宇都宮宿から大沢宿を歩く


第6日目(平成20年9月28日) 上野発7時10分東北新幹線やまびこ43号に乗り宇都宮へ向かいました。7時53分宇都宮に着きました。この後、上野、大宮間の信号トラブルで各新幹線が4時間余り不通になっていたことは知る由もありません。(少し遅かったら田端辺りの線路上を歩く破目になっていました)

宇都宮駅をでて不動通りへ進みます。東武宇都宮線の下を行くと宇都宮宿に入ります

宇都宮宿は本陣2軒、脇本陣1軒、旅籠42軒の規模でした。慶長10年(1605)創建の台陽寺、報恩寺を見て大通りにでます。

街道は宇都宮地方裁判所を右折します。宇都宮小幡郵便局の先が日光街道と奥州街道との追分になります。当時この辺り伝馬町が宿場の中心で石塚、上野の2軒の本陣がありました。直進するのが奥州街道で日光街道は左折して清住町通りを進みます。

旧街道を行くと当時の街道情緒が漂う蔵のある建物があります。株式会社上野(上野本家)は明和5年(1768)油屋の屋号で油売業を営んだ老舗です。



三峯神社、八坂神社の前を行くと桂林寺があります。寛政の3奇人蒲生君平(林子平、高山彦九朗)の墓があります。蒲生君平は明和5年(1768)新石町(現小幡町)に生まれた江戸時代後期の儒学、尊王論者で陵墓の研究書山陵志をはじめ多くの書物を著し古墳の形状を前方後円と表記したことから前方後円墳の語ができました。文化10年(1813)江戸で死去し臨江寺(東京都台東区谷中)に葬られ、後に桂林寺に分葬されました。

清住町通りを歩くと食空間の創造と書かれた蔵造りの建物が目に留まります。木、漆、竹、陶磁器などの工芸品、郷土玩具「黄鮒」をモチーフにした最中をを扱う「たまき」です。明治10年に建てられた土蔵造りの母屋と大谷石貼りの蔵が印象的なお店です。

宇都宮星ヶ丘郵便局の前を行き星ヶ丘2丁目信号を越えます。街道は国道4号と119号線に交わり戸祭大橋歩道橋で国道を跨ぎ119号線を進みます。



車が行き交う国道は見るべきものもなく唯ひたすらに北上します。栃木県立体育館の前を行くと大谷石造りの立派な蔵がありました。宮環上戸祭町交差点を過ぎると日光街道日光32kmの標識がでてきます。

街道は桜並木に変わり左に宇都宮文星短大を見ながら進むと上戸祭一里塚があります。宇都宮城下と徳次郎宿の間にあり江戸から28里を示します。

宇都宮戸祭自動車教習所を過ぎると釜川に架かる弁天橋を渡ります。釜川は野沢の東弁天沼と西弁天沼の二つの沼を源流として弁天橋の手前で合流し宇都宮市内へ流れます。

宇都宮野沢郵便局の前を行くと光明寺(野沢寺)があります。文禄2年(1593)宥憲法印が創建し江戸時代には徳川墓参時大名の休憩所になりました。東北自動車道宇都宮インター入口2kmの標識を見て少しすると宇都宮市有地の竹林が広がります。並木道を行き宇都宮インター入口の高架の下を進みます。



高架を過ぎると杉並木になり先にはドライブインがあります。関東バス上金井バス停の先に高谷林一里塚があるのですが見つかりません。先ほどのドライブインに戻り、もう一度来た道を一里塚を探して行ったり来たり・・・・・東北自動車道の手前に雑木の中の盛土を見つけ反対の右側を見ると一里塚の石柱と昭和58年に一部修復整備した一里塚がありました。

東北自動車道の高架を潜ると第6号接合井があります。大正5年に竣工した宇都宮市の水道施設です。今市浄水場で処理された水を約26km、標高差240mの戸祭配水場まで送水する際に送水管に掛かる水圧を緩和するため6箇所に設置された接合井の一つです。煉瓦と大谷石の建物はアール・デコ様式で土木学会選奨土木遺産で登録有形文化財に指定され、うつのみや百景にも選ばれています。

関東バス下徳次郎バス停辺りから徳次郎宿になります。



徳次郎宿は上、中、下の3つの宿場から成る合宿で人馬継立等の宿場機能は分担しており3つの宿場で一つの役割を果たしていました。本陣3軒(仮本陣1軒)、脇本陣4軒、旅籠72軒の規模でした。奈良時代、日光に大きな勢力を持つ久次郎(くじら)氏の一部が智賀都神社を建立し日光の久次郎に対し外久次郎(そとくじら)と名乗ったことに由来します。

遊歩道を進むと鹿沼・大谷の道路標識の先の生垣の中に大谷道の道標があります。稲刈り中の田園を右に見ながら冨谷小学校へ進みます。関東バス中徳次郎バス停を行き国道293号線の徳次郎交差点を渡ります。

大谷石の建物が増えてきます。日光25kmの標識から少しすると智賀都神社の鳥居が見えてきます。大欅は栃木県天然記念物、名木百選に指定されています。智賀都神社は宝亀9年(778)日光二荒山神社のご神体を千勝森に勧請鎮座しました。

六本杉バス停を行くと大網道道標と、にのみやぜき公園の案内板があります。二宮尊徳が手がけた用水事業(二宮堰)を文化遺産として親水公園にして保存しています。



上徳次郎地区を、うねうねと歩くと並木道の遊歩道になります。少しすると右側に六本木一里塚があります。馬頭観音と十九夜塔を見て進み一里塚バス停を過ぎます。この先に接合井が残っていました。

田川に架かる田川大橋を渡ると街道の雰囲気がある門構えの家がありました。

街道を石那田八坂神社にでます。毎年7月の天王祭は疫病除けとして行われる牛頭天王の祭りです。猿田彦を先頭に神輿、6地区の屋台が練りだされます。屋台は江戸時代から明治時代に作られた彫刻屋台です。

石那田バス停を過ぎ、しばらくすると、うらない仏があります。台座に3個の石が置かれています。願いをかけて、そのどれかを選んで持ち上げて軽く感じれば願いが叶うと言われています。杉並木を歩き上小池一里塚は見つからないうちに日光市に入りました。

国道の標識に従い歩きます。山口交差点の手前の蕎麦屋で昼食にしました。

杉並木から国道にでますが少し行き右の杉並木に入ります。静かな杉並木を楽しみながら歩き大沢交差点にでます。今日は、ここで終わりJR日光線の下野大沢駅まで歩きました。宇都宮に戻りJR宇都宮線のグリーン車で帰りました。