2001年〜国内行脚


 

◆2002京都1泊ツアー◆

 

そもそもの発端は舞妓さんになってみたい!という理由からだ。京都にはもう何度も行った私。何故か修学旅行でしか行ったことのない(仮よしかず(仮名)。珍しく意見の一致である。


1月4日(金)
 近畿地方は雪の予報にどきどきで、のぞみでも減速運転で無事京都へ。駅から歩いて 「え・まーさ」へ。「え・まーさ」を選んだ理由は、着物が正絹だから。柄付けが私好みの着物だったからだ。

 初めての舞妓体験で、ドキドキ。着物の構造は普通とは違うものの、基本は同じ。楽屋気分で浴衣を着て、まずは顔から作ります。カツラをかぶる為に、紫の布みたいなのをかぶって、顔を白塗りしました。ピンクに白を重ね、顔を作りました。
 それから、着物選び。正絹なので、そんなに選択肢は無いですが、どれを選んでも外れは無いです。顔が白塗りなので、色の似合う似合わないは無いと思う。普段の自分が似合わないような色や、これから着ないような色を選びました。水色に決定。今後、綸子の水色の着物は買ったとしても、すぐに着られなくなりますからね。

 着物を着たら、最後にカツラ。これがきついんだな。最初はカツラがぴったりじゃん!と思っていても、ひどい頭痛がするんだよ。後から。平静を装おうんだけど、痛いです。
 化粧から着付けまでして下さった先生は、太秦映画村で衣装部の方らしい。何でもこなす。かっこいいです。あんなに仕事ができたら、楽しいだろうなぁ。岩下志麻さん、高島礼子さんに着付けしたりしたこともあるそう(そりゃそーだ)。映画村に行けば、またお会いできるかな。  舞妓になった私は、けっこう本物っぽかった。自分で言うのもなんだが(笑)。
 衣装を脱ぐ時、舞妓さんの着物をじーっと観察した。繰り越し1寸ぐらいだろうか。舞子さんは肩と袖揚げがある。肩揚げは昔、うーん、明治ぐらいかしら?当時は18ぐらいまでしていたみたい。反物の幅が昔の人には大きかったんじゃないかな。だから、肩揚げをして着ていた。仕立て直しをしても着られるようにしたんだよね、きっと。その名残りが、舞子さんに残ったのだと思う。

 三十三間堂
 また、行く。仏像不在が多かった、その割に拝観料が高いなー、と後で文句をたれる。ここで数珠を売っているのを見て、自宅に私の旅道具の必需品を忘れたことに気付く。そうなのだ、いつも旅行や寺院に行く時、右手に必ずめている水晶の数珠ブレスが無い!このせいで、少し鬱が入る(笑)。この数珠は甲斐善光寺本堂前で買った大切な代物なの。

  清水寺 
もう、何度も来てる。正月の延長で混んでる混んでる。

  地主神社 
初めて行く。なんか、近づきがたいっていうかね。中学の頃、ませてる同級生は修学旅行で立ち寄ってたね。今回はおなごのフリをしてみた(笑)。私がどんなお願いをしたかは、秘密(>_<)。

  知恩院
またかよーって思った?御法度のロケ地ですね。だって、好きなんだもん、知恩院もゴハも。規模のでかさが良い。古びた木の色がすごく好きなんだよ。閉門ギリギリで行ったので、じっくりは見ませんでした。あとで、聞いたが祖父母の家の寺の本山はここだった。

八坂神社  蘇民将来。

祇園の会所  ローソンの所のハズという情報があります。 都路里本店  案の定、混んでる。外まで列が・・・諦める。

からすま京都ホテル  良かったよ。場所良し、部屋綺麗、飯うまい。因幡薬師が近いの。本当は三井ガーデンホテルが良かったんだよな。あそこ風呂広いし、まだ新しいから内装が綺麗なんだもの。満室で取れなかった。

京都大丸デパート  ゆうげを食いに行く。レストラン街の花なんとかという店で湯葉料理を食べた。美味しかった。そして、京都にせっかく来たというのにホテルでも暇だろうから、バーゲン漁り。何やってんだか。そして一枚服っを買った(笑)。

 ホテルに帰って寝たの8時30分。一日歩いたので、おそろしく早い時間に寝てしまった。しかし、実際慣れない寝台であまり良く眠れなかった。


1月5日(土)  京(今日)は歩くぞ!朝8時にはホテルを出る。

因幡薬師(平等寺)  梅原猛の本に載っている。梅原猛の京都発見シリーズが好きなんだ〜。装丁や写真が綺麗なの。紙の質も好き。頭に座ぶとん冠った薬師さまの写真が愛嬌があって、頭の片隅に残ってた。

 「前髪の惣三郎」原作にも出て来たしね(笑)。湯沢が斬られたのが、東塀のところでしたね。道幅も狭いので、斬り合いの路地には最適?東塀は落書きならぬ、落彫りだらけで残念です。お堂の方はむかしながらの雰囲気がとても素敵です。ビルの裏に静かな本来の京都を発見した。お堂のおじいちゃんが、御朱印を一生懸命書いて下さって、大変嬉しかったです。お年のせいで、身体の自由が利かないのに無理を強いてごめんなさい。身体のせいで、上手に書けないとは言われましたが、丁寧に一筆一筆書いて下さった。字のどうこうじゃないんだよ。「心」がこもっていれば、素敵な字なの。

上賀茂神社
 山城一宮。よく着物のパンフレットに朱塗りの門と橋が使われてるよね。この頃、雨と雪がちらつき、焦る。ここもゴハのロケ地。でもどこだった?分らん。

今宮神社
 ここもゴハのロケ地。でもどこだった?舞台に巫女が居たので「あー、巫女さんだ〜」と見に行ったら、子供ののマネキンが巫女姿をして立っていた。幻滅。  門前のあぶり餅が白みそ味でめちゃ上手い。朝から、よく食うよなぁ。時間は10時過ぎぐらいだった気がする。私たちが入った店は「一和」。朝一の来客に、給仕の女の子たちは大慌て。蜘蛛の子を散らすよう。実はそれまでダラダラしてた。お客は見ていた・・・。ごめんなさい、書いちゃって。 建勲神社
 左文字が目的。実際、見られませんけどね。  神様は信長さんですね。武田びいきの私が、信長さんを拝むのは変な感じですけど。やっぱり、日本統一の基盤を作ったのは、彼ですので、拝む。  御幣で自分で祓ってから、拝む。ということに後で気付いて、祓った。一度、やってみたかったのよね。狛犬がメカちっくで、信長さんの所の護りにはぴったり。ここのお守りは織田家の紋が入っており、黄色のものもあるので大好きな方は涙が出るほど、ありがたいお守りですね。  一昨日まで、『Mr.ジパング』読んでましたので、信長さんの記憶が新しい。 玄武神社
 たまたま通りかかったのが、縁。確か、霊山の下に青龍寺というのが有ったが、赤い鳥と白い虎はどこだろ。

晴明神社  京都へ来たら、ここには必ず行きます。混んでる。老若男女いろいろだ。おなごが多し。映画の影響も大なのであろうよ。あーあ。私、あのさびれた晴明神社が好きだったわ。  遥かの1・2のスタンプがあった。私はゲームをしないので、知らない。でも、記念に押した。2つあって「同じじゃん」と言っていると、中学生ぐらいの女の子が「微妙に違う」と教えてくれた(笑)。「全く、この娘は」と、母親らしき人が笑っていました。

阿弥陀寺
 信長さんの像の特別公開が目的。本堂左手にまわり、お堂に入ると光背の失われた阿弥陀如来座像が中央にありました。脇侍は普通はセイシ菩薩とツクヨミですが、ここは何故か脇侍双方も阿弥陀如来立像です。寺が阿弥陀寺だから(というのは、関係ないんですって)。右側には、織田信忠さん、信長さん、信長さんの兄の信広さん(違っていたらごめん)の像があります。信忠さん、信長さんは本能寺の時に亡くなっていますが、兄さんは一揆平定で昔に亡くなっていたそうですね。何故、兄さんがあるのかは謎だそうです。

 ガラスケースには、信長さんの遺品が!一番上段には、本能寺の変で亡くなった人の名簿と法名帳。実際に事件直後に現地で書かれたという話しも。蘭ちゃんの法名が可愛いかった。「紅」の字とか入っているし。普通「紅」は女の法名文字でしょう?二段目に信長さん愛用の木鎗、30センチぐらいでしょうか。刃の部分はおそらく鉄で5センチぐらいの刃渡りでした。

 一番下の段には、信長さん愛用の馬面だったでしょうか。馬に駆けるやつです。それから、どっかの段に光秀関係の文書もありましたねぇ。  右には、地蔵菩薩がありました。美しい色なの。その右脇に法然さん、左に中国のなんとかというお坊さんの木像。頭に納豆の藁みたいのを、冠っているが、あれは「水冠(すいかん)」と言うそうだ。浄土宗の儀式っでは、お坊さまが冠るらしい。五条霊戦記で阿闍梨が冠っていたやつも、同じものなのだろう、と今頃名称を知って、納得。

 阿弥陀寺と信長さんとの縁りは深いんですって。信長さんは無神論者というイメージですが、浄土宗××派(忘れた)の帰依は厚かったとのこと。清玉上人(近江坂本の人)という人は徳の高い方で、信長さんを惹き付けたようですね。で、縁は深かったらしく、本能寺の時にはまっ先に駆けつけたんですって。そして、遺骨を阿弥陀寺に持ち帰ったらしい。そして、秀吉くんが信長さんの法事をやらせろ、寄進するから、と口説く。でも、清玉上人にとってはそういう問題じゃないんですね。金を積まれたから、どうこうなる問題ではなくて、権力者になってしまった秀吉の言うことに従いたく無い。再三断られ、秀吉くんは怒ったのでしようか。後のちに京都の寺院整理の時に、まっさきに阿弥陀寺を今の場所に移した。しかも、元阿弥陀寺が有った付近(現在阿弥陀町)には聚楽第を築いてしまった。信長さんのことは、忘れてしまったのでしょうか。このおかげで、阿弥陀寺はすっかりさびれてしまったそうです。

 阿弥陀寺の裏にも信長さんのお墓が有ります。本当に質素なごく小さなお墓です。骨のことが、本当ならばここにお骨があるのかもしれませんね

相国寺
 すごいです。「さすがだなぁ」(BY惣ちゃん)。好きです、ここ。規模といい、建築といい、好きです。ただ、工事中でした。くやしー!!!ここは時代劇でもよく使われるお寺さんだそうですね。そう、ゴハのロケ地でもあります(はいはい、またかいな)。でも、工事中(がびーん)。
 絶対、この中だ!という所の前で写真を撮りました。この向こうが、井上のおじさんが寝てた階段のハズ。「さすがだなぁ」の惣ちゃんの背中が光りの中で煌めいて、眩しいわ〜。総髪が風になびいて素敵なシーンでしたね。でも、今は冬。さびー。今度絶対行きます。

京都御所猿ヶ辻
 姉小路公知が襲われたっとこです。御幣を持ったお猿の木彫りがあります。御幣で顔が見えません。写真を撮ろうとして、掘りをまたいだら「文化財を大切にしましょう!」みたいなアナウンスがいきなり流れてビビった。あたしゃー、文化財を破壊しようとした訳ではないよー。いやー、ブラックリストに載ったかもー。なんたる失態、なさけなや〜。

神泉苑
 腹が空いたので、神泉苑で飯にしょうか。ということになったが、高いので止めた。5000円以上は高い。無理だ。歩いて二条陣屋付近の「更級」でニシンそばを食べた。ニシンがとっても美味しかったし、つゆがピリピリしてあったまった。

  JR京都伊勢丹
 初めて行く。いつも京都旅行の時は、ぎりぎりまで寺や神社にいるからね。昨日から実はバーゲン。今日も混んでいる。京都まで来て何をしてるんだー!と思いつつも、バーゲン漁り。燃えるぜ。結局、私は何も買わずじまいで、疲れただけであった。

JR京都伊勢丹都路里
 バーゲン漁りで疲れたので、行く。混んでる。新幹線の時刻を気にしつつ、それでも列ぶ。40分待った。
 またしても、普通の観光ルートをしている(笑)。元来甘いものに対し、あまり魅力を感じない。誰かが行こう!と言わない限りは自分からは絶対に行かない。嫌いでは無いので、嫌だとは思わないから、行く。なんなんでしょーね。
 正月特別メニューを注文「寿」。抹茶パフェに桜のアイスと白玉がのっているパフェと、抹茶のお餅みたいなものにきな粉のかかったもののセットで千円でした。おいしかったです。美味しいとは、感じますってば。おいしいです。桜がおいしい。ごちそうさま。

  帰りの新幹線
 行きは現実から別世界へ行くのに、帰りが序々に現実に向かって走る気がするわ。

後日談。
 1月12日。国立博物館平成館の特別展「時を超えて語るもの」を見に行く。そこで、どこかで見た仏像を発見!と思ったら因幡薬師!!といふことは、我が京で平等寺に行った時は仏像不在だったといふことなり。私は何を拝んだのだ?あれぇ?博物館で仏像を見るのが大嫌いな私は、味気ないなぁ、取ってつけたみたいだなぁ、と心の中で文句を垂れる。しかし因幡薬師のお堂はかなり暗い。お堂にあれば良く見えなかったかも・・・まぁ、良しとするか。
 立ち姿が本当に綺麗な薬師如来でした。こう薬壷を持っている姿がいい。指先が綺麗なのよね。



 

◆お買得!?岩国・萩・宮島ツアー◆

1日目

  なんとなく、旅行に出かけることになった。ツアーです。当初は長野上高地白馬ツアーの予定だったのだが、秋だから安芸の宮島に行きたいということになった。儂は東の人間なので、本州は神戸まで、四国は香川徳島までしか行ったことが無い。修学旅行は奈良京都、チャイナだし。縁が無いんですね。
 まず、羽田空港から広島空港へ飛ぶ。バスで岩国へ。

日本三奇橋の一つである錦帯橋を見る。山と川の景色と、木造の錦帯橋が美しい。向こうの山のてっぺんには岩国城が見える。錦帯橋はこれから、工事をして、新しくするので、当分は渡れなくなるんだそうだ。それにしても見かけは面白いけど、いざ渡るとなると渡りにくい橋でしたねぇ。  橋を渡るって、行為は何故かどきどきします。あっちの世界がどうなっているのか?知りたい。
 橋の向こう岸で、佐々木小次郎の銅像を見に行く。燕なんとか、という技を生み出したことに由来して建てられたとか。儂ぁ、見て驚いたね。お蘭じゃん。君はいつまで前髪をのばしているつもりなのかね?大の大人が・・・しかも強いハズ?なのに。なんか変なの〜。  それから。白山比め神社に行った。お社の木の古さと木々に囲まれた姿は、これこそ神社だ!とおもわせる。

 秋芳洞下りコース。健脚商売の儂は、下りなんぞ邪道だ!と思いつつもツアーなので、そこは諦め。水と石の生み出す世界は、何千年の世界。五条霊戦記の沙那のアジトに続いていそうです(笑)。  秋吉台。カルスト大地はもの珍しかった。丘の上の墓場を想像してしまったのは私だけではないはずです。ここで、暑かったので夏ミカンアイスを食べた。チャイナドレスのマネキンの立つ店。美味しかったが、暑さでボトボト垂れて、難儀した。

 萩焼き窯元天朋鳥山。噂の萩焼が有った。運が良いのか悪いのか。私の高坂(@-<)は無かった。探したけど、無かった。「N江」「T耶」「K虎」「隼人」「卯×郎」「長秀」「勝長」はあったのに。「晴綱」って誰ですか?「まさのぶ」はひらがな人名の方にありましたけど。山梨じゃぁないので、買えません。

 松陰神社。ゆっくり見たかったです。高杉万齋さんと橋之助松陰先生のドラマをみたことがある。幕末は良く分からないので、自分が佐幕派なのか討幕派なのか分かりません。魅力的な人は討幕佐幕関係無しに好きです。高杉普作は顔が好きです(笑)。なんか、安心するのよね。あの顔が。細谷十太夫も好きです。無頼にモテということは、本当にかっこいい証拠です。山川大蔵も好きです。健ちゃんも好きです。あれ、長州の話ししなきゃ。

   武家屋敷。もっとゆっくり見たかったのと、知識の無さを恨む自分がありました。塀にかかっていた吉田としまろの「黒髪のなんとか・・・」という歌が素敵でした。

 萩城。良かった。跡だけだけど。山城平城ばっかで、しかも海辺のお城は小田原しか見て無いから、なんだか面白かった。山も要害に使っているし、しかも海にも面しているという。ちょっと羨ましかったです。 毛利さん家のお城は素敵でした。ここもまた、時間が無くて山頂に行けなかったにが残念。公園内は夕刻だったせいでもあり、カラスが沢山おりました。某小説の高坂ちゃんを思い起こさせました(笑)。絶対、またいつか行くぜ。某小説第一部(一般的な感覚では)衝撃のラスト舞台・・・。

 今日の宿「千秋楽」。海が見える部屋で、浜辺の音がして良いです。日頃、海の近くで生活していないから、聞き慣れないはずなのに、どこか懐かしい音がする。海の音は恐いけど、好きです。この宿は、ロビーに真田六文銭の着いた鎧兜の他に他5点ぐらいあったよ。それから、幕末志士集合写真があって、良かった。私の良く知らない名前の人物が、かっこよくってポーズがいけてる。だんびら(刀のことね)が、長くて素敵でした。

 津和野。和紙で有名な所ですね。ただ散策するだけ。しかも時間無い。でっかい鯉が街を泳いでいるんですよ。うわぁ、生物が泳いでる!と思いました。山の上のお稲荷さんが気になりましたね。

 宮島。ここは平清盛で有名ですよね。映像や写真じゃ、朱塗りが平安神宮並みに綺麗に見えるのに、実際はなんだか剥げかかってた。ちょっと、がっかり。宮島にも鹿が居るけど、こっちの鹿はあさましい。お前ら、神の使いのくせにあさましいぞ!観光客のおばちゃんが、食べ物のお土産を持っていたようで、襲われていた。  隣の大願寺に弁天を見に行く。日本三大弁天の一つらしい。江ノ島もそうだったような気がする。ならば、あと一個か。滋賀のちくぶ島ですね。
 宝物館。目的は平家納経。装丁というか、軸装が美しい。平家の栄華だよなぁ、と思いつつ。字は一見小さくて綺麗だけど、よく見るとあんまり上手じゃないなぁと思った。
 他に能装束や鎧も有った。その中に、我が武田な物が有るとは夢にも思いませなんだ。鎧だの刀などの中に、見なれた鎧が有ったのです。あっれー、どっかで見た懐かしい鎧だなぁと思って、説明を読むと、「盾無し」と有る。何ぃ?盾無しだぁ?盾無しなんぞ、我が武田のもの意外にあるものか。と文字を追う。はい。これは、菅田天神社のレプリカだったんでございますよ。思わず、手帳の本物の写真と照らし合わせて見てしまい。手帳に鎧の写真が有るところが、儂ならではでしょ(笑)。じゃ、何でこんな所にレプリカが有るのか?謎なんですけど。武田甲斐人さんという方が寄贈されたことになっていました。一体、あなたは何ものなのでしょう?安芸武田氏の方ですかねぇ。「たけだかいと」さんですよね。最初、「たけだかいじん」と読んでしまった。武田は山梨県人(笑)。
 こうして、宝物館は平家農協じゃない納経どころか、盾無しに目が行ってしまいま・し・た。
 千畳閣は時間が無くて入れなかったのが悔しい。

   尾道。宮島から、尾道まで勿論バスな訳です。高速を通って尾道インターの次ぎ福山西インターでバスは高速を出るはずだった。福山西でいきなり運転手さんが「しもうたっ!」と岡山弁なまりで呟いた。一瞬、急に止まりかけたので事故でも起きたか!?と思いきや、インター過ぎちゃった。福山東まで行き、一度降りて、Uターン。再び、福山西へ戻り、尾道へ。こんなハプニングがありました。
 尾道は映像で良く見かけるが、路が狭いし、坂道だらけ。赤川次郎の『ふたり』の映画の舞台でもありましたね。『ふたり』は原作も好きで、是非尾道には行ってみたいと思っていました。でも、ツアーなので文学の小道とやらに寄るだけでした。文系のくせに、文学は嫌いなので名前だけは知っているもののつまらなかった。頼三陽の字しか、まともに見なかった。

   最後のオチ。腹が減ったので、広島空港で夕飯にした。最初、入ろうとした店はノロノロと手際が悪そうなので、別な店にした。  それが良かった!全日空系のお店だったと思う。黒いパンツにくすんだ紫水色系の制服はどっかのホテルで見たような・・・。龍平くんにそっくりさんの給仕が!本物よりは背が低いけれども、ソコソコ。髪型も同じっぽいし、色染めてた。声まで似てる。なんだか、かなり得した気分でした。馬鹿愚かのおなごには、たかだかこんなことで、幸せになれるんですよ。いいですねぇ、単純で。



  ◆京都ロケツアー新選組も行く◆

> 1日目

   大きい荷物を抱えながら、我は家を出ました。すれちがう通勤途中の人たちの目を気にもせずに(笑)。気になりますかねぇ?目立ちます?この荷物が。皆、一瞥以上くれるんだけど。
 京都駅に降り立った時は「なーんだ、たいしたこと無い暑さじゃん」と思ったが、甘かった。半端じゃ無いぜ、京の暑さは。風が重いっていうかねぇ。
 京に着くと、さすがに荷物が重い。我らはキャリーサービスを利用することにした。だがしかし!やばい。荷物だからと言って投げられては困ります。
 「あの〜投げたりしないですよね?」
 「中身は何?」
 (本当のこと言えないよ、きっと断わられる!)
 「あ、これですか。び、美術品です」
 「美術品?高額なのは駄目だよ」
 「いえ、たいしたもにではないので。」
 と、無事になんとか運んでもらえることになった。

 京都で合流予定の流どのとは壬生寺で待ち合わせることにした。

 まずは、神泉苑へ。途中、二条城附近で通りかかった刀屋を覗く。本物屋ではなかった。居合刀と美術刀かな。小柄・こうがいが、安かったがあんまし、欲しくなかった。何も買わない。

 神泉苑。ここは、弘法大師雨乞いで有名な地ですね。前は夜に来たので、昼間来れて嬉しいです。今年の吉方角にお社が向くという、回転式のお社が有り面白い。この頃になると、瀧のような汗が、どんどん流れる。日ざしが強い。それでも、歩く。

 六角獄舎。勉強不足、ごめんね諒ちゃん。今度、ちゃんと調べるから。どこだか、分らず。

 壬生寺。見る予定だったが、今回は素通りした。

 八木邸宅で、流ちゃんと合流。この前は寒かった(冬だから)が、今度は暑かった(笑)。冬の時は、解説のおじさまがファイルを使って面白くお話してくれたのが印象に残っています。今回の説明のおじさま「功刀」さんのお話も面白かったです。本名なのかな?かっこいい姓名だったので、お名前を覚えています。効果音が「ぶっちーゅー」の連発で。斬っても、刎ねても「ぶっちゅー」。漫画や小説だと芹ちゃんはかなり嫌な奴に描かれがち、だけど本当は一本筋の通った人だったらしい。色も白くて、頭もいいし、剣の腕もたつ。岩崎洋子先生の描く芹ちゃんが案外近かったりして!?八木邸の案内の方は、芹ちゃんを悪く言いませんね。

 島原角屋。素晴らしかったです。角屋は宴会場で有名ですね。揚げ屋さんであり、置屋さんではありません。置屋さんから人を呼んで、宴会をするんです。2階は広いですよ。しかも、内部は一流尽くし。襖絵から、欄間から、障子までどれをとっても見事。新選組の面々もあの時代だから入れたんですね。今ならば、貧乏人は入れないような格式高い料亭ですよ。ああ、こんな素敵な和風建築に住みたい。

 昔の入り口附近の刀箪笥に興味が。1段に10振りぐらい収納できて、5段か6段引き出しがあったように思う。もう、ドリーマー(@0@)。だって、想像してみてください。十人十色の刀ですからねぇ。拵えも人それぞれだし、抜いたらまた波紋も違うだろうしね。たまらないわ〜。

 予約を入れてくれた諒ちゃんに感謝です。

 広隆寺。国宝が有るから絶対行く!と閉館ぎりぎりに行く。弥勒菩薩、綺麗でした。指先がなんて優美なんでしょう。見ていると、本当に救われるような気がいたします。ただ、残念なのはこの彌勒さまをライブ会場(お堂)で見られないことです。私、博物館などで仏像を見るのが大嫌いです。仏像はお堂に有ってこそなのです。室生寺や東大寺ニ月堂あたりが、ライブ会場としては最適ですね。演出も大事だと思うんだよね。どう思います?国宝だから、仕方ない。

 ホテル〜とは名ばかりの旅館。初め通された部屋はボロかった。「写真と違うじゃん!」と3人で言っていた。部屋の割には、高い。食事の部屋は綺麗なの。襖に手形があつたりして、「あの部屋恐いから、変えてくれ!」と交渉し、変えてもらう。何部屋か見せてもらったが、他の部屋は綺麗で、写真どうりだった。HPで予約したからなのか?なめられたのか?謎である。なにはともあれ、部屋を移動できて良かった。

 夜食後、休憩し、夜のお楽しみ時間〜。明日のリハーサル!?壮絶夜会旅館を過ごす。ヒ・ミ・ツ(笑)。


2日目 太秦映画村本番(笑)  着物で行くと半額!という噂を小耳に挟んだので、本当かどうか実行。公式HPには一言も書いて無いから、すこし不安でした。結果は半額!万歳!
 土方’諒どのと私(加納’晴香)と流どのと3人でのりこむ。夏の京都は炎天下。袷に羽織りの諒どのはさぞ暑かっただろうと思う。単の私と流どのですらかなり暑いんだから。

 江戸の街を歩いていると、スタッフの方がたにお声をかけられる。衣装は我ら3人ともに自前でーす!諒どの羽織りは力作。袴は正絹の仙台平です。袷はもちろん、本物ですからね。すごいでしょ!流どの衣装も総べて手作りの力作です。え?私?私も一応手作り。単だけどね。袴が無ければ、棺桶から出てきた人(笑)。
 観光客にはじろじろと見られましたが、お構いなしさ。知っている人になど、会うはずないからね〜。
 セットがここまで有るとなりきっちゃいますね。諒どのは一目瞭然の新選組副長。私は入隊許可直後の惣ちゃんです。彪蔵と入隊を許されたシーンの衣装で〜す。
 まずは遠山どののお屋敷へ。切腹する気持ちを味わった。
 遠山どのの奉行所の牢で、お決まりの「さんなんさんと明里さんごっこ」。
 通り雨が降ったので、離れで豊玉師匠発句の図などを実写。諒ちゃんと流ちゃん、良い感じです。
 本物のセットの方も見学いたしました。暴れんぼう将軍の上様がよく出てくる部屋に似てる。あと「者でもであえであえ」の殺陣シーンのところにも似てた。  芝居小屋附近で、若衆を目撃!あとで、写真を一緒に撮ってもらった。妙な写真「若衆と惣三郎」。  諒ちゃんが自分の刀を2振り、刀掛けにかけて写真撮ったんだけど。観光客の男の人が諒ちゃんの刀をセットと勘違いし、抜こうとしたので大慌て。
 「それ、私の!」
 抜きたくなるのは、分るけどあかの他人に自分の刀触られたくないよね。

 かっこいい諒どのは女優さんと間違えられ、吉原で観光客のオバチャンたちに連れていかれてしまいました(笑)。やはり副長はモテます。  遠山殿の屋敷前で、土方さん対惣で、斬り合いごっこをしていると、知らないオジサンが対岸で許可なく写真を取る。こっちから撮るとオヤジが入って邪魔だから、「どいてくれ」と訴えているのに退いてくれない。ちょっと迷惑でした。っていうか、我らの肖像権どうなるんぇ?無許可よ〜。

 村を一周し、最後に島原じゃない吉原へ。さすがに、最初から吉原へはいけない・・・(笑)。美しい花魁が!写真を取ってもらいました。儚気なので、一瞬ドキっとしてしまいました。本物の女優さんだそうです。  こうして、我らのナリキリごっこは終わり。面白かったんで、予定外に時間を取ってしまった。

 午後から、浴衣でゴー。武士からおなごに戻る。おなごに戻るのも、楽じゃない。今迄、袴で歩いていたのが、イキナリ着流し状態ですからね。歩きにくいったら、ありゃしない。歩く早さはいつもの半分のペースだ。
 まずは晴明神社へ。昔は人もまばらだったというに、このにぎわいは何?晴明さまもさぞ迷惑なことだろう。ミーハーきわまりない絵馬は不快だ。他力本願、自己中心的すぎないかなぁ、その絵馬は?そんな絵馬の一方、家族の幸せを願う絵馬、人の幸せを願う絵馬は綺麗ですね。漫画だかゲームの影響だか知らないが、どうか静かな神域を返してほしいものだ。なんだか、めちゃくちゃ悔しい。独占欲が強いのかなぁ。戻り橋の式神くんたちも煩がっているだろうな。
 「将来何になりたい?」
 「陰陽師」(笑)
 「何それ?」
 な時代が懐かしい。

 二条城。浴衣だとタダなので、狙って行きました。ここが歴史の舞台か!と思うと感動しちやいます。浴衣ウオッチングもできた。しかし、ここはめちゃめちゃ暑い!夕涼みどころじゃぁ、なかったな。
 一日、遊んで流ちゃんは先に東京方面に帰りました。お疲れさま。

  3日目
 金戒光明寺附近、会津藩のお墓に参拝。金戒光明寺がどこだか分らず、会津藩のお墓の前のお寺さんに寄る。ここのお坊さまが、とても良い方で。通りすがりの私達に親切に道を教えて下さった。なんとなく、その人柄にひかれてせっかくだから・・・と諒ちゃんから御朱印を頂こうとの意見。賛成!御朱印を頂きに引き返したら、冷たい麦茶と御供物までいただいてしまった。この麦茶一杯に救われました。御親切にありがとうございました(感謝)。

 金戒光明寺。去年、なぜに真如堂ついでに寄らなかったのか。境内は通ったのに。阿呆。さすが、会津藩。え。もしかしてここに大蔵が!?  祇園会所。八坂神社前のローソンだと思われる。ここだよね、多分。

一力茶屋。おそらく、この壁が!と横目で見る。

 祇園茶寮都路利。勤め先の人に噂は聞いていた。諒ちゃんの希望で立ち寄る。私としては太秦で飲んだグリーンディーの味を忘れたかったので(甘いお茶苦手)、本物のお抹茶が飲みたかったので大賛成。店内の同年代ぐらいの客は皆、パフェだのグリーンティだのを飲んでいるが、私だけは「十徳」抹茶。上澄みはあんまり美味しく無かったけど、底の方の濃い部分が美味しかった。水代わりのほうじ茶も美味しいのよ。
 八坂神社。工事中。出店のぽっくり屋さんが可愛かった。私は墨屋で墨を買う。露店で墨屋があるところが、京都らしい。墨を買う私も変わっている(笑)。これが、いい香りでね。今使っている墨は5000円のなんだけど、それより小さくて1800円だからまぁ良い方かな?ということで。

 護国神社。この名の神社は歴史も浅い、わりと最近の神社。護国神社って名の付くところは、正直他の神社にくらべて、自然に入れない。心構えが居るというか・・・。今回の旅は幕末中心だから、維新関係者にお祈りしに行った訳ですけど。いちおう神社は祭神を確認してから、拝んだ方がいいの。

 霊山歴史館。会津藩少ないってか、無い。残念。諒ちゃんが、TVにも出ている学芸課長さんにサインをもらった。しばし、新選組で盛り上がっていたが、永遠とそれから世間話しになってしまい・・・。学者の先生は難しいんだなぁと思った。ちっとは貴重な情報が入るかと思ったのに。時間ばかり、取られて内心2人ともがっかりした(多分)。  


土方歳三さんの墓参り紀行(仮名)


 友人の諒ちゃんに誘われ、函館に行くことになった。新選組に関しては一般的なことしか分らない。しかも、彼らが維新後どうなったのかも知らない状態だ・・・。という、かなり一般観光客の私がありました。お恥ずかしい限り・・・。
 私が高坂昌信さまをお慕い申し上げているように、諒ちゃんもまた土方歳三さまを大変にお慕いしております。大好きなあの人の歩いた後を追いかけてみたい、と思う気持ちは同じなのです。  朝5時起きし、羽田へ向かう。やっぱり眠ーい。羽田で諒ちゃんと合流。
 機内では、曇天が見えるだけで景色は見えず。函館着陸寸前では、なぜかまだ物悲しい寒そうな風景があるのでした。
 函館は寒かった。鼻すするぐらい寒かったっぺよ(偽茨城弁)。
 まず向かう先は五稜郭。


 五稜郭タワー。入ったとたんに土方さんグッズが目に飛び込んでくる。日野より函館の方が、がんばってるじゃん!しばし、諒ちゃんと土方氏グッズを眺める。それから、いよいよ上へ。  わぁ。綺麗な形してる!桜が満開だよ。日本の城も進化したものだ(五稜郭が城なのかどうか不明だが)。頭が戦国だから古い(笑)。  五稜郭タワーを降りて、いよいよ要塞内へ。上から見てから、入って正解です。ここが、上からみた所なんだ〜と感心する。実際に歩いてみると、攻められた時に有利な様に、かなり工夫が凝らされている。そのまま、歩いて敷地内の函館市の博物館に行く。博物館前に大砲が2台置いてあった。近くにいたオジサマの話によると、あれに乗ると子沢山だとか安産になるんだとか。写真まで見せてくれた(笑)。別に安産にも子沢山にも興味が無かったので、乗らなかった。博物館前の敷地にはじきに50億かけて、建物が復元される予定もあるそうだ。

 博物館内は、船の模型やら鎧兜、刀、五稜郭の設計図まであった。面白かったのは明治の御時世にもかかわらず、戊辰戦争で戦国時代のような鎧が実際着されていたことだ。意外だな。土方さんや近藤さんの絵も面白かった。土方さんは男前にきりりと描かれてるんだけど、近藤さんが美化されてる!?斎藤さんの絵も有ったよ。

 称名寺。ここはね、土方さんたちの供養塔があるんだよ。坂を登って、山門潜るとすぐ見つかりました。そこには既に観光客らしき人たちが。おばさま2人とおじさま1人とタクシーの運転手さん。気にもせずに、ここだね!!なんて諒ちゃんと言っていたら、むこうから話かけてきて下さいました。そして、向こうさまも土方さんファンなことが分った。しかも今晩同じJALシティーホテルに泊まられるとか。それで、私達を夜景を見に連れていってくださるということになった。ありがたい話です。これも土方さんが巡りあわせてくれた御縁なのかな?ね?諒ちゃん。
 供養塔には花がお供えしてありました。長野に行った時、花束持っていけばよかったと後悔。諒ちゃんがうらやましかった(笑)。

 弁天台場。跡形もないね、ここは。公園に目印が建っているだけ。

 土方歳三氏終焉の地。実際、土方さんがどこで最期を迎えたのかは諸説あって分らないんだって。異人橋説、福祉センター前説、などなど記録によりまちまち?ここは、すごい。花の数。良い男はもてますね。土方さん実際今生きておられたら、俳優になれたかもね。  函館山。称名寺でお会いしたMさん御一行さまに再びお会いして、御同行させて頂く。おばさまたち2人はもう土方さんが好きで好きでたまらない御様子。明日はMさんの旦那さまの運転するお車で、松前に行くとおっしゃっていました。「風光る」の読者でもあるそうですよ。私も風光読んでます。ここ一年でかなりファンになられたそうですが、すごい知識の量。おばさまたち若い!私も同じ年ぐらいになったら、若くいられるといいな。死ぬまで、高坂さまを追いかけたいな。函館山の夜景は夕方の雨で、はっきり見えました。

 翌日、昨日とは変わって普通のおなごらしい観光?  教会巡り。心の中はゴシックな私は、教会建築が溜まりませんでした。良いよ〜教会。耽美〜。ハリストス教会の中は絵画が沢山。ドキドキしながら見入りました。うーん、でもやっぱバテレン(バテレンとは正確には宣教師のことなんだけど、キリスト教の意で)は駄目だわ。寺か神社じゃないとどうも違和感を覚えて落ち着かない。教会巡りするなら、ゴスファッションで決めたかったな(笑)。ゴスは反キリストの意味も含んでるみたいなので、やっぱ私向きかしら?そうそう、この後に私は「ドラキュラの葡萄」なる飲み物を買ったのでした。名前に惹かれて。家で飲んだが、色が溜まらない〜。血を見てひっくり返るくせに、こういうのは好きなの。お味の方は不思議な味。ハスカップって何なんだろ。
 称名寺。また行っちゃいました。また(ノートに)カキコしちゃいました。昨日よりも花の量が増えている!

 高龍寺。会津藩士の供養塔がるの。敵(新政府)が酷すぎる!怪我をした会津藩の人たちを殺した上に、焼き討ちにしたんだよ!気分はすっかり旧幕派。最近、読んだ『会津藩始末記』の影響もある!?ここのお寺さんは建物の彫刻が大変見事で見ごたえがありました。龍が見事!あとは禅の悟りを題材にしている彫刻だそうだ。  写真博物館。ここすごく楽しい。土方さんの写真は明治2年頃に撮られたらしい。

 蛇足。新選組のこと。私が新選組を知ったのは中学生の時でした。中学生お決まりの沖田くんファンでした。この頃の私は優男が大好きだった。優しいお兄さん系が好きだったんですね。一番最初に読んだのは「まぼろし新選組」だったと思う。昔、好きだったが・・・今生きているとしたら剣の稽古だけは、絶対つけて欲しくないかも。天才に凡才以下の気持ちは分るまい。扱かれそう(笑)。天使の笑顔の悪気は無い恐い人。  で、いつの間にか山南さんが好きになってました。何故かというと?顔は分らないけれど、内面がかっこいいから。明里さんとの話が良くて。真面目、誠実な人が好きです。  さらに、「るろ剣」のおかげで斎藤一氏が好きになりました。ま、実物の一さんと「るろ剣」の藤田さんはかなり違いますけど。肖像画には泣ける。漫画の影響かな?  本物の斎藤さんの女子校人力車交通整理、×のアイロンばっちり!が好き。何故か笑える。それから最後の死に様ね!そうそう、斎藤さんの結婚式はすごいんだね。会津の偉い人たちが来たんだとか。山川大蔵とか。それから、お相手の時尾さんは会津の戦争の時に女だてらに戦った女性(だれだっけか?忘れた)の髪を切ってあげたとか。何でこんなに歴史が近くに有るのだろう。  なぜ、土方さんオーラには一度もやられてないのか。私、土方さんが恐いんです。綺麗な顔をしていて、やっぱり恐い人。でも、志しが真直ぐでそこが魅力なんだと思う。