離眠







外には分厚い闇の幕が、中には薄暗いオレンジ色の照明が、ちいさく夜を告げていた。
あと十二時間も経てばこの寒い甲板の上も、太陽に照らされ汗が吹き出すほど暑くなるのだろう。
ただ今のこの気温からはそんなものは想像に難かった。

「寒い」

は毛布から出た鼻を寒さで真っ赤に染め、灰色の薄い毛布の中でもぞもぞと体勢を整えた。
いや、赤いのは寒さのせいだけじゃない、酒のせいもあるだろう。

酔っぱらっている。
いま。



「…ひーじょぅに、…ひぃっく、こーぅま、った、…っひぃく」

非常に困った、とたったその一文すらも独り言ではあるが上手く言えず、情けなさに涙すら出てきそうだった。
酔いはさきほどまでは非常に心地よい程度のものだったが、最後にうっかり飲んでしまった一杯がいまとなって強烈にきいてきたようだった。頭がガンガンしてくる。いつも見張りのときはメリーの頭にでも寄り掛かって毛布にくるまっているが、今はとても立っていられるような状態ではないので、しょうがなく座り込んでいた。



「さっけ、はのんでも、…ひぃっく、のーぅまれるなぁって…ひぃっ、ロー、ロがいー、ってた…ぃっく」

酒は飲んでも呑まれるなって、ロロが言ってた。

いつの間にか涙が流れ、垂れてきた洟を弱々しく啜った。
一人で船を守るのはつらい。ていうか、おかしい、わたしは、よわいのに、なんで、









なぜだか船番を任された。一晩船で過ごせばいいから、と。

皆は宿で眠っている頃だろう。やけになってロロが隠していた美味しそうな酒をあけて飲んだ。
もしもいま敵が攻めてきたとしても、私はこの船ひとつ、守りきれない。
なのになんで




「せーぇんちょぉ〜……」
揺れる声はむなしく夜に響くだけで、涙は赤い頬をつらつらと伝っていくだけだ。

「…なみちゃぁーん…」
聡明な航海士は、今は眠っているだろうか。洟がまた垂れてきたので、洟をかもうかと思ったがティッシュが見当たらなかった。

「さーぁんじ、さーぁん…ひっぃく、」
コックは、どうだろう、今夜は夜な夜な冷蔵庫を荒らすやつらと戦わないで済むから、落ち着いて眠っているだろうか。

「ろろぉー…」
剣士には怒られるだろう。テメェ、おれの酒をよくも、

「うそぉ〜ぉ…ぷ…」
鼻の長い彼には、君と同じくらい役にたちませんでした、と言ってやろうか。言うことになんの意味もないけれど。

「ちょぱぁ〜…」
ふさふさのトナカイもまた眠っているだろうか、暖かい彼は来てはくれないだろうか。



その次は、出てこなかった。恐ろしいあのひと。
名前を口にだすのすら、なぜだか恐ろしい。


それから三十秒も経った頃、


「あら…私の名前は呼んでくれないのね?」


後ろから、声が聴こえた。気配なんて物は、ゼロだった。



「ギャ、ギャギャギャギャー!…ひぃっく、ロ、ロビ、ロビロビ…」
「ロビロビなにを言ってるのかしらね…」

私には解らないわ、とでも言うように彼女は首を傾げた。図書館が丸まる八つくらいは入ってそうな頭、整った顔だち、妖しい、美人だけが纏えるような、そんなオーラを醸し出しているひと。
笑えば普通にかわいいし、話していれば面白いけれど、どうにも進んでコミュニケーションをとろうとは思えないひと。


「…ニコちゃん…」
「なにかしら?」

「…なんでいんの」

はまだひとくちは残っていた酒瓶を持って、ぐいと最後の一滴まで残さず飲んだ。明日の気持ち悪さがいまので何倍にも膨らんだだろうけれど、それでも格好つけにはなっただろう。



「あら、が寂しいかと思ってわざわざ来たのよ。それに誰か来たって、あなたしかいないんじゃ意味ないじゃない」



まったく全て、もっともだ。



「…それはそれは、わざわざどうも、お手を煩わせまして」



来てくれるのなら、宿の暖かい毛布を一枚でも持ってきてくれた方がありがたかった。
…などと口に出したら、「着いたら…が…」と泣かれて終わりだろう。甲板には私の変死体が転がっている。



「…寒いんで、毛布は自給でお願いします」

暖かそうなファーのついた白いコートを着たロビンに、は冷たくそう言った。
なるべく温かく聞こえるよう彼女は気を払ったが、言っている内容が冷たいものなのでそれはどうしようと冷たく聞こえた。


「私は毛布なんて要らないからいいわ、ありがとう」




まあ、にいっこり、と必要以上に笑ってみせる顔は、確かに可愛らしいとも言える。
他の人の前では美しい微笑だ。いや、あの、そんな、笑わないでいいと思いますよ、





「あの、ニコちゃん来たんなら、わたし眠いので寝たいんですけど」
「いいわよ、寝ましょう」



は?とは思った。顔にもこれでもかというくらい分かりやすく出ている。
ロビンは気にせず、の隣に来ると座り込み、美しく目を瞑り、三秒後にはスーと寝息をたてていた。




「…のび太だ!」




分厚い夜の幕にの声がむなしく響いても、夜があけるわけではなくて、ただ、それでもはロビンに寄り掛かり、薄い灰色の毛布をかけて、ゆっくり目を瞑った。













1106  隣眠の続編?のつもりがおかしいなあ。りみんと読んで下さい。
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