関西よもやま話

別に記載しているプロフィールを読んでもらえばおわかりかと思いますが、
生まれてからずっと関西で育ち、'97年に神奈川に引越してくるまでの
青春(?)の高校時代を含む○○年間を、友人達と過ごしてきた私にとって
そこは、書いても書いても、書ききれないくらい思い入れのある所。

愛すべきおいちゃん、おばちゃんがいっぱいいる街。それが関西。
まま、ぶらっと読んでやって下さいな ・・・

甲 子 園 天 王 寺 パチンコ屋 大阪・梅田 須磨あたり
神戸&三宮 たこやき 大阪ミナミ 大阪ミナミ2 お寺めぐり
円山公園 大 阪 弁 大阪弁2 神戸('99夏) 塚口の"つ"
ふぁいと _ ___

HOME
「 甲 子 園 」


甲子園といえば、高校野球。春夏の賑わいはスゴイ。
が、それだけではこの土地柄は語れない。
なんてったって、あの阪神タイガースの本拠地。
( ファンってわけでもないんですが、ファンの方ごめんなさい )

高校時代の下宿先の最寄り駅が阪神電鉄 「 甲子園 」 駅。
短大時代にはさらに近づいて、甲子園のすぐ裏が下宿だったり。

阪神戦がある夜。( 特にアツイのが巨人戦の日 )
「 かっとばせぇ〜〜っ! 」 の声、歓声、どよめき、風船を飛ばす音、
TV見てるよりすごかった。 窓開けると丸聞こえ。

おもしろいのが、阪神が勝った夜。
「 甲子園駅 」 では上りと下りのホームで 「 六甲おろし 」 の大合唱が始まる。
( ホームでですよ、ホーム )
みんな手を振り合いながら帰って行く。

おいちゃんもおばちゃんもおにーちゃんもおねーちゃんも、みんな友達。
シラフであっても、酔っ払い。

どこでもそんなもん?


戻る



「 天 王 寺 」


住んだ事は無いけど乗り換え駅だったので、時々寄り道。

ずいぶんキレイになって変わってしまったけど、
以前のJR周辺はいかにも「 旧国鉄 」っていうイメージでした。

駅を出てすぐの所にイカ焼や回転焼の店が屋台のように並んでいて、
そこでよく買ったイカ焼がみょ〜に旨くて。

これって、よくある夜店のイカ焼ではありませぬ。
イカの切身と小麦粉などを混ぜて焼いて、鉄板でプレスしたモノ。
でちょっと甘めのソースをつけて2つに折って入れてくれる。
特に卵入りが絶妙〜でした。

キレイになった今、どこに行っちゃったんでしょうね。
とっても名残惜しいモノのひとつです。

さて、駅からすぐにある「 天王寺動物園 」 に隣接して、
かなり大きな 「 天王寺公園 」 があります。
学生時代、1人歩きは危ない(特に暗くなってからは)と聞いていたので
あまり行く事はなかったけど、広かった。

それゆえ、「 レゲエのおいちゃん達 」
いわゆる浮浪者のおいちゃん、時にはおばちゃんが大勢いらっしゃいました。

すでに世代交代もあったりしてね。

ずっと前に天王寺駅で切符を買って釣り銭を取ろうと思ったら、
横から風のように飛び込んできた何かが。
・・・・・・はっ、釣り銭が無いっっ。・・・・・

顔を上げると、レゲエのおばちゃんが何気ない顔をして立っておられました。
・・・泣き寝入りしましたとも。 だって名前書いてないんだもん・・
( 書くかっ )

そんな街、天王寺。

( 地下鉄「 梅田 」駅にもよく似たおばちゃんが出没するので有名でした )


戻る



「 パチンコ屋 」


2年程住んでいた天王寺始発の南大阪線某駅近く。
その頃は長屋がまだ残っているちょっと古臭い町並み。

思い出、といえば 「 パチンコ屋 」 。

当時は、大当たり台も出現してたものの、ちょっと遊べる程度の台も残っていて、
ましてそこには、 「 アレンジボール 」(?) たら言う、怪しい台がありました。

怪しいというよりは、どっちかというとオモチャの台のような感じで、
台の下の方に横一列に並んでいるいっぱいの釘。
その1つ1つが数字に当てはめられており、玉が入った数字が
次々と台の上の方にあるビンゴ表みたいなモノに点灯していく。
で並び方によって玉が払い出される、というシロモノでした。
( 手打ちです )

「 ちょっとパチンコ屋で時間つぶしてくる 」 という言葉が、
かって、これほど似合う台があったでしょうか。

いや、きっと無い。( 自己完結 )

ともかく、友人に連れられて行ったそのパチンコ屋には非常に
お世話になったのです。

「 パチンコ 」 というものをした事がないような私に取って
そこは 「 先生 」 の集まりでした。

友人は最初の頃こそ近くにいて教えてくれたものの、
そのうちにさっさと1人で好きな台を渡り歩くようになりました。
が、取り残された私はどうだったか?
当然そう簡単に慣れるもんではございません。

「 スロット 」 ってのがありまして( 揃った絵柄でコインが払い出されるヤツね )
大当たり間近になると、並ぶ絵柄が決まってくる。( 今のは知らない )
が、当時そんな事わかるわけはないのです。

なんてったって私は立派な初心者(?) です。

で登場したのが、たまたま隣り合わせた 「 おいちゃん 」 。

「 ねーちゃん、これ入っとるぞ 」
( 大当たり間近だぞ、の意 )

そう言われても、目押しなんてできません・・・。
( 注:「 目押し 」 とは、じ〜っと見て絵柄を合わせるよう押すのです )
で、見るにみかねた 「 おいちゃん 」 が
「 ちょっとどいてみー 」 といとも簡単に合わせてくださいました。
( 今思うに、よほどイライラなさったんでしょう )

何回お世話になったことでしょう・・・ ( 遠い目 )
中には、「 ここ、よー出るから替わったるわ。 座りーな 」
と、席まで譲ってくれるおいちゃんもいたりして。

そうするうちに、ちょこちょこっと顔馴染みができてきて、
そのうち、しばらく行かないと心配してくれるおいちゃんまでできて。
しかし、ちょっと考えてみてくださいな。

こっちは花も恥じらう乙女でございました。 ( 過去形 )

入っていきなり、「 ねーちゃん、久しぶり。 ここ、座りー 」 では
その他大勢( や、そんなに多くはないのですが ) の人にミョーな顔をされ、
ハズカシイ事もあるのです。

まして店員のおにーさんまであいさつしてくれるとなれば。

ナイショですが、店員のおにーさんに
絵柄合わせて大当たりにしてもらった事も何度かあります。
( だから 某駅某店 )

後ろで見てて、「 しゃーないなー。 ナイショやで 」 と
ポン、ポン、ポンと1〜2回で大当たりを合わせてくださる神様のような方でした。

おにーさん、ありがとう。
今は立派な「 おいちゃん 」になっている事でしょう。

田舎育ちの私にとっては、
こーいうおいちゃん、おにーさんの暖かい目(?)がとてもうれしかったのです。
( 中にはコワイおばちゃんもいらっしゃいましたが )
ま、親元離れて暮らすと心細い時もあったりするのでございますよ。

ああ、ありがたや、人の情。


戻る



「 大 阪 ・ 梅 田 」


初めて梅田の地下街は、どう歩けばいいんだかわかんなくて
ごちゃごちゃしてて人だらけで、行き先の標識も見つけられない。

ぼーっと歩いてると、
忍者のように すぅ〜っと近づいてくるおにーさん、おねーさんが
何かのアンケート用紙を持って話し掛けてくる。
流れと違う方向に行っちゃうと、前に進めない感じで

人込みがキライな私にとっては、まさに「人込み」のイメージでした。

エスカレーターに乗ってても、みんなその上をさらに歩く。
止まると寿命が縮まるのか?と思うくらい動くエスカレーターを歩く。
ただ運ばれてる人間はそのくらい少なかったのです。
じ〜っ止まって乗ってるのは、じじばばくらいだったし。
中にはやたらと元気なじじばばもいましたけど。

関東に越してきて、横浜、渋谷などちょこちょこ出かけましたが、
みんなちゃんとエスカレーターではじっと乗ってる。
なんか不思議な光景でした。

ま、最近ではこちらでも左側を急ぐ人のために空けて
並んでいるエスカレーターに乗ることが多くなった気はしますが。

田舎に帰省した時には1度は行く大阪駅周辺は
今ではほんとにキレイになりました。
特に地下街は大々的に改装(?)したようで、
昔のイメージとはずいぶん変わってしまった気がしますね。

でもJR大阪から梅田の地下街に続く細い階段を降りた所にある
「 立ち飲み屋 」。
( 名前は覚えてない。名前あったかなあ? )

ここは昔のまま、相変わらずみんな斜めに立って昼間から1杯やっていて
やっぱり人いっぱいでちょっとホッとしました。(おばちゃんもいたし)
( 斜めに立たなきゃ、肩が当たっていっぱい入れないんだよ )

学生時代よく通った「 東通り商店街 」。
飲み会、コンパなどに大活躍の界隈でございました。

今は行く機会もないけど、変わっちゃったのかなぁ。


戻る



「 須 磨 あたり 」


以前阪急沿線 「 塚 口 」 に弟と一緒に住んでいた頃、
突然思い立っては、真夜中にドライブに行ったもんです。

行先はいろいろあったけど、好きだったのは 「 須 磨 」 。

「 イエスタディ 」 という、レストランバーみたいのが国道沿いにあり、
お茶なんか飲みながら海岸が見渡せるようになっていて。
ここの店の雰囲気はお気に入りでした。

相手が弟、ってのは取りあえずおいといて、
真夜中(1時頃とか)の誰もいない海岸を見てるのは好きでしたね。

浸れる、浸れる・・。( 店ん中はカップルばかりでしたけど )
昼間はキタナイもんだからよけいに。

「 イエスタディ 」 って、芦屋あたりにもあったと思うけど、

まだあります? ご近所の方。


・・ とこれを書いた後、弟からの情報で
須磨の「 イエスタディ 」 は既に無くなったコトがわかりました。

時代が変われば店も人も変わると頭ではわかっていても
好きだったモノが無くなってしまうのはやはり淋しいのでした。


戻る



「 神戸 & 三宮 」


三宮センター街。よく行ったモンです。
元町、もしくは南京町に続くにぎやかな通りが好きでした。
( 今も好きですが )

大阪や京都とは匂いが違うというか、独特の雰囲気があります。
外国の人が多かったこともあるのでしょうか。

南京町にある、豚まんのお店。いつも人がいっぱい並んでいて。
ほおばるとスープがじゅっっとでてくる、美味しい豚まんです。
今もあるなら、絶対オススメ。しあわせな気分になれるでしょう。

神戸は 「 異人館 」 が多く、震災で被害を受けたのはほんとに残念。
それでも見事な復旧を遂げ、以前と同じく観光客を楽しませてくれているようです。

すごく好きなエリアだったので、学生時代はよく遊びに行きました。
友達同士、時にはデートで。

「 異人館でデートすると、別れる 」 というジンクスがありました。
( もちろん京都とか他のエリアでもあった )
「 しょせん、ジンクスだもんねーー。 」 と気にしなかった。

きっちり、別れましたけど。


戻る



「 たこやき 」


今は冷凍モノでも結構ありますね、「 タコヤキ 」。
大阪某店のものも、新幹線、在来線の駅などでお土産物として売られてます。
最近では東京方面にも京都や大阪のたこやきが進出してきていて
お店によってはいつも十数人並んでいるような所もあるようです。
( 確かに美味しいけれど並んでまで、ってのは )

うちの田舎では昔、駄菓子屋で 「 たこやき 」 が売られていました。
で、焼きあがったら木の皮(?) みたいなのでできた舟型の器に入れてくれる。
子どもの頃ですから、小銭を握り締めて買いに行くわけですが、
待っている間に駄菓子を物色するわけでございますな。

舌が色づくゼリー、アタリ付きのガムやチョコレート、
なんかよくわかんないヨーグルトもどき(とほほ)なんかね。

大きくなってから懐かしくて買いました。すっげーーマズイの。(泣)
でも、やっぱり懐かしくなって2回も買っちった。(泣2)

あ、話がそれちゃいました。
というわけで、(どんなわけだ) 小さい頃は買いに行ったわけです。
が、ある程度大きくなってからは、あまり買いに行かなくなった。

何故か??
うちに 「 たこやき器 」 があったからに他なりません。

「 関西では家庭に1台たこやき器がある。 」
という話を聞いた事がありますが、あながち大げさではないかも。
会社勤めの頃同僚に聞いたところ、所持率90%以上でした。

現在は無いけれど 「 MYたこやき器 」 があった頃
年数回以上は自分で焼いて食べているわけでですね。
ちなみに私流は外側カリっの内側がトロっですー。
中身の具は・・・・・企業ヒミツ。(ウソ)

が、もし作り方に興味がある方はメールをお送りください。
折り返し、ご連絡いたします。( 大げさ・・・ )

宛先は ここ です。


戻る



「 大阪ミナミ 」


心斎橋、なんば、と夜遊んでやっほーな繁華街(?)が続きます。

ハデな看板、ネオン、きちゃない道頓堀川( 川って言っていいのかな )
歩いてる、話してる、たむろしてる、人ヒトひと。
でも、ちょっと別の道を歩けば、おしゃれなお店があったりと
いろいろなモノがごちゃごちゃに同居している場所。

深夜12時過ぎても、ガキんちょからおばちゃんまで遊んでる。
1時頃なのに、おばちゃん達の団体がわやわや言いながら歩いてきて、
「 げっ、・・もう終電ないのに・・ 」 っとびびった事があります。
どーみても50歳は過ぎてたと思うんだよなぁ・・・・

ここにある「 戎(えびす)橋 」 はどんな時間でも人でにぎわっていて
昼も夜もパー券みたいなのを持って、おにーさんが立ってましたしね。
( 「 ひっかけ橋 」 って呼んでたけど、最近はどうなんでしょう )

私自身はこの橋のすぐ近くのショットバーにちょくちょく行ってました。
なんかいっぱいありすぎて、書ききれないや・・・。

続きはまた今度。


戻る



「 大阪ミナミ2 」


続、大阪ミナミです。

「 ミナミ 」 と言えば、戎橋と辺りに居並ぶでかい看板は外せない。
「 グリコ 」 を筆頭に、色とりどりのハデな看板が競いあって並びます。
大阪N○K制作のドラマなんかには「 通天閣 」とペアで登場したりします。

この光景に花(?)を添えるのが、飲食店の立体看板(?)および人形など。

戎橋を過ぎるとすぐ、
「 かに道楽 」 の特大カニ、 「 えび道楽 」 の特大エビ、
「 食い道楽 」のメガネかけて太鼓たたいてる人形
「 づぼらや 」 の特大ふぐ などが( イヤでも )目に入ります。
しかもアヤシク動いてるし。

さらに負けじと、ラーメン屋 「 金龍 」 の特大龍が迎え撃ったりして。
そこに乱入するのが、カラオケBOXの立体看板だったりと、
ここはどこ? わたしは誰? 状態の界隈になってます。

・・・関西のハリウッド?(誇大表現)

ハリウッドに 「 龍 」 はいるかもしれないけど、「 カニ 」 や 「 エビ 」 や、
まして 「 食い道楽人形 」 なんかがいたらコワイかな、やっぱり。

ここに来て、看板とか眺めてると大阪商人のたくましさを感じたりして、
イジイジ悩んでるのがバカらしくなるかも。

そういうパワーを感じるミナミの街なのでした。

ちなみに「 ラーメン屋 」 で思い出したけど、
個人的には 「 金龍 」 より、「 神座 ( かむくら ) 」 のが好きでした。


戻る



「 お寺めぐり 」


お寺、というと、「 京都 」 「 奈良 」 あたりですか・・。

一時期、お寺めぐりが好きだったので、よく行ってました。
でもほとんど京都だったかな。

四季問わず行ってたので、雪の清水寺とかも寒さ堪えて行きましたね。
( 冬の京都は思いっきり寒いんですーー。口まわんないくらい。 )

なかでも、何度となく足を運んだのが、「 華厳寺 」( 別名、鈴虫寺 ) です。
名前の通り、年中 「 鈴虫 」 が鳴いてます。壮観。

ここのお寺には「 名物 」 と言われる和尚さんがいらっしゃって、
拝観料払って中に入ると、人の集まった頃を見計らって
鈴虫の鳴き声をバックに、おもむろに説教を始められます。

これがまたおもしろい。( 別にギャグとかいうわけじゃないんですけどね )
鈴虫繁殖の苦労とか織り交ぜて、流れるように説教されます。
毎回変わるわけじゃないんですけど、・・なんか人柄なんですかねぇ。

で、このお寺にはもう1つ名物があります。

「 わらじを履いた、お地蔵さん 」

このお地蔵さんは他のお地蔵さんと違って、足にわらじを履いておられます。
訪れたヒトが願い事をすると、歩いて行って願いを叶えてくださるそうです。
普通のお地蔵さんは、毎日そこで手を合わせることによって、祈願成就となるわけですが、
わらじを履いているので、遠い所から来た人の願いでもちゃんと叶えてくれる、と。

なんかいいと思いません?

余談ですが、ここのお寺の中では、「 干菓子 」 を出してくれます。
淡いピンク色の甘いお菓子の中に、刻んだシソ(桜?)が入ってるんですが、
ピンクの中に点々と見える黒っぽい模様を見て、

「 お亡くなりになった、鈴虫が入っているんでは・・ 」
「 カルシウムだし・・とか・・ 」

と、最初は手を付けられなかった、という実話があります・・・。


戻る



「 円山公園 」


花曇りの多い春先が来ると思い出す場所。
それが京都の八坂神社近くにある、この 「 円山公園 」 です。

ここには、見事な桜がたくさんあり、人が多い事を除けば、
文句無しに春行くには1番のお気に入りの公園です。
中でも、見事なのが 「 しだれ桜 」 と言われる大木の桜の樹です。
夕暮れのしだれ桜、もしくは夜桜がまたイイっっ。
夢に見そうなくらいキレイでした。ほんとに。

といいつつ、シーズン中はやはり花見客で浸ってるどころじゃないです。
花も散りそうな勢いで、飲めや歌えやの大騒ぎがあちこちで。
かくいう私も、場所取りと称して朝の10時から17時頃まで
後輩と2人座ってたことがあります。(T_T)

ちなみに 「 しだれ桜 」 で夕暮れ時に恋人なんかと逢ったりすると、
相手がもう3割増くらいに見えるので、ちょーおススメです。(爆)
行って思いっきり浸りましょう。 ( 私も浸りたい ・・ 笑 )
( ジンクス有無は忘れたので、その後どうなっても当方は責任持ちません。)

書いてて思い出したので、与謝野晶子の歌を。

清水へ 祇園をよぎる 桜月夜 今宵逢ふ人 みな美しき

私の好きな歌の1つです。


戻る



「 大阪弁(もしくは関西弁)」


どこの地方にも方言があるように、関西にもいろいろな言葉があります。
よく 「 大阪弁 ( 関西弁 ) って 」 ってひとくくりにされますが、
実際は地域によってかなり違ったりします。

「 神戸 」、「 大阪 」、「 京都 」、「 河内 」 あたりが有名かな?
他にも細かくは 「 姫路 」、「 南河内 」 などいろいろあるんですけどね。
( うちの辺が入ってない、って方はごめんなさい。^-^; )

私の田舎としては 「 神戸 」 が近いけど、高校から親元離れて住んでたし
下宿生活も送ってたので、「 大阪 」 や 「 京都 」 が入ってます。

簡単な違いを書くと、「 〜をしてる 」 って言うのを
神戸は 「 〜しとう 」、 大阪は 「 〜してる 」、
京都は 「 〜してはる、〜したはる 」 なんて言いますね。
( もちろん住んでても使わない人もいるので、みんながみんなじゃないですよ。 )

どこの方言もそれぞれの暖かみがあって好きですが、
やはり関西弁が1番好きです。

最近あんまりこてこてでは話してないけど。(笑)


戻る



「 大阪弁2 」


こっちに来てからあまり大阪弁を使わなくなりました。

というより、使えない、っと言った方が正しいか。
相手が関西弁じゃないと、どうも話しづらいのです。
標準語になったわけじゃなく、アクセントはたぶん関西が出てるはずなんですけど
某有名人のように、相手が誰だろうと喋れるほどの根性は無いようです。

しゃべんないとだんだん忘れていっちゃうようで淋しかったりするわけですが
田舎に帰ったり、電話をかけたりなんかするといきなり戻ります。
うーーん、素晴らしいっ(笑)

田舎を出てから10数年になりますが、帰省すると
両親や近所のおばちゃんと地元の言葉に自然になってるってのも
驚きだったりします。

どこかに根づいてるモノってのいうのは、
何年経っても変わらないのかな?

変わらないモノがある、としたらうれしいです。


戻る



「 神戸にて 〜 '99 夏 」


帰省中、神戸・元町界隈を友人といっぱい歩いてきました。

元町中華街でちょっと豪華な昼食と、にしむらコーヒーで美味しいコーヒーと
数年ぶりに神戸の街の懐かしい匂いを感じてきました。
阪神大震災以来かな。

目眩がしそうな暑い夏の神戸をそぞろ歩くってのもなかなかヨイもんでした。
友人までもがアスファルトから立ち昇る蜃気楼のようで、
ちょっと不思議な感覚もありましたね。
( 蜃気楼だったら貴重な体験だったろうなぁ。笑 )

おそらく震災で壊れてしまったのであろう好きだったお店が
まったく違うお店になっていたりして、少しちくちくする想いはあったけど
多少手を加えられてるとはいえ、そのまんまの所もあったし。

懐かしい場所、建物に会えるのはうれしいものです。


新快速で神戸まで移動中に窓から明石の海が見えます。

その日の海風は台風の影響を受けて少し強めに吹いていて
深めの蒼色と時々現れる波の白さとのコントラストがキレイで。
いいお天気だったので、明石大橋もよく映って
ひとりで見てるのがもったいないような景色でした。

ひとりじゃなかったらもっとキレイだった?


戻る



「 塚口の " つ " 」


2年ほど住んだでしょうか。
彼の地を後にしてもう10年になりました。
その間行く機会もほとんどなかった " 阪急神戸線塚口駅 " 

そこからバスで15分くらいの場所に住んでいて
交通は少々不便だし、通勤ラッシュはキビしいものがあったけれど
今思えばなかなか良い住み心地だったような。

住居周りは古いおウチもまだ残る昔からの住宅地風だったものの
駅の北口あたりの雰囲気はちょっと洒落た感じでした。

少々高級感の漂うIkariスーパーは面白い素材が多くあったし
駅前のベーカリーはパンもケーキも美味しかった。

同じく駅から北へ少々歩いた所にあったと思います、
こじんまりしたレストラン " アルハンブラ " 。

どの料理も美味しかったのだけれどオムライスが絶品でした。
今もあるならとってもオススメです。< トルコ風オムライス

金額設定だけして頼んだメニューにないコース料理も思い出深いです。
よく一緒に行った相手が弟だったっていうのも別の意味で。

マスターと奥様がとてもヨイ感じで
行くとほっとするお店でした。

こっちではそういうお店にはまだ巡り合えてないだけに
今でも時々思い出す大好きなお店です。

( このお店は今もあるなら教えていただきたいです。m(_ _)m )


戻る



「 ふぁいと 」 - 2001. 5. -


合戦場となったのは某日JR大阪駅。

どこかに行く経由地点として便利であるため
大阪駅改札周辺はいつでもヒトでごった返す。

それがわかっていても、じじばばにもわかりやすい場所ゆえ
JRを利用しないにしても待ち合わせ場所にせざるを得なかったりする。

渋谷周辺と違い ハチ公もいなければモヤイもいない。

ただ " 中央改札口を出た辺り " とか
" 噴水のトコ " ( というには多少語弊があるかもしれない ) とか
なんだか微妙な場所を指定したり、指定されて
「 10分前から来てたのにぃ 」 なんて会話が交わされている

・・・こともあるような気がする。

話が逸れた。

そういう人の多い場所なので
中央改札を出るとあちこちにコインロッカーが設置されている。

が、どう考えたって人間のが多い。
でもって、大きめの荷物を持ち歩きたい人間もたぶんそういないので
いつも満室状態に陥る。

さらに2001年春、USJ (ユニバーサルスタジオジャパン) の登場で
さらにヒドイことになってるらしい。
ロッカー待ちの人間がそこここに立っている。

斜め前のロッカーが1つ空いた。

行こう、と歩き出し到着する前に
横からかっさらって荷物を入れちゃうヤツがいる。
ほんの数歩の距離なのに。

また、空いた。

と思ったら走ってきたヤツに横取りされる。

そいつは荷物どころか手に携帯電話を持っているのみで
ロッカーの扉を開いて手で押さえたまま、その電話でしゃべっている。
その携帯電話でも入れるつもりなんか、にーちゃん。


「 あ、オレ。 今どこにおるん? 」
・・・・・・
「 そやろ、ないやろ? どこもいっぱいやねんて」
・・・・・・
「 とりあえず、こっちに来ぃや。 場所は〜〜の辺やから。」



にーちゃんと無言の攻防が続く。
しばらくすると、3人連れがやってきた。緊張が解かれる。
どうも横取りしたヤツの家族らしい。

数個の荷物を収めてにーちゃん共々彼らは去った。

ちっ、である。 ちぃっっ、なのである。

しばらく待って結局空いたロッカーに預けることができたのだけれど
うっとおしぃことこの上ない。

・・・などと文句をココロの中でつぶやきつつ、考える。

チームを組んで担当決めて、空きを見張ってゲットしたロッカーを
手数料もらって待ってる人に明け渡す、ってどやろ。
そーいう商売はモノになるやろか。

そんなワタシはやはりというか関西生まれ。


戻る


| home | 唐辛子 | 散歩道 | 関東 | ときど記 | 仕事 | Pet Mail | 近況? | LINK | 掲示板 |