街路樹

「それでセシリア、これが事件のあらましかね?」 
  警察独特のまずいコーヒーを片手にロブ・シャディクス警部は報告書を眺めた。脂肪と砂糖のかたまりであるドーナッツは今日で二個目。いつも血糖値に気をつかっている彼だけど、食べなければやっていけないのだろう。
「ああ、はい。まったくもってひどい事件ですよ。まるで映画」
 胸がやけつくようだ。何人が今回の事件で犠牲になったのだろう?ドラッグストアのキャリーさん、新聞配達のチャド・フィリックス、そして同僚のテッド・オコナー。あまりに多くの血が流された。

 私はセシリア・チョウ、アメリカ西部の小さな街、リンカーンシティで部長刑事をしている。その事件は私が初めて見た惨劇だったと言えよう。

「マット・セイルの手記」

 あのカエデの木は女房の形見さ。メラニーはあの木をそりゃあ大事にしていたさ。なのにこのクソ住人どもと来たらちっともそんなことかまやしねえ!クソガキは登るし、犬のションベンをかけさせるクソババアはいやがるし。おれはそのつど女房にションベンかけられたような気分になった。そうだろ、ありゃあただのカエデじゃねえ!女房の墓でもあるんだぜ。女房はそりゃああの木が好きだった」

 その日、カーラ・キャリー(57)は愛犬フィドーを散歩させていた。途中、セイル家前を通った時、猟銃で胸を撃たれて即死した。犬は無事だった。セイル容疑者(58)によればキャリーは犬の排せつ行為をセイル家の前でさせたことがあるとのこと。

 その五分後のことだ。チャド・フィリクス(14)は明るい少年で、野球部では強打者として有名だった。人なつこい笑顔の新聞配達少年として近所でも知られていた。彼はたまたま、第一の事件のあとで彼はセイル家の前を自転車で通りがかったところをセイル容疑者にバットで殴られ、重傷を負った。必死の治療の甲斐もなく三日後、収容先の病院で亡くなった。検死解剖の結果、頭蓋骨が陥没するほど殴られていたそうだ。

「イヒヒのヒー!ビンゴだ、あのクソ犬ババアをぶち殺してやった。大事な街路樹を汚した阿呆どもさ!しかし内臓の臭いことったらねえ。まさしくクソのにおいさ、クソババアだけにな。ああ、それとあのガキ。木登りした馬鹿とは違うみてえだが、ガキにはおしおきが必要だ。あいつはみせしめ、尊い犠牲になったんだからよしとしてもらわねえと。ホームランの打ち方もみっちり教えてやったぜ、ギャッホー!ボールはてめえの頭だけどなァ!」

 午後三時二十三分、私と同僚のテッド・オコナー部長刑事(31)は通報を受けて現場に急行した。「気をつけろ、奴は武器を持っている」それが彼の…三歳の娘の父親でもあったテッドの…最期の言葉だ。最期まで同僚を気づかった優しく勇気ある男だった。ズドン、銃声が響き彼は頸部を撃たれて倒れた。反射的に私が撃ち返すと、銃弾はセイルの太腿に当たった。そのまま彼を逮捕できたが、一歩間違えば私も危うかっただろう。

「それにしてもおれの楽しみをクソデカどもが邪魔しやがってよぉ。そんでこうして臭い飯食ってるわけだ。ぼんくらアイリッシュは見事にズドーンと射殺してやったけどよ、あの黄色いメス猿が生意気にも撃ち返してきやがって!あの細い目でにらみつけやがってよ!あのクソアマ、いつかぶっ殺してやるぜ。おれは絶対やるぜ!そもそも女なんてのはクソなんだぜ。クソばっかだ。おまえもクソだったぜ、なあ、メラニーちゃんよぉ。男引っ張りこみやがって、スベタめ。おれの寝室にあのアホを入れやがって、この売女め!二度とできねえけどな、なにせおめえは……」

「もっと早くセイルを逮捕しておけばこんなことにはならんかったんだけどなあ」
「ええ。異臭騒ぎの件で調べておけばよかったんですよね。けどまさか…」

 そのカエデの街路樹は育ちがいい木だった。それはセイルが大事に育てたからだけではなかった。二年前、近所の住民がセイル家から異臭がすると通報したことがあったが、やがてそのままになっていた。けれど、事件の数カ月後大雨でカエデの根元があらわになり出て来たのだ。それは成人女性の頭蓋骨だった。検死解剖の結果を待っているが、おそらく出奔したとされていたセイルの妻メラニーのものだろう。

 あの木が妻の墓であるからこそセイルはキャリーさんたちを殺したのかしら?それとも犬が骨を掘り起こすのをおそれたのかしら?いずれにせよ、あの木のために人が死に過ぎたことは確かね。

The End