明治から平成を駈けた女 第23章 

 イクは、焼け野原となった日本に帰ってきた。

 富山大空襲による死者は2,737人、負傷者が約8千人と、全国平均を大きく上回り、全国一であった。その数も、男性の約1千人に対して、女性の約1千7百人、性別不明が約百人という。人口1千人当たり、約16人が生きたまま焼き殺された。これは、全国平均の8.7の実に約2倍である。死者のうち、姓名ともに明らかなのは、約1千7百人に過ぎない。残り1千人以上は、名前すら分からないのである。負傷者は、約7,900人。これも、人口1千人当たり47人で、全国平均の13.3人と比較すると約3.5倍である。如何に富山大空襲が大規模であり、犠牲者が多かったかが分かる。その結果、市街地の99.5%を焼失し、焼夷率でも全国一であった。
 174機のB29が、富山を襲い、東京大空襲に匹敵する量の焼夷弾を投下した。空爆時間は、真夜中の2時間に及んだ。真夜中の空襲は、被害を大きくすると共に、寝込みを襲われたため、死亡率も高くなったのである。これは、人口密集市街を焼き払い、非戦闘員の住民の皆殺しを狙った米軍の非人道的空爆だった。富山市街地は文字通り廃墟となり、被災者約11万人、被災家屋約2万5千戸であった。
 当時、既に「民間人は殺害しない」という国際的取り決めはあったのだが、これを米軍は無視し空爆を実行した。真夜中、無差別大量焼夷弾攻撃は、都市の人口密集地域を焼き払い、非戦闘員の住民を殺し尽くすという目的を持ったもので、まさにジェノサイド(大量虐殺)に他ならない。日本の都市構造物はほとんどが木造で、焼夷弾に弱いとして、残虐かつ非人道的な考え方で絨毯爆撃を実行したのであった。表向きは軍事施設を爆撃と言いながら、実は民家をすべて軍事施設と故意に見ていたと言われる。
 この焼夷弾投下による市街地無差別絨毯爆撃は、昭和20年8月2日であった。

 富山の街は、絨毯爆撃で全てが灰になり、多くの人々が生きたまま焼け死に、全てが黒こげた町になっていた。あちらこちらに薄汚れたバラック小屋が建っていた。その中で、人々は厳しい生活を強いられていた。
 イクは、このような状態の日本に帰ってきた。そして、富山駅に降り立った時、見渡す限りの焼け野原と汚らしい人々の群れと傾いたバラック小屋の煤けた街となった富山の街に、呆然となった。覚悟していたものの、やはり息を飲んだ。
 私は何のために従軍看護婦となってあのような辛い目に会わなければならなかったのだろう。イクは、涙は出なかったが、寂寥感で一杯になった。日本の、大きな発展とバラ色の将来に向けて従軍看護婦となって、大陸に行ったのではないか。日本が、このような焼け野原になるために、辛い毎日を送ったのではない。自分の子供達は、夫は、親や姉妹は…、と胸が痛かった。
 イクの目の前を汚れきった子供がぼんやりと歩いていった。ボロをまとった虱だらけの頭で、目は空ろだった。急に我が子の事が心配になってきた。子供達はどうなっているのだろうか。心は、子供を預けているイクの実家に向けて走り出した。

 小杉駅から家に向かう県道を歩きながら、米屋があった。イクは反射的にじっと店の中を見た。真っ白な内地米が見えた。その横には、大豆が置かれてあった。ひもじさに目がくらみそうな思いを抱きながら、実家にはきっと白い御飯が食べられる。そう考えた時、イクの足は早くなった。お腹も痛いほど空いている。
 両側の道端には青々とした芹やオオバコ等が密集していた。思わず手が伸びた。このような美味しそうな草は、久しぶりであった。ホッとした気持ちになった。この緑の帯はどこまでも続いていて、心の安らぎを与えてくれた。お腹も何となく落ち着き、早く子供達に会いたかった。まだまだ豊かな自然に恵まれた農村風景であった事が、イクの心を人間的な落ち着きを与えてくれた。今までの厳しい現状は想像もつかない程、イクの心に大きな傷を残していたのであった。
 実家の二階家が樹々の間から見えた。イクの足は一段と速まった。病気をしていないか、怪我をしていないか、子供の様子を早く見たかった。道路に面して、すぐの所に玄関がある。大きな玄関である。玄関の戸は、閉まっていた。イクは思いっきり戸を開けて、叫んだ。
「登美子!太郎!帰ったよ。おっかちゃんだよ。」二階から矢助がゆっくりと降りてきた。
「ああ、あんた。今、帰ったがや。子供達は、元気やろか。登美子は?太郎は?」咳き込んで、イクは矢助に言った。
「二人とも元気や。」元気のない空ろな目で矢助が答えた。矢助の後にでも子供達が居るかのような気がして、イクは、又、二人の子供の名を呼んだ。
「誰ね。この人。」登美子が、気味悪そうな顔をして、イクの方を見ながら、父親の矢助の後を回りながら言った。
「わしながやぜ。おっかちゃんながや。分からんけ。」登美子を抱きしめたくて、お出でお出でしながら、手まねくと、登美子は奥の方へ後ずさりした。
「そんな汚い顔をしていたら、母親とわからんだろに。顔を洗ってきたら。」素気なく矢助が言った。
「本当や。これじゃ、分からんねか。」少し淋しい気持ちになって、イクは、家の裏に回って、ポンプから水を汲んで顔を洗った。家に着いたという安堵感からか、子供の顔を見たからだろうか、心は温かくなってきた。
「母ちゃん。」太郎が、イクの背中に飛びついてきたのは、顔を手拭で拭いている時だった。別れた時から見ると、太郎は、随分大きくなっていた。拭いている手拭を放り出して、イクは太郎を抱きしめた。涙が、止め処なく流れていた。やっと帰ってきたのだと、実感した。やはり子供はいとおしかった。恐る恐る登美子も近づいてきたが、太郎のようには抱きついてこなかった。

 親に預けていた子供に会った時、イクは良く生きて戻れたものだと思い、愛しい太郎を抱きしめながら、子供達が居るから、私は、どんな辛い事も耐えられたと感じた。子供がいた事をイクはどれほど感謝した事だろう。もし、この子供達が居なかったら、私は生きて帰れただろうかと思った。ただひたすら、日本へ帰ろう、帰りたいと願ったのも、どんな辛い事も耐えられたのも、子供に会いたかったからだと、今、確信した。

 イクは、故郷に帰ってきてから、やる事が多かったのだが、今は何をするにも気持ちが振るわなかった。しかし、生きていかなければならないという現実だけは、確実に理解していた。腑抜けな矢助を見るに付け、自分の生活の基盤だけは、考えなければならない事だけは理解できた。かといって、神戸には帰れない。

 イク達一家は、神戸に帰る事ができなかった。昭和20年5月に神戸空襲で家が全焼したと矢助は言った。全てが灰になり、無一物の状態で、身体だけの財産である事を知らされた。これからの人生の再出発でもあり、悲しんでいられない気持ちで一杯であった。食料は親のお陰で何とかできるが、生活用品は全くなかった。食卓もなければ、子供達の机もない。そこで、新聞紙を並べて食卓がわりとし、ミカン箱を机にして、子供達の勉強机とした。物質的な不足よりも、イクは精神的な悲しみが強かった。

 夜は夜で、イクの夢に多くの傷病兵や満州で会った人々が登場してきた。
 夢の中の兵達達は、イクの顔を恨めしげな目でじっと見つめた。
「高井看護婦、なぜ俺の看護を放棄して日本に戻ったのだ。」多くの傷病兵達が、夜な夜なイクの夢の中に現れては、イクを苦しめた。その都度、イクは両手をついて、頭を深く地面に付けて謝った。傷病兵達は、いくらイクが謝っても次から次へと現れてイクを責め立てた。
 傷病兵の身体から湧いてくる蛆がイクの身体中に纏わりつき払っても払ってもイクの身体を覆い尽くし悲鳴をあげながら目を醒ます事も何度もあった。爆風でやられ片目から血を滴らせた兵隊が早く治療をしてくれとイクに迫るが、包帯も薬もなく治療も出来ないと断り、後ずさりするイクを治療放棄するかと思った兵が銃でイクを撃つ。撃たれてその痛さで唸りながら大きく溜息をし、その溜息で目が醒めた事も何度もあった。
 そんな事が何日も何日も続いた。イクの両親は、イクの様子を見て、何の慰めも言わなかった。言った所で、それはイクにとって一層の辛い気持ちになる事が分かっていたからだ。

 幾つもの時を超えて、少し落ち着いてくると、イクは2人の子供の手を引きながら、散歩に出る事があった。
 道すがら、燕が低く飛んでいるのを見て、雨が近づいてくるのだろうかと空を眺めた。数日前まで、か細かった稲の苗はしっかりしてきている。田全体は、浅緑の絨毯がどこまでも続いている。雨雲なのだろう、遠くからゆっくりと黒い雲がイクの方に流れてきている。湿った風は、イクの頬を微かに撫でていた。
 私は、私のやってきた事は、間違っていたのだろうか。私の生き方はこれで良いのだろうか。毎日、悩んでいる問題に心を苛まれながら、イクはぼんやりと空を眺め続けていた。その間、2人の子供は静かに母親の佇む姿を不安げに見上げているのだった。

 別の日には、一人で家の裏で佇んでいた。西の山に夕日が沈む頃になると、田の湖は茜色に染まり、山や家の影がくっきりと浮かび、イクの心は又もやざわつき始めた。時々、田の湖の上を渡る風は心地よく、イクの頬を触っていくのだが、イクは、いつまでも動く事ができなかった。いつの間にか、蛙が元気に鳴き出していた。だんだんとイクは、寡黙になり、時には、子供の顔を見るのも辛くなる事があった。

 日本に帰ってきてから、何日経ったのか、何ヶ月経ったのか、イクの中では、計算できなかった。今、日増しに秋が深まっている事が分かっていた。立山の雄大な姿は昔と変わらないはずなのに、ちっぽけで色あせて見えた。濃い藍色の連峰は、少しづつ確実に色が薄れていった。朝夕の涼しさも、最近ではめっきり寒さを感じるようだった。
 イクは未だに敗戦日本の現実を受け止めれずにいたのだった。しかし、肩身の狭い思いだけは、充分味わっていたのだった。
 イクは、生きるという事がどういうことなのか、いつも問い続けていた。人々の無言や自然の静寂は、耐え難かった。気の強いイクは、時には生きていくのが辛くなるほど心が挫けていた。心を和ませるはずの子供達の顔を見ても心が晴れない事も多かった。

 誇り高い従軍看護婦という職業は、イクの誇りをより一層高め、満足させてくれた。しかし、今はどうだ。自分は、抜け殻となって、生きることもままならない。
 この静かな故郷でも、従軍看護婦であったというだけでイクの周りの空気は何ととげとげしいものがあるのだろう。このトゲは、イクの心をいつまでも苛ました。誰が、どうという言葉を発するわけではない。非難めいた目を向けるわけでもない。特に心を悩ます噂がイクの耳に入ってくるわけでもない。自然の静寂は、仕方がない。しかし、親や兄弟の無言にはいつまで経っても慣れる事はできなかった。しかし、イクの心は、落ち着かなかった。慰めの言葉もなければ、非難の言葉もない。何もないので、抵抗する力も沸いてこない。ますますイクは静寂と沈黙の壷の中から抜ける事ができなかった。
 親の家で、家族4人の生活をしていたが、イクは、近頃、空気の微妙な変化を感じていた。それは、末の妹の徴兵されていた婿が帰って来て以来だった。

 この一家の主は、その婿である事を父親が厳しい顔でイクに宣言するまでに多くの時間を要さなかった。それ以来、イクは両親の実家の居心地が悪くなった。
 イク達一家ばかりでなく、次女キク一家が疎開してきていたが、彼らも肩身の狭い思いで居た。イクは、時々、疎開っ子と言われる子供達が、地元の子供達に虐められるのを見て、時々考えさせられた。太郎も登美子もこのまま疎開っ子として置く訳にはいかない。何とか、この土地の人間として認めてもらわなくてはならないと考えた。イクは、鹿児島の矢助の実家に手紙を書いた。富山で、矢助と自分の実家を継ぐ事を許可してもらうためであった。このまま、この土地の人間となって土着したいと言う思いと夫を自分の実家の跡取りとして認めてもらいたいと考えていた。返事はすぐきた。

「イクや、そろそろ、この家を出ていって欲しいがや。」父親の染二が、遠慮深そうに言った。「いくら何でも、遠慮というもんがあるだろうに・・・。」
「なんでがや。」イクは、訝しそうに聞いた。「わしの家ながやないけ。」
「昔と違うがや。今、わしは、隠居して、この家の主人は、わしじゃないがや。」三女のヨシの夫の名前を言った。ヨシの夫は、銀行員であった。イクの家族の中では特別扱いであった。その立派な夫が帰ってきたのである。彼は、軍隊で通信員として働いていた。南方戦線に参加していたが、復員してきた。「だから、そろそろ家を出て行って欲しいがや。」
「わし、この家を継ぐ積りで、鹿児島の親の許しを貰ってきとるがや。」憤慨して、イクは言った。「ここに来るために、高井も仕事をやめて来とるがや。」
「な〜ん、駄目や。イク、お前は、昔、家の後は継がないと言って、家を出たねか。その時にヨシが跡取に決まったがや。今更、そんな事言ったって、駄目ながや。」父の言葉は冷たかった。「皆、暫く、そっとしてくれたがやけど、もう、そろそろ自分の生活を考えて呉れんと、困るがや。」
 イクの心は、波立った。私を邪魔扱いしとる。許せない。頭の中は、暫く思考する事ができなかった。こんな親や妹のために、私は、あんな地獄を味わったのか。声を出して、それを言おうとしたが、怒りの余り、声が出なかった。ん・ん・んと言う呻き声とも、溜息ともつかぬ声が漏れただけであった。
「辛い思いは、皆、しとるがや。お前だけじゃないがや。」染二は、イクの思いを察しかねて、諭すように言った。「お国のために、頑張ったお前は、ワシの誇りであった。だけど、今は、違うがや。昔と違うがや。それを忘れたらいかんがや。」
「ウ、ウ、ウ・・・。」イクは、切なげに、又、呻いた。頭が熱くなっていた。何処かへ置き忘れたように、言葉が、イクの頭の中に見つからなかった。
「だから、今月中に、この家から出て行ってたはれ。」最後の宣告を言い終えた。それから、父の染二は、ホッとしたように、タバコ盆に手を伸ばした。そして、美味しそうに深々と吸ってから、タバコの煙をゆっくり吐いた。

 永い、永い、沈黙が流れた。
 イクの心にやっと言葉が見つかった。イクは、自分が長女である事や矢助は長男でない事。今は、昔と違って実家の事を考えている事。我儘だった事を反省し、これから親孝行する事。等を一気に話した。父親と話し合いと言うより、イクの気持ちを一方的に話し、父親を説得しようとしたのであった。
「お前はそんな事を言うけど、昔、婿を取ってこの家を継ぐようにと親族会議で話しあった事あったねかいね。そしたら、親戚一同の前で、お前はきっぱり断ったねか。今更、何、言うがかいね。」父親の言葉は厳しかった。「お前が断ったから、ヨシを跡取りに決めたがや。一旦、親族会議で決めた事を、もう、元に戻せんがや。」
「そんなが言っても、そん時、わし、良く分からんかったがや。今なら、良く分かるがに。」イクは恨めしげに父に愚痴った。「高井にも、この家の跡継ぎになるように話したがや。高井の実家にも、手紙で話して親の許しを貰っとるがや。」
「そんな話を、何で、今更、言うがや。そんな話は、一切、聞く耳はないわい。」
「そんな事、言わんと、私の話も聞いてたはれ。あん時と、今では、違うがや。今なら、高井も覚悟しているから。わしの言う事も聞いてよ。」イクは、畳に何度も頭をつけた。イクは必死であった。ここを出されたら、親子4人の生活はどうなるのだろう。考えただけでも、哀しかった。誇り高いイクの姿はここにはなかった。
 父は、イクの言葉に耳を貸さなかった。
 矢助が戦争が終わってから、働かなくなっていた事、いや、言い換えると、働く意欲を全く持たなくなった事を、父親は十分知っていた。だから、仕事を探そうともしなない矢助を気にしていた事も大きい理由であった。それにひかえ、末娘の婿は、銀行に勤めている。この事は大きかった。
 イクは、父親からこんな言葉を言われるとは考えた事もなかった。悲しいと言うよりも、憤りで胸が一杯だった。母親ツユがこんな事を言うのなら、何となく分かる。しかし、父の染二がイクにこのような残酷な事を言う等、考えてもいなかっただけに、心がずたずたにされた。ひどい裏切りだった。こんなに広い家なのに、場所がないというわけではないと思ったが、ヨシにもその夫にも頭を下げて、置いて欲しいと頼むのは、絶対に、嫌だった。
 悄然と頭を垂れて、父の部屋から出た時だった。
「おばちゃん、早くワシの家から出て行かれ。」部屋の外で、イクと祖父の話を聞いていたヨシの娘の桂子が叫んだ。

 イクの実家にはイクより先に来ていた次女のキク一家が居た。実家の二階には6畳が4つと3畳があった。イク一家は、6畳2間と3畳を使用していた。しかし、キク一家は、近くの家を借りて出て行ったため、広い二階は空いていた。しかし、この家を出ろと言う。父の言葉以上に姪の桂子の言葉は、イクの心を、自尊心を深く傷つけた。小学校に入ったばかりの桂子の言葉は、イクの一生涯で最も傷つけた言葉であった。
 イクは、桂子のこの言葉を死ぬまで忘れる事はなかった。
 幾つになっても、この言葉は、色あせる事はなかった。父の言葉は、だんだんと記憶の彼方に消えていっても、何気ない幼い子供の言葉は、イクの気持ちに大きな刃となって突き刺さったまま、消えることはなかった。
 いつもながら、イクの行動は早い。明日にも、この家を出てやる。決心した。戦争の傷に、いつまでも浸っているわけには行かない。絶対、父や母、ヨシ一家にも、この返しはしなければならない。

 イクは、いつまでも親にすがって生きる事はできない事をハッキリと知った。

 秋の空は、どこまでも真っ青に見えた。限りなく高い空は、その青さを際立たせていた。遠い立山連峰の濃い藍を背景に、赤とんぼが飛び、コスモスが色とりどりの花をつけていた。一見、頼りなげでか細い花だが、豊かな地味では大きく育たず、道端の痩せた地面に豊かな花をつける。イクは、この花が好きだった。心は波立っている時、この花を眺めて、落ち着かせる事にした。
 イクは矢助の不甲斐なさに腹を立てていた。自分が心に大きな傷を受けて、日本に帰ってきても、矢助はイクを労わるわけでもない。ただ無為に生活をしていただけであった。そんな矢助にイクは頼る事ができないと気がついた。だから、親子4人が生きていくための生業をイクが考えなければならなかった。その上、父がイク一家を疎ましく感じはじめている事に気付くのには、余りにイクの心の傷が大きかった事にも原因があった。
 イクは、自分達一家が親にすら疎まれている事に、言い知れぬ腹立たしさを感じた。特に、自分の、従軍看護婦にすら父が、今は、後ろめたく感じている事を聞いて、大きな憤りが湧き上がり、悔しさに胸が燃えるようだった。そして、それを知った時、日本に帰ってから、その時、悔し涙が浮かんだ。私は、負けない。涙を封じた。突っ張って生きよう。決心した。
 悲しみは目には見えないが、その表情を通して時には、他人に見える事がある。しかし、イクの心の傷は、他の人間達には、全く見えないため、イクの心の中まで他の人間には理解されなかった。イクが、満州での出来事を話さなかった事にも原因があったかもしれない。この時から、イクは、心にトゲを持った。
 イクの心の傷は全く癒えていなかったが、とにかく、食べるためには、矢助を当てにする事は出来なかった。
 父親から家を出る事を勧められたのは、婿が帰ってきてからかなり経っていた。
 家から1キロも離れているお寺の2階に間借りする事に決めた。妹達は勿論、母や父親は全く見にこなかった。2部屋あった。実家の二階よりもかなり狭いが気を使わなくて良いと思った。イクの心は、親への恨みと妹への妬みですっかりと心が淀んでいた。

 毎日、食べていかなければならなかった。実家から貰った米や野菜は、すぐ無くなってしまう。相変わらず、矢助は職探しには出かけなかった。
 イクは、従軍看護婦として出発する直前に取得していた保健婦の資格の事を思い出して、その資格を利用して職探しをする事にした。

 先ほどから、薬缶の煮えたぎる音が聞こえていたが、イクの耳には、その音が届いていなかった。
 今はもう、昔のように思うのだが、たった1年前、大陸で自分の前から傷ついた軍人達が消えていった事を思い出していた。友人が一人一人居なくなっていった事を心の中で思っていた。多くの人が死んでいく事に対して、イクは物理的に受け止めて、その死体処理をしただけの日々からそんなには経っていない事に気がついた。そして、あの時の心の痛みは、今に比べると小さいと気がついた。今は、ひどい孤独感であった。心が痛かった。余りの痛さに胸を叩いた。そして、唸った。あの地獄の中では、日本に帰るという目的を持っていたから心の痛みは、今ほどではなかった。
 親を、妹を恨むだけの毎日は、辛い。自分の血縁を、少しでも心の隅でも良いから、優しい気持ちになれないのかとイクは反芻してみた。しかし、自分を拒否した親や妹に対しての恨みしか見えなかった。心は、親や妹への強い恨みの心しか持てない自分が哀れだった。暫くして、イクはそれでも良いと思う事にした。この恨みの心は、一生、持ち続けていこうと決心した。
 その決心に到達した時、薬缶に水が少なくなっている事に気がついた。

 厳しい永い冬を何とか乗り切った時、雪解けと共に春の気配の足音が聞こえる頃になると、ひもじさの中ながら、何とか細々とイク達の生活が立て直しつつあった。子供達のお腹空いたと言う毎日の言葉も少し間が置くようになった時、イクは少し優しい目になっていた。

 イクは、その後も何度も魘される夢があった。

 夢は…。炎に包まれる街。赤十字のマークをめがけて落とされる爆弾。次々と焼け死ぬ患者達。病院そのものが戦場となり、病人が標的となって機銃掃射される凄惨な戦争の中にいるのに、それを見ているだけのイクが居た。そんなイクは、冷徹な目で戦争の実態を見ようとしていた。死の絶望の渕に居る時も、人間は、どんな方法でも、他人にどう言われようとも、生きなければ意味がないとイクは思った。自分が生きるためには、他人の命を踏みつけにする事は必要である事に気がついた。夢は、イクに生きる意味を教えてくれた。

 戦略爆撃による一般市民の犠牲者は日本、ドイツ、イギリス、中国などを合せて百万人近くに達するという。国際ルールで禁じられていた都市、および住民への攻撃が、なぜ実行されたのか、等と、後の人々が、どのように言おうが、イクは戦争と言うものは理屈ではない事に気がついた。極限にある人間の行為なのだという事を知った。だから、イクは、日本の軍国主義が悪いとか非戦闘員に対して爆撃した米軍が悪いなどと言う事は関係ないと思った。あのような地獄の中では、ただ人を殺すと言う行為しか、自分の生きる道はないのだと思い込むのだろう。それが戦争なのだと考えた。
 自分が国や家族を守るために、従軍看護婦となって出征しても、あの崇高な思いで辛い生活を耐えたのも、日本国という国のため、故郷の両親や妹、それに自分の夫や子供達のためだったはずである。しかし、この思いは、見事に裏切られた。
 そして、自分達一家は、邪魔者となった。父や母は勿論、妹や親戚、日本の国も、全てをイクは、憎んだ。


 イクは、月の明かりの中に、立っていた。

 秋の夜、どこからか幽かな虫の音色が響いていた。澄み切った空には、月が明るい光を投げかけていた。濡れたような月の光が、みすぼらしいイクの姿を照らしていた。あたりの静謐さは、イクの心をいらつかせた。虫のか細げに鳴く声は一層その静けさを深まらせ、その事までも、イクの心を尖らせた。
 私の、どこが悪いのか、とイクは自問自答した。そして、天空を眺めた。どんな辛く厳しい中でも、従軍看護婦という誇りがあった時は、まだ何とか乗り越えられた。日本を憂い、両親を思い、家族をいとおしむ心があったから、まだ良かった。しかし、今のイクの心には、親を憎み、妹を妬む心があった。こんな奴らのために、私は、あの辛い生活をしてきたのか、彼らはここでこんな平和で静かな生活をしている時、自分は死ぬような辛い生活をしてきたのか。許せないと思った。親も妹達も許せないと思った。日本という国も許せなかった。
 虫の声は、さっきよりも大きくなったようだった。月明かりの中で、小石を拾うと、虫の鳴く方へ向かって、思いっきり投げた。虫の音色は、ぴたりと止まった。二度と鳴かせるものか、鳴かせてやるか、という気持ちで、イクは、何度も小石を拾っては、投げた。もう、そんな優しい声を聞かせてくれるなと、心で叫んでいた。
 涙が、次々と流れては、地面に落ちていった。流れるままに、イクは、声を出さないで、泣いていた。

 アメリカの日本への市民攻撃には、市民に恐怖を与え、日本人の戦争遂行への意図を失わせるという意図があったという。アメリカ軍の日本の各地への爆撃で多くの都市が破壊された。そして、アメリカの技術発展による近代戦争によって、罪のない多くの日本の市民が死んでいった。しかし、イクの親や姉妹の居たこの村は、イクが見てきた他の街や村と違って、平和で豊かであった。
 イクの心は、その豊かな親や姉妹の爆撃によって破壊された。

 

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