カランド









そう、だ。と、彼女はふと思い立った。




「ねえ、太一?ねえ?」





そうだ。そう、そう。



「なんだよ」

の部屋で、彼女のベッドに寄り掛かりながら本棚に入っていた漫画を所持者に断わりもなく読む太一を、が呼ぶ。
漫画が自分よりも優位な立場にいることもそうだったが、とにかく最近の太一はに悪戯心を芽生えさせるような行動が多かった。
寧ろそれは太一が悪戯心を芽生えさせる行動をするというより、が一方的に嫉妬しているのだが。



「今何時?」
「知らねー」

パラ、とページを捲る。
その漫画対して面白くないのになんでそんな真剣に読むのかなあ。


「太一時計してるじゃん。わたしの部屋時計ないんだ」
「んー」

また、ページを捲る。

「腕時計もお母さんに貸しちゃってて今部屋にないの」
「んー」

見せ場にでも入ったのか、太一の返事は単調な物に変わった。
単調と言うか、なんというか。

「何時か見てよ」

答えはなし。

「たーいーちー」
休日に自分の家を訪ねて来たらその用件は「読みたい漫画がの家にあるから」。
それだけでもの機嫌を損ねていることを、知ってか知らずか、太一はまたページをめくる。

は行動を起こすことにした。
時間等本当はどうでもいい。けれど、ふと口から出たチャンスをみすみす逃す手はない。
はそう思いながら、立った。



「太一…」
少しだけ甘い声を出して、一歩もないくらいなところにいる太一に抱きつく。
むしろ、被い被さると言うか、はたまた転んだと言うのか。
とにかく太一に密着した。とりあえず、第一段階は成功のようだ。


「んー。ん?」

流石に漫画の上にが降って来ては、太一も状況に対処せざるを得ない。
そして、状況把握を試みる。

…。お前何してんだ?」

太一の漫画を読む片腕に抱きつき、そのままその腕を漫画から離そうとする。
が、離れない。

「ええい往生際の悪い奴め!」
がばあっと効果音のつきそうな程に、が本当にがばあっと太一の片腕を持ち上げる。
漫画を、太一から奪おうと。

「太一さん太一さん。ちょっとこの漫画わたしに貸してくれませんか」
「え?あ、ああ」
ちょっと違うかも知れないが、押しても駄目なら引いてみろ、だ。は太一の腕を放すと、土下座に近い格好になって太一に頼む。

「ほい」
太一から受け取った一冊の漫画を、は近くの本棚に戻す。


計画は、第二段階を超えた。



「太一…」
さっきと同じような、少し甘い声を出す。
顔は太一からは見えない。は本棚に漫画をいれたままの状態になっているのだから。
だが、とにかくその声に、太一はびくついた。

「な、何だよ…」
少しどもった声に、はにやりと笑った。しつこいようだが、顔は太一からは見えないのである。


「あのね、私ね…。太一がそうやってると、すごく心配なんだよ?太一、私の事嫌いになっちゃったんじゃないかなって…」
ぐし、と鼻水を啜る音もつける。呟き加減の声が、太一にはすごく効いているようだ。

「そっそんなこと…」
「じゃあ、なんで私が呼んでも答えてくれないの?私より漫画の方が大事なんだ?」
泣いた時に涙と鼻水でしゃべれないような、少しどもった感じの声を出す。
ちなみには演劇部所属だ。


…」

太一はすっくと立ち上がって、をぎゅうと抱き締める。

「その…ごめんな」

無言のままのに太一は心底ああやばいとか思っていたりするのだが全然やばくない。
自分の腕の中では笑いを堪えるのに必死なのである。


「ううん…。ごめんね、私も、我侭言って…」
太一の腕の中で、くるりと振り返り、太一の胸に顔を押し付けた。
流石に夏場は人の体温は暑苦しい。太一の首に、汗が浮き出ているのを見つけた。



そのまま、太一は力を強くして、を抱き締めた。



「太一って単純バカって言われない?」
つと、は呟く。その声は今までの声と全く質が違う地の声と言うか、いつもの彼女の声だ。

「っは…?」
勿論今までのは全て演技だったわけだが、そんなことを知る由もない太一は当然の反応を示す。


「演劇部って怖いわよねぇ…。そういえば私演劇部だったっけ…」
が遠回しに説明をして、太一はやっと状況を理解する。



はにやりと笑った。




「今度からは単純馬鹿太一と呼んであげよう」
「呼ぶな!」
「わーいヤマトくんに知らせてこよう!きっと喜んで呼ぶよ!単純馬鹿太一!」
「ギャーやめなさいバカ!」
「空ちゃんにも知らせなきゃ!きっとクスクス笑ってくれる!わーい空ちゃーん!」
「バカだ!バカがいる!でもやめてー!」
「光子郎さんにもだ!知らせてこなきゃ!大変大変!」
「オレの先輩の立場崩れちゃうからヤメテ!」
「じゃあタケルくん!タケルくん今行くよ!今まで尊敬してたお兄さんを単純馬鹿太一と!」
「ヤメテー!!」

「じゃああまりにも太一の立ち場が可哀想なのでやめるよ。やめた」

「えらく唐突でこれはこれでむかつくような気もするな…」
「じゃあ電話だ!母さん電話」
「キャー!ヤメテー!!」
「…なんか太一が本当に可哀想だ」
「うん…。もうやみて…」
「やみてだって!お母さん太一が」
「キャー!!」




「…お前らなにやってんだ?」

音もなく部屋のドアが開いたので見ると、そこには友人の石田ヤマト。

「わーいヤマトくん!あのねー太一がねー」
「キャーヤメテ!」
青白く叫ぶ太一と、面白そうに笑いながらからかう
喧嘩をしているのか、じゃれあっているのか。

「ごめん…。オレ太一がここにいるって聞いたから来たんだけど今までのオレの中の太一のイメージが著しく崩れ落ちそうな気がするから帰るよ…。お邪魔しました…」
ヤマトは一気にそう捲し立てると、キィ…とドアを小さく唸らせてドアを閉めた。
それから、廊下を歩く音が聞こえた。遠ざかっている。




「で?ほんとはどうなのよ」

玄関のドアが開き、閉まった音を合図に太一が口を開いた。

「何が?」
「あれは演技でも、言葉は本心だったのかって事」
「ああ…。本心であって欲しい?」
「まあ…多少は」

太一は頬を少し染めて、目線を逸らす。
「(なんだなんだこの反応は…。立場が逆な方がこういうものを読んでる読者様方にも優しいと思うが…)」
そんなことを思っても誰かが突っ込んでくれるわけでもなく、は頬を染める太一を気色悪そうに見る。

「太一気色悪っ」

酷いな…」
少しむっとするが、だからといって何をするわけでもなく、ただ座り込む。
そういうところがとても、好きだと思うのだ。

「で…。太一はどう思うよ?」
「そうだなあ…。の事だし嘘かな…」
「酷いね…」
へら、と笑ってみせた。酷い等本当は微塵も思っていないけれど、そう言えばきっと会話が続くだろうから。


「ちなみにね、本心だったりするのです。ちょっとだけ」

太一が驚愕したような顔をしたので、失礼だなと思う。
けれど、その顔もまた好きだと思うのでもうどうしようもないかも知れない。


「寂しかったよ」


少しだけ思いを告げればきっとまた笑っていられると思った。
何も言わなければきっとまた全てを抱え込んでしまうと思った。




「バカ…。最初からそう言え」



そしてまた、太一はを抱き締めた。
心地よい抱擁だったと思った。











(カランド…Calando-だんだん遅くしながらだんだん弱く、消えるように。(太陽などが沈むように) 「音楽用語Web辞典」様より  ちなみに夏休み夢増殖計画第一段です。Bが勝手にやってる計画。)









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