18時5分、僕らは出発した。登山口まではなだらかな道を歩いた。何人もの下山者とすれ違う。その度に、「こんちわ」と挨拶を交わす。おじさんやおばさん、中学生くらいの少女、海外からの登山者…。しかし一人厚底サンダルで下ってきた女の子には僕らは度肝を抜かれた。彼女は本当にその靴で富士山を登って来たのか?それとも散歩がてら登山口を覗きに行ってきただけなのか?はたまた失恋のショックで青木が原樹海を彷徨ったあげくひょっこり五合目に辿りついたのか?謎は尽きない。その謎を抱えたまま僕らは登山口に辿りついた。

 登山口を抜けるとちょっと登山道っぽくなったはなったが、普通の登山道とはやはり何かが違っていた。どうも歩きにくい。下が靴が歩く度に沈んでしまいそうなほど柔らかい砂が敷き詰めてあるのだ。その理由は馬が通るからだった。実際馬がすれ違ったし、所々馬糞が転がっていた。富士山では馬が山を登り下りしているのだ。その時は馬がどこまで登って行くのか分からなかったが、下山時に疲れた登山者のために六合目くらいから馬が待機しているのを知った。さすが富士山。至れり尽せりだ。

 六合目には30分とかからず辿りついた(想定登山時間は約45分)。僕らは少し水で喉を潤し(というか水を飲んだのは僕だけだが)、すぐさま出発した。急いでいるわけではなかったがまったく疲れてもいなかった。道は相変わらず歩きづらかった。柔らかい土に登る度足が沈んだ。それは馬のためではなかった。富士山は火山土のためか足場が柔らかいのだ。いや、どうもそれだけではないらしい。ブルドーザーなどが登るためだ。富士山は点在する山小屋に物資を運ぶため車が走るのだ。見上げればいくつもの山小屋の明かりが点々と上の方まで続いている。さすが富士山。現代的だ。

 夕焼けがきれいだった。やがて灯り始めた町と眼下に広がる緑と鏡のような山中湖、そして波のように寄せては返す雲の海。それらが幻想的に桃色に色付く。夕焼けの色は僕の大好きな色だ。何か素敵なことが起こるような気がしてくる。もちろん何も起こらない。起こらなくても良かった。僕らは素敵なことを体験しようと自ら一歩ずつ歩みを進めていたのだから。

 次第に僕のペースが落ちてきた。すぐに休みたくなってくる。息が上がるのが早い。たっくんは疲れも知らずすいすい歩いていく。僕が運動不足だからか。引いていた風邪がまだ完全に直っていないからか。それらもあるかもしれないが、どうも酸素が少ないのも原因らしい。吸って吐いてもなかなか体中に酸素が行き渡っていないような気がする。それでもなんとかたっくんに付いて行った。そして七合目に辿りついた。

 

 

 七合目には山小屋があってその前で僕らは休憩した。山小屋にはジュースも酒も酸素もお土産も売っていた。ジュースはこの時300円。きっとこれから先の山小屋ではもっと高くなることだろう。よくもまあ山を登り下りしていろいろなものを運んでくるもんだと感心した。夏限定とは言え山小屋で働いている人も大変だと思う。さすが富士山。観光チックだ。

 まだ空はオレンジがかっていたが、少しずつ辺りは暗くなってきていた。そろそろ懐中電燈が必要になってきた。僕らはヘッドライトを装着し、七合目を出発した。

 七合目を越えたあたりからそれまでとは違った意味で歩きづらくなってきた。岩がごつごつの道を登らなくてはならなくなったのだ。時にはよじ登らないといけないようなところもある。道が暗いからなおさら大変である。ここでかなり役に立ったのがステッキだった。富士登山のあると便利リストの中にもあったのだが最初は持って行くつもりはなかった。でも実家に置いてあったので持って来た。たっくんも持って来た。これがかなり重宝された。足だけでは「よっこらせ」のところもステッキを利用することで、「よっと」で済んだ。またスキーと同様リズム取りにも役立った。おかげで下山する頃には手の中指にマメができるほどだった。

 息が苦しくかなり足もだるくなってきた。そして頭も少し痛い。きっと高山病の症状が訪れたのだろう。しかしまだリタイヤするほど辛くはなかった。しかしたっくんと同じペースで登るのはもはや無理だと思った。してはいけないと思った。きっと無理してペースを速めたらやがて我慢できないほど頭が痛くなってしまうかもしれない。僕はたっくんに先に行くように告げた。そして僕は自分のペースで行くことに決めた。たぶんそれが富士登山で(他の登山でもそうだと思うが)一番大切な登り方なのだと思う。

 

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