オメガのお母さんの話(その2)

オメガはどうしているか
それからの、クマ


 
 kumanosonogo.htm

                                               
 2002年9月16日



このお話は

「オメガのお母さんの話」(その1)を
先に読んでくださると、
もっとよく理解されることでしょう。



オメガは、どうしているか



「オメガのお母さんの話」を
ご紹介して、もう半年がたちました。
はやいものですね。



オメガは、この3月の下旬に
福岡に引っ越してから、のんびりと
余生を過ごしていますが、
9月9日に、13歳になりました。

13歳と言えば、
『盲導犬クイールの一生』の
クイールは12歳と25日で
なくなりましたから、
クイールよりガンバっています。

盲導犬として、
一生懸命働いた犬たちは
せめて、小型犬並みに
長く生きてほしい。

もっと、もっと余生を
長く、幸せに
暮らしてほしい。

オメガは、
背骨や腰の軟骨がすり減って
盲導犬をお役目ご免で
引退したけれども、

やはり、
そのような思いは、同じです。

5月21日の朝、
オメガは13歳の誕生日を
9月に控えて
始めて歩行できなくなりました。

これはやはりショックです。

軟骨がすり減って、
神経にさわるのか、
散歩に行けなくなったのです。

それは、
たとえ一過性のもので、
歩けるようになったとしても、

やがてまた、オメガに
襲ってくるものなのです。

痛みで歩けない、痛み止めをやる
少し歩けるようになる、
やがてまた、痛む、歩けない
の繰り返しになるでしょう。

そして、やがてその間隔は
短くなっていきます。

オメガママはそのことを
よくわかっています。

だまし、だまし、対症療法するしか
多分、外に、方法はないでしょう。



7月初旬、
今年のこのむし暑さは何か?



オメガはヨロヨロ、
散歩に行ってくれるが
夜中に「ハーハー」と苦しそうに喘ぐ。
この蒸し暑さに参っているのか。

オメガママは何度となく目を覚ます。
このごろは、睡眠が足りない。



普通は、
そんなに痛むのなら、
散歩に行かなければ、
と思います。

でも、排せつは
大であれ、小であれ、

イヌにはみな
固有の儀式が要るのです。

家の庭でしかできないイヌ、
外でしかできないイヌ、
家の中でしかできないイヌ。
そして、
苦しみながら、飼い主に
介護してもらうイヌ・・・。

オメガは散歩しながらしか、
できないのです。


9月9日、
いよいよオメガの13周年の誕生記念日。

「無事、13歳になれたねぇ」と家族で
お祝いをした、その晩、

オメガは散歩から帰ってきて、
そのまま
ストーンとしりもちをついて、

立てなくなりました。

お母さんは予想していることで、
そんなに驚きはしなかったのですが、
オメガの腰が目に見えるように
弱ってきていることが、はっきり
わかりました。

お母さんはいつものように
痛み止めを飲ませて
様子を見ながら、投与をやめました。

オメガはいまは、
ヨロヨロ歩きますが、
ちょっとしたことで、
すぐグラッとよろけたり、
転んだりします。



オメガにとって、
そんなに悪いことばかりでは
ありません。

今年、宮崎で
盲導犬協会を訪れたとき、
毛のつやのいいことを
ほめてもらいました。

もう牛乳を10年以上飲ましているし、
カルシウムも十分。

胃腸が丈夫で、食べたものが効率よく
体の滋養になっている、
とほめてもらいました。

それが、オメガママの大きな
自慢だし、誇りです。

きっと長生きしてくれる

みんなは信じています。





                                                                                    





(上の写真)


2002年9月9日に13歳になったオメガ

撮影年月日:2001年11月17日
誕生日のおよそ10か月前
ゆずりは第1公園で
撮影と写真の加工はチャップママ。

本当は、この写真には
クマもピッチやチャップも、オメガママも
写っていたのですが、
オメガママは、カットしてもらいました。

オメガママには肖像権がありますから・・・。

最初、「顔にモザイクをかけたら
かまわない」

と言ってましたが、

あとで、
「アレは冗談」と言って来ました。
(^o^)

美しくて、かわいい
オメガのお母さんのお顔に
モザイクをかけるなど、

私にはできません。
(^_^)

オメガママは、本当に不思議な人です。

「クマの話などは、その辺にゴロゴロと
石ころみたいに
ころがっている、
どこにでもある話だ」

と思っています。

私や、上で紹介したチャップママは、

「いやいや、どこにでも転がっているというような、
話じゃありません」

と反論すると、

世間には、もっともっといい話がある、
とでもいうように

「いえいえ、その辺に転がっている
『ゴロゴロ話』です」

と言い返します。

私は、また、この「ゴロゴロ話」という言い方に
くすくす笑いながら、このコメントを書いています。
(^o^)

ネコを拾ってきて育てたり、

クマみたいな、野良犬になりそうなイヌを拾ってきたり、

盲導犬を譲り受けたり

公園のネコに毎日1回はエサをやりにきたり、

飼い主に、あまりかわいがれていないイヌに、
毎日エサをやりに行ったり・・・

そのようなことを、


特別なこととは思っていない人なのです。
(^o^)

そのようなことも含めて、
その辺に転がっている
「ゴロゴロ話」だというわけです。






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それからの、クマ



これから、お話しすることは、
「オメガのお母さんの話」(その2)
の続きですから、
まだ、(その2)を読んでおられないかたは、
ぜひ読まれることを、お勧めします。

そうすれば、
このクマの
ウソみたいな、夢見たいな、ホントの話に、

あなたの眠っている
魂が、きっと
揺さぶられるに違いありません。

でも、それは、

家を出て行ったチビを、
「よっしゃ、僕に任せといて」と
三日三晩捜して、連れて帰った
クマの話の
続編ではないのです。

チビのお話でないことは、
始めにお断りをしなければ・・・。





オメガのお母さんには、
今大学の1年生をしている、
娘さんがいます。
授業が始まると
親元を離れて大分に住みます。


今年、5月の連休のある日、
娘さんは、大きな声で
何かをわめきながら、血相を変えて、
散歩から帰ってきました。

「お母さん!大変!大変!」

お母さんは、何事かと、ドキッとしました。

娘が、生まれたてのネコを
抱いているのです。2匹も。

お母さん、もう一度、ギョッとしました。

――目がまだ完全に、開いてないんですから。

しかし、

「娘が連れて帰ってきたのだから、
もう、めんどう見るしかありませんでした」
お母さんはすぐ、その場で
そのように断を下します。



このへんがすごいところなんです、
オメガママや娘さんの・・・。

普通、
「大変!大変!」って、何が大変か。

捨て猫を2匹も、
それも目が見えるか、見えないかの
小さい、捨て猫を

娘であれ、母親であれ、父親であれ、
連れて帰ってくること自体が、

それを育てること自体が、
大変なんです。ハイ。

この娘さんも、お母さんも、
そうではないのですね。

目が見えない、猫が、2匹
捨てられていることが、
まさに大変なんです。

このあたりが、
普通の人と違うところです。

オメガママの親子はすごい!

親子の「血」は争えません。
「以心伝心」というのは、
こういうことを言うのでしょうか。

娘さんは、
オメガのお母さんの
後ろ姿を見て育った

という雰囲気があります。

お母さんは「断を下しました」
なんて
大げさに表現しなくても、

「娘がつれてきたのですから、めんどう見るしか
ありませんでした」
という
お母さんの言葉には、

逡巡(しゅんじゅん)のかけらも
ありませんから・・・。

「娘が連れてきたのだから、・・・。」と
お母さんは弁解のつもりでしょうが、
ひとつも弁解や釈明にはなっていません。

普通の人には、わかり難いところです。

(私は、この話を書きながら
おかしくて、おかしくて、
仕方がありませんでした。)



閑話休題



オメガは、
あまりにもネコたちが小さいので、
おっかなびっくりでした。

クマは、
違っていました。

「食べてみたーい!」と言わんばかりに
子猫の様子をジーッと伺って、すきあらば――
という感じでした。

このあたりのクマについては、まず

成長の途中で、
お母さんに拾われ、野性的すぎたクマを
知らなければなりません。

クマを知る皆さんも、
昔、クマが
猫をかみ殺して、食べようとしたことを、
思い出しているはずです。

お母さんは
人間的に成長したクマを
信じていないわけではなかったのですが、
それでも
一抹の不安はあったのです。

お母さんは、自分の目の真ん前で、
ネコをかみ殺して、食べようとした
一瞬を
忘れることができないのです。

ところが一方では、お母さんは
ネコを見ても、じっと見るだけで我慢できるまでに
成長したクマを
信じようとする気持ちも
いっぱいあるのです。

このあたりのお母さんの逡巡はよくわかるように
思うのです。

それでも、お母さんは、
「クマ!!食べたら承知せんからね!!!
食べたら、保健所よ!!!」

散々、おどしました。

「食べたら、保健所よ!」というのは
おわかりですね。

安楽死への道です。

クマは、「それは誤解だ。そんな気持ちはない!
僕を信じてほしい」と思っていたかもしれない。

いや、私もそう信じていますが、
お母さんも、娘さんもホントはそう信じていたと
思います。

ただ、万が一のことが心配だった
だけでしょう。



やがて、2週間もすると、子猫もチョロチョロし始め、
オメガやクマの方に近づき始めました。

そしたら、どうしたことでしょう。
オメガには
目もくれないのに、

クマには、
2匹とも、同じように
おなかのところまで行って、
ゴロゴロ遊ぶのです。

――まるで、母親のように思って。

やがて、今度は、クマが
父性愛(?)に目覚めたか、
子猫たちのおしりをなめ始めたのです。

これには、さすが、お母さんも
ビックリしました。
―「エエ―ッ!!クマがネコをなめた!

きれいにして
食べるつもりじゃないでしょうね???」

――お母さんのおどろきは、こんな感じのおどろきでした。



やがて、クマの目つきが、
以前とはすっかり変わってきました。
穏やかな表情になりました。

クマは、
ネコに対しての気持ちが変わったのだと思います。

もう、大丈夫です。

昔は、ネコを見ると「舌なめずり」し、「エサを食べなくなる」
という症状が出ていました。

それが全くなくなりました。



それから、
そのようにして、1か月が過ぎました。



やがて、
2匹のネコはそれぞれ、
里親が見つかって
養子に行きました。



それは、残念なことなのか、

そうではないのか・・・。

特にクマにとっては、
とても残念なことにはちがいない。

しかし、やがてすぐ
時間が
癒(いや)してくれます。

それに、
イヌやネコたちは、
人間が思う以上に
淡白なのです。

人間が思う以上に
適応能力があるのです。


イヌやネコたちは、
大切にしてもらえるなら、どこででもいいのです。



「私たち家族は、
クマの精神的な成長はスゴイ」

と思いました。





付記
   
私は、いつか、オメガやクマに再会したい。
そのとき
スージーももちろん一緒に。

この「オメガのお母さんの話」(その2)の
著作権は
オメガのお母さんにあります。


これを書くに当たって、
オメガのお母さんから、
資料をいただきました。

   「   」でくくった、
娘さんやお母さんの発言内容は
  たくさん、いただいて、
非常にまとめやすく感じました。

部分的に編集はしています。

オメガのお母さん、どうもありがとうございました。


               











(下の写真)

   ネコの母親みたいな気分でいるクマ(オス)
              このクマが、昔猫をかみ殺して、食べようとしたなんて信じられますか?

原画はもっとシャープな写真ですが、
私が加工している間に、ピンボケになってしまいました。

「ちょっと印象と違ったけれども、いい顔してますね」
とメールで感想をくださった人もいます。



                                                            




(上の写真)


この写真のクマは穏やかな顔していますね。
「やがて、クマの目つきが以前とすっかり変わってきました」と
オメガママが言っている通りに、やさしい、おだやかな顔です。

このクマが、夜になると、外出するのです。
そして、オメガママが玄関を開けてくれるまで、
外で寝て待っているのです。

オメガママはもうあきらめています。

オメガやクマやほかのイヌたちが寄り集まると、
このクマには、どこかしら、
気位が高く、風格があり、威厳もあって、
しかも人間的で、温かな
感じを与えるのです。

オメガの方がどちらかと言うと、少し冷たい感じがします。

それは、やはり、盲導犬として、「人様の情(なさけ)を受けない」
という、しつけ教育の成果が出ているな

と私は思っています。





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