鏡の中の男

「この男いったい……いったいお前は誰なんだ」
「言ってやろう、俺はお前だ」
鏡の中の男はそう答えた。

「だって、だって……」
「なんだ?」
「だって、俺は俺だぞ」
「俺だって俺だ」
「そうか。それにしても似てるな」
「なんせお前だからな」
「しかし妙だな。俺がこう動くと……」
「俺もこう動く」
「じゃあ、こうすると……」
「俺もこうする」
「じゃあ、これならどうだ?」
「なんだよそれは、チンパンジーの真似か?」
「恥ずかしい動作も真似すんのかな、って」
「こんな格好、俺にさせないでくれよ」
「ゴメン、ゴメン……と油断させといて、ホレッ!」
「言ったそばからまたかよ」
「急にやったら少しぐらい遅れないかな、と思ってさ」
「何度やっても同じだって」
「それにしても似ている」
「そりゃそうだ。俺とお前は何もかもが一緒だ」
「いや、似てるだけで違うところもあるんじゃないのか?」
「いや、同じ姿格好、同じ顔。しかも同じことをしている。全て一緒だ」
「しかしだ。例えば俺が右手を上げよう……」
「それがどうした」
「お前、その手を見てみろ。それは左手だ!」
「うっ……本当だ……」
「そしてそのシャツ。よく似ているが……」
「似ている、っていうか同じだろ」
「いや、決定的に違う。ボタンの付き方が逆だ」
「ボタン?」
「俺のは左前、紳士モノだ。しかしお前のは右前、つまり婦人服だ」
「それも本当だ」
「言うならばお前は女装趣味。俺は根っからのストレート」
「俺って女装の趣味があったのか、知らなかった」
「似ているようで動作が違い、見た目も違い、性的嗜好も違う」
「ふむ」
「そこから導き出される答えは何だ」
「俺はお前じゃない」
「そう、他人だ」
「どうやら俺は勘違いをしていたようだ」
「まあ、誰にでも間違いはある」
「今日は短い時間だが有意義な時間を過ごせた。礼を言う、ありがとう」
「いや、俺も楽しかったよ」
「また鏡の中で会ったときにはヨロシクな」
「じゃあな」
そして、鏡の中の男はその場を立ち去った。