海馬島 (Moneron Island) Web Site  

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   Update : 2013.11.9


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北緯46度13分5秒東経141度12分5秒 海馬島 現在モネロン島(ロシア領)
昭和58年9月1日大韓航空機がモネロン島上空で墜落した事故により、
モネロン島という島の名が有名になったが、日本領の頃は多くの日本人が住んでいた。
その思いを忘れないために。

1.海馬島


海馬島はサハリン(旧南樺太)南西約50kmの小島で、周囲20km、面積はわずか30平方
kmの島。最高峰の台地でも標高483m、しかし、眺望はまさに絶景であった。
現在モネロン島と呼ばれている。

樺太の本斗港から67kmに浮かぶ孤島。気候はよく、クワ等の暖地性の草木が
茂っていたが、エゾマツ、トドマツは自生していなかったようだ。全島中に
4,5百種類の高山植物が被い、また漁場は豊かで、昆布、雲丹、鰊の大漁場であった。

松前郷帳や松前誌にはイショコタン(豊の村)としたのが、この島であり、アイヌでは昔トドモシリ(トド島)、その後
ラベールという人がモネロンと名づけた。

この島の付近に多くのアシカ(トド)が生息していたため、トドモシリ(トドの島)が語源で、
これが誤って海馬島となったとか。樺太の開拓する前は樺太にいたアイヌが貴重な肉を
求めて年2回(春、秋)の漁をしにこの島で漁をしたという。
従って、その頃は無人島だった。日本人が住み始めたのはいつ頃からか調べてみたい。


       海馬島の歴史                      樺太終戦年表  

        海馬島の集落                      田母神俊雄「日本は侵略国家であったのか」

       海馬島MAP                        原作:百田尚樹  2013年12月公開「永遠のゼロ」

       当時の海馬島の風景 (1)  (2) 

       海馬島関連Link


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