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東京に住む自閉症(男の子 4歳)の母です。二歳児検診の時自閉傾向があると言われ、その後病院の心理相談を受け3歳で自閉症と言われとても落ち込みました。少しは覚悟していましたが、やっぱりショックは大きくて家事をしながらも頭から離れませんでした。診察を受けてからもう1年ですがあっという間に過ぎてしまいました。最初は何処に行けば良いのかも分からず夫がパソコンでいろいろ検索して、それをプリンターで出してくれて夫婦で読みました。そのうち、本なども目を通しましたがそちらは、専門用語とか多いのと子供の世話であまり読んでいません。でも、パソコンで同じ境遇の人がいっぱいいるんだーそれに最初はどうしたらいいのか皆も大変だった(今も大変でしょうけれど)んだと分かってきてとても気持ちが楽になりました。今は幼稚園がいいか専門の施設のどちらにするか夫婦で考え中です。とても大変な毎日ですが肩の力を抜いていきたいと思います。家族は3人暮らしの核家族なので将来のことを思って不安になる時もありますが、あまり先のことばかり考えても難しくて困ってしまいます。**の療育センターでお母さん達との出会いもあって私のお友達もできました。いろいろ教えてもらってなんだか時間が過ぎるのが早く感じるので前よりは気持ちも落ち着いているのかなと思います。子供の障害を知って悩んでいるお母さんが沢山いると思ってメールさせていただきました。それでは。
関東在住です。自閉傾向から自閉症と言われて、もう5年がすぎました。息子も9歳(大将君と同じですね)になりました。これから青年期をむかえると問題行動があると聞いています。正直なところ、今でもこだわりは強い方で苦労の連続ですが、慣れというのは怖いもので外出していて突拍子もない行動をしても親の私はあまりびっくりせず、周囲の人達が引いているということがあります。そんな時に我に帰って自分の息子は障害があるんだったと思い知らされます。苦労だけではなくて、笑えてしまうこともあります。例えばデパートの地下にある試食のコーナーなどに連れて行くと、好きなハムを5個も6個も食べてしまっていたり、お店の方には申し訳ありませんが「気にしないで食べて頂戴」などと言われるとホッしたり。結局そこで買った試食した食材を家で出すと食べなかったり、笑うしかありません。結局、試食のその食べ物ではないといけないようです。最近はパニックも多くなってきたように感じます。外出していて困るのはこだわりもそうですが、パニックの方が大変です。(私の息子の場合ですが)特に自動車を運転している時に突然泣きだして大きな奇声を上げられると、またかと路肩に停車してなだめたりいろいろです。渋滞が嫌いで自動車がのろのろ運転だとほぼパニックを起します。この子を授かったのもなにかの宿命と思えてくるようになりました。大変な毎日ですが適当に振り回され、疲れたら無理をせずショートステイをお願いするようにしました。私はこれといった趣味がありませんが、できることなら一日ゆっくり何も考えないで寝てみたいです。ちょっと贅沢かもしれませんが本音です。それではこの辺で。
弟は自閉症(041023・新規)
世間で自閉症に関する理解がほとんど無いことに怒りを感じます。障害者学級がない学校では自閉症児は健常者と同じ教室に入れられ、いじめの対象になっています。障害者学級がある学校でも、素人が障害者学級の担当になっていて障害者を放置している場合がほとんどです。なので、まったく役に立ちません。
また、人とお互いを罵りあう時に『障害』ということばを使う輩が普通に存在します。奴らはどのようにして障害という言葉を知るのでしょうか。自分より劣っているものの総称とでも思っているようです。

僕と弟は2つ歳が違います。小学3年生の頃、弟が小学校に入学しました。そのとき、通っていた学校はただでかいだけで障害者学級がなかったため、別の学校に転校しました。ついでに家も引っ越しました。新しい家に住み始めると、毎晩弟が「帰ろう」みたいな顔で玄関につれてくるので困りました。そして僕は転校、弟は同じ学校に入学。障害者学級へ。僕は新しい学校でクラスメートに転校してきた理由を執拗に聞かれ、不覚にも弟の障害が理由、と事実を答えました。そしたら毎日のように障害とは何か、自閉症とは何かと聞かれるように。その時は、みんな頭が悪くて何度聞いても忘れるのか・・・と思っていましたがだんだん、イヤガラセであることをさとりました。しかし、友達が何人かでき、家に来ました。でも弟を見るなり嫌な顔をし、罵倒しはじめる始末でした。その後家から追い出し、自分から絶交しました。
しかし一人、弟を迷惑がらなかったのがいました。それが今の数少ない友人です。しかし、中卒後、料理専門学校へ行くそうなので別れることになりそう。それ以来僕は秘密主義になりました。家族とその友人以外には表情も読ませず、心も開きません。その頃、障害者と家族は差別を受けるのだな、と思い始めました。しかしいい事がありました。弟へのみんなの悪口にブツブツと反論を唱えているうちに、何か言われても言い返せるようになりました。うん。よかった。弟は現在小学5年生。卒業後、養護学校へ行かせるか、それとも僕が通う中学校に行くか今からすでに検討中です。う〜ん、どっちがいいんでしょう。

さて、ちょっと話を変えて、ドラマ「光とともに」を評価しようと思います。原作からこの作品は読んでいました。テレビ放送が決まった時にはやったーやったー!!これで差別がなくなるぞ〜というかんじで大げさに喜びました。しかし、その期待のメッキははがれました。作品がよくできているのに、世間の評価と視聴率が低い。そう。よく考えれば自閉症児を差別する輩はその自閉症児が主人公の番組など最初から見ないんです。だから差別がなくならないんです。そのときは絶望でした。差別主義者には何をやってもわからないんだなあと。それに、見てくれた人も「終わり方が・・・」などと批評するだけ。単なるドラマとしか見ていないんです。これをもとに自閉症について考えようだとか、そういう発展はないようです。「ああ、おもしろかった」あるいは、「う〜んいまいち」で終わってそれっきりのようです。自閉症に関して正しい知識を持っている人はほとんどいません。いまだに親の子育てが原因と思っている時代錯誤の人も多くいます。そういう人がいるのも親の子育てが原因だったり(笑)弟と町を歩いていて弟が奇声をあげたり、だっこを要求すると人は軽蔑の目、または哀れむような目で見てきます。学者でも、精神安定剤を自閉症児に打てだとかトンデモ論を唱えている人がいます。ちょっと前、自閉症は親の子育てが原因だとおもっている人の講演があったようです。良識ある偉大な(褒めすぎ)学者さまは「ナニ?そんな輩の存在が知れたら日本の恥だ!!」と言っているらしいです。その言葉をそいつに直接いってやって欲しいです。そんな学者がいるなんてショックでしたよ・・・
どうしょうもない世の中ですが、鳥ではないので飛んで逃げるわけには行かない。