笑われるかもしれないが・・・

■ 01/10/14●所信表明 ■ 01/10/17●飼い主のモラル ■ 01/10/20●秋の京都 ■

■ 01/10/24●一眼レフ初体験 ■ 01/10/26●うどん ■ 01/10/27●宣言 ■

■ 01/10/28●腕前 ■

 

2001/10/28●腕前

どうもわたしは料理の腕前がいいらしい。このごろ、毎日のようにごはんを作っているのだが、どうも反響がいいのだ。特に文句の多いわが弟からは大絶賛である。「ねぇちゃんの料理うまいなぁ。はずれが少ない。」と今日直々にお褒めの言葉を戴いた。こないだからのスパゲティ、やきうどん、おひたし、味噌汁、そして今日の焼き魚、煮物とどれもうまかったらしいのだ。「当たり前じゃい、長年自炊してたんやから。」とかなり自慢げにふんぞりかえっていたものの、人からうまいと言われるとなかなかうれしいものである。それが例え身内だとしても。この素晴らしい腕前をもっとフル活用するべき相手がいないのが誠に残念である。まだ見ぬ未来のダーリンのために、これからも日夜腕を磨こうと心に誓った。

2001/10/27●宣言

 最近、わたしの日課がある。それは、@朝、体温を測ること、A夜、体重を量ること、Bその日の状況をメモすること、C薬を食前に飲むことなどなど。なんかものものしいことになってそうだが、たいしてものものしくはない。@の体温はかなり測り忘れてるし、Cの薬もよく飲み忘れてる。こういう毎日毎日続けるのは苦手なのだ。それでもなんとかAとBはがんばって続けてるのだが、今日、あまりにもショッキングな出来事が起こった。いつものようにご飯を食べ、しばらく休んで風呂に入り、風呂上りに体重計に乗ったところ、ここしばらくみたことないような大きな数字が出てきたのである。見間違いかと思って、急いで体重計から下り、体重計をゆすってみて壊れてないか確かめ、(こんなことで壊れてるかどうかなんてわかんないんだけど。)置くときも慎重に置いて位置を決め、もう一度乗ったら、さっきほどではないにしても、それでもかなり重い。何にも着ないでこの数字だからとてもヤバイのだ。ムムム・・・とかなり不機嫌になって服を着ながら、これまでの行いとか食生活とかを考えた。そんなにアホみたいに食べてないけど、そんなに動いてもいない。食後ゴロゴロしてたな、そういえば・・・とか、チョコいっぱい食べたなとか、そういえばジーパンがきつくなったなとか、思い当たる節があると言えばある。ということで、ダイエットします。がんばるぞ〜〜。しかし、どうすればいいんだ?やっぱり食べないのが一番なのかなぁ・・・。

 2001/10/26●うどん

 昼ご飯を何にしようか考えていた。庭でガーデニングしてる母親に「何にしよう?」と聞くと、母はきっぱりと「うどん!」と答えたので、うどんにすることにした。さて、「うどん」と聞いて、何うどんを思い浮かべるか。わたしは釜あげうどんだった。あのさっぱり感がたまらない。んじゃ、お湯を沸かして、うどん茹でて。あ、その前にだしをどうするかな?とか思いながら、まぁ、湯はどう考えてもいるやろうと思い、お湯をわかしてるところに母親が入ってきた。わたしの行動を見て一言、「何してんの?」わたしが「うどんやろ?」と言うと、母は「焼きうどんに決まってるやん!」と、まるでわたしが大変な間違いをしたかのような言い方をする。「そんなん、何うどんかは聞いてへんのにわかるか!」「一言聞けばええやろ!」などと言い争った挙句、「じゃ、あんたが自分でしたらいいやん!」と、わたしは後を母に任せ、自分の部屋に戻った。後ろから「そうやって逃げてええと思ってるんか!」と母の罵声が飛ぶが、ここで売られたケンカを買っちゃいかん、と必死でこらえ、なんとか自分の部屋に戻ったものの、どうも納得がいかない。

 そこで突然うどんアンケートをすることにした。まず弟の部屋に行き、「うどんって聞いたら何うどんを思い浮かべる?」と聞いた。弟は「卵とじうどん。卵がふわふわのやつな。」と言う。なるほど、と思い、次は父のところへ。同じように「うどんって聞いたら何うどん?」と聞くと、父は「煮込みうどん。味がじっくりしみてるやつがええなぁ。」これまたなるほど。つまり、うどんって言っても十人十色、千差万別。みんな考えが違うというデータをとり、いざ母のもとへ!ところが、母はお客さんが来てその人とベラベラ喋ってる。台所にはフライパンとキャベツと玉ねぎとうどんが置いてある。しばらく待ってたが、うちの母はすっかり長話モードに入ってしまい、戻ってくる気配がない。なんかアホらしくなって、結局わたしが焼きうどんをつくった。途中で弟が様子を見に来て「あれ?卵とじうどんは?」と聞いてきた。「焼きうどんにした。」というと、それでも満足したらしく、特に反対運動はなかった。そして、焼きうどん無事完成!あとはかつおぶしをかけるだけのとこで母親が帰ってきて「おいしそう、ありがとう。」なんだか、母の策略に乗った気がしたのでとりあえず当初の目的通り、アンケート結果を示し、「こうやってみんな考えは違うんやから、はっきり言ってくれなあかんやろ!」と言うと、母は「ヘリクツばっかり言って・・・」と捨て台詞。でもこれってヘリクツか?

 

01/10/24●一眼レフ初体験

 先日、父にカメラをもらった。一眼レフのカメラを。なんでも、5年以上前に父の兄(わたしからいうとおじさん。)から1万円で買ったというカメラで、そこそこ・・・かなり・・・年季が入っている。買った当時、父はそれでうれしそうに撮っていたものの、使っているうちにもっと高性能(オートフォーカスとか。)のが欲しくなり、新しいのを買って、いらなくなったらしいのだ。そんなおさがりがさらにおさがりになってわたしのところにやってきた。最近、写真に興味を持ち出したわたしには、ちょうどいい練習台になりそうだ。これで感覚をつかんで、もっとおもしろいと思えば、新しいのを買えばよい。そう思って喜んでもらうことにした。その場でピントの合わせ方、フィルムの入れ方などの使い方を教えてもらい、よし、とるぞ!と思いながらも2週間ぐらい何も行動を起こさず過ごしてしまった。わたしの部屋の棚の上に置いてあるカメラが、久々の出番を待ちかねて、「使ってくれ!」と叫んでいる。やっと重い腰を上げ、写真を撮ることにした。

 しかし、いきなり外に持って出てカシャカシャ撮るのは勇気がいる。とりあえず身近なとこから、と思って被写体にしたのは、弟の猫。いっつも寝てるからそんなに動かないので、ぶれる心配はないだろう。かわいくとれれば弟にやればよい。そのへんにあった12枚撮りのフィルムを入れ、弟のいないときを見計らって弟の部屋に忍び込んだ。猫はいつものように日の当たるところで気持ちよさそうに丸くなって寝ている。動かないものの、ピントの合わせ具合とかなかなかてこずる。あっているはずなのに、どことなくボケてる感じがするのだ。ええい!と勇気を出してシャッターを押す。カシャ!という音が大きく響き、なんか本格的な感じで、気分はすっかりカメラマン。最初はまん丸になってる猫をとってたのだが、すぐに面白くなくなってきて、いろいろとちょっかいを出して猫を動かし、いろいろな表情を撮ろうとした。しかし、どうもシャッターチャンスが一歩遅いような気がする。あ、いい表情!と思ってシャッターを押したときには既にその表情は終わってるのだ。それでも無我夢中で12枚を撮り切った。とてもやり遂げた感じがして満足した。

 そして、フィルムを出そうとして・・・フィルムってどうやって出すの?入れ方は教わったものの、出し方を教わってなかったのだ。いっつも使ってるカメラのように、自動的に巻き戻ったりしない。頼りになる父はいない。よくよく見ると、左側のとこにクルクル回すものがついている。これを回して巻き取るんだろうか?そういえば、テレビとかでカメラマンさんが何かクルクルと回していたような気がした。そう思って、そのつまみを回そうとしたのだが、とても固くて全然回らない。力をこめてグイッと回すと動いたので、ああ、これでオッケーだ!と思い、フィルムを入れたときのようにギュッとつまみを引き上げた。すると、フィルムが入ってるところのフタがパカッと開いて、中を見たら・・・巻き取られてないフィルムがしっかりカメラに横たわっていた。どこかからかすかな記憶が蘇ってきた。「フィルムが入ったままフタを開けたらあかんぞ〜〜〜・・・」と何度となく言われたような。あれだけ気合を入れて撮った弟の猫の写真は、こうして帰らぬものとなった。後で父に聞いたら、「自動的に巻き取らなかったか?電池なくなってるんかもな。」と一言。そんなこと、使ったことないのにわからん!今度電池を入れ替えてリベンジだ!!

 

01/10/20●秋の京都

 親のおつかいで昨日から京都に行っていた。うちの母が、親戚のおばに着物を縫ってもらうよう頼んでて、それができたので受け取りに行ったのだ。車で行こうとしたら、父の小反対、母の猛反対にあい、結局JR。しかも、日帰りしようと思ったら、「まぁ、おばさんの家でゆっくりしてき。」とえらく勧められ、さらに、親の用やからということで旅費まで出してもらった。そこで、おばに電話して取りに行くことを伝えたら、「どこか行きたいところはないか?」と尋ねられた。そういえば、今、京都市美術館では、レオナルド・ダ・ヴィンチの「白貂を抱く貴婦人」が公開されている。これはもちろん、ダ・ヴィンチの真筆で日本初公開、日本に来るのは最初で最後と言われるかなりの貴重な作品だ。ちょうど見たかったからそれを言うと、連れて行ってくれるということになった。これで、入場料などを出してもらえる。めちゃめちゃラッキー!逆になんかこわいぐらいお膳立てしてもらえて、何かあるんかしら?と、かなり疑いながら京都に行った。

 おばの家に行き、そのあと美術館へ。しかしものすごい人だ。なんで平日の昼にこれだけの人が来れるんや?と思うくらい来てる。観光バスで乗りつけてる人も多かったから、ツアーで組まれてたのかもしれない。だって、公開場所は京都・名古屋・横浜だけやもんね。京都より西の人たちとかは京都に見にくるんやろうしなぁ。でも、こういうこともあろうかと高いヒールの靴を履いて行ったので、人の頭の上から余裕で見れたんやけどね。こういうときほど、背の高いのがありがたいことはない。

 そうそう、わたしは行く前はレオナルド・ダ・ヴィンチ展で、彼の作品ばかり展示してあるんやと思ったら、そうじゃなくって、ポーランドのなんとかコレクションとかいう中の1つで、彼以外の作品もいっぱい展示してあった。しかし、扱いが月とスッポン!他の作品はいくつかの部屋にギューギュー詰め、学芸員のお姉さんがおるくらいやのに、ダ・ヴィンチのは1つの部屋に1枚っきり。しかもめちゃめちゃ頑丈そうなガラスケースに入ってて、両側にガードマンというものものしさ。ドラマとか漫画とか小説とかなら、この絵が盗まれたりして大騒動になるんやろうなぁと不謹慎なことを考えながら通り過ぎた。絵の前に辿り着くにはグニャグニャとディズニーランドのアトラクションを待つように、かなり行ったりきたりしなくちゃいけない。そして、ダ・ヴィンチはチラッと一瞬。いちおう絵の前は広くなってて、ゆっくり見たい人は後ろのほうで立ち止まって見れるようになってはいるんやけど、どうせなら、じっくり近くでみたいやん。見たからといって何にもわからないんやけど、気持ち的に。できる限りゆっくり歩いて顔近づけてじ〜〜っと見た。「白貂を抱く貴婦人」はなかなかかわいらしくてよかった。「モナリザ」よりいいね。モナリザはミステリアスでなんかこわいおばちゃんやけど、この子はまだ若くって清楚でピチピチしてる。16歳くらいらしい。でも、なんとかっていう貴族の愛人。16歳を愛人にしちゃあいかんやろう。でも、こういう若いのを愛人にするのが男のロマンなんやろなぁ・・・と、絵の技術とか構図とかそんなのまったく考えずに見てた。所詮わたしってこんなもん。

 見てたら、おばとはぐれてしまって、出口で待つことにした。すると出口にもガードマンがいる。暇なのでガードマンを見てたら、手をカチャカチャ動かしている、なんと、野鳥の会が持ってるようなカウンターを持ってて、出てくる人の数を数えてるのだ。そして、時間がくるとトランシーバーで「4713人です」とか報告してる。きっと、入るときと数が違ったらあかんということなんやろうと思う。でも、けっこう適当にカチャカチャ押してる感じ。大丈夫なのか?と心配になる。そういえば、この間ニュースで来場者20万人とか言ってた。あと2会場あって、リピーターとかいるとして、3会場あわせて100万人くらいかな?大人の入場料が1200円。100万人で12億円かぁ・・・と、金の計算をしてしまう。やっぱりわたしってこんなもん。でも、おかげでおばを待つ間、退屈することなく過ごせた。

 その後、平安神宮行って季節はずれの庭園を見て(紅葉はまだまだやった。ガッカリ。)、見合い写真にもなりそうな記念写真を撮り、おばの家に帰った。そして、おばの家でゆっくりして、今日着物を持って帰ってきた。楽しかったよ、とても。満足満足。

 

01/10/17●飼い主のモラル

 わたしの毎日の楽しみのひとつが、犬の散歩である。うちには2歳になるオスのラブラドール・レトリバーがいて、朝と夕方の1日2回、天候に関わらず散歩に連れていく。朝は空気がひんやりとして、最近では逆に寒いほどだ。霧が出て、数メートル先が見えない中を、犬とスタスタ歩いている。夕方はまだあたたかく、歩いていると汗ばんでくる。まわりの景色がだんだん秋らしくなってきている。そんな季節の移り変わりを見ながら散歩を・・・といいたいところだが、それほどのんきに散歩をしている暇はない。というのも、犬の散歩は犬のウンコとの戦いでもあるからだ。(汚い話でごめんなさい。)

 まず、うちの犬から出されるウンコ。大型犬の部類に入るだけあって、量が半端じゃない。朝のウンコはスーパーの大きい袋(うちではウンコ袋と呼んでいる。)に半分くらい、2、3回に分けて出す。夕方は小さいウンコ袋に1、2回。のんきに周りの景色を見てると、突然構えて出すのでとてもあせる。というのも、スコップを使わず、ウンコ袋をウンコが落ちる真下に置き、その中に入れてもらわなればいけないから。油断禁物、とっさの判断力と経験がものをいう。最近は8割がたの成功率である。それでも、これはまだまし。自分で処理すればいい問題だから。

 問題はよその犬が出すウンコ。腹立たしいことに、始末しない飼い主がわたしのまわりにはたくさんいるのだ。けっこう田舎なので、田んぼの土手にさせっぱなしにしているのだが、これが本当に困る。というのも、うちの犬が食べちゃうから。よその犬のウンコを。ホントに悪食な犬で困ってしまう。わたしのしつけが悪い!と言われるかもしれないが、わたしが仕事を辞めて実家に帰ってきたのが半年前。それまで育ててきた母親たちが甘やかせてきた結果なのだ。草むらの中で口を動かしてたり、歩きながら口を動かしてたり、パクッという音がしたらウンコを食べている確率がかなり高い。急いで口の中に手をつっこみ、ウンコを素手でつかみ、口から取り出す。汚いとか言っている暇はない。一刻の猶予もなく、瞬時にしなくちゃいけない。それでも、取り出せる確率は半分。手はガブガブかまれるし、取れたとしても手はウンコまみれだし、ふんだりけったりな状態で、そのあとかなりブルーになって散歩しなくちゃいけない。今日もうちの犬はウンコを食べ、それを取り出すことができなかった。ここ数日、連戦連敗である。

 そうなってくると怒りは始末しない飼い主に向かう。とりあえず、ウンコ袋を持ってない飼い主には笑って挨拶できない。「ちゃんとウンコの始末してくださいよ!」と怒って言えればいいのだが、田舎の集落というのはいろいろ近所つきあいが難しいのと、すっかりどこの家の人間かばれているので、言うと家の方に災いがふりかかる、恐ろしいところなのである。だからなかなか言うことができない。そうなるとどうしても、睨んだり、むっとしたり、じ〜〜っと見たりしてしまう。あとはうちの犬のウンコ袋をこれみよがしに見せたりしてプレッシャーを与えたりする。でも、あんまり意味がない。悲しいことだ。街中ならダメで田舎ならオッケーだとか、そういう低次元の考えしかできない人間が多すぎる。犬を飼うのにそういう最低限のことができないなら、犬を飼うべきではない。今、ペットが溢れている世の中、もうちょっと考えてみてもいいんじゃないかと思う。

 

01/10/14●所信表明

 ついにホームページの開設。やった〜!既にひとつ持っているので、そんなに苦労とかはしなかったものの、うれしいことには変わりはない。ひとつあるのになんでまたか?というと、もうひとつの方は、キャラクターがかなり無理してるところがあってしんどいから。去年、チャットで遊んでいた頃につくったので、そのチャットでのHNでつくってるし、キャラクターもそのチャットでのキャラクターをやっていかなきゃいけなかったりして。チャットがにぎやかだった頃は、仲間が集まってきてたものの、そのチャットも見事にすたれ、最近はホントにこじんまりとした中で動いてるのです。あんまり広めてなかったし。それでも内容を変えることができない小心者のわたし・・・。ってことで、新しいのを作って、どうせつくるなら、もうちょっと自分のキャラクター出したいなぁと思ったのです。そんなわたしのキャラクターとは?・・・自分でもよくわかんない(笑)。

 ・・・なんて笑っちゃってるけど、自分のキャラクターがわからないのって、なんか情けないかもね。それだけ、無個性なのか?とか、おもしろくない人間なのか?とか思ってしまう。そ、そんなことはないはず〜!!(汗)ってがんばって探してみても、でてこないんだよ。なんだかとても悲しくなってしまう。

 そもそも、自分のキャラクターなんて言っても、それは対外的なものかもしれない。自分をよく見せたい!とか、おバカな感じで人に親しみやすく!とか。ホントのキャラなんて、そう簡単に人に見せるものではないし。そう思うと、わたしはどんなキャラにみせたいのかなぁ・・・ということで、あげていくと。@年相応に(なんか最初っから守りに入ってる。)A自然体で(守り続く。)B暗いよりは明るい方が。C関西圏の住人らしさを忘れずに(?)などなど・・・。なんか、違う感じがする。

 なんか違う感じがするけれども、以上の4点を忘れず、この日記を書いていこうと思う。日記といっても、今日○○があった、ばっかりじゃおもしろくないから(わたしは他人の日記のこういうのを読んでてもあまりおもしろくない。)、そうじゃない、もっとギリギリな感じ(?)、というか、思いとか考えとかを多めに出していこうと思う。

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