明治から平成を駈けた女 第7章 

 看護婦は、イクをいれて5人いた。

 その1人の紺野ゆり看護婦は、日赤本社を優秀な成績で卒業し、銀時計を記念に貰った看護婦であった。ゆりは、イクよりも3つ年上で、イクは姉のように感じていた。そのゆりの話を昼の食事の時に聞くのが、イクには好きだった。特に結婚と離婚の両方を経験しているゆりの話は、イクの興味をかきたてさせた。特に結婚初夜の話は、驚きであった。
「何とかして、頑張ってご主人の病気を治してあげようとは思わなかったのですか。」イクは、先輩に対して遠慮深げに、でも興味津々の様子でパンにバターを塗っているゆりに声を掛けた。
「とんでもない。そんな病気にかかることじたい、問題なんですよ。」ゆりは、厳しいけれどもきっぱりした声で答えた。
「だって、素敵なご主人様だったんでしょう。私なら、何とか治して差し上げたくなります。」高山カツが横から声を出した。
「確かにねえ。お見合いしたときは、とても美男で私のほうがすっかり夢中になったほどですもの。だから、まさか離婚するなんて思わなかったわ。でも、こんな私にこんな素敵な人が結婚してくれるなんて変だなあって思ったのも事実よ。」ゆりは、思い出したのか、少し潤んだような瞳をイクに向けながら、パンを持ったまま言った。
「どうして、相手の人は紺野さんと結婚しようと思ったんでしょう。」イクは一番聞きたい質問を放った。イクには結婚願望が全くないといったら嘘になる。多くの恋愛小説や映画などに出てくような美しい男性と恋に落ちるヒロインとなった自分が、いつも夢の中に出てくるというストーリーで現実逃避しているのだった。とは言うものの、ゆりと同じように容姿に自信はなかったため、結婚の夢を持たないように自分をいつも制していた。
「相手の人も私が看護婦をしているから、きっと治して貰えるなんて、簡単に決めたんでしょう。」ゆりの言葉には相手のことよりも自分が罠に落ちた被害者のような感じで、悔しそうな声で話した。しかし、決して話すのを嫌がっているようには感じなかった。イクは、そんなゆりの言葉に少し羨望に似た気持ちを抱いた。そんな素敵な男性といくら病気であっても結婚対象として考えてもらえたら良いなあなんて感じていた。
「でも、本当にもったいないお話ですよ。」カツは、もっと聞きたい、何かケチをつけることはないか、などといった少し意地悪な気持ちを隠しながら、話の先を催促した。
「どんな素敵な男性でも、この病気は、もし治ったとしても、同じ繰り返しをするに違いないと思わない。」カツの物言いの中の意地悪さにゆりは気づいたのか、少し語調を上げて言った。
「そうよ、紺野さんの言うとおりだと私も思います。紺野さんのなさったことが正しいと私は考えます。」ゆりに好意を持っているイクは最後の一切れのパンをごくりと飲み込むときっぱりと言った。
「だから、結婚の初夜に逃げないで、もう少し何とかしてあげても良かったのではありませんか。看護婦という職業柄、もっとキチンと博愛の精神で看護なさるべきだと思います。」1年でも先輩なので言葉は丁寧だったが、カツは、イクの賛成にかえって反発した。
「では、高山さんだったら、そのまま残ってその方の看病をなさったのかしら。」ゆりは、カツの言葉に対して優しく聞いた。
「…私は…。」しばらく絶句した後、やっとカツは小さい声で言った。
「もし、あなたが私のように結婚したばかりの時、洗濯物に性病のある証拠があったら、それでも黙って抱かれる勇気がありますか。」
「分かりません。」
「あなたも性病にかかっても、恨まずにその相手を看病する気持ちが持てますか。」
「……」
「結局、私のようにあなたも逃げ帰って、そのまま終わりにするしかないのでしょう。」
 当時、男性は色んなところで遊ぶ場所があり、時にはこのような事はあった。しかし、感染の可能性のある配偶者などとの接触は絶対にするべきではなかった。まして、洗濯物に膿がついていたら、他の洗濯物と一緒に洗ってはならなかった。
「だから、結婚とは、怖いですね。」ゆりはきっぱりと言い切った。
 ゆりは、その後も他の人から持ち込まれる縁談の話には全く耳を貸さず、一人で生きていく決心をしていた。そのためには、薬種商の免状獲得のため、朝や夜の食事時間や病院の行き帰りの通勤時間にも、時間の無駄を惜しんで勉強に励んだ。薬店を経営するために必要な薬種商販売業認定資格を取るために、医薬品に関する最新知識と技術を学ぶ必要があった。
 しかし、唯一、お昼の時間は、イク達との他愛無いおしゃべりには、いつも参加していた。
 その努力もあったため、見事に試験に合格し、薬種商の免状を獲得した。 「これで独りで生きていけるわ。」免状を皆に見せながら、明るくほっと安堵したように言った。
「いつも分厚い本を片手に独学なすったのですから当然です。努力の甲斐があった事を私も嬉しいです。」とイクも素直に喜んであげることが出来た。
「これで誰にも頼らないで生きていけます。結婚はもう二度と御免です。」晴れやかな顔で爽やかに言った。
 イクは、ゆりの勉強に対する情熱の姿を見習いたいものであると強く感激した。


 山田看護婦長は、新潟出身であった。

 山田看護婦長は、自分の幸せよりも兄弟の事に心を遣っていた。その中でも頭脳明晰な末の弟の将来に大きな夢を持っていた。自分の結婚も見送りにして、何とか大学を卒業させたいと必死に頑張っている姿にイクの心はいつも感心させられた。自慢の弟の教育のために送金していた。いつも弟の話題をして、その将来の夢を語る姉としての看護婦長の顔は明るいものであった。イクも目的や希望を持つ人はなんて明るい幸せそうなのだろうかと思っていつも見ていた、
 ある日のこと、そんな山田婦長の様子が変なのにイクは、その時、気が付かなかった。
「今日の弟さんの話題は、何ですか。」イクはいつものように気さくに婦長の背中に向かって話し掛けた。キッとふり返った婦長の目は、真っ赤になっていた。
「……」口をへの字に曲げって、じっと何か堪えているようであった。
「婦長さん、何かあったのですか。」ただならぬ婦長の様子にやっと気がついたイクは、何か哀しい予感がして口を抑えながら聞いた。
「弟が、死んだのです。」やっとのことで言うと、婦長の目から涙が溢れ出した。
「だって…そんな…」イクは言葉が見つからなかった。
「これから、新潟へ帰って弟のお葬式です。」涙を流しながらやっと言うと、他の看護婦達にも留守の間の指示を与えた。他の看護婦達も何も言う言葉がなかった。ただ婦長の指示をハイハイと返事をするのがやっとであった。婦長は、指示が間違いなく伝達されると、そのまま飛び出していった。
 残されたイク達看護婦は、顔を見合わせてながらも言葉を発するものは居なかった。イクは、神様は婦長に対して残酷だと思わず呟いた。あんなに弟の成長を楽しみにしていて、もうすぐ大学を受けると言って喜んでいたのに。こんな時になって、どうして死んだんでしょう。あ、そう言えば、死んだと言ったけど、そのわけを言わなかったなあ。
「ねえ、誰か弟さんの死因を聞いていますか。」イクは、少し経ってからみんなの顔を見回しながら聞いた。
「そう言えば、婦長さん、言わなかったようね。誰か聞いているかしら。」温田さわ看護婦が言った。
「……」誰も返事しなかった。
「いつも最初に顔を合わせると、弟さんの話題が出るのに、今日は変だなって思っていたのにね。」しばらくしてカツは言った。
「本当にね。もし、病気だったり、怪我でもしていたら、必ず話題に出るのに、今までそんなことはなかったから…」首をひねりながら、さわは言った。
「まるで、自分の腹を痛めたわが子のように、大事な弟さんの事を話していた婦長ですからね。」カツは、イクの顔を見ながら言った。
「婦長が帰るまで、いい加減な噂をしてはなりませんよ。どんな理由にしろ、婦長の大事に思っていらっしゃった弟さんが亡くなったことには間違いがないのですからね。」さわは、その場の看護婦達にキチンと歯止めをすることを忘れなかった。

 それから3日後、婦長は憔悴しきって戻ってきた。いくらイクが好奇心旺盛であっても、婦長の姿を見ると、心安く疑問を投げかけることが出来なかった。何とか聞きたいと思ったが、じっと我慢していた。他の人たちもその様子であった。しかし、死因を知るには、そう時間を必要としなかった。
 そのいつも話題にしていた婦長の弟は、事故死であった。大学入試直前のほんの少しの息抜きに野球を仲間としていてボールを取ろうとして走っていて転倒し、後頭部をしたたか打って、脳挫傷の病態になった。受傷直後から意識障害を伴い、神経症状として片麻痺、失語症、半盲も出ていて、脳幹の損傷もあったためか、瞳孔も散大していたそうである。
 イクは、それを聞いてショックを受けた。人間はそんな簡単に死ぬのだろうか。ただ転んだだけではないか。それも若い血気盛んなこれからの人生が楽しみな男性である。人とはこんなにもあっけなくはかなく死んでしまうのだろうか。弟に掛けた夢も消えた婦長は、これからどのように生きていくのか心配になるほどの落胆振りであった。
 イクは痛ましげに婦長の姿を追っていた。結婚も諦め、人生のすべてを弟に捧げてきた婦長には、これからどのような目的を持っていくのだろうか。
 人の心の悲しみの薬は、時間である。だから、イクは少しずつでも婦長の悲しみが薄れていき、早く立ち直って欲しいと願わずにいられなかった。

 後日譚である。

 イクは、6年後の昭和6年、神戸で偶然、千葉の病院から姫路の病院に転勤となった山田婦長と再会した。イクは、山田婦長の言われるままに姫路の山田婦長の住宅に訪ねていった。閑静な高級住宅地の中にある山田婦長の家は、一人暮らしには勿体ないような立派な家であった。
 その大きな家の2室には、ほとんどお茶とお花の道具で一杯であった。結婚もしないで女独りで生きて、老後の生活での生きがいを花嫁修業をさせる道に見つけたようであった。その時、イクは弟の死から立ち直って、何とか生きがいを見つけた婦長を思って、心の中でほっと安堵のため息をもらしたものである。
「すごいですね〜。こんなに道具を集めるのも大変だったでしょう。」イクのねぎらいの言葉に婦長は寂しそうに笑った。
「でもね、女が独りで生きていくには、本当に限られているんですよ。私には、この道しか考えられなかった…」婦長の言葉に同感しながら、イクは婦長のようにしっかり将来のことを考えられないのを恥ずかしく思っていた。
「病院の軍医さんなんか、婦長は一人暮らしなのに、大きな家に住んでいて、贅沢だなんて言うのですよ。だから、私は言ってやったの。私には家庭がございません。住宅ぐらいは自分の好みの家に住みたいものです、ってね。」
「ほんとですね。」イクは、大きな声で同感の声を上げた。
「人はそれぞれの立場と、その人なりの考えの自由な生き方でよいのではないでしょうか。」婦長の言葉は、イクの心に染み込んできた。私は、婦長のようにきちんと自分の行き方に責任が持てるのだろうか。又、自由な生き方ができるのだろうか、ふと不安になった。その時、イクは婦長の言葉をしっかりと心と頭に入れて婦長の家を辞したのである。


 イク達の住宅は、千葉市北道場の古道具商の2階の6畳2部屋であった。

 その部屋には、太陽の光の差し込まない暗い部屋であった。そればかりか、押入れがなく整頓するのに不便であった。しかし、文句は言えなかった。先輩が準備してくれた部屋でもあり、文句どころか、意見すら言うのが憚られた。ここは少し我儘を言わず、我慢しようと決心していた。
 イクは千葉という町のことは全く考えることもなく採用通知と共に来てしまった。地図で千葉という町を探すこともしなかったし、人に千葉についての知識を貰ったりもしなかった。しかし、千葉の町に着いてから多くの魅力ある所を知った。その1つは、千葉の医科大であり、もう1つは、高等園芸学校であった。イクは、花が好きであった。だから特に高等園芸学校に心引かれた。明治42年4月に千葉県立園芸専門学校として創立し、大正3年4月に千葉県立高等園芸学校と改称し、昭和4年6月には、文部省に移管、千葉高等園芸学校と改称したという。その他に、家から2キロ近く離れたところに海があった。千葉の海岸については書物で読んだ記憶もあり、イクにとって嬉しい事のひとつでもあった。千葉の海は、遠浅の海岸で、海水浴と潮干狩りの海として有名だった。
 そのため、イク達はこの海岸に土曜日や日曜日になると出かけていった。砂の中に手を入れると、必ずアサリ貝が手に触れた。海のどこに手を入れても必ずといって良いほどアサリが手に触れるので、イクは嬉しくて大きな声を上げてさわやカツに貝の大きさを自慢した。大きいと思われるようなアサリをとると、自慢したくて1人が見せに来ると、他の人も走ってきて見せびらかしていた。その中でもイクはいつも大きいアサリを取ることができた。少しお転婆なのと怖いもの知らずで、他の人より少し沖合いへ行って取るものだから、大きなアサリが手に入ったのであった。勿論、帰りの道ではイクが一番びしょ濡れであったが、イクは貝の量や大きさにいつも満足していたので、少しぐらいのびしょ濡れには平気であった。しかし、びしょ濡れの着物は家に着く頃には、すっかり乾いて白い塩がついていた。その白い塩を見ては、イクたちは又声を上げて笑った。楽しい娯楽の潮干狩りである。
 大量のアサリは、その日のうちの夕食の膳に載せた。甘かった。美味しかった。アサリがイクの大好物となったのは、これがきっかけであった。

 この当時の千葉の町は、市とはいえ夜になると殊のほか静かであった。夜の帳が降りはじめる夕方になると、駅に近いこともあって夜店が並んだ。夕涼みをかねて、浴衣姿で散歩する人々も三々五々集まってきていた。イク達も先輩の恩田さわに付き添われて、浴衣姿で出かけた。この町には、有名な作家や文化人の家が多く、そんな人々が浴衣姿で夜のそぞろ歩きをしているのに出会うこともあった。そのような有名人に間近に出会い、イクの若い血が躍るのを止められなかった。もしさわ先輩がいなかったら、イクはきっとその人の近くに行ってじっと見つめて気味悪がられたに違いなかった。先輩の手前、それができなくてイクはときめく心を無理に抑えていた。

 この静かなおっとりとした千葉の町に来て、イクは地震の多さに悩まされた。特に真夜中の地震は、イクを眠らせなかった。その上、地震で飛び出してきた近所の主婦達の道路での甲高い声の騒ぎは、イクに夢路に行かせることを拒否していたのであった。しかし、度々の地震は、昼の仕事の疲労などの関係もあり、眠らなければならないのでじっと我慢して布団の中にいた。古い家の2階であるため、揺れが激しかった。疲れが激しいときなどは、イクは母親の背中にいるような錯覚で何時の間にか眠ったりもしている有様であった。しかし、ほとんどの場合うつらうつらとして夜を明かした。こんな有様が続くと、朝寝坊も多くなって出勤時間に遅れることもあった。
 ある日、3人とも汽車時間に乗り遅れてしまった。すると、先輩の温田さわは一計を案じた。
「坂田さんは、今から病人になりなさい。」何の病気にもなっていないイクに向かって命令した。
「どうしてなんですか。」訳が分からなくてイクは、きょとんとして言った。
「高田さんは、残って坂田さんの看護をするのですよ。」一番若くて元気なイクを病人に仕立て、カツを看護者として2人を欠勤させ、温田さわは状況報告のため遅刻したが出勤するというという筋書きであることを合点するのにイクは時間がかかった。
「坂田さん、間違っても明日は元気な姿を見せてはダメですよ。」何度もイクに念を押しながら、さわは遅れた汽車に乗って出勤していった。
 翌朝、イクが庶務主任に欠勤のお詫びを言いに言った。
「おお、やはり顔色が悪いね。大切にしなさい。」と労わりの言葉を掛けられた。
「ご迷惑をお掛けしました。」とイクは、深々と頭を下げた。何か悪いことをしたようで、落ち着けなかった。嘘をついての欠勤は本当に嫌なものだと心の奥でもう2度としないと決めた。そう言いながら、実はイクはいつもやっている化粧をしない顔で行ったのである。化粧のしない素顔は顔色が悪く見え、いつも見慣れている化粧顔と違って本当に病人に見えたのだった。
 この騒動はこれで終わらなかった。
 突然、イク達の家に軍医正が現れたのであった。イクの見舞いであった。聴診器を下げて玄関に立っている軍医正の声を聞いたときの3人は、驚きのあまりただ呆然と立ち竦んでいた。言葉がなかった。
 その日は日曜日であり、3人とも昼食を済ませ、汚れた食器などをそのままにして、雑談に耽っている所であった。軍医正殿が、我が家の如くにどんどんと2階に昇ってくる足音に誰も何も言えず顔を合わせるだけであった。どうしてよいか、みんなの顔色がない。身体も動かない。やっとの思いで、汚れた茶碗の乗ったままの食卓を隣の部屋に移すのがやっとであった。
 軍医正が皆の前に現れたときは、何とか隣の境の戸を閉めた瞬間であった。どうか、隣の部屋の戸を開けないようにと3人は祈る思いでいた。
 しかし、その祈りは聞き届けられなかった。あっという間に、事も無げに戸が開け放たれてしまった。そこには食卓ばかりか、布団も乱雑に積み重ねてあり、色んな物が雑然と放置してあった。
「女達の部屋だからどんなに綺麗になっているのだろうか、お花等も生けたりして・・・と、想像してきたのに。」汚れた食卓や隅に放り上げてある布団などを眺めながら吐き捨てるように言った。当時は、プライバシーなど問題になる時代ではなかったので、3人の女性達は、何も言い返さなかった。黙ってうつむいていた。
「お布団はそのまま、食事の後の茶碗は洗うこともしないで、そのままに放任しているとは、何と言うことだ。」とお小言が続いた。その通りなので、3人は、おとなしく承っていた。
 イクの心は、(お布団は放置しているのではなく、整頓する押入れがないのです。食卓の後始末をする暇がなかった。台所は階下の外にある井戸だし、又、小さな部屋もないので隠す場所もない。)と叫んでいた。しかし、言葉にはならなかった。3人はどのように言ってこの実情を話せるかと、お互い顔を見合わせているだけであった。
 茫然自失の3人を残して、若い娘達の綺麗な部屋を想像していて裏切られた軍医正は、呆然として早々に帰っていった。

 炊事は、階下のそれも道路に面した外にある井戸で食器を洗ったり、野菜などの食材も洗っていた。調理は、2階の一部屋でやり、薬缶などに井戸の水を一杯にすると、持って上がるのも面倒とばかり、取っ手に紐で括って2階の窓から引き上げた。このような所を通りがかりの飛行学校の将校さんに見つかって、にやりと笑いながら「ほう、やるじゃないか。」などと、冷やかされたりしていた。イク達の合法的な生活は、見る者にとって面白いと見て笑いを誘うか、又怠け者と映って眉を顰めるかは、人それぞれであった。
 このような不便な生活は6ヶ月も続いた。
 温田さわが結婚するという事で退職したので、イクは同期生の田中トメを呼んで、又3人の共同生活を始めた。
 しかし、色々な不便さから、この家を出ることにした。今度は、朝寝坊して通勤の汽車時間に煩わされて欠勤しないように、又炊事の不便さや部屋の押入れのなさなど多くの不便を考えて、病院のある四街道にある一軒家にした。

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