大沢宿から鉢石宿を歩く


第7日目(平成20年10月18日)
上野発7時10分東北新幹線やまびこ43号に乗り宇都宮へ向かいました。7時53分宇都宮に着きました。宇都宮でJR日光線に乗換え下野大沢で降りました。

駅前のタクシーで大沢交差点へ行きました。この辺りが大沢宿になります。大沢宿は本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠19軒の規模でした。大沢交差点から歩き始めます。

関東バス下大沢バス停の先の路地を右に入ると王子神社があります。大沢宿の鎮守で鎌倉時代の創建で宿場の整備ののち社殿も整えられました。境内の大銀杏が見事です。小さな狛犬が対照的です。

大沢小中前歩道橋の下を行き大沢郵便局の先には杉並木が見えてきます。日光市立大沢小学校には二宮像があります。薪を背負いながら本を読んで歩く姿の象は各地の小学校などに多く建てられました。杉並木に入り大沢宿のはずれに八坂神社あります。接合井を見て先へ進みます。



杉並木を歩くと水無一里塚(大沢一里塚)があります。左右の塚が現存しています。国道と合流するところに地蔵堂があります。国道119号線を歩き下水無バス停を過ぎ県道279号を越えて杉並木に入ります。鬱蒼とした杉並木は静かです。

国道に再び合流して下森友バス停前を行きます。森友公民館、来迎寺を過ぎ森友交差点の先で右の杉並木に入ります。しばらくすると左に桜杉があります。杉の割れ目に山桜が発芽し、杉と桜が共生し春には見事な花を咲かせます。

少しすると七本桜一里塚があります。並木ホテルと呼ばれ根元の部分の洞が大きく人が寝ることが出来るほどの杉の巨木です。

東武日光線のガードを潜って先へ進むと追分地蔵尊にでます。石造地蔵菩薩坐像は八代将軍徳川吉宗の日光社参のとき、すでにこの地にあったと記録されています。例幣使街道との追分です。例幣使街道は中山道倉賀野宿を基点として楡木宿で壬生通り(日光西街道)と合流し今市宿へと続きます。



追分地蔵が今市宿の入口になります。 少し行くと右側に報徳二宮神社があります。かつてこの辺りに高橋本陣がありました。

報徳二宮神社は尊徳翁(金治朗)を御祭神とする学問の神様です。小田原で生まれ働きながら勉学に励み農民から武士になった金治朗は藩の財政再建、農村復興をさせました。今市が終焉の地です。国道119号線で今市の商店街を進みます

日光みそたまり漬のお店を左に見て進み国道121号線(会津西街道)を渡ります。市縁ひろばの前を行くと右奥に浄泉寺があります。瀧尾神社の交差点で右の旧道へ入ります。

少しすると杉並木公園があります。日光杉並木の保護と地域文化を伝承するために作られた公園です。朝鮮通信使の今市客館跡、水車、古民家があります。杉並木を歩くと瀬川一里塚があります。少し行くと杉並木公園の古民家と蕎麦処報徳庵にでます。



杉並木を行くと瀬川の集落で左に大日堂の入口があり如意輪観音等の石仏が見られます。創建年代は不明ですが今は廃寺となった宝正山長禅寺の跡地になります。

明治戊辰の役で官軍が幕府軍を攻撃した際、砲弾が杉の幹で炸裂した砲弾打込杉が右にあります。鬱蒼とした杉並木の奥にはJR日光線の線路が見えます。

小川のせせらぎを聞いて進むと野口薬師堂にでます。堂の前に石の釣鐘が置かれています。

国道に合流し生岡神社参道を左に見て進むと並木の中で一番大きな杉の並木太郎があります。歩道が狭く車の往来が激しいので注意が必要な場所です。銀杏杉は杉の根本が銀杏の葉のように広がり根張りの幅が8m余りあります。



国道を進むと明治天皇七里御小休所の石柱があります。七里交差点を越えて宝殿交差点を直進して杉並木を進みます。

しばらく歩くと国道から離れて旧道は左に入ります。少しすると異人石があります。明治時代、杉並木を愛した外人がいて、石屋に頼んで石を座り易いように削り毎日座って杉並木を鑑賞していました。ここには先客が座布団を敷いて座っていましたので座ることができませんでした。

JR日光線の高架をくぐり国道を直進します。高架のところから右に旧道が少し残っています。街道を少し外れてJR日光駅と東武日光駅の前を行き国道に戻りました。



街道を歩くと下鉢石町になり鉢石宿に入ります。日光市役所の入口には東屋があり「日光のおいしい水」が湧き出ています。厚生省が発表した「全国のおいしい水」の中で特に美味しいと評価されました。

日光郵便局の先の吉田屋羊羹本舗は明治時代から続く老舗です。この先の右に入ったところに日光市指定文化財史蹟鉢石があります。少しすると神橋にでます。

世界遺産日光の社寺と刻まれた石の脇の階段を上ると日光山輪王寺入口になり勝道上人像があります。奈良時代に勝道上人により日光山が開かれました宝物殿の前を行き相輪塔を見ます。高さ15mの青銅の供養塔です。

そして日光街道の終着、東照宮参道の一の鳥居の前にでました。日本橋から続く日光街道21宿142.8kmを踏破しました。