★印;心に残ったフレーズ  ※印;しば子のコメント

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松本 侑子

「巨食症の明けない夜明け」  集英社文庫 
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※大学時代、自分が過食症に苦しんでる時に、買った本。そのまんまやん、って感じやんな。ほんまに、何も知らず、タイトルだけで手にとった本なんやけど、読み始めて、初めて「過食症」という病気があること、それに自分もめちゃくちゃ当てはまってることを知ったのでした。

序章の、 

★私は、生まれたくなかったのです。
 
このフレーズにはヤラれましたな。っていうか、今、過食症から抜け出したわたしも、この「生まれたくはなかった」というところから抜け出せていないような気がする。

満腹感は、胃が満たされるのではなく、心が満たされることによって得られるのではないでしょうか。
 

  過食症やったわたし。食べても食べても満たされなくて、泣きながら食べてたわたし。どこまで食べたら満足出来るんやろと思ってた頃があった。
  このフレーズの後に、女性と男性の違いについての記述が続くねんけど、それはさておき、心が満たされるまで食べることが辞められないんだよな。自分を、1個の人間として、あるがままに受け入れられない限り、満腹感は得られないんだよ、過食症の人間は。

まだ十歳にも満たない私にとって、それはお化けの次に怖くて、気色の悪いものでした。自分がこんな生々しい存在だなんて信じられない。自分の腹を裂いてみれば、内臓がとぐろを巻くように満ち満ちているなんて、考えただけで吐き気を催してしまう。これが子供時代の私でした。
 

 身体と頭のバランスが取れてなくて、戸惑っていた頃の自分をすごく思い出した。
 っていうか、今の自分も、めっちゃ頭でっかちなんだよな。

★要するに、私はこのままでいたいのです。治りたがらない病人は、病人たる資格がないというような台詞を吐いたのは、三島由紀夫だったでしょうか。ごもっとも、ごもっとも。私には、病人の資格だなんて、そんな大層なものはありません。病院へいった・・・、あれはほんの面白半分、冗談です。
 私は、酔った振りをして言い逃れをする卑しい酔漢です。
 こういった自分の姿に、私はなんとなく気付いていました。ぼんやりと気付いているだけの状態が、フロイトの本を読むと、明確な現実となって私を追い詰めるのではないか。それを恐れて、大量の食料を買い込んだのです。脂肪の中に埋もれている自分が剥き出しにされそうになると、私はいつも食べ物の檻に自ら進んで入りました。そして、涙ぐみ重苦しいため息をつきながら、出口のない暗がりに身を隠しました。
 混乱した時、その場しのぎの最も優れた方法は、とりあえず人のせいにしておくことです。しかし、私は常に内罰的でした。すべて私が悪い、こんな私なんか、どうしようもない。デブで、意志薄弱で、怠惰で、臆病で、卑怯で、人間の屑だ、私は自分を追い詰めました。自分で自分を徹底的に追いつめれば、もう来れ以上、他人に追い詰められることはないという安心感が、そこにはありました。


※うわーーーーーーーっと、頭を抱えて隠れてしまいたいくらいに、これを初めて読んだ当時の私にも、今の私にもずしんとくるところ。
 なんていうか、太宰治の人間失格を読んだ時のような感じを思い出したです。
 こんな私、ダメダメなのよ〜という記述が、これからまだまだ続きます。

★それは、まったく機会的な作業でした。食べるという、非常に原始的な行為を続けながら、生の歓喜も、また悲哀もないのです。ミルク飲み人形のように無感覚な口に流し込みました。何の感情もありませんでした。強いて言えば、破壊的な喜びがあるだけです。食べて、食べて、食べて、喉元まで詰め込んで、胃が破裂して穴があく程食べる。その結果、もし人形が壊れるなら、それでもいい。どうせ私は誰も遊んでくれず自分にすら見捨てられた人形なのだから。

※まるで、私の過食時代の心をそのまま表したかのような文章。ほんまに、あの頃の私は、食べて、食べて、自分を壊すまで食べ倒すっていう勢いで食べて、その後、ものすごい自己嫌悪に陥って泣いている……って感じやったんやけど……今の鬱状態に似てるかも…、今はそんな食べ倒すってことはしないけど。

あー、いかんいかん。
これって、ごっつい落ち込んでる時に、自分の傷口をいちいち開いて眺めてるみたいな本なんだよな。
しかも、救いはないし。

文学作品としては、なんちゅうか勢いがあってええなぁと思うねんけど、自分と重ねてしまうんだよなぁ。

都会に住む女子大生の、心の闇みたいなものに触れたい人は是非ご一読を、というところでしょうか。
2003/9/26