「独孤真 怒りて杯を投げ、史霊仙 得難き秘宝を得るのこと」

 その男は眉目秀麗、年のころは二十五あたりか。紫色の上着に金色の簪を小粋に刺し、腰のあたりに玉を帯び、ちょっとした貴公子といった風情だ。ひらりと史霊仙の前に降り立つとにっと笑う。
「それがしは独孤真。そなたは史霊仙殿とお見受けするであるな。おとなしくそちらの『玉斗秘冊』をお渡し願いたい」
 きいんと冷たい金属音が響かせて、独孤真は剣を抜いた。やむをえず史霊仙も刀を抜く。白い虹のごとき光が両者の間に散る。史霊仙の服は襟のあたりから独孤真の剣に切り刻まれ、ささらのようになってしまった。力量ではやはり独孤真のほうが勝るようだ。独孤真が一瞬ふところに左手を入れたかと思うと、金色の光が史霊仙の胸へと飛ぶ。史霊仙は左手で独孤真の放った暗器を受け止めた。独孤真の顔に残忍な笑みが広まる。
「貴様、毒を!」
 針を掴んだ指がはや紫色に膨れ上がっている。
「ふふふ、おぬしも武術の心得あらばおれがなぜ紫蠍郎君と呼ばれるか存じておろう!」 
 独孤真、人呼んで「紫蠍郎君」。目的のためなら手段を選ばぬ悪辣な男である。その剣の腕もさることながら、好んで使う紫蠍散の解毒は本人しかできず、冒されたら骨まで腐り苦しみ抜いて死ぬほかない。
「兄上!」たまらず史翠璃が飛び出した。「おねがいです、兄の腕はあなたさまには及びませぬ。どうか、解毒をおねがいします」
「聞き分けのよい姑娘だな。『玉斗秘冊』をよこせばこれをやろう」
 独孤真はにたりと笑うと解毒薬を出して史翠璃に見せた。
「阿璃、やめろ!おれはいいから、渡すな!」
 泣きながら史翠璃は倒れた兄のふところから玉斗秘冊を取り出し、独孤真に手渡す。そしてひったくるようにその手から薬を奪った。
「ふふふふ、これでおれも秘宝を手にできたわけだ。さらばだ史兄妹よ、縁があればまた会おう」
 高笑いを残し、独孤真は飛び去っていった。
「阿璃…なんてことを」
「だって兄さんがいなくなったら私…私どうすればいいの?はやく薬を飲んで」
 黙ってうなずくと、史霊仙は薬を口に含んだ。すっとさわやかな味が口から鼻孔にかけて広がり、たちまち気分爽快になった。しかし『玉斗秘冊』を奪われた慚愧は消えない。おもわず嗚咽がもれた。史翠璃もつられて泣き出す。哀れ史兄妹の泣き声がまちに響く…。

 夜光杯に注いだ葡萄酒片手に、独孤真は『玉斗秘冊』を広げた。どうがまんしてもにやついてしまう。これで南唐後主の秘宝が我が手におさまるというものだ。燭台に日をともし机に広げる。
「馬鹿な…」
 独孤真はうめいた。図には仕掛けがあるに違いないと水をかけたり、火にあぶっても変わらなかった。
「おのれ!」
 独孤真はおもわず手にした杯を床に投げ捨てた。はかられたか。ぎりぎりと噛み締めた唇から血がツッと滴り落ちた。

 「ふむ。それでおめおめと独孤真めに地図を奪われたのじゃな」
「申し訳ありませぬ。師匠に顔向けできませぬ」「いや、いい。いまのおぬしでは梅真には到底かなわん。相手が悪かった。それに奴には宝のありかはわからぬよ。ありゃまったくの役立たずなのじゃ。おぬしらを騙したようで悪いがこれで独孤真めに一泡吹かせてやれたわい」
 からからと劉健は笑った。
「では師匠、あの『玉斗秘冊』は偽であったのですね。さすが今諸葛と言われるだけのことはありますな。蠍めの悔しがる顔が目に浮かぶようだわ」
「いや、『玉斗秘冊』は世に一冊しかない。しかしほうれ、ここに写しがあるんじゃ」
「こ、これは!」

こ〜んな島のこのへん

「これじゃなにがなんだかわからないんですが…」
「うむ。先代は大雑把なたちじゃったからのう。これで地図のつもりだったんじゃよ」
「はあ、では秘宝とはないのですか?」
「いや、ある。ここじゃ」
 劉健は庭に出ると一本の蝋梅を指差した。
「この木の根元にあるのですか」
「いや、この木じゃ。この木こそが宝じゃよ」
「きれいだ…」
 うっとりとふたりは白い蝋梅の花をながめた。月のもとに花が散りなんともうつくしい。
「後主の愛でた花、それがこれじゃ。株分けしたものをたまたま見つけた先代がこうして育てておったのじゃな」
 劉健は鋏を出すと一本枝を切り、史霊仙に手渡す。
「後主は愛する貴妃にこれを贈ったそうじゃ。おまえもあやかるがいい。師妹がおぬしの帰りを待っておる」
 史霊仙は顔を赤らめながら枝を受け取ると、一礼をしてその場を去った。

「もう三更ね。そろそろ休もうかしら」
 読んでいた本から顔をあげると、馬美文は窓のそとを眺めた。
「仙兄はだいじょうぶかしら。どうやら独孤真に狙われているらしいけど」 
 ついついひとりごとが口を出た。
「大丈夫かどうかは師妹、おまえにかかってるぜ」
 窓から風が吹き込むと、青い影がさっと部屋に飛び込んで来た。
「おれに冷たくしないでくれ、師妹。あんたに冷たくされたらおれ、長江に身投げしちまうよ」
「仙兄!無事だったのね。それで宝は見つかったの?」
「うん、おれの宝はここにあるさ。未来の嫁さん、史夫人だよ」
 史霊仙の差し出した枝を、馬美文は顔をあからめて花の枝を受け取った。これが好漢史霊仙がその妻を得た顛末なのである。

劇終

作者より解説

 ばりばり中国歴史パロディなので読みづらいかと思います。が、わからなければとばしてさーっと読んでください。

郎君:「郎」は若く身分の高い男性のこと。例としては三国志の周瑜が周郎と呼ばれていたのがある。孫策も孫郎と呼ばれていたそうだ。「君」は敬称。「郎君」は「若様」という意味である。

暗器(あんき):小型飛び道具。袖に仕込んだりして奇襲に使う。毒との組み合わせが多い。

阿:「阿」は日本語の「ちゃん」に相当するよびかけ。家族など親しい者が目下のものに呼びかけるときなどに使う。ここでは兄が妹を呼んでいるのでこうなる。有名な例には「呉下の阿蒙にあらず」がありますな。

夜光杯:ぶっちゃけグラスのこと。

南唐後主:南唐は唐滅亡後、五代時代という分裂期の王朝のひとつ。後主は二代目にして最後の君主で、贅沢三昧と風流君子ぶりが有名。

貴妃:楊貴妃で有名、女官の官位のひとつ。

えっと、あとは特に難しい言葉ないと思うんだけどな。

それでもわからないなら「考えるな、感じるんだ!(李小龍/ブルース・リー)」

というわけで劇終。