prologue

サカグチナツミ

キミノイナイ世界ガ始マル




 会いたい。あなたのいない、世界は苦痛だ。想像できないくらいに。    

 私があなたの隠れ家のドアを開くとき、私の手がどれほど小刻みに震えていたのか、あなたは知らない。私は何度もキーリングを取り落としそうになった。恐怖のあまり吐き気がこみ上げ、涙で視界がにじんだ。早く早く、私は必死に自分を急がせる。こんなところで手間取ってはいられないの、早く。
 あなたの顔が見たかった。こんなに急いでどうしたんだよ、あなたは微笑んで言うだろう。そして私の心配を笑い飛ばすだろう。そんなことがきっかけでこんなに怯えてしまうなんて、菜摘はほんとに小心者だな。そう言ってあなたは手を伸ばし、いつものように私の髪の毛をくしゃくしゃにして、にっこりとするに違いない。あなたに会いたい、会って無事であることを知らせてほしい。お願いだから無事でいて、私に向かって微笑んで、ほかにはなにも望まないから。
 今でもあの夜の夢を見る、心底から怯えながら明け方、あなたのアパートを訪ねた夜の夢を。悪い予感をうち消しながら必死になって走った夜。あなたが無事であること、私の願いはそれだけだった。あなたに無事でいてほしい、あなたに生きていてほしい、私にはあなたが必要だから。この先の私の人生で、すべての願いが叶わなくなってしまってもいい、あなたが微笑んでくれれば、元気にそこにいてくれたら。
 夏の夜は短く、あと30分もすれば空が白むであろう、午前3時半、あなたの部屋のドアが開いた。  

 そして私は、たったひとつの自分の願いがかなわなかったことを知った。






サヨナラ黒イ鳥(1)へ 「キミヲサガシテル」の目次へ




トップへ