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35 不老不死

平成11年 7月17日(土)

不老不死の遺伝子について、話題になっていました。 「不老不死」、これは良い響きの言葉ですね。 私は、子供の頃に永遠の命を望んでいました。 たとえ、地球上の人類がすべて死に絶えてしまっても、自分だけは生きていたいと思ったのです。 いや、宇宙が消えて無くなっても、やはり自分だけはと考えていました。(なんだ、そりゃ!)

女の子に聞きますと、「佳人薄命」ということで、若くて美人のままで死んでしまいたいという人が多いようです。 考えてみると、永遠に生きるといっても、身体がぼろぼろになって、ただ生きているんではちょっと悲しいですね。 「健全な精神は健全な身体に宿ることが望ましい」とは、かのオリンピックで有名なクーベルタン男爵の言葉でしたね。 若いときには、このまま今の状態が続くのも良いなーと思ったのです。 しかし、残念ながら年をとってしまいました。

「不老不死」という言葉で大切なことは、「不死」ではなく、「不老」の方ですね。 若いときの一番状態の良いときに、そのまま「時間よ!止まれ」と言いたい訳です。 今みたいに、身体のあちらこちらが思うように動かなくなってくると、このまま続くのはちょっと‥‥‥。 これで、50代、60代とだんだんつらさが増してくるのでしょう。 そのうちに早くお迎えが来てほしいと思うようになってしまうのでしょうか? やっぱり自分のベストの時期が続く方がうれしいですよね。 それは、私の場合で言えば、うーーーーん、いくつの時だろう? 高校時代? 大学の頃? それとも、20代の中頃ですかね。

私は数学の教員ですから、授業中に教科書の例題を解いたり、生徒の板書をチェックすることがあります。 教員になって数年間は、計算を間違えるなんてことには、ほとんど縁がありませんでした。 せいぜい、年に数回あるかないかです。 間違えたときには、生徒たちが大喜びでした。 授業中に私の間違いを見つけた生徒には、ボーナス点をあげていたこともありました。 ところがこの頃では、そんな事をしたらボーナスだらけになってしまいます。 うっ、年をとってしまった!

もしも、「不老不死」の薬ができるのならば、もっと若いときにできて欲しかった! そうでなけりゃ、悔しいから自分が死んでしまったあと、だいぶ時間がたってからにして欲しい。 若い人が、「不老不死」となって喜んでいるのを見るのは、いやです(キッパリ)。

いや、良く考えてみると、若返りの薬ができれば良いんじゃないですか。 そうすれば、またあの若く元気な時代に戻れます。 でも、この若返り、いつの段階で止まるんだろう。 卵子と精子に分かれるのも、つらいですね。

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