し、併せて、土壌改良のために石灰を圃場に鋤き込むことは、従来から広く行われている栽培の形態です。

これに対して、生石灰処理は、堆肥の原料(糞尿)に最初に生石灰を加えて、土壌改良資材として圃場に施用するのであれば、「堆肥+石灰」とあまり違いはないように思われます。

しかし、現実には、生石灰処理の処理フローは複雑であり、概ね処理のための専属作業員も必要であり、高額な費用となります。


 (石灰を最初に添加しても、圃場で施用しても同じ???)

このように、糞尿を堆肥化処理して堆肥とした後に圃場に施用し、併せて、土壌改良のために石灰を圃場に鋤き込むことは、従来から広く行われている栽培の形態です。

これに対して、生石灰処理は、堆肥の原料(糞尿)に最初に生石灰を加えて、土壌改良資材として圃場に施用するのであれば、「堆肥+石灰」とあまり違いはないように思われます。

しかし、現実には、生石灰処理の処理フローは複雑であり、概ね処理のための専属作業員も必要であり、高額な費用となります。

第4表 堆肥化処理と生石灰処理の比較

堆肥化処理と生石灰処理(PTA法)の比較
項目 堆肥化処理(製品は、堆肥) 生石灰処理(製品は、有機石灰質土壌改良資材)
製品の着目元素 NPK或いはミネラル:遅効性肥料 低分子量有機物(有機炭素):即効性炭素肥料
処理時の水分 ≒60%前後 ≒85〜95%
水分調整の手法 戻し堆肥やもみ殻等副資材の併用 水や尿、他の廃物で水分を調整
反応剤 空気 生石灰CaO(≒15%)
処理時間 一次、二次発酵、全体で3〜6ヶ月 10分程度の反応時間の後、通風乾燥
製品水分 ≒30%(堆肥として) ≒10〜20%(粉末状有機石灰質土壌改良資材として)
採卵鶏の鶏糞処理を想定した時の堆肥化処理と生石灰処理(PTA法)の比較



(以下の表は5万羽の場合:価格はあくまでも標準的なもの)
原料重量と水分 ≒8t/d(2,920t/y)、   水分≒75%
処理要員 普通は専従はゼロ 専従作業員として3〜7人 ●A
製品生産量 ≒2.8t/d(1,000t/y) ≒6.4t/d(2,330t/y)    ●B
施用面積 ≒0.14ha/d(51ha/y) ≒0.64ha/d(233ha/y)   ●E
一般的な流通価格 ≒1〜5千円/t >50千円/t        ●C
推定生産額 ≒2.8〜14千円/d
≒1〜5.1百万円/y
≒320千円/d
≒116百万円/y      ●D
第2.5章 堆肥化処理と生石灰処理の比較

上記の表は、堆肥化処理と生石灰処理とを表によって比較したものです。

「面積」「生産量」「生産額」などを比較するために、処理規模を設定しています。

主な相違は次の点です。

 ●A:生石灰処理は、専従の作業員を必要とし、高額な処理となってしまう

 ●B:製品の生産量は、生石灰処理が約2倍以上となっている

 ●C:生産物の経済的評価(価格)は、有機石灰質土壌改良資材が約10〜50倍も高額になっている

 ●D:製品の生産額としては20〜100倍も、生石灰処理が多い

 ●E:施用面積では、生石灰処理の方が約4倍以上も広くなっている

 ●F:このような不可思議なことは「美味しい農産物」という用を加味しないと理解できないでしょう。

 ●G:ただ、「美味しさ」は客観的な尺度が無いため往々にして無視されていますが、実体経済では、

     この美味しさこそが、社会を支配しているといっても過言ではありません。

 ●H:これまでの農業では、単に物質収支に見合う元素を補給すれば良い、との短絡的な見方で

    済ませていました。しかし、PTA法では、元素の状態の違いを活用することで、手間に見合う大きな利益を齎します。

以上のことから、適正な生石灰処理では、処理に見合う費用は生産資材の販売益によって賄われるため、衛生的な処理が経済的な負担にはなっていません。

その現象が、開発されてから30年近くも続き、今日では、その耕地面積も数千haに及んでいます。

 この章のまとめ

家畜糞尿は、多くの場合堆肥化処理の後に圃場に利用されています。

しかし、生石灰で殺菌分解する処理して圃場還元するリサイクルの形態もあります。

PTA法の後者の場合、法外な経費を掛けて極めて衛生的な状態に処理して圃場利用することとなり、大方の場合は、その経費の高さに誰もが躊躇し、処理設備の設置自体が限定的なものに止まっています。

しかし、農産物の収益の上昇は、法外な処理経費を遥かに上回るものがあり、結果として、一見経済的に見える安価な処理方法である堆肥化処理とその利用に比べて、遥かに経済性に優れているといえます。

何よりも、高額な処理設備と、高額な消耗資材に加えて、専属の作業員を配して、その人件費を加味しても十分な経済性を持ち、過分ではないものの利益を生み出しています。

このことは、全く予想だにしない糞尿のリサイクルという分野において、法外な量の経済活動が潜在していたことになり、人口構成でいえば、およそ全人口の0.1%の就労規模の産業が埋もれていたと言えなくもありません。

第2.6章 常識では理解できない。同じはずが?

【耕地・作物からの視点】

耕地や作物から見れば、堆肥化処理も生石灰処理もほとんど同じに見えます。

どちらの栽培でも、「家畜糞尿」「石灰」「NPKの化成肥料」が等しく圃場に供給されます。

従って、「堆肥化処理」であっても「生石灰処理」であっても、結果的には圃場における栽培結果に違いがあろうはずがありません。

従来の施肥設計や肥培管理の考え方に従えば、堆肥化処理と生石灰処理に大きな差は生じないことが予想されます。

しかし、堆肥化処理は比較的安価な処理で人手も少なく、経済的な所作といえるでしょう。

他方、生石灰処理は、専用の処理設備も高価であり、処理に際しては原料(家畜糞尿)の重量に応じてその10〜15%もの生石灰が消耗され、しかも、専従の作業員を多数必要とします。

とすれば、家畜糞尿の生石灰処理は圧倒的に経済的には不利であり、不利と判れば、格別取り上げる意味もないことのように思えます。

ところが、現実に30年近くもこのような処理形態が続き、その耕地面積が数千haにも及ぶ現実は、従来のものの考え方では把握できない何かがあるものと思われます。

言い方を変えれば、従来のものの見方が現実を正しく評価していなかったともいえるでしょう。

PTA法は、従来の物の見方を根本的に見直すことを提案するものです。

何気なく比較すればほとんど同じように思える事柄が、愕然とする違いが生じている現実を、今の常識・専門知識は理解できない現実があります。

PTA法(ドッサリース農法)は、今の平均的な常識を覆すものです。

今の作物の生育に関して、現実を正しく評価できない、何か大きな見落としがあるのではないか、と一つの見方を提案しているのがPTA法でもあります。




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