マルコ・アントニオ・バレラ
PROFILE
WBO世界スーパーバンタム級チャンピオン
58戦54勝39KO3敗1無効試合
年齢26歳(1974年1月17日 生)
身長171CM リーチ178CM
ホームタウン メキシコ メキシコシティ
アマチュアで好成績を残した後、89年フライ級でプロデビュー。 圧倒的な強さで34連勝し、95年ダニエル・ヒメネスに12R判定勝ちでWBO世界スーパーバンタム級タイトルを獲得。これのタイトル8度防衛(この時点で42戦全勝)元王者ケネディ・マッキニーとは12Rにわたり打ち合い壮絶なノックアウト勝ちをおさめる。96年にPOISONこと難敵ジュニア・ジョーンズと対戦、以前より指摘されていた防御面の甘さ(ガードを重視せずスゥエーを多用するという)を露呈することになる。5R強烈な右ストレートをもらい、衝撃的なダウン。相当のダメージを負いながら立ちあがるものの、ジョーンズの猛ラッシュをうけて5R終了時にレフェリーがストップするが、ゴングの鳴る前にセコンドがリングにかけこんだため記録上は5R失格負け。初の挫折を味わう。マネージャーの名将リカルド・マルドナルドは、即リマッチを拒否したが(たしかにこの強烈なノックアウト負けの後で即リマッチは避けたほうがよかった。)、この初黒星にあまりにも固執するバレラの態度におれて決行。しかし、再戦でもバレラの強打は火を吹くことなく、12Rまでほぼ互角の内容で終了。3−0の判定で敗れる。失意のバレラは試合終了後早々とリングをおりた・・・・。


VSジュニア・ジョーンズ

しかし休養後98年、リッチ−・ウェントンから2度ダウンを奪い3RTKO勝利でWBO世界スーパーバンタム級タイトルを奪回。2000年2月には、ライバルのWBC王者エリック・モラレスとの統一戦に挑む。最終Rまで壮絶な打ち合いを演じダウンも奪うが、まさか判定負け。(この試合は2000年のBEST BOUT、しかも5Rは年間BEST ROUNDに選ばれた。判定は年間最悪だと皆思っているだろう(笑))この判定にWBO会長は、猛然と抗議しこの試合結果を無視しバレラを王者に再認定することを決めた。その後3度防衛し、2001年4月7日、あの全勝で90%近いKO率を誇るプリンスことナジーム・ハメドとのスーパーファイトで見事12R3−0の判定勝ちで勝利をおさめる。この試合フェザー級なのにファイトマネーがバレラはニ億だと言うのだから驚きだ。(ハメドは7億)ハメドはいまだ復帰戦をしていないのでリマッチはいつになるかわからない。今年9月フェザー級のノンタイトルで元チャンピオンのエンリケ・サンチェスを6RTKOに下し好調をアピール。途中でダウンを奪った狙いすました右カウンターは至高の出来。 そして、2002年3月2日にいよいよエリック・モラレスとのリマッチが 決定している。(すでに記者会見では殴り合いの喧嘩をするなど、両者はヒートアップしているようだ)そしてもしこれに勝利すれば、早ければ夏にナジーム・ハメド との再戦も予定されている。

VSナジーム・ハメド



正確で凄まじく強烈な超一級品のボディーブローを持ち。左のダブルは実に見事である。そしてその多彩なコンビネーションからくりだされる猛ラッシュはすさまじい。1発1発に力がこもったパンチが連続でくりだされ相手はひとたまりもないだろう。はじめてみたときその力強い動きに輝きを感じた。弱点は、その防御面の甘さで不用意にパンチをもらうことがままある。しかし、モラレス戦やハメド戦のようにガードを高く上げて戦ったり、アウトボックスしたりできることも見せてくれた。Jrジョーンズ戦以来、ディフェンスが甘い甘いと言われ続け、そんな中バレラはきっと身を入れてディフェンス技術を磨いてきたのだろう。クレバーでファイティングスピリットのあり、まさにチャベスの後継者とも言えるメキシコのヒーローであろう。