はっぱ、いちまい

 「ねえ」
 あたしがそう呼ぶと、今まで本を読んでいたおねえちゃんがめんどくさそうに顔をあげた。
「なによ」
 不機嫌そうな声。それでもあたしはめげずにおねえちゃんに話し掛ける。
「ねえ、”木の葉を隠すなら森の中”っていう言葉って、なんか変だよねえ」
「どこが」
「ええー、だってこれって物を上手に隠すときに使う言葉なんでしょう?」
「まあ、そうね」
「だったらやっぱり変だよお」
「だから、どこがよ」
 ついにおねえちゃんはいらいらした様子で読みかけの本をばたんと閉じて、そう言った。
「あんたねえ、あんたのそれ悪いとこ。なにが言いたいのかぜんぜん伝わってこないの。どこをどう変だと思っているのか、ちゃんとあたしに説明てくれないとわかんないでしょう」
「ええ〜、どこっていうかつまりさあ」
 あたしはそこでくちごもりながら、一生懸命考えた。どうもあたしは、こういうのが苦手だ。この日本語というやつが、いまいち上手に使えないというか。言われていることはわかっても、自分から説明したりするのが苦手。
「だって、木の葉っぱをさあ、森の中に隠したら、困るじゃん」
 やっとの思いでそう言った。
「なんで困るのよ」
「え、だって、森だよ? 広いんだよ? そんなかに葉っぱを一枚隠しちゃったらさ、見つからなくなっちゃう」
「あんたねえ」
 そこでおねえちゃんはこめかみに手を当てた。
「それでいいのよ。それがねらいなんだから。見つからないように葉っぱを隠すことが目的なんだから、見つからなくていいの。見つかっちゃ困るの。あんたいったい、この言葉、どういう意味だと思っていたわけ?」
「あ、ううん、意味はわかっている、と思うんだけど。つまり、敵に見つからないように上手に物を隠すってことなんだよね?」
「敵って……敵、敵ねえ、なんか敵という言葉は違う気がするけど、まあ見つけられちゃ困る相手ということは味方ではないか? じゃああってるかな。そうです、敵に見つからないように隠すんです」
「けどさあ、森の中に隠したりしたら、敵にも見つからないかもしれなけど、自分だって見つけられなくなっちゃうと思わない? 困るよねえ、それって」
「あんたって、ほんっと、物事をえらく素直に言葉どおりに受け取っちゃう子だよね。いいの、別にそれは。この言葉はあくまでたとえなんだから」
「たとえなのはわかってるけど、でも、でもさあ。似たようなものの中から、どうやって自分が隠したもの見つけるの? どうしてそれが自分の隠したものだってわかるの? 他の木の葉とどうやって区別するの?」
 あたしの質問に、おねえちゃんは顔をしかめた。この顔は知ってる。おねえちゃんが、うんとうんざりしたときの顔。
「あーうるさい。なんであたしがそういうわけのわからない架空のたとえにでてくる人間の心配をしなくちゃならないのよ。もー、区別の付け方なんて知らないよ。きっと目印でもつけるんじゃないの」
「目印なんてついてたら、自分だけじゃなくて、敵にもそれが特別な葉っぱだってわかっちゃうよ?」
「わかんないように付けるんでしょ。知らない。ああもうとにかくあとは自分で考えなさい。あたしは疲れた。オヤスミ」
 そう言いながらおねえちゃんは立ちあがって部屋をでていくとドアをばたんと閉めた。
「あっ……」
 あたしは思わず立ちあがりかけておねえちゃんの後を追いそうになった。まだ終わってないのに。まだ聞きたいことはたくさんあるのに。
 でも、おねえちゃん、ほんとうに疲れちゃったみたいだったし、これ以上質問すると怒り出しそうだったし。
 今日はもう我慢しよう。
 それに、ほんとに聞きたいことは、どうせおねえちゃんには聞けないし。

 今をさかのぼること十数年前、あたしの本当のお父さんとお母さんが、この星にたどり着いた。
 地球という好都合な星を見つけるのにあたって、ふたりはずいぶん苦労したらしい。
 あたしはそのころまだ卵の状態だったから、詳しくは知らないんだけど、どうも宇宙的な規模で見て、二足歩行するヒューマノイドタイプの知的生命体って、すんごく珍しいらしいのね。
 前肢と後肢の数が空間把握の能力に影響をもつ以上、二足歩行の生物が知能を持つに至る可能性は非常に低いんだったかなんだったか。まあとにかくそういうことなんだそうだけど。
 だから、あたしたちの母星があの光化学的有機体とかなんとかいうわけのわからない存在であるユービッキ星系のやつらに侵略されたときはもう大変だった。
 平常時なら、各々の星系の文明発達を担うような知的生命体の売買はいかなる目的であっても禁止されているはずだったんだけど、でもほら、連盟法にも抜け道がある。例の戦勝星系は一定期間、敗戦星系に対していかなることを行ってもかまわない権利を得る、というあれね。文明を担う知的生命体だって、大虐殺から大改造、大養殖まで、お気に召すまま。
 実際には大虐殺だの大養殖だのは、コストがかかりすぎるから誰もしない。で、けっこうな確率で、敗戦星系の住民は売買されるわけよ。ひらたく言えば、”奴隷”として。
 あたしたちは、繰り返すようだけど、二足歩行するヒューマノイドタイプの知的生命体で、とにかくとっても珍しいから、どこの星系の住民も目の色をかえてオークションに参加した。ユービッキ星系のやつらはもうほくほく。とにかくあたしたちは根こそぎ売られていったわけよ。この広い宇宙のあちこちに。
 もちろん奴隷になるのを嫌がって、星を脱出したり、あちこちに隠れようとした人たちもいたけど、ほとんどが無駄に終わったみたい。ユービッキのやつらは、本気になってあたしたちを探したし、ほら、あたしたちってすっごくめずらしいから、いくら必死に隠れたつもりでも、結局見つかっちゃうんだよね。すぐに。
 あたしの両親は、幸いなことに、学者だった。それもかなり高名で、連盟加入星系全体にとって非常に有益であるとされる研究にも携わるような学者。連盟は当然、彼らを保護した。だってそうでしょ? 連盟全体の食料問題を解決するような研究をしているような学者、連盟自体がスポンサーとして全面的にバックアップしているような偉大な知性が、奴隷として売り払われて、どっかの金持ちのためにエロダンスを披露するような毎日を送るなんて、無駄もいいとこだもん。
 だからまあ、ふたりはそれでよかったの。売買されずに、研究を続けることができて。でも問題がひとつあった。生まれたばかりの赤ん坊をどうするべきかという問題が。
 学者であるふたりは連盟の知的宝人保護法で守られるけど、当然なんの実績もない子どもにまではその範囲は及ばない。つまり、赤ん坊はユービッキのやつらに見つかり次第、捕まって、売り払われてしまう。
 そこでお父さんとお母さんは、とりあえず、あたしを生まれる寸前の卵の状態に一時的に戻して、生命オーラの垂れ流しを防ぎ、探知システムにひっかからないようにした。それからあたしを上手い具合に隠せるような星を探すことにしたのだ。
 けどまあ、これがなかなか難しい話だった。二足歩行するヒューマノイドタイプの知的生命体がうじゃうじゃいる星が理想なわけだけど、だいたいそんな星ないんだよね。そうしている間にも卵はどんどん孵化しようとしていくし、すでに生まれてしまった子どもを卵に逆行させるのは身体の時間軸を狂わせないためには一度が限界だし、かといって孵っちゃったら絶対即ユービッキのやつらに見つかるにきまっているし、両親はなかば諦めかけていたみたい。
 諦めかけて、それでもやっぱり諦めきれなくて、宇宙のこんな辺境もいいところのど田舎まできて、ふたりはやっと”地球”を発見したというわけ。
 ものすごく原始的な宇宙船しか作れないうえに、原子力みたいな野蛮なエネルギーをいまだに用いていて、統一国家すら成立していない地球は、好都合なことに、連盟法の原始環境接触禁止法の適用対象にあたっていたのだ。信じ難いほどの幸運に、ふたりは小躍りしたという。
 ふたりはそこであたしを卵から孵して、地球人の中にあたしがなじめるように、ありとあらゆる種族的な証を消し去った。テレパスとかクレアボワンスとか、とにかくそういうPSI関係は一切だめ。肌や髪の色も、地球人と似たような色合いに変えて、顔立ちも少しいじった。一番苦労したのが、精神的なバイオリズムにあわせて肌の色が七段階に変化するっていう性質を消すことだったみたいね。ま、とにかく他にもいろいろいろいろ、あたしたちが地球人とちょっとでも違うところはきれいに消して、最後にはあたし、地球の女の子とまるで区別がつかなくなった。
 なんてったって、今じゃあたしは地球の言葉しかしゃべれなくなっちゃんだもん、徹底してるよね。
「サヨナラ&!@」
 父さんと母さんはそう言った。あ、&!@っていうのはあたしの本当の名前ね。地球の言葉じゃちょっと上手く表現できない音なんだけど。
「もうしばらくして、敗戦星系への徹底理用可能期間が終わったら、私たちは必ずお前を迎えにくる。きっとだ。それまで信じて待っていてくれ」
 そんな言葉を最後に、父さんと母さんは船に乗っていっちゃった。あたしはそれから数日後に捨て子として発見されて、ラッキーなことに親切な地球人に引き取られ、地球語の名前もつけてもらって、それで今にいたるわけなんだけど。
 あたしは今でも待っている。本当の父さんと母さんがあたしを迎えに来てくれる日がくるのを。その日はきっとそんなに遠くないはずだと信じながら。
 あたしがひとつだけ気になっていることといえば、このことだけ。
   けっして目立たぬよう、ありとあらゆる目印を消して、すっかりとけこんでしまったこのあたしという葉っぱ一枚を、父さんと母さんは、いったいどうやってこの地球という森の中から見つけ出すつもりでいるんだろう。