明治から平成を駈けた女 第13章 

 イクは、人生を甘く考えていたことにやっと気が付いた。

 東京での生活は、無理である事にイクは少しずつ自覚し、失望した。イクは、今後、どのような生き方をしたら良いか分からずに悩んでいた。当分、食べるだけの大金はあるが、このまま負け犬になるのはとても我慢が出来なかった。イクは常識の女ではなかった。そしてそれをイクは自負し、新しい女と気取っていた。普通の女でないから、変わった事、自分の好きな事、他人の言う事に耳を傾けない…と言うイク独特の形が出来上がっていた。そして、それをイクの生き方の支えでもあった。そして、こんな時代だからこそ、思い切って気侭に自分の好きな事をして、好きに生きていこうと考えた。しかし、若いというには、少し年齢が行き過ぎていたが、イクにとっては、決断した時は、若さや年齢等というものは関係なかった。親には、現在の下宿の住所は教えてある。しかし、心配して見に来る親でもなかった。父親は、商売でイクどころではなかったのであろう。又、母親は、イクの居なくなった事を理由に我が娘の婿取りの事で忙しいのだろう。イクは、それを寂しいとも思わない訳ではなかったが、これを幸いと考えて、自分の人生を1人で決断する事にした。
 イクは、決して美人ではないが、これまでの日本の既成の女性と違って、きりりとした魅力はある。単なる美人とか可愛いと言う日本女性の典型とは違った、当時の言葉では表現の出来ない不思議な魅力はある。それが、知性とか自立心とか、他人に甘える事なく厳しい中でしっかりと自分を持って歩いてきた結果、身に付けた魅力なのかもしれない。
 ただ、今は、イクはこれまでの自分の自信が揺らいでいる事に少々参っていた。
 早々に宿を引き払って、女性専用、月12円50銭の家賃で2食付き下宿の4畳半に住む事にした。木造アパートで、便所や炊事場などが共有で、下宿や間借りと違ってドアでプライバシーが守られていることから学生や独身者に人気があったが、イクは、下宿が良いと考えて決めたので、ある意味、格安の家賃ではあったが外食の分高くついた。銭湯の入浴料金は、大人は5銭、髪を洗うと15銭の時代である。仕事がないので、銭湯代を少しでも節約をしなければならなかった。しかし、どんなに倹約しても、働かない限りいつかは生活できなくなる。
 イクは、次第に現実を受け入れなければならない事にも気付いてきていた。今日は、仕事を探すのをやめようと考えた。何だか空の様子もおかしいし、もし途中で雨に降られたら、惨め過ぎると考えた。与謝野晶子の生き方を考えると、最後はやはり結婚に落ち着くのかもしれないと、降り出した雨を眺めながら漠然と考えていた。

 この頃の日本は、何しろ緊縮財政と農業恐慌とが重なって未曽有の不況となり、ルンペンが多く出現した時代である。ルンペンとは、資本主義社会の最底辺の貧民層で、就業の意思はなく、定住の場所もなく、ごみあさりや物ごい、時には犯罪等でその日を暮らす。労働の意欲も能力もないので、単なる失業者とは異なる。働く人間としての誇りもなく、時には、権力志向の政治家は、報酬を与えて反動的運動に動員し、社会を騒乱させ、自分の思う方向に社会を動かす道具にしたという。その意味では、現在のホームレスとは、かなり違うのだろう。恐慌の深刻さは、雇用の減少と共に、実質賃金水準は下がり、労働争議が激増した。大卒の就職難深刻化は、当時の東大卒でも3割しか就職できなかった。失業者30万人等、暗い記事が多い時代であった。農村の危機も深刻であった。
 こんな暗い時代に「東京行進曲」や「道頓堀行進曲」といった勇ましい行進曲が流行し、又、「君恋し」や「紅屋の娘」等の歌も人々の間で歌われていた。又、「大学は出たけれど…」の流行語や「酒は泪かため息か」の流行歌も人々の間で良く口にされた。イクが当時、好きであった流行歌に「祇園小唄」や「愛して頂戴」があり、時々、鼻歌で歌っていた。しかし、歳を取って、最後まで歌っていた歌は、朝鮮で憶えた「アリラン」であった。イクの1人息子が子供の頃、イクが「アリラン」を良く歌っているのを記憶していた。
 ロンドン軍縮条約の締結によって国家主義運動を高めようと軍部や右翼が不気味に動きだしていた。イクのような度胸の据わった女性でも何となく不安になるような騒然とした東京の街の様子であり、新聞の記事が多かった。イクは、身嗜みにはきちんとしていた。今までの人生の経験で、きちんとした服装と化粧は、人間の心を横道にそらす事がない、という信念からである。又、他人もその様な人間を軽んずる事はない、とも思っていたからである。イクのお気に入りに百貨店があった。百貨店に行くと、イクは金持になれたような気持ちにさせてくれた。ハイカラ女性の真似をして、マニュキアも買って、ひとり悦に入ったり、ロング・スカートが流行すると、衝動買いし、引きずるスカートにてこずって、得意の針仕事で自分の足の長さに合わせ、これは外出着にならない事に気がついて、臍をかんだりした。
 イクは、百貨店で12銭のカレーライスを食べ、銀ブラをして10銭のコーヒーを飲んで、一人で楽しんだりした。仕事がなかなか決まらないので、落ち込んでも仕方がないと考えていたからである。時には40銭の映画を見て、仕事に就けない寂寥を忘れるようにした。この時代の百貨店の食堂や小粋な銀座のレストラン等の食べ歩き風俗は、知識人や中産階級と「婦人」と呼ばれる女性達が中心であったが、イクの無収入生活は、いつまでも「婦人」階級に甘んじさせてはくれなかった。
 半年位、無聊に月日は通り過ぎていった。しかし、収入のないイクの生活は、いくら大金を持っていたとしても、竹の子生活で、痩せ細りするだけである。もうこれまでに200円近くを使ってしまった。このままで行けば、あと1年は持たないだろう。イクの心は焦った。百貨店の食堂での外食をやめて、関東大震災後から登場した百貨店よりも安く食べられる東京市営の神田橋食堂や昌平橋食堂等の公衆食堂へ職探しの合間に出かけた。この公衆食堂は、当時、苦学生や労働者が良く利用していた。

 一方、構造改革ならぬ産業合理化が合言葉だったこの時代は、就職地獄で多くの女性達が苦しんでいた。イクも、下宿のおばさんの進言を受け入れて、他の人達と同じように、飯田町にある公共職業安定所に行ってみた。多くの女性達が殺到していた。それを見たイクは、はっきり就職が無理である事を確信した。
「どんな仕事でも良いから仕事を下さい。」と懇願する中年の女性に、窓口の係官は、
「ダメダメ、そんな年寄りじゃ、無理と言うものだよ。今は、若い娘でもなかなか仕事はないのだから…。」と冷たく言い放ち、「はい、次の人…。」次の求職の女性に声をかけていた。無視された中年の女性は、係官に食い下がり、
「子供4人、明日の米もない状態だから、何でも良いので今すぐ働きたいので、お願いしますよ。」と涙ながらに訴えていた。しかし、
「皆、ここに居る人間がそうなのだから、あんたばかりじゃないよ。」とけんもほろろであった。この職業安定所には、若い女性が殆どで、中年の人は余りいなかった。イクは、女も歳を取ると、職に付けないという事をここでいやと言うほど思い知らされた。暫く呆然と見ていると、イクの隣の若い女性が連れの女性と話しているのが聞こえた。
「私は、今日で12日間、通っているのよ。でも、まだ仕事が見つからないわ。」と、侘しげに言っている。
「12日じゃ、駄目よ。私なんか、20日近くなるわ、今日で。それでも駄目といわれたわ。」
「やっぱりね。あの人は、さっき今日で20日以上通い続けて、今日、何とか紹介してもらえると言っていたわよ。あの人は、看護婦の資格を持っていると聞いたから、やはり看護婦さんなのかしらね。」
「そうでもないみたい。病院もこんな時代だから患者も少なくなったといって、看護婦さんを辞めさせていると、聞いたから、決まっても他の仕事かも知れないわね。」
「やはり、私達のように何の資格もない人間は、1ヶ月以上はかかるのかしら、就職するのに。」
「そうね、どんな職にでもありつければ良い方よ。」と、二人は大きな溜息をついた。
 イクは、この会話を聞きながら、呆然と職業安定所を出た。暫く目的もなく街中を歩いた。
 歩いていると、遠くからかすかにハーモニカの音色が聞こえてきた。その音色は、イクの未来の終わりを告げる声のようで、イクの心を濡らした。それは、暫く余韻を残しながらイクの身体に纏わりついていた。その後、神田川の崖をのろのろと這うように漂い、土手の斜面の疎らな木々を渡って、切なく哀しく消えていった。
 将来の見込みのない生活不安と自己否定されたような精神喪失から、無意味な東京生活は、終わりを告げるべきだという思いが益々強くなっていった。何処へ行くという考えもないまま、暫く絶望の渕に沈んでいた。今更、金沢でもないし、かといって、千葉にも行けない。朝鮮は、もう、考えられない。私は、あの時のように若くなく、我武者羅に動くだけの勇気もなくなった。こんな不景気な世の中だもの、外地へ行ってもし職もなく放り出されたら、生きていけないという事位は、のんびり屋のイクも理解できた。だから、今後の事は十分考えて将来の事も真剣に検討しようと思った。手持ち無沙汰のイクは、持ってきた荷物をぼんやり整理し始めた。

 イクの将来は、いまや風前の灯火であった。イクには、心を打ち明けて相談する人はいなかった。全くの1人である。何とかこの苦境を乗り越えなければならない。今までの友人や知り合いの手紙やハガキを取り出して、相談できる人や場所を調べていた。東京にいる就職相談できる知人には殆ど相談し終わっていた。一人一人の住所とその人の顔を思い出しながら、こうなったら多少遠くても会いに行こうと考えていた。ハガキや手紙は、古いものも新しいものもあった。
 この手紙は、金沢の時の患者であった。あ、このハガキは、千葉の時の看護婦の年賀状である。これは朝鮮に居た時の亀川先生の手紙で、懐かしいなあ、等と思いながら、色々眺めていた。
 多くの手紙やハガキの中に、イクの目に入った文字があった。
“神戸”である。“神戸”か、ちょっと遠いなあ、とハガキを見ていた。
 イクは、“神戸”と言う文字を暫く見入っていた。何か、啓示のようなものが、イクの心に閃いた。そして、その閃きが形になるまでじっと眺めていた。

 イクは、一晩中、まんじりとせず考えていた。翌朝、目が覚めても、考えていた。朝も昼も食事をする事も忘れて、考え込んでいた。そして、その日の夕方、イクは、決心した。
 私には、この道しか選択する余地はない、と思い込み始めた。相手の気持ちはどうでも良い。私が、どう考え、どう思うか、と言う事が大事なのだと思った。そう考えた時、鬱々とした心に“神戸”という文字が、黄金の矢のように輝きだしてイクの胸に突き刺さり、次第に光を放ち出した。神はイクを見捨てず素晴らしいチャンスを与えてくれたんだとイクの心は躍った。すぐにハガキを速達で出した。それは、千葉の病院に居た時、患者の1人、高井矢助が、お世話になったお礼を兼ねての年賀状をイクを含めた医師や看護婦に10通余りを送ったものの1枚であった。この年賀状を送った矢助も受け取ったイクも、この時ハガキ1枚が一生を決める事になるとは、思っていなかっただろう。

 イクは、10月1日に登場した東海道線の超特急“燕”に乗る事を決心した。

 持ってきたお金も300円になっていた。これだけあれば、後、なんとでもできる。イクはもう一度、年賀状のハガキを見つめた。何の気持ちもこめられていない年賀状ではあったが、イクにとって、このハガキはまだ見た事のない素晴らしい世界への招待状として見えてきた。そのハガキの差出人の矢助などと言う人物など、どうでも良かった。そのハガキには、“神戸”と記されていた。“神戸”と言う文字には、不思議な力があった。まだ行ったことのない“神戸”とは、どんな所だろう。その上、もう一つ、イクの心を沸き立たせていることがあった。それが初めての夢の超特急“燕”に乗る事を考えていたからだ。昭和5年に国鉄の目玉として10月1日、登場したこの列車は日本中の憧れの的だった。人々は一度は乗ってみたいと願っていたが、貧乏人にはその願いを果たせないものであった。大不況の時代、旅行などと言う贅沢な事は、とても無理で、まして超特急などに乗る事は夢の中の夢であった。イクは、自分の新しい出発にふさわしくこの超特急“燕”でスタートすることに決めた。そう決心すると、即、実行だった。

 東京駅に着くまでの途中の様子や人々の有様も、イクの目には入らなかった。時代は大正デモクラシーの残滓が色濃く残っているとはいえ、街中には着物姿にモガやモボの不思議な服装、駅のホームには身売りされてきたばかりと言う娘の悲しげな瞳にも気付かないイクである。真っ直ぐ“神戸”と言う街を目指していたため、周りの出来事には全く気にならなかった。
 この頃として珍しい冷房装置のある食堂車やデラックスな展望車を最後尾につけての超特急“燕”は、“神戸”への夢をひた走るのに本当に相応しいと、イクは乗車してからも一層感じていた。勿論、大奮発をして二等に乗り、この時代としては、贅沢な三十銭の駅弁を買っての乗車であった。朝9時に東京駅を出発した“燕”は、夕方の6時に着く神戸までの道程は、思っただけでも、めくるめく思いであった。
 東京と神戸の間を“燕”は、3等車、2等車、1等展望車と洋食堂車付きで編成し、最新鋭のC51型機関車が引っ張った。新設されたばかりの2等車の9時間は、素晴らしい乗り心地であった。この1・2等車は超エリート的存在だった。政財界人や著名人が愛用したことで別名「名士列車」とも言われた。
 その中で、イクが2等車に存在するのは、ちょっと場違いに見えた。精一杯のおしゃれをしていたが、やはり、イク当人も少し無理であったように感じられる雰囲気もあった。しかし、イクの気持ちは、晴れやかであった。こんな金持と同席できるのは、この列車の中くらいであろう。しっかりと胸を張り、明るい希望を持って“燕”に揺られていた。窓の外に見える富士山の様子にも、又、時折見せる海の色にも目に入らなかった。無我夢中で神戸のことだけを考えてそれに心を取られていた。
 相変わらず、汽車は音を立てて走っていた。神戸、神戸、コウベ、コウベ…と、小さな声に出して、音楽のように歌っていた。胸の高鳴りと、列車のゴトンゴトンという音とが、リズミカルに調子を合わせてくれるものだから、いつのまにか歌になったものらしい。歌っているうちに、いつのまにか気持ち良く寝入ってしまったようだ。
 はっと気がついて思わずあたりを見回した。車内は、汽車の響きの中、人声もなく静かであった。自分のいびきが一瞬あたりに響いたように感じた。目の前の山高帽の男がじろりと目をむいたように感じた。その横に座ったツンと澄ました芸者風の女も小馬鹿にしたような流し目でチラリとイクを見たように思った。

 9時間の冒険の旅は、あっけなく終わって、イクは神戸の駅のホームに立っていた。
 神戸の街は、イクにとって見るもの聞くもの、話に聞いたとおりの目を見張るものばかりである。
 神戸の建物は、ガラスの窓も優雅で赤レンガや木造の洋風の建物でイクは物珍しくキョロキョロしながら眺めていた。2階建てや3階建ての家には美しいペンキが塗られ、道路側にはベランダもあった。イクは何もかもが驚異の目で持って眺めていた。家ばかりではない、眺望も美しかった。このままもう少し、じっと眺めていたい気がしていた。
 神戸駅に降りてから、さて、どうしようか。イクは思案した。
 まず旅館に行く事も考えたが、矢助にはハガキを出してあったが、返事を貰うような余裕はイクにはなかったのでそのまま汽車に乗ったものだった。だから、連絡してあるから心配もしないで、矢助の所にこのまま直接行くことにした。神戸駅から灘駅まで乗り継いで、後は住所の所まで人力車を走らせた。夜の風は冷たく、心の底までひやりとさせた。人力車は、ごみごみした裏通りを迷いながらゆらゆらと走っていた。これからの生活を考えて、イクの目は、前方をしっかりと見据えていた。
 神戸灘駅前通り商店街の古道具屋の二階の6畳6つある内の1つが、矢助の下宿であった。矢助の部屋の前に立った時、イクの心は深い感慨に落ちていた。旅の疲れで身体はくたくた、緊張していたために神経もぐったりして考える力は全く残っていなかった。

 夜、突然のイクの出現は、矢助を驚かせるのに充分であった。矢助は、イクのハガキを貰うなり、すぐ断りのハガキを出していた。それを出したばかりの日に現れたのだから、吃驚したのも無理はなかった。千葉の病院で看護してくれた女の顔すらすっかり忘却の彼方であったので、一瞬、イクとは思い出せなかった。いくらハガキで断るような女でも、こんな夜に自分の部屋に来た女を放り出す訳にはいかない。ぐずぐずしながら部屋の中に入れてしまった。ここから矢助の一生の不覚と言わせる生活が始まった。
「神戸と言う街が見たくて来たの。貴方がくれたハガキを見て、どうしても神戸に来たくなったの。」イクは、精一杯開いた細くて小さな目に希望の光をたたえて、矢助を見ながら言った。
「……」イクは繰り返して言う言葉に何と反論して良いか分からず、矢助は無言であった。
「貴方から貰ったハガキを見て、どうしてもここに来たくなったから、来たの。」イクは貴方のハガキを強く強調していった。少しの事にも動じないイクは流石に胸が揺らいだ。矢助の歓迎を期待したわけではなかったが、こんなに困惑するような表情をされるとは思っていなかったからだ。しかし、イクは、私が来たのは貴方のハガキの所為よ、とこじつける事によってやっと落ち着いた。イクがここに来た理由がはっきり言えて良かったという気持ちと、今になって何となく恥ずかしさを感じたのもあった。
 矢助は、太い眉と大きな魅力的な目を曇らせた。そして、たった今別れたばかりのサカエを思い出していた。矢助は、来月の12月1日で26歳になる。先日、やっとの思いで結婚の話をして、承諾の返事を貰っていた。矢助は、自分の気持ちを相手に伝えるのを苦手にしていた。だから、サカエに結婚の話を伝えるのに大変な勇気がいったのだ。今日も別れる時のサカエの初々しさと頬を赤らめて俯いているしおらしさを思い出すだけで矢助は心が躍ったのである。だから、イクの訪問を、サカエかもと期待して戸を開けたのが運の尽きだった。
 そのサカエの可憐さと比べ、この女の行動はどうだ。礼状のハガキ1枚で、のこのこ男の部屋に入ってくるなんて…。イクの行動を矢助には理解できなかった。とにかく早く帰って欲しかった。
「ここは、男1人の部屋や。そやさかい、どっか旅館で取りはったら…。」ボソボソ小さい声でやっと言った。とにかくさっさとこの女を放り出したかった。サカエとの未来予想図を楽しみたかった。だから、サカエ以外の女は、どんな事があっても、この部屋に少しでも置きたくなかった。
「旅館を捜すのも面倒だし…。もう、ここにきてしまったから今夜はここで休みたい。」イクの言葉は、矢助に有無を言わせない力があった。私は、今日ここで休むのだという断言するイクの言葉に逆らう事は出来ないと、イクの強い目の光が矢助の心を引き裂いた。
 そのイクの目は、矢助の出て行って欲しいと言う拒否の言葉を飲み込ませた。矢助は、小さい頃から言いたいことは腹の中で言って、言葉にする事が出来なかった。後でどんなに悔しい思いをして来た事か。ここに居て欲しくないから、出て行ってくれ。という簡単な言葉が、出てこなかった。胸の中でどんなに叫んでも相手に届かないのは当然だ。
「駄目だ。頼むから出て行ってくれ。」と、それでも矢助は、細々とした声で言った。イクの耳には、この言葉は、届かなかったらしい。イクが矢助の部屋にずいずいと入り込んでいくのを、自分の心を踏みにじられる思いで睨んでいた。矢助は自分の気の弱さに苦しんだ。

 矢助は高等工業学校を出て技師になり、今の工場では主任にもなれる年齢にもなって居ながら、気の弱さと決断力のなさで、まだ工員の身分であった。とにかく素面では喧嘩は出来ない。他人に怒鳴られると何も考えられない。言われた事はキチンとやるが、自分で考えてやる事は苦手であった。男の、そんな弱さを男の優しさと女は錯覚する。だから、下宿の娘で16歳のサカエは若さ故に10歳年上の矢助を優しい男と錯覚して、親の目を盗んで矢助に近づいていった。矢助は、確かに秀でた額にきりっとした顔立ちと当時としてはすらりとした高い背丈を持っていた。だから、女は矢助に異性としての憧れを持つ。
 矢助は、若いサカエの顔や身体を思い浮かべながら、泊まる準備をしているイクを追い出せないで居る自分を情けなく思っていた。強引に泊まることに決めてしまったイクは、部屋の隅に重ねてある蒲団をさっさと敷いた。
「とにかく疲れたので休ませて貰います。」と、言うなりぐずぐず悩んでいる矢助を尻目に、布団の中に潜り込んでしまった。旅の疲れのため、早く横になりたかった事もあった。
 矢助は戦慄を覚えた。自分の人生は、何かとんでもない事で滅茶苦茶にされるのではないか。今何とかしなければ、自分の一生は狂ってしまう。高鼾で寝ているイクの寝顔を見ながら、矢助はそう感じた。これは何とかしなければ、一刻も早くこの女をこの部屋から出すことを考えなければならない。やっとサカエとの結婚の夢が叶いそうだったのに、こんなことではやりきれない。絶対許すことは出来ない、絶対に。
 矢助は一晩中寝ないで考えた。朝早く人目につく前に出ていって貰うのだ。何が何でも、サカエがこの部屋にやって来る前に、この女に部屋から出て行ってもらうのだ、まんじりとせずそのことだけを思っていた。
 夜が明ける前に、イクを叩き起こした。サカエがいつものように朝食を運んでくれる前に、完全にイクの姿を部屋から消しておかなければならない。又イクを叩き起こした。イクはすぐには起きなかった。イクの朝寝坊は、小さい時からであった。その上、汽車に長い時間乗っていて疲れていた。イクの性格は、人の迷惑を考える優しさに欠けていた。血がつながらない母親の放任主義が、自分中心の性格に拍車をかけた。矢助の性格も矢助の窮地を追い詰めていった。時間がどんどん過ぎていく。

 ほとほと…と、昨日と同じ時刻、今日もサカエは静かに遠慮深げに戸を叩いた。いつもと同じように、戸はすぐ開くはずであった。その開くはずの戸が、今日は開かない。決まった時間に起き、決まった時間に食事をとるはずの几帳面な矢助が、なかなか戸を開けてくれない。不審に思ったサカエは戸に手をかけて開けようとした。開かなかった。いつもなら、すぐに戸を開けて自分を部屋の中に入れて、食事を下に置く暇を与えず、抱きしめてくれる矢助が静かで返事がない。何かあったのではないだろうか。不安な気持ちになった。病気なのか。それとも……。
「矢助はん。」あたりに気を使いながら、「矢助はん…ねぇ…矢助はん…。」と、隣の部屋の人に聞こえないように小さい甘えた声で呼んでみた。
 サカエの小さな声は、矢助の耳には雷のように轟いた。身体を大きく震わせた矢助は、暫くどうしてよいか、分からずじっとしていた。
「矢助はん、起きてんのか。」優しい声だった。愛しい声であった。矢助は飛んでいって抱きしめたい気持ちを抑えた。どう答えたらよい。何と言い訳しよう。うろたえた。
「矢助はんったら、どないしたん。」さっきより声が大きくなっていた。よけい矢助をどぎまぎさせた。
「あ、今、起きたんや。」と、思わず叫んでいた。
「何や、ほなら、開けとくなはれ。」ホッとしたような若々しい声であった。
「ちょ、ちょっと、待ちなはれ。」もうどうなっても良いと言う気持ちで戸を開けた矢助はサカエの顔を見る事が出来ず、横を向いていた。サカエはするりと身軽に男の部屋に入ってきた。結婚を約束したサカエは、秘密めいた忍び合いで何となくはしゃいでいたのと、若さゆえの軽薄さで男に会いたいという気持ちも大きかったのであろう。勿論、他の部屋の人の目も気になったこともある。矢助は部屋の入口で、そっと朝食を受け取ると、すぐサカエに帰ってもらうつもりだったが、さっさと部屋に入ってきたので矢助は仰天した。止めようもなかった。いつもは、一瞬部屋に入るのをためらう身振りをしていたので、今日は帰って欲しいと言うつもりであった。しかし、サカエは、何度か、声を出していたので、少しでも人目につく廊下に居たくなかった。矢助は言葉を失って、身体を小さくして部屋の隅に座り込んだ。小さな部屋は大人3人で一杯になった。
 朝とは言え、照明をつけない小さな部屋は、薄暗かった。サカエがイクの寝乱れた姿を見つけるのに、そう時間はかからなかった。寝入っている女の姿を見つけても、暫くの間、サカエは訳が分からなかった。今まで朴訥として女っ気もない、狡猾さから程遠い男だと信じてきた男の部屋に女が居る。何、これ。事態を理解するのに時間がかかった。
「なぜ何や。何やて、女が矢助はんの部屋で寝ているのや。」許せなかった。ただ、許せなかった。何が何だか、分からなかったが、とにかく、この状況を許せないと思った。頭の中が真っ白になっていくのを感じていた。白くなった頭の中には、ここに居る女をこの部屋から消すことであった。それを今やらなければならないとサカエは思っていた。若いサカエの血が一気に燃えたぎるのを感じた。
「とっとと。出て行ってぇや。わての矢助はんの部屋に欲しないわ。」イクが寝ている蒲団をサカエは思いっきり引き剥がした。今までの矢助の前で見せていた初々しさと恥じらいのサカエの姿は、その時には何処にもなかった。冷えた空気を吸った蒲団は、重いイクの体重を乗せたままサカエの力で軽々と引っくり返された。矢助は、体の細いサカエが、太ったイクを簡単に蒲団から放り出すのをぼんやりと見ていた。女のしたたかさ、図太さ、力強さが、この16歳の可憐な乙女に見てしまった。
 気持ち良く、気だるく、寝入っていたイクは、叩き起こされて、不機嫌に起き上がった。寝乱れた着物を直す暇なく、イクは、サカエに思いっきり引っ叩かれた。

 頬の痛さにイクのぼんやりした頭は、はっきりした。しかし、イクは、平手打ちを喰った頬の痛みの原因が分からず、サカエの顔を睨み返した。
「何するがや、何の理由で引っ叩くんや。」怒鳴りながらも、イクは殴られたら殴り返さないと気が済まないと思っていた。とにかく、理由もなく殴られたことは、どうしても許せなかった。思いっきりサカエを引っ叩いた。
 我儘で気の強いイクを逆上させた事は、サカエに不幸をもたらす事になった。所詮、16歳の世間知らずの箱入り娘は、外国まで1人で出かけていった気の強い世間ずれした女の敵にはならなかった。しかし、自分の男と信じていた若いサカエは、自分の目の前で取られたと思い込んだ不幸であった。サカエはイクに殴られ、逆上して思考力も一挙に消えてしまった。そんな頭で真っ赤に燃えたぎった血で一杯のサカエにとって、女の職場で長い間女の戦いをしてきたイクの力は、強大だった。イクは、こんな小娘に舐められてたまるかと言う思いが強かった。

 イクは、矢助と結婚する事を決心した。

「とっとと、この部屋から、出て行って。今すぐや。去かへんと承知せいへんで。」サカエは、イクに向かって精一杯凄んだ。息も切れ切れであったが、何とか、この女をこの部屋から放り出したかった。
「あ、そ。面白いね。追い出せるものなら追い出してみな。わし、ここに居ることに決めたから…。」その言葉で、かえってイクは、居座ることを決意した。
「わては、矢助はんと夫婦になる約束したんやでぇ。わての矢助はんを誘惑せぇへんといてや。どうせ、矢助はんとこへ押しかけてきたんやろけど、矢助はんは、わてのもんや。あんたなんかに取られて、たまるかい。はよ、この部屋から出て去んで。」サカエが真っ赤になって喚けば喚くだけイクの頭は冷ややかに静まり返った。
 どうしたらこの小娘の肝を冷やして徹底的にやり込める事が出来るだろうか、どんな風に言ったら、この娘を声も出せない程苦しめる事が出来るだろうか。暫くの間、2人の女は睨み合っていたが、イクは突然にっこりと笑った。その笑顔を見たサカエは言い知れぬ戦慄を覚えた。
「ねぇ、あんた、何言ってんの。私は、ねぇ、この男からすぐ来いと言う知らせを貰って来たんや。」チラリとハガキを見せた。ハガキを読ませろと言ったら言った時だとイクは勝負をかけた。サカエは、声にならない悲鳴をあげた。
「だから、ね。あんた、何を勘違いしているか分からないけど、あんたこそ、この部屋から、ね。とっとと出て行くんだよ。とっととサ、出て行けってんだ。」最後の言葉には凄みがあり、若いサカエはその声の調子で震え上がって、わっと泣き出して部屋から飛び出していった。
 勝った。イクの顔は満足げに笑っていた。どんな時にもイクは、負ける事が嫌いであった。成り行きで矢助の恋人とやり合ったが、もし、サカエが意味なく寝入ったイクをひっぱ叩くなんて事をしなかったら、こんな展開にならなかっただろう。その意味では、イクもサカエも、お互い被害者と言えるかもしれない。それ以上に、特に矢助は気の毒であった。
 矢助はイクの言葉に吃驚してしまった。サカエが泣きながら矢助の部屋を飛び出していく後姿を見た時、矢助はサカエとの事はもうお終いだと直感的に悟った。この時だったんだ。この時点で自分の人生にピリオドが打たれたんだと述懐した。しかし、矢助の一生を振り返ってみると本当に不幸だったか、どうか分からない。しかし、本人がそう思い、信じ込んだらそれが不幸の始まりなのだろう。

「ワシには好きな女がおっての。結婚するつもりで相手もその気になってくれてな。人生も明るくて、さあ、これから俺の人生が開けると、それまでの暗い人生を一気に盛り返すぞと、自分なり、張り切っていたもんじゃ。その日を境に人生がしぼんでしまったように思って、何もやる気がなくなってしまったもんじゃ…。」禿げた頭をつるりと撫でて、86歳の矢助は、酒が入って赤くなった頬を更に赤く赤くして、イクの居ない時、決まって愚痴をこぼすのだった。「一生の不覚、一生の不作で…今でもその女の事が諦められんのよ…」とブツブツと独り言を言いながら、自虐的に酒に溺れていた。

 一方、イクはイクで、あの時、あんなことにならなかったら、違った道はあったかもしれないと、時々、ふっと自分の若い頃の思いがけない勝負を思い出すこともあった。矢助からハガキを貰っていなかったら、違った人生があったことは確かだと言う思いは、多くの年齢を超えた時にも矢助の居ない時、時々思い出したように愚痴をこぼしたのである。2人の愚痴を聞きながら、初めは同情していた嫁も、いつのまにか、そう言い合っている2人の様子にお似合いの夫婦だと思うようになった。喧嘩しながらも、不思議な連帯感と言うか、共鳴音を醸し出している二人に気がついていたからであった。

 昭和6年、柳条湖事件から始まった満州事変が起きた。満州は、日本資本主義にとって資本投資・商品市場・重工業原料供給地となり、日本の「生命線」として重視された。そのため、イクが東京を去った後に軍需景気が起こった。この景気は、庶民の懐を潤しはじめ、新聞は結婚ブームを報じた。 昭和10年の熱海行きの列車は、「新婚列車」と言われた程の結婚ブームであった。

 

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