夕餉の前の彼ら











ロビンは名前を呼んだ。けれど返事は聞こえない。顔を上げると、寝息をたてているが目に入った。
いつ眠ったのだろう。安らかな寝顔。
読書に耽るあまり、気がつかなかったようだ。

コーヒーを煎れてきてもらおうかと思っていたのだが、眠っているのならばしょうがない。栞をページに挟もうかと手に取るが、すぐに戻ってくればいいかと本を開きベッドに伏せ、ロビンは立った。サンジのコーヒーをブラックで飲もうと思った。




「あら…」
思わず声を出してしまうほど、ロビンの想像と外は異なっていた。きっと今は遅くても夕暮れ時だろうと考えていたのだが、真っ暗な闇に包まれた船体は海を進んでいる。いびつな丸い月が夜空にぽつんと浮かび、その光を海が反射している。
「あれ、ロビンちゃん。は?」
「大変ね、夕餉の支度?は眠っちゃったみたい」

くすりと、目の前で忙しく調味料をまぜるサンジに笑いかける。キッチンは、バジルの香りがした。備え付けられた棚には、サンジが揃えたありとあらゆる調味料が所狭しと並んでいた。そこから目当てのものが入った小瓶をラベルで探し、彼は大きな鍋に調味料を入れていく。

「ごめんなさい、コーヒーあるかしら」
「ああ、さっき煎れたやつでよければそこに」
開襟シャツから覗くぽっかりと浮き出た鎖骨に汗を浮かばせ、サンジは微笑んだ。煙草をくわえている。緩んだネクタイと、ズボンの色は同じだった。

「ありがとう、私も何か手伝いましょうか?」
「いやあ、とんでもない。ロビンちゃんは休んでて」
サンジはにっこりと笑った。紳士的というのか、普段は女たらしだがその分女性には優しい。ロビンはサンジのこういうところが海賊向きではないと常々思っていたが、いざ自分が対応されるとやはり優しい気持ちになるものである。自然と笑顔が浮かんでくる。この船の柔らかな、けれど輪郭のはっきりとした雰囲気に包まれると、どうにも人格が変わってしまったような気がするのだ。



冷たい風が吹き込んでくるのと同時に、人の足音がした。それはロビンの背後で止まる。
軽い足音はだろう。眠いせいか、少し足を引き摺っているようだ。

「ん…サンジさあん、うどんとかないですか…?」
「おはようちゃん、いい夢見れた?」
「はい…サンジさん出てきましたよ」
そりゃよかった、と彼は言った。
目の前で料理をつくる彼は振り返り、にロビンに向けるものとは違う、幼児に話しかけるときのような優しい笑顔を向けている。この船では、ナミとロビンは彼の女性という意識に入っていても、はその視野に入っていないようなのだ。ある種複雑な気分である。

「うどん食べたい…サンジさんつくって」
「お昼のならそこの鍋にはいってるけど、もうできるから待ってて」
「はあい…」

寝ぼけ眼のまま、欠伸の混ざった声をあげは食器棚からカップをひとつとり、ロビンの隣にちょこんと腰をおろした。
「えへへ…ロビンさん、毛布かけてくれたでしょう…暖かかったです」
「ええ…でも気がつかなかったから、かけたのはさっきよ?風邪とか曳いてないといいんだけど」
「大丈夫ですー、船長とかほどじゃないけど、私からだ丈夫なので」

ティーポットからお茶を注ぎ、はカップに口をつけた。そのポットに入っているのはジャスミンティーだと昼間サンジが言っていたのを思い出す。けれど、たしかはあまりそれを好まないと言っていた。


「うえ、ジャスミン茶だわ…」
「昼間コックさんが言ってたじゃない」

ロビンがくすくすと笑うと、は冗談ぽく眉を顰めロビンを睨んだ。
「私のコーヒーと交換してあげましょうか?」
「いいです…ロビンさん甘党だから」
「あら、これブラックよ」

いつもロビンはコーヒーに角砂糖を八個にミルクをドバドバといれる。その激甘コーヒーを一日三杯は飲むのに、ちっともスタイルの変わらないロビンに、実はは軽い嫉妬を感じていた。
「最近顔丸くなってきたから砂糖控えてるんです」
「そんなの気にしてるから肉つくのよ」
「ウッ…ロ、ロビンさんにはわからないですよ、そんなスタイルしてて」

女同士の会話に、台所に立つサンジが内心どぎまぎとしているのを知ってか知らずか、たぶんは覚えていないが、ロビンはきっちりと覚えている。ジャスミンティーを無理して飲むのカップの中身は、全く減らなかった。ちびちびと雀のように飲んでいるからだろう。
「ありがとう、褒め言葉として受け取っておくわ」
「…なんだかなあ」
「うーん。好き嫌いはないけど、私甘いものが好きだから、食べたら食べたぶん運動してるの。肥満はからだによくないでしょう」
「ひ、肥満って言わないで下さい…明日からそれタブーです」
「明日からってことは、今ならいいわけね?」
「…。ごめんなさい、前言撤回させて下さい。三分後からタブーです」
「じゃあ三分経つ前にこの話を終わらせましょう」

サンジがコンロの前を離れ、冷蔵庫を開ける。鍵付き冷蔵庫をナミに願うが、その願いは未だ叶えられていないのだ。

は痩せっぽちで細いんだから、ちゃんと食べなきゃだめよ。あんまり糖分も採らないんだから」
「採ってますよ。サンジさんがおやつつくってくれるもの」
「おやつってデザートのことかしら」
「…お上品ですね」

軽い皮肉のこもった言葉に、ロビンは苦笑する。全くはかわいらしい、チョッパーのような少女だ。

「あ、三分経ちました。サンジさんご飯」
「お菓子つくったからそれ食べて待ってて」
「だめですお菓子はデザートです」
の言葉に、ロビンはくすくすと笑った。


「あーもうお腹減ったなあ。今日の献立なんですか?」
「トリトマト」
「あーそれいいですね、聞いたら更にお腹減った。できたら教えて下さい。私ちょっと調べもの」
そう言っては立ち上がる。カップにはまだ、半分以上ジャスミンティーが残っていた。

、最後まで飲まないと勿体無いお化けがでるわよ」
「うわロビンさん信じてるんですか?幼稚ー」
「私昔会ったことあるもの」
「あ、おれも会ったことある」
サンジが急いで話に参加する。ロビンの向いに座り、頬杖をつく。
勿体無いお化け。
ご飯を残すと夜出てくるという噂のお化け。

「サンジさんはいいんです」
「よくないよおれ料理人」
「…」
「調べ物は夕飯のあとね」
へらへらとなぜだかサンジは笑っていた。

、これ残す?」
「ごめん残す…」
「じゃあ貰う」
「…私リップクリームぬって飲んでたけど」
が言い終わる前に、サンジはくいっとカップの残りを飲み干す。冗談ぽく手を合わせると、また立ち上がった。

「も、できるよ」

にっこりとサンジは笑う。向かって右側が隠れている、整った顔は確かに女性にモテる顔かも知れない。

「あーなんか料理人て格好いいなあ。サンジさんて割烹着とか着ないの?」
「面倒臭いからね、おれは着ないの。エプロンだけじゃ衛生的にだめかね?」
「いやいいと思うよ、いやいいよ、いい。洗濯物増やされちゃたまったもんじゃない…」

洗濯、掃除、本の整理、買い出しのメモ、その他雑用はの仕事である。洗濯物はナミを覗けば馬鹿みたいに少ないのだが、彼女がこれまた馬鹿みたいに服を次から次へと洗濯に出すので、洗濯だけでも一苦労なのである。

「さて…」
「あれロビンさんどこ行くの?」
「本を読みかけで、ベッドに伏せてきてあるの。クセがついちゃうと嫌だから栞を挟んでくるわ」
「ああ、わかった。いってらっしゃい」
「行ってきます」

些細な挨拶に、ロビンは実は癒されている。ついこの間まではなかった、自分になかったもの。
微笑みながら、彼女は女部屋へと足を進めた。



キッチンにはサンジとの二人が残された。部屋の中はトリトマトの芳ばしい香りでいっぱいである。
は鼻をひくひくとさせ、香りを嗅ぐ。外で眠ってしまっているルフィたちにもすぐに届くことだろう。


「あ、ご飯できたよ」

またサンジは微笑み、ロビンが戻ってきた。
騒がしい夕餉の前の、静かな楽しみである。

















どうも私はサンジとロビンのコンビが好きみたいです。CPとかじゃなくて。
夕飯トリトマトはわたくしBを意識して読んで下さい(嫌)




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