2002


幕末仙台プチ観光
 今回は観光メインじゃなかったんだけど、結果的に観光メインになりつつありました。
 仙台は行った回数は多いが、まともな観光をしたことが無いのが現状です。最近、やっと仙台観光をして少しは名所にも行ったかな?というところです。

 仙台駅に10時頃着きました。仙台は異常に暑かった、嘘だろ?おい。仙台30℃。灼熱地獄。
 まずはバスで東照宮へ。東照宮は私が3才以下の時に祖母に連れて行かれたらしいが、私の記憶には全く無かった。実際、行ってみると朧げながら、見たことのある風景だ。初めて行った場所では無いと感じた。鳥居をくぐると、時代劇に出てきそうな緩やかな階段があり、脇に伊達家歴代の寄進した灯籠が何基もある。なかなか風情がある。
 そこから、歩いて清浄光院へ行く。ここには額兵隊の星殉太郎の墓がある。山門を入って左にいきなり有るの星くんの碑を見た後、墓参りをした。雰囲気が日野の土方さんのお墓と似たているような気がする。なんとなく。
 星くんについては、まだまだかなりの読書が必要。私が知っていることなど、たかが知れている。細谷は黒の和のイメージ、星くんは赤の洋のイメージなのです。
 ここで、「星月菩提樹」の数珠をいただきました。これも星くんの縁ですね。
 そこから、龍雲院へ。一般には林子平の墓があることで、有名ですね。からす組(衝撃隊)の細谷十太夫直英こと烏仙和尚のお墓および、お地蔵さまがあります。細谷地蔵はなんだか仙人というか哲学者みたい。地蔵の世界ではレアものでしょう。細谷の墓は小振りの墓石ですが、綺麗に整備されてます。お墓の前に石の机と椅子が!ここでどうしろというのでしょう。
 烏仙会って何ですか?入会できるのでしょうか?
 ドン五里と馬鹿にされていた仙台藩ですが、「ほそや烏と十六ささげ、無けりゃ官軍高枕」といわれるほど活躍した人です。黒ずくめのゲリラ部隊で、細谷が烏をペットにしていたこともあって、烏組とよばれています。伊達と言えば昔から、黒がトレードマークなのです。烏組のメンバーは博徒や××ざ者の集まりだったそうです。彼らをまとめあげた細谷だから、よっぽど肝のすわったいい男だったんでしょうね。
 そして今晩の泊まり先である、某所へ。本当は新幹線で行けるんだけど、観光をしたために北仙台から高速バスに乗ることにした。こっちの方が安いのだ。
 龍雲院からタクシーに乗ったが、運転手さんに「これから××へ行くの?遺跡を見に行くの?」と聞かれた。私、遺跡見にいきそうですか??昔は、遺跡発掘したいと思っていた時期もありましたけれど(笑)。
 バスに乗ったのはいいが、私たちにバス会社側のミスがふりかかり・・・ぶつちぎれる。温厚(←自称)が売りの私だが、我慢ならないぜ!クレームをかけたが、結果、用事もないのに明日再度、北仙台へ行くはめになる。仙台よ、都会では無かったのか。対応が悪い。

 仕方なくとはいえ、また北仙台へ来てしまったので、昨日行けなかった所に寄りました。
 輪王寺。後で気付いたが愛姫とお東の方(だったと思う)のお墓があったのですね。見なかった。とにかく暑くて、お庭を見ただけでも暑い、それどころでは。夏庭もなかなか素敵なものだが、暑いよぅ。本当にここは東北なのか?
 歩いて、大願寺へ。ここは、うちの母方の方の先祖の墓があって、墓参り。不信心極まりないことに、中学生ぐらいの時に最後に行ったっきりで、どこに墓があるかも記憶と感を頼り。でも、見つけて拝んだ墓は後で、間違い無くご先祖さまのものだと分り、ほっとした。ここの山門は伊達家縁りのもので、中学生ぐらいの時に見た時は白っぽく剥げかかっていてボロボロだった。しかし、数年ぶりに訪ねてみると瑞鳳殿と同じぐらい豪奢に美しく生まれ変わっていたので驚いた。
 それから、また歩いて細谷の所へ。北山方面はやたら寺が密集しており、昨日来たのであっちが龍雲院だ!と方向感覚がある。しかし、ここだよ!と思い裏口の扉から、墓場を歩いて抜けて本堂へ向かうと・・・別な寺だったりした。さすがの私も、縁りも縁も何も無い寺の人さまの墓をよこぎったので、少しドキドキ。
 ほどなくして、龍雲院に到着した。昨日は御住職が仕事で、御朱印をもらえなかったからだ。幸い、在寺でいただくことができた。
 それから、今晩泊めてもらうところへ、地下鉄とバスでもどる。
 晩御飯はフランス料理。仙台へ来たら、必ず行く行きつけの店なのだ。ここは、かたくるしい服は着ないで楽しみながらフランス料理が味わえるのよ。うん、いつもながら美味しいお料理。しかし、疲れたね。  次の日、東京へ帰る。 2002年の旅


 

2002年7月 世界的観光都市!茨城ロケツアー

 行ってきました。今回の同行者さまは土方諒ちゃんです。暑かったけど、面白ろうございました。行った先はワープステーション江戸です。茨城デスティネーションキャンペーンを御存じですか?JRの電車広告に載っていたので、気になっていたんですよ。
 茨城県には縁が無くて、大昔に親戚つながりで大洗海岸に行ったっきりです。しかしまぁ、我が愛しの歌声石井竜也さま(=びゅーちー)の出身の県でもあります。びっくりしたのは、みんな地元の人が茨城弁!何とおっしゃっているのか聞き取れなかったり。
 取手駅で降り、タクシーでワープステーション江戸まで。平日はバスがほとんど無いので、タクシーです。片道約3000円でございます。乗ったタクシーのおじさまがまた茨城弁!びゅーち−と同じだぁ、と思いつつ。田んぼの中を、車は行きます。いったいどこに有るの〜と思いきや、坂の上にある。
 着きました。ゲートを潜るともう、そこは江戸の街でした。太秦のように、衣装貸し出しが無い施設なのは十分承知していたので(有っても、借りんだろうが)、自前で新撰組を一式持って行きました。着替えるところなんて、有るはずありません。それでも、なんとかして着替えて表へ。
 うっ、やっぱり太秦じゃないから、皆見てる・・・恥ずかしいぜ。でも、いいんだもん。どうせ、知人には合わないもんねー(開き直る)。  今日は偶然にも2003年正月映画『壬生義士伝』のロケをしていたのでした。全然知らなくて、吃驚。吉村貫一郎役は中井貫一さんで、三宅裕二さんとかも出演らしい。でも、今日はお見かけしませんでした。ロケ班の方によると、明日明後日も撮影をここでやるそうです。今日以前は、京都でやっていたとか。『壬生義士伝』の隊服は赤と黒なんですって。浅葱じゃないいですね。
 さぁ、衣装に着替えた私たちは街を闊歩いたしました。今日は茨城の農協関係者が多くいて、道行く人に「新撰組」だと言われました。中には「忠臣蔵だ」というトンチンカンな人もおりましたが(笑)。  また「映画の撮影はこれからですか?」「××はどこですか?」とまたトンチンカンな質問をされました。スタッフと間違えられたり、恐れ多くも俳優さんだと思われたのか!?
 「私たち、一般観光客でーす!」「武蔵国から来ました!」「衣装は自前です、手作りです」「新撰組です」と一日中(?)主張してました。
 おじさまたちは、特に私たちが刀を抜くことを切望していた。また、男の人は「それは沖田総司かな?」という質問が多い。「いいえ、こっちが土方さん役です」「(晴香)平隊士です!」とまた、主張。  映画スタッフの方には「誰が好きなの?」と尋ねられ、「土方さん」「斎藤さん」と答えた。
 また、るろうに剣心ファンの銀行員のお兄さまと出会い、彼は大変嬉しそうでした。いや、マジでるろうに剣心好きなんですね。喜んで下さって、こちらもまぁ、恥じを忍んで(隊服を着ることが恥じな訳ではございません、一生懸命作ったことは誇りですもの)、やった甲斐があるというものでござるよ。
 施設は大変綺麗で、見たことがある風景が多かった。『利家とまつ』のかぶき者又三登場のシーンも、荒子城(?)も清洲の城下(?)も『葵徳川三代』もロケ地として使われています。なりきって、写真を撮りまくったぞ!やっぱ、ロケ地は必要よね。