シャープペンシル








「なあ、。俺はたまに空を飛びたいと思う事がある」



「はあ?」



図書館の長方形の木製テーブルを挟み、彼女は向いに座るレイジに素頓狂な声を浴びせた。
レイジは暇そうに数学の教科書に頬杖をつき、分厚い本を読むを見つめていた。
図書館にはレイジとの座るテーブルの他にレイジ側に同じテーブルが四台並んでいた。
このテーブルは一番端のテーブルで、の座る席から2mも行くとまた本棚が並んでいる。



「おかしい」


素頓狂な声を発したが我を取り戻し、最初に言ったのはそれだった。
そんなことを言われて見すごせる程レイジは心が広くなかったし、出来た人間でもなかった。


「おかしいって酷いよなーいきなりなー」

細い銀色のシャープペンは数学の教科書の上で、レイジに見捨てられながらも鈍く光を放っている。
可哀想なシャープペンだなあ、とは思った。
そして、ぶつぶつと文句を流すレイジもまた可哀想な人だなあ、と思った。



「私だってそんな幻想抱くけれど。数学の勉強から逃避するために」
「そういうんじゃなくてー俺が言いたいのはー」


図書館はガラガラ、というほどではなかったが、人は少なかった。
8月31日、つまり夏休みの終わりの日に図書館へ来る人間など少なく、幼児は子供向けのコーナーへ行っているし、つまりは一般向けのコーナーは人が少なかった。
レイジのような宿題が終わらず最後のあがきとばかりに図書館へ来るような人間もいることにはいたが、それも二人だけだった。見たことのある顔だ。同学年の生徒だろう。




「何よ?」


じー、と、レイジはの顔を凝視する。
じー、と。


「いや、好きだなあ、と思って」


幸せそうに、レイジは微笑んだ。
はこの笑顔が好きだった。純粋に、心のそこから感じている幸福を、両腕いっぱいに受け止めているような、その笑みが、とても。滝のように押し寄せる幸福を、どうやって受け止めよう?
少し考えた後に、両腕をいっぱいに広げて受け止めるのだ。



同い年とは、とても思えないね。




は、思い、乾いた笑いを浮かべた。





レイジが返答を待っているようだったので、座り直して、ごほん、と咳払いした。

「嬉しい」


は、ゆっくりと微笑む。
レイジのようにはいかないかもしれないが、それが彼女の今の、精一杯だった。


は喉の奥で笑いを噛み殺して、それから言った。

「あんた馬鹿ね。私みたいなのに惚れるなんて」
いつまでも付きまとってあげる、と声のトーンに冗談を含ませながら、苦笑した。










「うん。それで俺は空を飛びたいんだ」

「私だって飛びたい、できるならね」


図書館の壁には、大きな窓があった。
はすぐ隣にあるその窓ガラスを通して空を見つめ、それから呆れたように笑った。



「ねえ、レイジ」

「ん?」

また数学の宿題に取りかかるレイジに、が声をかけた。
まだ空を見ていたから、レイジの手の中にある、シャープペンは見えなかった。








「あんた、おかしいわよ」

くくっと、喉の奥で笑いを噛み殺した。












最初のテーマは空飛ぶレイジ。
テーマ選びから間違ってます。






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