《ごちゃまぜ民話》
  一寛の終わり

昔、人里離れた山奥に一寛さんという坊さんが住んでいました。
まじめな坊さんで托鉢と晴耕雨読と時には荒行などもしていたようですが有名になる 気配もなく、いつか老人になっていました。身寄りのない一寛さんの唯一の願いは生き ているうちに現身の仏様に出逢うことでした。
しかし、それはいかに修業を積んだ先輩でさえ叶えられることではなくほぼ諦めて いました。
最近では耳がやや遠くなっているほか急に視力も落ち始め、1メ−トルも離れると 人の姿もさだかでなくなってきていました。今年の冬は越えられそうにないけど、仏 様は生きているうち現れてくれる気があるのかしら、その気があるなら今日にもきて くれないと間に合わないのにと思い、その晩は特に念入りに念仏を唱えていました。
木枯しの吹く夜のことでした。
表てで戸を叩く音がしました。陽気のよい季節ですとタヌキや鹿が遊びにくること がありますが今は冬です。
「どなた様ですか」
「旅の者です。今夜一晩泊めていただけませんか」
「どうぞ、でも何もおもてなしはできませんが」
「屋根の下でありさえすれば結構です」
「では、どうぞ」     
坊さんは視力がかなりおちていたのでその人がどういう風貌のひとかよくわかりませんでした。
ただなにか白っぽく光っている感じで
「何かボオッ−と光っていますが、どうかなされましたか」
一寛さんが戸を閉めながら招き入れた旅人にたずねますと
「ああ、頭のところのコレね、峠を歩いてくる時月の光りがあまり明るかったので少 しこびりついているのでしょう」
「さようで、最近目が悪くよくわかりませんが、今夜はそんなに明るいですか」
「はい、谷川が水の底まで見えて、小石がみんな宝石のようです。何億という森の木 の葉の一枚一枚に月の光りが沁みて朝まで取れないとおもいます」
「そうですか まあどうぞ」 とその方に炉端に座ってもらいましたが、囲炉裏の火が消えかけているのに気付き ました。
「栗と芋が少しあるのですが、薪がなくなったのでとって参りましょう」 一寛さんが言うと 「この寒いのにわざわざ外に行くことはないでしょう。棚の上にあるその古びた木彫 りなんか枯れているのでよく燃えると思いますけど」 一寛さんはびっくりして言いました。
「何をおっしゃいます。これは恐れ多くも生きているうち一度逢いたいと思っている 御仏のお姿です。例え私の身を焼いてもこれを燃やすわけにはいきません」 一寛さんは温厚な坊さんでしたが旅人の言葉を咎めました。
「でも、余り似ていませんよ。髪の毛はそんなにちじれていないし、太っていません ね。顔ももう少し彫りが深くていい男です」
「おや、あなたは御仏に出会ったことがあるのですか。どんな感じのかたでしたか 一寛さんがおもわずつめよりました。
「はい、よく知っています。あなたの目の前にいるような感じです」 坊さんはアッと驚き目をこすりました。 霧が晴れるように視野があかるくなり目の前に座っている旅人が笑っていました。 法衣をつけていましたが、顔は真っ黒ケではなく、目は東洋系ですがアゴ髭が生 えていてルオ−のキリストとそれからどこか夢殿観音にも似ていました。 ☆☆☆☆!!c!! 真夜中にいきなり太陽がでたような衝撃でした。一寛さんは思わず飛びのいてひれ 伏そうとしましたが狭いうちで飛びのくスペ−スがありません。壁を背に思わず手を 合わせてひれ伏してしまいました。
「せっかくの機会ですので一緒に食事でもしませんか、筵の下に何かあるはずです」 そのひとは気さくに入口の土間の隅を指さしましたが、一寛さんは気が動転して
…そんなはずはない…
と心で呟きました。一寛さんの全財産は鍋がひとつ、夜具がひとつ、托鉢で貰って くるものとそのへんで取ってくる山菜や木の実のたぐいで、季節は冬ですし、あいに くここ数日托鉢にも行けず栗が少しと芋が2、3本あるだけでした。でもこうなった ら何が起こるかわからないので一寛さんが土間の隅の筵を開けてみると芋や栗の他に 野菜や米や味噌まであるのです。おまけにお酒がいっぱい入った貧乏トックリとグイ 飲みまであるではありませんか
「まあ、いっぱいやりながら話しませんか」
ハハッ…ハイ
一寛さんは慣れない手でカチカチ貧乏トックリの口をグイ飲みぶつけながら返事を しました。
「うまい、寒い夜は熱燗が一番ですね」
その人はうまそうに一杯飲みほしたあと
「何で今まで私が現れなかったと思っているでしょう。また、私が意外な姿なので驚 いているでしょう」
ハ…
「私は私の名を呼ぶあなたの声を昔から聞いているけれど、あなたの思うイメ−ジと はかなり違うので出てこられなかったのです。私のことは昔から世界中の人間がいろ いろな名前で呼びます。仏様とか神様とか、それぞれの考えで想像してしまうので私 とはずいぶん違うものになっていることが多いのです。それはあなた方坊さんにも責 任があるのです。日常語で話して下さい。お経なんか誰も分からないじゃないです
か、人間どころか動物でも植物でも分かる言葉で話してください。
私が今まで現れなかったのは、聞こえなかったり、多忙のせいではないのです。木や石で刻んだモデルから想像されるのが迷惑だったからなのです。
私は太陽光線と同じでさまざまなスペクトルは全部あわせると人の目に見えなくな ってしまいますからね。私はなりゆきで観音様でも、マリヤ様でも笠地蔵でもケ−ス バイケ−スで何にでもなりますよ」
一寛さんは話を聞きながら滅多に飲んだことのない酒が利いたせいもありますが、
生きている御仏と逢った感激に、もういつ死んでもいいと思いました。
「じゃ、明日の午後うちにいらっしゃい」
そのひとが言いました
「何一つ身についた修業もなく戒名もありませんが、お邪魔でなければ是非…」
坊さんは平伏して言いました
「お前さんは気持ちのいいひとだね。私はそういう人すきだよ」
その方は笑いながら よその国に似たような人が待ってので、では…
というと突然消えてしまいました。一寛さんはしばらく茫然としていましたが、 そのひとが座っていた跡には屋根の隙間から一筋の月の光りがこぼれていました。 でも決して夢ではありませんでした。その証拠にその人の座った前にはグイ飲みがひ とつあり、大きな貧乏トックリにはまだお酒が残っていました。
 一寛さんは一人で残りのお酒を飲みながら何も無いと思っていた人生でしたがしみじみ生きてきて良かったと思いました。最後の一時にやっと分かったことだけど、自 分が生きた意味がそういうことだったかと分かったのです。それに消える間際に仏さ まが明日の午後、うちの庭先のこぶしの木の下でみんなで食事でもしましょう、とい ってくれたことを思うと囲炉の火を見ながら感激でいつまでも眠れませんでした。
翌日ひとのいい笠地蔵の五平じいさんとばあさんが、しばらく托鉢に見えない一寛 さんを心配して訪ねて来ました
「一寛さん、いるかね」 外から声をかけましたが返事が無いので五平さんが鍵のかかっていない戸を開けて 家の中に入りました。一寛さんは囲炉の柱に凭れかかっていましたが、呼んでも返事 がありません。
「まだ、寝ていなさるかね」 そばにいってみると一寛さんはまるで生きているように死んでいました。 一寛さんの頬っぺたには涙のあとがありましたが、顔はこの上もなく幸せそうに笑 っているのでした。
「ばあさん、見ろや。笑いながら死んでいらっしゃるぜ」
「あんれ、まあ 飲んだことのない酒なんか飲みなすって」
「ゆんべ、木枯らしの中、お知り合いが訪ねて来たんだんべ」
「あの寒いのに悪戯タヌキがくるわけもなし、仏さんが酒もって迎えに来きたんだん べな」
もの分かりのいい老夫婦は事態をすぐ理解しました
数日後里の人たちでささやかな野辺の送りを済ませた後、身寄りの無い一寛さんの お墓は笠地蔵のある峠に決まりました。
暖かい冬の午後粗末な石碑の前に手を合わせたあと、五兵じいさんがばあさまに言 いまし た
「あんまりエライ坊さんでなかったみてえだったけどいいひとだったなア」
「ほんに…」
珍しく風もなく山間に遠くの海が見える冬の日でした