窓拭き

丹念に窓を拭く男が一人。そこを一人の老人が通りかかった。
「いったいその窓の拭き方はなんじゃ!」
「ハ、ハイ!」
「全然なっちょらん、窓拭きの基本は何べんも教えたはずじゃぞ。」
「ス、スミマセン!」
「腰を入れ、大きく円を描いて包み込むように……ウムウム」
「こうですか」
「拭き始めは虎。そして龍のように拭き抜けて、鳳凰のごとく拭き上げるんじゃ」
「鳳凰の如く、ですか」
「おぬしのは猫で始まり、蛇で抜けて、ニワトリで終わってるんじゃ」
「スミマセン」
「まあよい、拭き抜け五年拭き上げ七年というからの」
「勉強になります」
「精進するがよいぞ」
「ハイ!」
「心を磨き上げるつもりで、しっかりと拭くがよい。窓拭きは、その人を映す鏡と言うからのお」
「人を映す、ですか」
「そうじゃ。窓拭きにはその人の全てが表れるんじゃ。その人の性格、そのときの気持ち、歩んできた人生……いろいろとな」
「すごい話ですね」
「ホレ、もう一度拭いてみろ」
「ハイ! えーと、虎のように……」
「虎のように、ではなく、虎そのものになるべし」
「なるほど。よーし俺は虎だ、虎。……ぐわ〜おおっ!っと」
「馬鹿もん! ふざけてないで真面目にやらんか!」
「ス、スミマセン! ふざけたつもりはないんですが」
「もうよい。虎はいいから、先を続けなさい」
「ハ、ハイ!」
「拭き始めて……拭き抜けて……拭き上げ、っと」
「ほら、見てみい。この窓拭きにおぬしの全てが出とるぞ」
「そうですか」
「そうじゃ。例えばココ、心の迷いが出てしまっとる」
「すみません」
「まあよい、これからの精進じゃ。そして性格も手にとるようじゃ」
「性格も、ですか」
「少し内気で臆病者。そして神経質で几帳面、それでいて部屋が散らかっているのは気にならない」
「あ、ホントですね」
「好きな小説はもっぱらショートショート。そうじゃなきゃ集中力が続かないからな」
「それも当りです」
「小学校のときは保健委員でハンカチと爪切りのチェックが仕事だった、そうじゃろ?」
「怖いくらい当りますね。窓拭きを見ただけでそこまでとは」
「何でも好き嫌いなく食べるが、ブロッコリーは苦手」
「ホントすごいですね。どうしてそこまで分かるんですか」
「この間、ブロッコリーを残してるのを見たからの」
「……」
「むむっ。心の迷いが何かと思えば……おぬし、恋をしとるな?」
「ギクッ」
「その片思いの相手は髪が長くて頭文字はK……」
「いや、もうそこまででいいですっ」
「……ピアノを弾くのが趣味で、住んでるところはおぬしの家から近くて……」
「も、もう分かりました! 窓を自分の心と思って磨かせて頂きます!」
「ほう、そうか。やる気になったようじゃの。ならば精進するがよいぞ」
ホッホッホッ、と笑い声をあげながら老人はやっと立ち去った。