vesseloflove












名前を呼ぶ。
ただ呼ぶ。
それだけが一日の楽しみ。

「な、なに、戸岐くん」

名前を(っていうか名字だけど)呼ばれる。
ただそれだけ。
それだけが一日の始まり。


「キスしよー」

がんばって笑ってそう言って。



(なんて言うんだ君が明らかに嫌悪感を顔に出していると笑ってやり過ごしても本当は今すぐきそうなんだ
とか一度でも言っちゃったらこの関係ですら崩れちゃうしそれが嫌でどうしようもないから今日もこうやって
笑っているわけであってでもやっぱり辛いよなあとか)


「やだよやだよやめてよ怖いよ」


(彼女は男性恐怖症ってやつで俺を心底怖がるんだよブラザーそれって心底怖ぇ事だと思わない?)

両手を顔の前でブンブン振って近くにいたちっちゃい虫がゆらりと床に落ちた。





「怖くないからさ」


これじゃまるで軟派野郎。
街でロンリーな軟派野郎。


そんなのにだけはなりたくないんだ。
そんな悲しいのにだけはなりたくない。



(ほら合うってのが最低条件で絶対条件だからさ!)



「て、手つないでいい…?」

怯えて身を引きながら彼女はそっと白い手を差し出す。
雪みたい。でもどこか骨と皮だけみたいですこし心配になる。血管が浮き出ていて。


「いいよ、繋ごう」

がんばって最大級の笑顔くれてあげます。





繋がれた手はもう離さないって誓った後だから遅いのっ。


「冷たいよ、戸岐くんの手」
の手も冷たいよ」

ひんやりと冬に食べるアイスみたく冷えた彼女の右手を左手でしっかり握る。
絶対離さないってもう誓った後。


細かく震える手を震えないようにしっかり握る。
やっぱり怖いらしくて(それって最高に痛くて悲しいって知ってる?)
(一番好きな愛してる人だからこその感情だよ)



「手が冷たい人は心が暖かいらしいよ」
「そ、そうなんだ…」

手が引かれる。
きっと離したがっている。

「じゃあ、戸岐くんもだね…」

ハの字眉じゃなくて思いっきり笑ってさ。



「そうだね」

少しだけ影がついちゃったかもよ今の笑み。
いくら俺でもちょっと辛くなってくるって。








「な、なに」

体がびくりと反応する。
顔はどんどん青ざめていった。



怖いんだ。





そう思った瞬間俺の中の何かがガラガラと音をたてて崩れ去っていった。










「ごめんね」


離さないと神の前で両手合わせて誓ったのに、俺はするりとの手を抜け出した。


立ち上がって、どこかへ消え去りたい気分になった。





立ち上がった。



「戸岐くん…?」


そりゃあ困惑もするよなだっていきなりなんだもん。



だから、ごめんって謝ったんだ。
謝ったからって許されるって意味じゃないけどでも。


許さなくていいからさ謝らせて。
つーか許してくれるか彼女それを望んでたし?






ああくそ女々しいな。


考えだけがぐるぐるぐるとが混ざりあってく。




「ご、ごめんね」


ああまた俺傷つけちゃったのかな。
人に謝るのって怖いよな。
俺よりは怖くないのかな。
それも痛いな。



「怒ったよね、ごめんね」

彼女に背を向けてドアノブに手をかけて、もうこのまま飛び下り自殺でもしようかなとか。
見えないけれど彼女きっと項垂れて。



飛び下り自殺したら。







きっと怖いだろう。
加速していってでもきっとドラマみたくスローモーションに見えて。
全て壊れていく。



そして会えなくなる。





(それだけは怖いんです)




「怒ってないよ」

振り返って、頑張って笑った。



なんでここまで頑張って笑うんだって言ったらそりゃあ彼女のためで。
ちょっと前まで全くと言っていいほど愛想がなかった分、友達もいなかった。
そのせいで学んだこともあった。


愛想よくして頑張って笑えば向こうから勝手に寄ってくる。
そう覚えた俺は家の引っ越しと中学進学とともに変わることにした。







『どうも、戸岐航平です♪』







「ごめん」


へらへらと笑っているのはペルソナだ。
本当の俺は愛想よくなんてないし。









「(畜生)」


「戸岐くん怒ってるよ」


「怒ってないよ、には」


「…」


沈黙に力が抜けていって、へたりとの向いに座り込む。








「ごめんね」



ハの字眉で笑って、は静かに手を握って、そして離して出ていった。





















ああ俺は






なんて










情けない

















!」



(夢で叫んだことが現実に?それって叫んで目覚めたって事?)






扉の隙間から、青白い顔が僅かにのぞく。




ぱたん、と軽い音をたてて扉は閉まった。









急いでドアノブを回して、ドアを開ける。



俺と同じ黒い髪だけど俺とは質が違う黒い髪。






手を伸ばして、後ろから抱きしめた。




…」


もしかしたら消えそうな声で呟いて、腕に力を込める。


震えている俺よりもずっと小さな肩。
怯えている。
怖がっている。




…」


もう一回名前を呼んで、首に顔を埋めた。






「怖い?俺の事…」

色をつけるとしたら薄い灰色、そんな声を喉の奥から絞り出して、小さく訊ねる。






彼女の肩はまだ震えていて、彼女を閉じ込める俺の腕にそっと触れた右手も震えていた。
青白い手。

浮き出た、血管。





は首を振る。




「怖く、ないよ、戸岐、くん」





廊下の窓が目に入る。

薄く笑んでいる彼女の横顔が、見える。





(怖いよ愚かだよ俺ってなんて無力)




「平気、だから」


唇もかたかたと震えていたけれど、




それでも。






口は薄く微笑みの形。




(どうしよう嬉しすぎるよハの字眉じゃないんだよ!)





「ありがとう」









(情けないな泣いてる俺)






浮き出た血管に、そっと触れる。


びくっと肩が反応する。


「細いよ、の手」




枝のような指は枝のようにいつしか枯れてゆくだろうし、筒のような細い腕もいつか針のようになってしまうのだろう。








「愛してる」








泣きながらの証明をどうか受け止めて下さい。








浮き出た血管を撫でながら俺はそんなことを思っていた。















ウワー。
Q.誰ですかあなた。
A.戸岐航平です!(にっこり)
エセ戸岐ですみません…。







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