絶対にわかってない。コイツは絶対にわかってないんだから。

シャツを着なおした手間の分、大石の方が出遅れる。
といってもほんの数メートル。半周もしないうちに並ぶだろう。
きっと彼は、それまでに気持ちを落ち着けて、自分の悪かったところを 反省し、こう言うに決まってる。

「英二、ごめん。大丈夫だったか?」
ご丁寧に、いつも通りの少し困ったような、穏やかな表情までついてきた。

  やっぱり絶対わかってない。

だからオレはものすごく腹が立って、首だけ振り返り、追いついてきた 大石をジト目でにらむとすぐに前に向き直る。

「お、おい。英二?」
無視された形になった大石が、あわてて隣に並んで話し掛けてくる。
「今回はお前だって悪かったんだぞ? 桃城のこと…」
この期に及んで、まだ桃のことを気遣うかっ
その諭すような話し方がどうにも癇にさわって。

「おーいしは、ぜんっぜん、わかってない!」
大石が言うのをさえぎって、真正面を向いたまま、目線もあわせず そう言い放つ。

  そう、なんでオレが怒っているのか、わかってないのだ。
  どうしてこの男は肝心なところでこうも鈍いのか。

「いや、だからオレも悪かった。桃城のことが気になって練習に 集中できてなかったし、自分で勝手にイラついて、挙句英二を 突き飛ばした。ごめん。」
正に誠心誠意、大石はまっすぐに謝ってくる。

  だーかーらー、それがわかってないって言ってんの!

「何で、桃のことそんなに心配すんだよ!」
怒りのせいでロクに回らない頭の中で、なんとか言葉を選び出す。

大石はと言えば、一瞬「は?」という顔をして
「そりゃ、後輩だし。部活の仲間を心配するのは当然だろう?」
とかピントのずれた答えを返してくる。

こんなことは、本当に珍しい。
いつもなら、お互い名前を呼ぶだけで大抵のことは通じるし、 試合中なんて何も言わなくてもわかるのに。

「今回だけじゃん。なのに、なんで大石がそんなにボロボロに なってんのさ!」

 

大石が、今度こそ心底驚いた顔になる。

その顔をひたりと見据えて

「大体、桃がヘコむように見えんの? それで相方のオレのことは 上の空で、それでなんでダブルスなんかやろうって?
できるわけないじゃん! 大石がそんなんで!」

続けざまに言いたいことをを叩きつける。
だけど、それで気分が晴れるわけもなく。 もう一度大石をにらむと、黙って走る速度を上げる。
何も話したくなかったし、聞きたくなかった。
あぜんとした顔の大石が少しずつ後ろへ小さくなっていくのが 目の端に写る。

 

  ああ、こんなに怒ったのは今までの人生、絶対なかった。
  大石秀一郎のバカヤロウ。

 

 

 

大石サイド