大祐へ 茜へ 私の信頼するさる方から、「このままいく と坂元祐一の寿命はあと2年で尽きる」とい うお話があった。私は実は、6年前に脳梗塞 で倒れ左半身麻痺となった。幸いにしてリ ハビリのおかげで、日常の動作にはなんと か不自由のないところまでは回復できた が、この手の病気の再発の可能性はかなり 高いものらしい。私の父、母、すなわち君 たちの祖父は癌で53歳、祖母は心筋梗塞で 42歳で病死したことを思えば、生活習慣病 といわれる病気で早死にをするという傾向 のDNAが私にも流れているのだろう。もしか したら君たちにも同じような傾向がないと もいえない。 私自身の入院中とリハビリ中の体験をもと に、食生活を中心に気をつけたほうがよい と思われる点をいくつか記しておく。いつ か君たちが自分自身の健康と君たちの子供 の健康を考える時に、何かの役にたつかも しれない。 《食生活》 ●インスタント食品、ファーストフードは 最小限にとどめよう。 ●古い油は避けよう。 外食の場合は揚げ物などはなるべく避けた 方がいい。 ●水、可能なら水道水は避けよう。少なく とも蛇口から出てきた生水を飲むのはやめ よう。 一晩さらす。日光にあてる。木炭で浄化す るなどの対応をとろう。 市販の浄水器はを過信するのはやめよう。 ●選べるなら、なるべく国産の旬の新鮮な 食材を選ぼう。 「身土不二(しんどふじ)」という考え方 がある。「季節毎の旬のもの、自分の住ん でいる土地のものを食べよう」という考え 方で、理にかなっていると思う。「医食同 源」という言葉はおなじみだと思う。 ●同じものは続けて食べないようにしよ う。 なるべくバリエーションに富んだメニュー を考えよう。 常食してもよいと思われるものは「胚芽 米・麦・五穀米」「納豆」「豆腐」「海草 類」「梅干し」 「根菜類」「全粒パン」等 ●肉よりは魚を多くとろう。 ●塩は精製塩をさけて自然塩をつかおう。 醤油、味噌も同様に自然塩のものが好まし い。 「株式会社やずや」という会社のものがい いようです。 福岡市南区大楠1-34-16 0120-377-377 http//www.yazuya.com ●野菜は煮物を中心に多くとろう。 ●酒を飲むなら、良い酒を少々嗜もう。 《抗酸化食品》 ●病気の多くの原因といわれる「活性酸 素」を抑える働きのあるもの 日本茶(抹茶・ほうじ茶・緑茶 いずれも 新鮮なものに限る) 黒ゴマ(新鮮なものをすりつぶして) 納豆 赤ワイン その他 SOD食品として色々あるが比較的高 価格である。 《サプリメント》常用 低価格 普段の食事だけでは補いにくいものはサプ リメントを使おう。 ●クエン酸  これは「クエン酸サイクル」というあらゆ る食品のエネルギー化の働きを促すもの で、「梅干し」「レモン」からもとれる が、「つかれ酢」が手軽で低価格でオスス メ。 ●アミノ酸 最近脚光を浴びているサプリの一つ。 人間の体を構成しているタンパク質を最終 的に分解するとアミノ酸になる。 逆にいうとアミノ酸を摂取することによっ てタンパク質を生成し体脂肪のつきにくい 体になる。 ●ビタミンC  ビタミンE (天然もの) ビタミンA . (何れも抗酸化力が強 い) 《サプリメント》ここ一番 少々高い! ●ミミズ酵素 ●胎盤エキス ●SOD食 品 《歯について》 歯が弱いという傾向もあるようだ。 最近知った歯周病対策でのおすすめは「乳 酸菌で歯を磨く」こと。整腸剤「わかも と」「ビオフェルミン」など、または「無 糖ヨーグルト」で歯を磨く。あるいは随時 口に含ませる。これは安価でかつ効果があ る。 《食生活 総括》 「体にいい食べ物」「体に悪い食べ物」と いう考え方も確かにある。そして実際その ような食べ物もあうだろう。 しかし私が今思うのは、「何を食べたか」 ということよりも「どのような気持ちで食 べたか」の方が影響は大きいということ だ。さらに「どのような気持ちで作られた 食べ物であるか」ということにも大切だ。 「想い」「気持ち」が「肉体」に及ぼす影 響、これは普通に想像するよりはるかに大 きいようだ。 サンマーク社から出版された本に「水は答 えを知っている」という本がある。 これによると「ありがとう」という言葉を かけた水と「ばかやろう」という言葉をか けた水の結晶が全くちがうものになった、 という実験結果が写真によって確認でき る。「ありがとう」という言葉をかけた水 はきれいな六角形の結晶になっている。興 味深いのは、日本語でも英語dも中国語で も同じような結果がでるということ。すな わち言葉になる以前の「想い」の世界を映 し出していると考えられる。 また、アメリカの「エルマー・ゲイツの実 験」というのも興味深い。 零下217度に冷却したガラス管に人間の息を 吹き込んでその色を見る、というものだ。 失望した時は灰色に、怒った時は赤色に凄 まじい憤怒の時は毒々しい栗色になるそう だ。 もちろんこのようなことだけで「想い」 「気持ち」が及ぼす影響を結論付けするこ とはできないが、 大いに参考になると思う。また多くの宗教 が説いていること、多くの思想家、論客が 述べている中にも同様の結論が導かれてい る例は少なくない。 参考になった書籍をいくつか挙げてみよう 「運命を拓く」中村天風 講談社 「私はできる」Bスイートランド 三笠書房 「陰しつ録を読む」 安岡正篤 致知出版 「大天運」深見東州 たちばな出版 その他  謝 世輝やマーフィーの著書 等々 「孟子」の「養気章」に出てくる「浩然の 気を養う」はよく知られた言葉だ。 《生活全般》 ●早寝 早起き なるべくその日の内に寝 よう。 ●朝は日の出前に起きて軽く散歩などをす ると気持ちの良い一日を送れる。 そして朝日を見て、深呼吸をすると大変に 清々しい。 ●呼吸については「腹式呼吸」「丹田呼 吸」を心がけよう。 ●朝日を見ることの効果 「七田真 右脳開発」「仏教」「気功」 ●一ヶ月に一度くらい「半日断食」「一日 断食」をやってみよう。それ以上の断食は 専門家の基で行わないと危険だ。 ●睡眠前3時間程度は食べない方がいいよう だ。 ●真向法は、安岡正篤・渡部章一など多く の人が実践している健康法だ。 ●また瞑想も多くの人が取り入れている ね。 以上のようなことを続けることができれば 生活習慣病とは縁の少ない人生を送れるの ではないかと思う。私ももう少し早くこの ようなことに気がついていればよかったん だろうと思う。今はなるべく上記のような 生活が送れるように努めている。 ここでひとつ覚えておいて欲しいことがあ る。 「人は病気や事故で死ぬのではない」とい うことだ。じゃあ何故死ぬのか?「寿命が 無くなるから死ぬ」のだ。 寿命がなくなれば、どんなに健康に気遣っ ていて最高の健康状態にあったとしても、 どんな名医のもとで治療に専念しても、事 故に遭わないように家の中にじっとしてい たとしても「何らかの方法」で死んでしま う。 最終的なきっかけが「病気」であったり 「事故」であったりするわけだね。 ここから先は少し抹香臭い部分もでてくる ので、興味がなければ読み飛ばしてもいい と思う。いつか思い出したら読んでくれた らいい。 「自分」ってなんなんだろう?「生き る」ってなんなんだろう?「死ぬ」ってな んなんだろう? などについて考えることがあると思う。そ の答えを得ようとして思索を重ねたり、友 達と話しをしたり、本を読んだり、人の話 を聞いたりということもきっとあることだ ろう。 自分が死ぬということは、直面しないと真 剣には考えにくいことだと思う。少なくと も私は真剣に考えていなかったんだろうと 思う。本当に真剣に考えていればもう少し 違った生き方を選択してきたかも知れな い。 本来、自分がいつ死ぬかなんてことはおよ そ普通の人にはわからない。 ところが戦争などという非常事態以外の時 だと、重病で「余命○○月」などという宣 告を受けないかぎり自分はいつまでも生き ていると思いがちなのが凡夫というものだ ろう。 私自身を振り返ってみると、いくら酒を飲 もうが、いくらタバコを吸おうが、どんな 無理なスケジュールをこなそうが、大きな 病気はしなかったし、まして自分が死ぬな んてことは思いもよらなかったことだ。し かし脳梗塞を体験し、麻痺した体をもてあ ましたり、情緒がコントロールできない状 態を体験してみると、さすがに少しは自分 の死について考えさせられたものだ。 人は何のために生まれてきて死んでいくの か? どのように生きるのがいいのか? 自分のこれまでの生き様は正しかったの か? そもそも正しい生き方というものがあるの か? 父や母の死を通して同様のことを考えた時 期もあったが、如何せん真剣味がたりな かった。 我が身にふりかかってきて始めて事の重大 さを知る、といったところだろうか。 とまれこのような内容に答えてくれそうな のは、生死を乗り越えたところで生き貫い てきた人たちの言葉であり、歴史に残る人 物達の生き様や言葉などだ。その中には宗 教的理念に基づくものも少なくない。 儒教の多くは、人間社会における人間関係 の結び方やものの考え方について多くを教 えてくれる。 仏教からは、因果の法則、輪廻転生、意識 の世界を学ぶことができる。キリスト教の 持ち味は博愛の精神だろうか。神道はこれ らのものを全て包含・融合し、さらに大自 然の営み、大宇宙の法則に従って私たちが 生かされていることを示唆してくれる。こ れらの宗教的な内容は、宗教の原典に帰る よりもその理念を理解し、実践した人、研 究した人の本を読んだほうがわかりやす かったように思う。例えば、安岡正篤 渡 部章一 谷沢永一あたりの著書。 本来なら古文や漢文の原典が読めたほうが 良いのだろが、如何せんそのような勉強は していなかったので現代誤訳されたものし か読むことができない。 歴史から学べることも多い。 特に時代の節目に現れた人物についていく つかの角度から調べていくというのはなか なか興味深い。日本だと、聖徳太子の時 代、源頼朝の時代〜南北朝時代、室町後期 〜江戸初期、江戸後期〜明治維新のあたり の人物だろうか。 中国のものは十八史略を見ると概要がつか める。三国志は外せないだろうね。 まあ、このような読書を通じて今思うこと は、あと何年生きようが、何時間生きよう が、「今」という瞬間をもっともっと真剣 に生きようということだ。50代に突入しよ うとする今思い返せば、子供のころから20 代、30代、40代それぞれに自分なりに一生 懸命にやってはきたけど、一貫して貫いて きたものがなかったなぁと言う反省があ る。 生きていく上においての「明確な目的」を 持ち、必要に応じて「目標」を定め、その 目標をクリヤーするために「日々の勉強や 工夫」を行い、「目的達成を目指して」瞬 間、瞬間を生きてこれればさらによい人生 であったろうな、と思う。だから今は「こ れまで49年間でできなかったこと、足りな かったことを足していく」という「目的」 をを定め、「読書」「音楽」「仕事」など を通しての勉強をそれぞれに目標を定め て、日々その達成を楽しむようにしてい る。しばらく音楽から遠ざかっていたけ ど、何らかの形で音楽活動も再開させる。 とりあえずはこじんまりしたコンサートで もやってみようかと思っている。そのため にはピアノがある程度弾けるようなリハビ リが必要だ。 私自分が、父や母の亡くなった年齢を通過 し、あるいは近づいた今、このような話を 両親とほとんどしていなかったことを大変 残念に思う。自分の父が、母が、何をどの ように考えて生きていたのかなーんにも知 らないというのも寂しいものだ。せめて何 か書き記したものでもあれば読み返すこと も出来ただろうに、と思う。先祖のことも ほとんど何もわからない状態だからね。 もし君たちの目的や目標や読書などについ て語り合える時間が持てたらそれは素晴ら しいことだと思う。 少なくとも君たちと、君たちの子供達とは そのような時間を持って欲しいと願う。 読書全般 ジョン・トッド 渡部章一 訳  「自分 を鍛える」 「人間学の勘どころ」谷沢永一 徳間書店 「武士道」新渡戸稲造 三笠書房 「歴史の読み方 人間の読み方」谷沢永一  光文社 大学  大学の道は明徳を明らかにするに在り。  民に親しむに在り。  至善に止まるに在り。  止まるを知りて而る后に定まるあり  定まりて而る后に能く静かなり。  静かにして而る后に能く安し。  安くして而る后に能く慮る。  慮りて而る后に能く得。  物に本末あり。事に終始あり。  先後する所を知れば則ち道に近し。  古の明徳を天下に明らかにせんと  欲する者は、先づ其の国を治む。  其の国を治めんと欲する者は  先づ其の家を齊ふ。  其の家を齊へんと欲する者は、  先づ其の身を脩む。  其の身を脩めんと欲する者は、  先づ其の心を正しうす  其の心を正しうせんと欲する者は、  先づ其の意を誠にす。  其の意を誠にせんと欲する者は、  先ず其の知を致す。  知を致すは物に格るに在り。  物格りて而る后に知至る  知至りて而る后に意誠なり。  意誠にして而る后に心正し、  心正しうし て而る后に身脩まる。  身脩まりて而る后に家齊ふ。  家齊ひて而る后に国治まる。  国治りて而る后に天下平らかなり。  天子より以て庶人に至るまで、  壱是に皆身を脩むるを以て本と爲す。  其の本乱れて末治まる者は否らず。  其の厚くする所の者薄くして、  其の簿くする所の者厚きは未だこれ  有らざるなり。  此れを本を知ると謂ふ。  此れを知の至りと謂ふなり [1]古典言行録-人其の銅臭を嫌うのみ。 [2]古典読み下し文-勝を好む者は必ず争い、 [3]古典漢文-好 勝者必争、 [4]陰陽(易経)思考法-パーキンソンの法則と固定費と予算 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 [1]古典言行録 人(ひと)其(そ)の銅臭(どうしゅう)を嫌(きら)うのみ。 人嫌其銅臭耳。 (十八史略) 簡訳: 世間の人は金銭欲が強く、銭臭さを嫌っている。 [2]古典読み下し文 省心録(せいしんろく) ー 北宋の林逋(りんぽ) 勝(しょう)を好(この)む者は必ず争い、 勇(ゆう)を貪(むさぼ)る者は必ず辱(はずかし)めらる。 [3]古典漢文 省心録 ー 北宋 林逋 好 勝者必争、 貪 勇者必辱。 [4] 陰陽(易経)思考法−パーキンソンの法則と固定費と予算 パーキンソンの法則 第一法則 組織は一度成立すると、仕事の有無、大小とは関係なく肥大化する 第二法則 政府の組織というものはお金は入っただけ、必ず使い切る。 個人及び一般会社はいかに固定費を低くして利益をあげるかに努力し  て仕事をしている。 国、県、市の公官庁省は仕事の有るか無いかは関  係無しに組織は肥大化して予算は莫大となり其の予算は必ず使い切る 省庁が善としている。  その常識は世間から見ると非常識であり其の非常識が罷り通りその莫  大な税から国の大動脈である金融関係、大建設関係、大医療関係、何  に使われているか不明の海外援助に流され毛細血管である民間には  余り流れてこない国の体制となっている。 国を身体と譬えると動脈には多くの血が流れ、表面である肌や手足の  毛細血管には血液が流さないで大いに動けと言っているに等しい。 この予算を必ず使い切る習性を持った人間が天下りして民間の会社に 上層部として入れば必ず悪影響を及ぼすことが必定であり倒産の陰に  は必ずこの無能な秀才知識人が見え隠れしている。 その代表的職種が金融関係でありこの無能秀才人が動脈から毛細血管 に血を止めている人種である。 考えてみると多くの人から借金をして少数の他人に貸す職業で余剰金 のある人には定期預金をねだり、定期預金がある人には金を借りてく  れとしつっこく頼み込むだけの仕事が金融業と心得ていて”雨が降って  傘を持っている人には傘を喜んで貸し、傘を持たない人間には全く 見向きもしない職業こそ銀行である。 マキャベリーの言葉に”落ちぶれた友人は捨てよ”とある、落ちぶれた銀  行は見捨てるという戦略を国より突きつけられている。   父、母を失った折りに私が思ったことや自 分の病気、特にリハビリの課程において覚 えたことなどを書き記しておこうと思う。 君たちにとっていつか何かの役にたつと嬉 しいな。 人はなんのために生まれてくるのか?生と はなにか? 死とはなにか? 君たちもこんなことを考えたことがきっと あることだろう。 私も両親の死を通して随分と考えたもの だ。(はずだった) そして、自分の死期を伝えられた今、自分 なりの答えを得ることができた。 人はなんのために生まれてくるのか、 それは「役にたつために生まれてくる」 いくつかの宗教では「魂を磨くために生ま れてくる」「罪のつぐないのために生まれ てくる」 「幸せになるために生まれてくる」などと いわれているが、あまりピンとはこない。 世のため、人のために役立つために生まれ てくる、さまざまな役割を帯びて生まれて きて役割が終われば死んでいく。これが私 にはぴったり落ち着く考え方だ。 もちろん役にたちかたは百人百葉だ。英雄 や賢人だけが役にたっているわけではな い。 だから人は病気や事故で死ぬのではなく、 役割が終わるから死ぬのだ。 その役割がなんであるか生きている間に明 確に自覚できる人もいれば死後数百年たっ てやっと歴史を通じてわかる場合もあるだ ろう。 善悪正邪にしてもその判断基準によって評 価はまるでちがったものになりうる。 へたに命乞いをして寿命を延ばそうという 考え方ではなく、与えられた「生」の時間 を十分に生き抜こうと思う。その結果「世 の役に立つ」となればさらなる寿命は授か るだろう。 母の死、それは本当に突然のできごとで あった。 私が高校一年生の時、朝、弁当を作って私 と姉を学校に送り出してくれた母だった が、夕方、学校に「すぐに家に帰りなさ い」という電話を受けて訳もわからず帰宅 した時にはすでに帰らぬ人となっていた。 原因不明のポックリ病(今にして思えば心 筋梗塞であろう)とのこと…。 あざやかな記憶として残っているのは、 「自分は突然、母親を亡くして悲しみにく れているのに世の中はなーんにも変わって いない、バスは走っているし電信柱も立っ たままだ」という思いだ。 誰のどんな慰めの言葉も空虚に響く。腹が たつほどに悲しかった。 「人間ってこんなに簡単に死ぬものなのか …」 それから4〜5年後、父が癌の宣告を受け た。 入院、様々な民間療法、父の兄弟や後妻さ ん達は懸命に手をつくしていた。 その中にあって私は随分と冷静であった、 傍目には冷ややかに写っていたであろう。 父の病気、来るべき死をどのように捉えた らよいのかわからなかった。 そして父は主治医が予告した日の予告した 時間に息をひきとった。律儀な人だと思っ た。 誰にも看取られずいつのまにか庭の畑で一 人で死んでいった母… 兄弟や子供達に看取られながら病院のベッ ドで死んでいった父… 自分が父や母が亡くなったような年齢に達 した今、父や母と「生きること、死ぬこ と」などについて話ができなかったのは残 念だったなぁと思う。父や母にしたって何 かしら思いはあっただろうし、なにか伝え 残したいこともあったのではないだろう か。 不思議なくらいにうちの家系は伝承してい るものがない。 私にしたって覚えているのは父方の祖父が 積善(もよし)さんという人だということ くらいのものだ。近々に宮崎にも帰って墓 参りでもして、もう少しなにか伝え残すよ うなことがないか調べてみよう。何か石碑 みたいなのものもあったような気がする。 (西南の役の頃の功績だったかな…)

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