小山宿から宇都宮宿を歩く


第5日目(平成20年6月28日)
上野から宇都宮線に乗り小山駅に8時半過ぎに着きました。小山宿脇本陣から歩き始めます。小山脇本陣には。史蹟境界 があります。史跡境界は、文化財保護法の規定に基づく史蹟名勝天然記念物標識等設置基準規則で13cm角の四角柱とし地表から30cm以上の石造又はコンクリート造にすると定められています。

小山宿はこの辺りを中心として本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠74軒がありました。小山宿通りを歩き右側の常陽銀行が本陣跡と言われています。

県道264号を進むと元須賀神社にでます。古くは牛頭天皇社、元祇園社などと呼ばれ須賀神社の元の位置と言われています。祭礼の準備でしょうか人が集まり供物を捧げているところでした。

その先に嘉祥2年(849)創建といわれる天台宗の興法寺があります。向かい側は愛宕神社です。御祭神は火産霊命で貞応2年(1223)小山朝政が愛宕の神を勧請して創建したものです。



JR両毛線の踏切を渡り宇都宮地方法務局小山出張所の前を行くと小山温泉思川 の標識があります。平成17年に閉園になった小山ゆうえんちの敷地内にある温泉施設です。遊園地は現在大型商業施設ハーヴェストウォークおやまゆうえんになっています。

交差点を渡った先で左に入ると観音堂があります。境内には十九夜塔と左日光海道と刻まれた地蔵尊があります。かつて喜沢の追分にあったものです。 詳しい地図 さらに進むと日枝神社にでます。樹齢400年以上の欅が3本あります。かつて社殿の周り植えられていた何本かのうちの3本といいます。

しばらくすると喜沢東交差点 になります。喜沢の追分で壬生通りの分岐点です。壬生通りは壬生宿、鹿沼宿を経由して日光街道今市宿に至る道で日光西街道とも呼ばれます。ここには馬頭観音の石碑等があります。




喜沢東交差点の先で旧道 は国道から離れて右へ入ります。 住宅地の狭い道を進むと左は木々が生茂るになります。この辺りが喜沢一里塚があったところです。旧道は、東北新幹線の高架下を歩くようになり、カーブミラーがあるところで左へ入ります。

道は国道4号線に合流し新田宿に入ります。小山羽川郵便局の前を行くと土蔵造りの建物があります。この先、左に青木家が務めた本陣の四脚門があり、俄かに宿場の面影が残ります。

新田宿は、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠11軒の規模として小さな宿場でした。吉田神社の前を行くと右に橿原神社があります。明治5年(1872)九州宮崎神社の神武天皇の御神霊を勧請し星宮から橿原神社と改称しました。




旧道はこの先の消火栓とカーブミラーがあるところで(目印は金属屋根、雨樋を製造する会社)左へ入ります。 詳しい地図

旧道に入って緩く右に曲るところに石仏等があり新田宿下組講中と刻まれています。ここが新田宿の出入り口になります。

街道は住宅地の中を彷徨するように続き、やがて国道4号線に沿うようになります。歩くうちに小金井一里塚が見えてきます。一里塚の手前で旧道は丁字路になり迂回します。小金井一里塚は日本橋から22番目の一里塚で国指定史跡になっています。二つの塚が残り当時の道幅を確認できる貴重な遺構です。 詳しい地図

この先から小金井宿になります。国道を進むと慈眼寺にでます。建久7年(1196)鎌倉時代の豪族新田氏が建立したものです。境内には多くの石仏や石碑が集まっています。二十三夜塔、女人講中と刻まれた十九夜塔二十六夜塔如意輪観音像、庚申塔等があり人々の信仰の厚さを感じます。



国道を進むと金井神社があります。宝暦4年(1754)遷座し小金井宿の鎮守として信仰されてきました。

この先に大越家が務めた本陣があります。小金井宿は本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠43軒という規模でした。向かいは街道の面影を残す旧呉服店の旧家があります。

小金井北信号の右奥に蓮行寺が見えます。延文5年(1360)に建立され江戸時代は将軍の日光社参の際には宇都宮藩主は蓮行寺で出迎えていました。

左は>田園風景、右は東北新幹線の高架を見ながら国道を歩きます。何故かマリア像が建っていました。

JR自治医大駅の手前で左に2km続く田園風景の中に旧道があるのですが見つけることが出来ませんでした。ラーメン店で昼食にして休憩しました。松並木を歩くと下石橋交差点にでます。



交差点の左に丸大食品関東工場がにあり入口に慈母観音が建っています。国道を進むと夕顔橋の石仏群があります。星宮神社の標柱前を行き国道352号をくぐります。

古い四脚門を見て本町交差点にでます。天平宝字3年(759)創建の愛宕神社辺りから石橋宿になります。

石橋宿は本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠30軒の小規模な宿場でした。 脇本陣は街道右の伊沢写真館です。JR宇都宮線石橋駅の入口の前を行くと花壇の中に石仏とがあります。この先に本陣だった伊沢茶舗があります。

石橋郵便局先の右側は宇都宮貨物ターミナルです。栃木県を中心とする北関東の鉄道物流の中心です。前田製菓宇都宮工場の前を行くと上三川市に入ります。



廃店し売り店舗になっている徳川家康の兜を模した建物の前を行きます。しばらくすると大谷石で造られた蔵があります。兜の店舗より、このような蔵が街道には似合います。

鞘堂の鎮守として人々の信仰を集めた星宮神社を見て先を行くと下野市になります。

北関東自動車道をくぐり、少しすると宇都宮市に入ります。関東バス雀宮陸上自衛隊前バス停で休憩をして先を行きます。この左奥が宇都宮駐屯地になります。

雀宮宿に入りベビー服、子ども服の店舗前に雀宮本陣跡の石柱があります。雀宮宿は本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠38軒といった規模でした。中世室町時代、宇都宮氏と小山氏が戦いを繰り返した地です。少し先の右側には芦屋家が務めたの白壁と黒門が残っています。



雀宮駅前交差点を行くと馬頭観音があり隣接して雀宮神社があります。雀宮の地名は、この神社に由来します。国道を北上し国道121号線が交差する宮の内交差点を直進します。

宇都宮南郵便局の先の左は陸上自衛隊北宇都宮駐屯地になります。独特な色をした寿鶴薬師堂を見て先を行くと一里信号があります。この辺りに江曽島一里塚があったところでIchiriyaという名前の食料品店があります。

西原交差点で国道と別れ直進します。日光街道日光40kmの標識を見て県道119号線を急ぎます。富士重工業の前を行きJR日光線の上を渡ります。

交差点を渡ったところに不動堂があります。旧道は、ここで左に進みますが今日はここまでにしてJR宇都宮駅へ行きました。宇都宮線のグリーン車でビールを飲みながら東京に戻りました。