黒浜沼の河童
                
  目次 
 
一 物語りの初め               
 
二 村の人と仲良し                
 
三 荒川河童の襲撃             
 
四 河童の赤ちゃん               

五 行っていってしまったものたち

      
 
一 物語りの初め

 戦国時代の後半、荒川水系を統一した荒川河童は徳川時代になると利根川水系の河童一族を除いては関東で二番めの勢力となり千匹を超える一大勢力となっていた。入間川水系や多摩水系と異なり戦闘集団として気が荒く、武力が最高の美徳とされた。
晩春の名月の夜、一族の繁栄を願う盛大な祭りが川原で開催されるのが恒例となっていが慶長八年の春、その年も例年通り部族の守護神である水神に壮大なセレモニ−を捧げたあと年間栄誉賞が次々と発表された。
 長老には三人の子供がいたが、次男の与二郎河童は身の丈が二メ−トルもあり、三男の与三郎河童も若干上背は劣るものの腕力が強く、獲物を見付けると目から黄色い光りを放ち、口から吐き出す水銃(カッパミサイル)は三十メ−トル離れた狸や狐を倒す程の威力があった。ところが肝心の長男の与太郎河童は背も低く痩せていてとても強そうに見えなかった。特技といえば草笛がうまいことぐらいで、それは女子供のすることであった。荒川族にあっては領土の拡大と眷族の維持に関係ないことは全て軟弱で悪いこととされたので優しさとか、気品とかいうことは臆病と同じことで恥ずべきことであったのだ。
 予想通り今年も一位は与三郎河童で馬三頭人間の子供一人、大人一人、川の淀みに引き込んで溺死させたことが評価されたものである。
 二位は馬一頭犬三匹、人間の子供一人溺死させた河童に与えられた。それぞれ馬の皮で作ったエ−ルが与えられた。こうして次々と二十四位までが拍手と羨望のなかで栄誉が与えられた。次男の与二郎河童は式典が進む間周囲の者に軽口をたたいたりして薄い笑みを浮かべていた。この数年最後に発表される最高栄誉賞に自信があったためである。
「では本年度の最高栄誉賞を発表する。荒川の与二郎ッ」
 長老が一際 大きな声で与二郎河童の名を呼んだ。
「オ−」
 与二郎河童が進み出た。賞品は部族の誰もが欲しがっている白馬の尻尾である。与二郎河童が高々と白馬の尻尾を掲げると会場は暫く拍手と歓声が鳴り止まなかった。与二郎河童と与三郎河童が上位を占めることは長老の誇りであり殆ど予想されたことであったが長老が苦虫を噛み潰しているのは今年も肝心の長男がまた賞に漏れたことである。与太郎河童は何をやらせても二十四位どころか子供の戦闘河童にすら及ばないのである。
 戦闘河童の競泳に続いて様々な武闘大会が行なわれた。河童の武器とするカッパミサイルの模範演技や、また十メ−トル以内の生き物を卒倒させ百メ−トル以内の生き物を暫く戦闘不能にする(ヘノカッパ)の威力等々手だれのものにより披露された。与太郎河童は今回どの競技にも参加しなかった。長老の怒気を含んだ声が轟いた。
「与太郎何処に居る。貴様には何の技があるのだ。せめて当家に伝わる雨降らしの術でもして見せい!」
雨降らしの術は(雨ガッパ)といわれる秘術で長老の家系に伝わる門外不出の秘伝である。おどおど出てきた与太郎河童が自信なげに呪文を唱えると月の面に半分雲がかかりはじめた。鳴りをひそめた川原の河童たちが空を見上げているとパラパラと雨が降ってきたがすぐ止んでしまった。月の面を覆っていた雲の一片は跡形もなくかき消え皓々とした月が川原を照らしていた。
 与二郎河童と与三郎河童が薄笑いを浮かべていた。
「ふ甲斐ない奴め、セミの小便のほうがまだマシじゃ」 
 怒りをあらわにした長老が呪文を唱えるとたちまち雲が全天を覆い雷鳴が轟き女河童が悲鳴を上げるなか大粒の雨が降り注いだ。数分後長老の烈迫の気合いが聞こえると嘘のように全天の雲が晴れ月が顔を覗かせた。あらためて長老の妖力を見せられた河童達はやんやの拍手をおくった。
「何をしても仕様のない奴めが、せめて河童のへでもして見せい。それも出来ぬかなら家紋の恥じゃ、死んだつもりでやってみせい」
 先程の雨降らしで申し訳程度の雨しか降らせることが出来ず藻の中に隠れていた与太郎河童が長老の前におずおず進み出て言った。
「お父上、お許し下さい。一生懸命やっても私は弟達のようにはいかないのです」
「うるさい、それが名誉ある荒川家の跡取りの言うことか、河童のへさえまともにできなければ家督は取り消しじゃ。根性でやるのじゃ。出来ると思えばできるのじゃ、やれっ」「無理だと思いますが、そうまで言われるのならその気になって頑張ってみます」
 与太郎河童は深呼吸したあと尻を突き出しウンウン唸り始めました、やがてプウという小さな音がして黄色いガスが少し出たときはかたずをのんでみていた河童が全員吹き出しました。
「恥晒し、この川から出ていけ、二度と顔を見せるな」
 普段青い顔をしている長老が激怒しました。笑い声はなかなか止みませんでした。戦闘河童はゲラゲラ笑い、女や子供の河童も笑っていました。
 何が辛いといって、与太郎にとって仲間達や兄弟達の蔑みには慣れているものの若い女たちの笑い声には死にたくなるほど恥ずかしさを感じました。与太郎がおずおずと顔をあげると長老は青い顔をいよいよ真っ赤にして怒り狂っていました。与太郎河童は長老河童にペコンと頭を下げ、弟達の顔を見ましたが弟達は軽蔑の目をしてそっぽを向きました。与太郎河童は川の水に潜ると川下に息の続く限り潜り祭りのざわめきが聞こえなくなったところで川岸に這上がりました。何処にいくあてはありませんでしたが、この川から出ていかなければなりません。何処かの小さな池か沼でも探してそこに一人で住まなければなりません。そんなところが川から近くにあればいいのですが、一キロ以上もあると頭の皿が乾いて死んでしまいます。濡れた藻を沢山持っていこうとまこもを集めているときでした。後ろで水音がしたのでびっくりして振り返ると若い雌の河童がホホと笑っていました。 それはやがて与二郎河童か与三郎河童の側室になるだろうと噂されていた美女河童のあかねではありませんか。
「俺をバカにしにここまできたの」
 与太郎河童がにらむと若い雌の河童は首をふりました。
「与太郎さん。私一緒じゃだめ?」
 与太郎河童はびっくりしました。
「からかわないでください。私は荒川家の跡取りですが、みんなに笑いものにされている出来損ないです。先程も全員の河童のまえで醜態をさらし笑われたばかりじゃありませんか。貴方も笑っていたはずです」
「ごめんなさい。たしかに笑いましたけど、私はバカにして笑ったんじゃないの。貴方の情けなさそうな顔がおかしかっただけなの。私強いだけの人好きじゃないのよ。このままだといずれ与二郎さんか与三郎さんのおめかけにされそうで何処かへ逃げ出したかった
の。与太郎さんは笛も上手だし優しい方みたいでまえから一緒に逃げてくれたらと思っていたのよ」
「フ−ン それでときどき俺のこと見てたのか、でも何で俺みたいのがいいの」
「私の先祖は荒川の源流の吉田川に七百年も平和に暮していたの。五十匹くらいの小さな部族だったけれどいきなり攻め込んできた赤平川族に滅ぼされ、それから赤平川族から今の荒川家に売られてきた奴隷なの。吉田川河童は少数部族だから破れたのじゃなくて、赤平川族や荒川家と違い戦争することを知らなかったの。吉田川河童は今の荒川河童の考えとはまるで違う考えをもっていて、人間も河童もみんなそのままで仲良く暮すことや一番素敵なことは力が強いことでなく、笛が上手なことや、楽しいお話ができることや、踊りの上手なひとがみんなにもてはやされたのよ。与太郎さんは今の一族ではバカにされているけど、私達の種族ではおおもての男性なのよ。だからずう−とまえから好きだったの。迷惑?」
「迷惑なんて」
 与太郎河童はボーッとしてしまいました。
「でも、これから大変だよ。弟たちが追いかけてくるかもしれないし、何処かの誰もいない沼にたどり着くまで死んでしまうかもしれないよ」
「いいわよ。与太郎さんと一緒なら。でも頑張って夜明けまで歩きましょうよ。日が出てしまうと体が乾いて一キロも歩けないわ」
 それから三時間ふたりは持ってきた藻の水を絞って頭の皿を濡らしながら歩きました。畑を越え、林を越え、雑木林では手足に引っ掻き傷を作りながら歩いていくと夜が白む頃水の匂がました。
「見て、大きな田んぼの中に沼があるわ」
 ふたりがやっとたどりついたのは黒浜沼でした。
 丁度蓮の花ざかりでした。

 二 村の人達と仲良し


「此の頃沼に河童がいるみてえだな」
「うん。荒川の河童と違って人なつっこそう河童だで。昨日もうちの太郎吉が駆けてきてな〈ちゃん、沼で釣りしてたらな。外れたウキを投げてくれた〉と喜んでいたぜ」
「隣の太平の家じゃ、おととい暗くなったで田の草を半分残して帰ったら翌朝奇麗に草がむしってあったと、誰だか知らないが草むしってくれて有難うよ。ここさキュウリを置いておくからよかったら食いなって言うと、二匹の河童が出てきて丁寧に頭さ下げてキュウリを二本持っていったと夫婦で住みついたらしいな」
「ふーん。キュウリ二本とは安いもんだ。こんだ田植でも頼むかな」
 翌年、試しに村人の一人が苗の束の側に竹のこの皮に包んだ握り飯を置いて
「河童さんや、田植は出来るかね」
 沼に向かって言って帰ると翌朝奇麗に植えてあったと。沼の側の田んぼはずぶりとヘソまでもぐることがあってあぶねえからこれから河童に頼むべという人がでてきた。
河童は昼間はあまり姿を現わさず夜になると働く様子だった。河童は月が出ている間に働くうで雨の夜や新月の夜は田の草取りも田植もやらなかった。
そういうときは御礼に置いておいたキュウリやまんじゅうはそのままにしてあったので、なかなか義理がたい河童だと評判になっはじめ、水遊びをする子供に河童に引きずり込まれるど、注意していた大人も何処からきたか分からねえが荒川の河童とは性根が違うようだ。
子供が沼で遊んでいても河童がいるから心配あるめえということになった。一面に稲が植えられると眠くなるような蛙のなく声が夜通し聞こえるのが例年のことであったが近頃は月の奇麗な晩など草笛の音色が流れた。あの河童が吹いているんだんべかと夜中笛の音をたよりに確かめにいった者がいた。
沼の側のお堂の藤棚の下でやはり河童が笛を吹いていた。側に雌らしい河童が座ってうっとりしていたという。おどかしちゃ悪いと思いそれ以上近寄らず見ていたがあまりうめいもんで聞き惚れていたら半刻も吹いた後沼に戻っていったとか、頭の皿が乾き始めたんだべ、ということだった。
数年後のことだった。その年は梅雨になっても雨が降らず折角植えた苗が枯れてしまうので毎日沼の水を汲み上げては天秤棒で担いで田に運んでいたが、水運びは骨の折れる仕事だ。沼の側の田はまだしも沼から離れた田は稲が枯れ始めたので神主を呼んで水神様に雨乞いの祭りをすることになった。
その晩神主の夢枕に立った水神さまから(河童に頼め)とのお告げがあった。人の良さそうな沼の夫婦河童は一畝くらいの田の草や田植はできてもそんな神通力まではあるめえとは思ったものの神主は水神様のお告げなので沼の河童に雨降らしてくれと頼んだ。翌日、遠くの田からおかしな天気雨が降り始めた。
半刻(一時間)ばかり一反ほどの田に雨が降ったかと思うと半刻ばかり止み、また半刻ばかり降ると半刻ばかり止みそんな雨が二日ばかり続いたが三日めになると半刻降っては一刻(二時間)とまりして次第に降る時間が少なくなっていったともあれ枯れた稲が生き返り始めたので早速雨乞の願いを聞いてくれた水神様に何人か村かの人達が御礼に集まってきていた。村人の一人が沼の向岸を指差した  
 「あれ、見ろや」
 そこにはよろめきながら、あかねに支えられた与太郎が空に向かって両手を差し出していた。
「河童さんもういいいよ」
「暫く休みな、お蔭で助かったよ」
 与太郎河童は不得意な雨降らしの技を三日間やり続けたのでふらふらになっていたのである村人たちが皆で拍手をしたときである。突然稲光りがすると大きな雲が沼の周辺を覆い大粒の雨が降り始めたのである。
「降った!降った!」
 ずぶ濡れになりながら村の人たちが喜びの声をあげた。
 田に溢れた水はみるみる水路に流れ込み半分に干上がった沼に流れ込んでいった。
「良かったね。人の役に立って、皆笑っているのは喜んでいるからなのよ」
 沼のほとりにあかねに支えられて座ったまま与太郎は七年前大勢の仲間の河童の前であざけられた日のことを思い出していた。
 
 
三 荒川河童の襲撃
 

 旱魃の夏を無事過ごした沼の部落は一そう与太郎河童夫婦に好感をもった。
それまでは愛すべき河童夫婦とは思いながらも害をしないのをいいことにして 、まんじゅうやだんごのなかに小石を入れたり、河童だから少しくらい腐っていても大丈夫だんべ、という気安すさから悪戯をするものもいたが、あれはひょっとして水神様のお使いかもしんねえぞということに変わっていた
幸せな日々が与太郎河童夫婦の上に続いたある夜のことであった。蓮のが満開の月夜でした「与太郎さんは私と違って身分の高い方で本当だったら、何処に行くにも大勢の家来がいて威張っていられたのに、いくら月日がたっても家来が私ひとりじゃ時々つまらなくならないの」
「えっ、あかねは家来なの?半分以上俺のほうが家来みたいだけどな。おれそんなこと全然思わないよ。大勢の前で話したり、挨拶したり、いつも前に座ったりすることなんて全然嬉しいと思ったことないものね。村の人はいい人ばかりだし、あかねはいるし、このままで十分すぎるよ。それよりあかねこそ、おれについて来なけばうんと贅沢できたのに」
「あたしも十分幸せよ、このままで百年でも千年でもいたいわ」あかねがそういったときでした。沼の向こうから稲がザワザワと音をたて恐ろしい気配が近づいてくるのを感じました。幸な日々のなかで二人が心の隅みで恐れていたこと。それは逃げたあかねを荒川河童が取り返しにやって来やしないかということで百匹以上の戦闘河童が沼を取り囲んでいるのがわかりました。 忘れもしない恐ろしい与二郎河童の声です。
「与太郎、出て来い。逃げられはせんのだ。あかねを盗みだすとは呆れたやつだ。覚悟はいいな」
 長老の声です。
 二人は震えながら沼の側のお堂に逃げました。長老河童を先頭に大勢の河童が十メ−トルくらいに迫ってきました。
「水神様っ」
 ふたりが叫んだときでした。お堂の中から眩しい光りがさしあたり一面真昼のように明るくなりました。
「私の息子と娘に何をしようとするのだ」
 それは河童族が守護神としている水神の声でした。長老河童や荒川河童が何百年も祭りを捧げていても誰も一度も見てもいなし聞いてもいない水神の声でした。
「二人をこの沼において全員川に帰るのだ。よいか」 
 地鳴りのような水神の声に怖いもの知らずの長老も与二郎も与三郎も体の震えが止まりませんでした。河童達が立ち去ったあと眩しい光りは吸い込まれるようにお堂のなかに消えていきました。
「何時までも仲睦じく暮すがよい」
 それは長老河童達を震え上らせた恐ろしい声ではなく慈愛に満ちた声でした。
 
四 河童の赤ちゃん
 

 河童は殺されたり自殺したりしないかぎり普通死ぬことがありません。したがって子供もたまにしか生れません。子供が生れるのは親がいなくなるから生まれるものです。寿命の短かい生物ほど、ほかの生き物に食われる生き物ほど沢山子供が生まれる仕組みになっています。蛙や魚達がそうです。生きているとたまに嬉しいことがあるのでそれを子孫にも伝えたいためなのか、自分のはかない夢を気の遠くなるような未来に託すためなのかはよくわかりません。
 河童の世界には暦がないので河童には年令がありません。性別は生れたときからそうなっているのでどうしようもないのですが、河童の世界に大人や年寄りがいるのは本人がそう思うのでそうなっているだけなのです。河童の部族に赤ん坊が生れるのは極めて稀なことです。あかねに男の子が生まれました。どこの河童族にしてもたまに赤ん坊が生れると部族中が沸き返りお祭りをする習わしです。まさかの出来事に二人は大喜びしました。ふたりだけで充分楽しい暮しなのでしたが子供ができてみると、毎日がいっそう楽しくてなりませんでした。あかねは赤ん坊にトコと名ずけました。
 ※河童なので人間の役所には届けませんでしたがフルネ−ムは[黒沼の豊彦]です。
「トコはなんて可愛いんでしょう」
「あかねばかり抱いていないで俺にも抱かせろ」
 ふたりで代わるがわる抱いては、いちいちトコの仕草を笑っていました。赤ん坊は掌に乗るくらいの大きさで、悪戯ナマズに追いかけられないよう、尖った菱の実をそのまま食べないよう気を配り、与太郎はトコを甲羅に載せて沼のあちこちを泳ぎました。
「面白いね。はやく大きくなるといいね」
「なんて可愛いんでしょう。このまま大きくなんなくてもいいわ」
 二人はトコを蓮の葉の上に載せて一日見ていても飽きませんでした。
 たちまち一年たち二年の月日が過ぎました。二人は子供が幸福になることばかりを考えていました。
 あるとき与太郎がいいました。
「俺、ずうっ−考えていたんだがな。このままで俺達はいいけど、大きくなったらあかねみたいないいお嫁さんがくるといいのにトコは此処にいては何時までも独りものだよ」
「だったらあの荒川に置いてくるの。そんなの絶対反対よ」
「水神さんに頼んで人間の子にして貰おうか、私達はこの小さな沼のなかで一生くらしてもいいけど、トコにとってはどんなものだろう」
「嫌、そんなの絶対に嫌。それに水神さまがそんなことしてくれるはずがないわ」
 ふたりは初めて言い争いをしました。
 ある日、ふたりは沼の側のお堂のまえでお祈りをしました。
「トコが一番幸せなことをして上げたいのですが、トコはこのままだとどうなりますか」
「お前達と何時までも幸福に暮すだろう」
「人間になるとどうなるでしょう」
「賢い優しい子なので偉い坊さんになって人間の為に沢山のいいことをするだろう、そして全ての生き物に対して慈悲を説く人になるであろう。でもお前達のことは忘れてしまうよ」
「それは我慢します。トコさえ立派になってくれればいいのです」
「では親切な家の子にして上げよう」
 翌日、お堂のまえに乾いた藻に包まれて泣いている人間の赤ん坊を近くの子どもに恵まれない夫婦が見付けました。
「これはきっと神様が子供のない私たちに授けてくれたに違いない」
 と喜んで抱いていきました。あかねはそれから毎日泣いていましたがトコが立派になるのだから仕方がないだろう」 与太郎はあかねを慰めました。そんなある日沼に事件が起こりました。庄家のうちの五才の一人娘のしのが沼に足を滑らせたのです。
「助けて!」という声で近くの田で働いていたごんすけが駆け付けると二匹の河童のなかに潜るのを見ました。しのは体半分水に入っていたので急いで手をひいて岡に引上げまた。しのはかなり水を飲んでたことと、ショックでぐったりしていました。助けあげたごんすけは河童がしの込んだと勘違いしました。水を吐かせたしのを背負い庄家につれていき、大袈裟に話ました。 「おらが、気がつくのが少し遅れたら大事になるところでやんした。河童の奴めがしのさんの足を引いて引きずり込もうとしてたで、竹ん棒をもってどやしつけてやると、やっと手を離して。ありゃ、とんだ悪河童ですぜ」
「そうか、よくぞ助けくれた。悪いことはしねえというから、ここんとこ安心してたが、所詮河童は河童だ。本性を出したに違げえねえ。これから行ってこらしめてやる手の空いているものはできるだけきてれ庄家やは二十人ばかりの小作人を集めると、田船に乗って
 「出てこい、この性悪河童め」                                      と竹の先を尖らせた棒で沼中を突きまわしました。一時間ばかりたって正気に戻ったしのから
「蓮の実を取ろうとして、沼の深みにはまってしまったの。二匹の河童さんが泳いできて岡迄押しあげてくれたんだけど、ごんすけおじさんが怒鳴りながら来たので河童さん驚いて潜ってしまったの」 
庄家のおかみさんはたどたどしく話す娘の話しを聞いて
「こりあ、えらいことだ。ごんすけの話しを鵜呑みにしておっ父が大勢して河童退治にいったところだで、早いところ止めさせなければ」 おかみさんが息を切らせて沼にたどり着き
「止めろ、ごんすけの勘違いだ、河童はしのを助けてくれたんだぞ」 おかみさんが叫んだときは少し遅すぎました。
「手ごたえが確かにあった。もう少しで浮き上がってくるぞ」 竹槍の幾つかが与太郎の体を傷付けたあとでした。日が暮れて沼に静寂が戻りました。その夜は満月でした。背中と腕に傷を負った与太郎をあかねが薬草の搾り汁をつけて看病していました。 
 「大丈夫?」
「うん、痛いけど我慢できるよ」
 与太郎は体の傷の痛みよりも深い心の傷に放心していました。誤解は解けたとはいえ、 与太郎を襲ったときの憎悪に満ちた村人の言動を忘れることはできませんでした。短い時間の間とはいえ信頼していた人々がみんな別人のようになってしまったのです。 与太郎のまわりにいつのまにかいろいろな沼の生き物が集まっていました。みんな与太郎の怪我を心配している様子でした。蓮の葉っぱの上には蛙が数匹乗っていました。大きな鯉が何匹も泳いでいました沼の主と言われている二尺もあるなまずまで水面まで顔を出していました。
「俺、何で河童なんだろうかな」 与太郎が突然呟きました。
「そういえば俺も何でなまずなんだろうな」 なまずがいいました。月の光りが水面でキラキラ光っていました。   
「そんな事考えた事なかったけど俺達も何で蛙なんだろう」
蛙が呟きました。水すましだけが黙って水面に小さな輪や大きな輪を描いていました。黙って見ていたあかねが言いました。
「私だけのことなら分かるわ、私が河童なのは貴方に出逢うためなの」
「ふう−ん。俺にもそういう人何処かにいたらなあ」 一匹の蛙が隣の葉っぱに座っている雌の蛙を見て言うと雌の蛙はそっぽを向きました。 昼間の騒ぎが嘘のように静かな夜でした。遠くの森だけが黒々と影を作って雲一つ無い月の夜でした。
 
 
五 行ってしまったものたち
 

 長い明治時代が終り短かい大正時代が終わり激動の昭和時代がありました。沼の上に見たことのない大きな爆撃機が影を落し東京は火の海になり戦争が終わりました。それでも黒浜沼は上沼にも下沼にも季節になると昔通り蓮が咲き乱れ、夏は蛍が飛び交いました。夫婦の河童は村人から次第に忘れられながら生きていました。村の人たちが河童を忘れていったのは機械が発達し旱魃の時でもエンジンポンプで水を汲み上げ田植も稲刈りも機械化して河童が手伝うことがなくなったこと。そして人々の心のなかに河童が存在しなくなったからです。
 骨の折れる草取りが無くなり農薬が散布され、家庭から毒物を含んだ汚水が流れ始めると沼の水は急に汚染し始めました。底の泥が汚れダボハゼガいなくなりました。水面からメダカが姿を消していきました。汚れた泥の中に咲くといわれた蓮も上沼から減り始めました。遅い月が沼の上に鈍い光りを放っている夜中のことでした。上沼の蓮の上で二匹の河童が話していました。 
「随分とあたりが変わってしまったなあ。あと五、六年もたつと蓮も一本も無くなってしまうのだろうね」
「沼は汚れるし、人間はみんな忙しそうだし何だか別世界ね。荒川も変わっているかしら」
「このまえ、飛んできた水鳥に聞いたら川も同じなんだって、ゴミが一面に散らばっていてシジミもウグイもいなくなり鯉や鮒はいるけど半分病気なんだそうだよ」
「大勢の河童達は何処かへ行ってしまったのかしら」 水々しかったあかねの手にしわがよっていました。
「可哀想に、お前も年をとったね。トコが居なくなってから少し年をとり、ここ数年又めっきり年をとってしまって」
「貴方も年をとったわ。でも、今でも優しい人で嬉しいわ…」
「水神さまは今もいるんだろうね」
「人間になったトコはどんな一生を送ったのかしらね。もう一度笛を吹いて聞かせて」 与太郎が葦で作った笛を口にあて静かに吹き始めました。
「みんな昨日のことみたい」 あかねが与太郎の胸に顔を埋めました。沼の面に笛の音が響き月の光りの中にふたりの影が次第に薄れていきました。