流れ星

空に輝く星をつかもうと
手をのばすことをあきらめたのは
いつですか?

 時は午後10時。星のきらめく夜空の下、私は泣いていた。どうして?なんて質問はしないで欲しい。私自身、わからないんだもの。
 私は高校3年生。進学校の生徒なら大抵は行っている塾の帰り道、なぜか突然涙が出てきてしまったのだ。ぽっかり浮かぶ月の輪郭がぼやけてにじむ。
(どう……したんだろ……)
 初夏の清清しいにおい、綺麗な星空、静かな闇。泣けてくる要因なんて1つもない。いや、もしかしたらそれが泣ける理由なのかもしれない。
 こんな素敵な世界の中で、私は何をしているんだろう。ひたすらくり返される受験勉強、息のつまる毎日……なんでそんなものに時間を裂いているんだろう。
 私はそこまで考えて、1つの結論を導き出した。
 私、疲れてるんだなぁ。  自分では自覚してなかったのだけど、元来脳天気な私も、受験というものの重圧には勝てないでいたらしい。
(いい機会だ、思いきり泣いちゃえ)
 明日に少し目が腫れるかもしれない。それでも、ストレスなんてためるとろくなことがないに決まってる。幸い夜遅く人通りもないし、ここで全部吐き出してしまおう。
 そう決めたら涙がさらにあふれてきた。悲しくもないのに涙が出るなんておかしな話。でもこれもきっと体が必要と思っている行為なんだろう。私はおしよせる感情に逆らうことなく、嗚咽をあげながら泣き続けた。
「うえ……っく……」
 ぽたり、と雫が落ちてアスファルトにしみができる。 「……ふえ……っ」  ぽたり、ぽたり。
 この涙と一緒に嫌なこと、全部流れちゃえばいいのに。受験も。将来の不安も。全部、全部……。そして、まっさらな身体で、子供の時のようにいっぱいの夢を抱きたいなぁ。ホント、大人になればなる程つまらないことばっか増えて、嫌になっちゃうよ。小さい頃当たり前に描いてた夢が片っ端からダメになってくさまって、見てて辛いよ……。
 いろいろな思考が溢れだし、涙も負けじと溢れ出す。わ、これは情緒不安定というやつかしら。
「……おい」
 いきなり声がして、私は文字どおり飛び上がった。
「おまえ、何泣いてんの?」
 男の子、だった。年は私とそんなに変わらない。くしゃくしゃした茶髪、ちょっときつそうな目もと。パーカーにジーンズ姿、耳にはピアス。彼はすぐそばの自販機の横にあるベンチに座っていた。そこはちょうど薄暗いところだったから、私は全然気付かなかったのだ。
 1人で号泣して自分の世界に入っている所を目撃され、私は恥ずかしいとか思う前に、思考が1度停止してしまった。涙でぬれ唖然とした私の顔は相当おかしかっただろう。どうすればいいかなんて思いつかなかった。逃げようという明解な行動すら浮かばなかった。
「……おいってば、大丈夫かよ?」
 男の子は立ち上がり、こちらに向かってきた。え、え、ちょっと待ってよ。
「来ないでっ!」
 思わず叫んでいた。だってそうでしょ?こんな夜に男の子に近寄られるなんて、身の危険を感じずにはいられない。
 男の子は身構えた私を見て、少々困ったように頭をかいた。そして……なんと私の言葉を無視して、再びこちらに向かってきたのだ。
(に、逃げなくちゃ……)
 そう思っても足が動かない。ついに、彼の手が私の腕を掴んだ。この時点で、私の頭はパニック状態だ。
「やっ!犯されるっ〜!!」
 とっさに口をついた言葉はそれだ。自分では大声で言ったつもりが、実際はとても頼り無い叫びだった。
 男の子は目を丸くし、そしてけらけらと笑い始めた。
「ぷはっ!お、犯される?何言ってんだよ、おまえ。ははっ……おかし〜」
「な、なによう、笑わないでよ……」
「あ、ごめん。驚かせて悪かったな。でも驚いたのはこっちだ。いきなり道ばたで泣き出すんだから」
「そ、それは……」
 私は顔を赤らめた。やだもう、消えてしまいたい。
「んーと、とりあえず座れ」
 なにがとりあえずなのかわからないが、私に逆らう気力は無かった。正直、この得体の知れない人物に怯えてもいた。彼の言うままに、ベンチに腰掛ける。
「おまえ、何飲みたい?」
「え……?」
 男の子は横の自販機を指差した。おごってくれるってこと……?
 私が返事できないでいると、男の子はやれやれ、という顔をして自販機にお金を入れ、ボタンを押し、出てきた缶を私に押し付けた。
 コーヒーだった。
「わ……私、コーヒー飲めないんだけど……」
 おそるおそるそう言うと、頭をこづかれた。
「ばっか。そういうことは先に言え。120円無駄にしちまったじゃねーか」
 ごめんなさい。その言葉を私が言う前に、彼は私からコーヒーを奪い取り、もう1度自販機で何かを買い、私に手渡し、自分も座った。
 今度はココア。これなら飲める。が、これって飲んでもいいんだろうか?
『知らない人から物をもらっちゃいけませんよ』
 誰でも1度親に言われたことがあるだろう。私はココアの缶をにぎりしめ、固まってしまう。
「何やってんの?飲みなさい。遠慮すんな」
 男の子は言いながら、自分はコーヒーを飲んでいる。私は仕方なく、おそるおそるココアの缶をあけて飲み始めた。
 案外のどが乾いていたらしい。用心しなきゃという気持ちとは裏腹に、一気に飲みきってしまう。泣いていたのと、それを人に見られたのとで高まっていた感情がいくらか落ち着いた。
「オレはイッペイ。おまえは?」
 男の子が聞いた。答えないわけには、いかなかった。
「……ユカ」
「ユカは、明星高校の3年生か」
 私は思わず身をひいた。わざわざ高校の名前を出すなんて、やっぱりこの人、なにか企んでいるの?
「あー、制服。ほら、そのセーラー服は明星だろ?で、その校章の色は3年の学年色」
「そ、それが何か関係ある……?」
「ん?いや。ただ、オレも明星の生徒だったから」
 そう聞いて途端に親近感がわいてしまったのだから、私も単純なやつである。
「卒業生?」
 彼------イッペイは首を横にふった。
「中退した」
 私はとっさにまずいことを聞いてしまったと思った。明星は県内有数の進学校。中退する人なんて滅多にいない。何か深い理由があったんだ。でも彼に気にした様子はなかった。
「それはともかく、ユカは何で泣いてた?」
「…………」
「ちょっと聞かせろよ」
「……私、もう帰らないと。親が心配するから」
 そう、帰らなくちゃ。見知らぬ男の子と2人なんて、どう考えてもよろしくない。
「……聞かせろよ」
「帰らせて。しつこいと、携帯で警察に連絡するわよ。そりゃ、おごってもらったことには感謝するけど……」
 精一杯強がりを言ってみる。最後の一言はともかくとして。
 イッペイは、口を横に引き結んで、言った。
「ユカ」
 ユカ。たった2文字、私の名前。その2つの音を聞いて、私の胸が震えた。イッペイはなんて優しい声でそれを口に出すんだろう……。今までたくさん、いろいろな人に名前を呼ばれたけれど、こんな優しい声で呼ばれたことなんてなかったかもしれない。
「オレ、おまえの力になりたい。聞かせて」
 力になりたい?私の、力に?
「な……んで、イッペイは、見ず知らずの他人にそこまでするの?」
「……見ず知らずの、他人かぁ……」
 イッペイはふう、とため息をついた。それから、少々憮然とした表情で、言った。
「夜中に泣いている女の子、放っておけねー」
 私はさっきのイッペイよろしく、思わず吹き出した。彼はそんな理由で私を引き止め、ココアをおごったの?だとしたら、相当変なやつだ。
「言っておくけど、下心なんてねーからな。とにかく、放っておけなかったんだ。……わかったよ、帰るなら帰れ。変なこと言って悪かった」
 私はなんだか帰る気がなくなってきていた。むしろ、もっとイッペイと話がしたかった。夜という環境が私を好奇心旺盛にしたのかもしれない。けどなにより、私は彼という人間に興味を持ち始めてきたのだ。
「ねえ……話、聞いてくれるの?」
「そう言ってんじゃん」
「私なんかの話を?」
「『なんか』って言うなよ」
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ。あまり遅くならないうちに」
「おう」
 私は話した。心にうずまく、もやもやしてて、どうしようもならない気持ち。不安。焦り。私自身今日泣いてしまった理由がよくわからないのだ。私の話も相当支離滅裂だった。でも、イッペイは黙って聞いてくれた。
 私は、誰にも話したことのないことまで話した。あふれる気持ちを、そのまま話した。イッペイはやっぱり、黙って聞いてくれた。
「なんか、わかるよ」
 私の話を聞き終えて、イッペイはつぶやいた。
「普段生活してて、ふと思うんだよな。自分の生きる意味とか。今自分のやっていることの意義とか。オレ、そういうのいろいろ考えて学校やめたんだ。どう考えても、学校で大学のために勉強することが自分のすべきことだとは思えなかったんだ」
 私は頷いた。
「私もよく思うよ。でも、イッペイみたいに思いきって学校やめることなんてできずに、結局なんとな?くで毎日過ごしてるけど」
「そんな自分、やっぱ嫌だろ?」
「もちろん。でも、私にはこの日々を受け入れることしかできないから」
「まーな。オレだって学校やめて、何かできてるかったら何もできちゃいねーんだ。人生なんてそういうもんさ。簡単にどうこうできるもんじゃない」 私はもう1度頷いた。
 それから少し沈黙があった。しばらくの間、私もイッペイも黙ったままだった。
 静かな空気の中で、私の意識はどこか遠くへ飛んでいた。家に帰らないと、という気持ちはいつの間にか忘れていて、ここでイッペイと2人横に並んで座っていることがとても自然なことに思えた。
「星を」
「……え?」
 沈黙を破ったイッペイの声はとても小さく、それでも次の言葉ははっきりと耳に届いた。
「星を、見に行こうか」
 私は目をぱちくりさせる。
「星なんて、ここでも見えるよ?」
「こんなんじゃなくて、もっといっぱいの星だよ。そうだ、流れ星、探そう」
「流れ星……」
「3回願いごと唱えるっていう、流れ星だよ。たくさん見える場所知ってるんだ。本当はこれから1人でそこに行くつもりだった」
 言いながら、イッペイの口調がはずんでくる。暗がりの中で彼の目はキラキラし始めていた。
「しょっちゅう行くんだよ。結構な確率で見える。今日は天気もいいし、見れるっていう確信があるんだ」
 でも……もう時間も遅いし。私はそう言おうと思いつつ、言わなかった。なぜって、胸がときめいてしまったから。
 流れ星、だなんて。小さい頃強く憧れながら、私はそれを1度も見たことがない。素敵な響きだった。ナガレボシ。
「すぐ行って帰ってくればすぐだぜ。なっ」
 帰らなきゃ。でも、見てみたい。
 相手は他人だよ?頭の中で私が私に警告する。……でも、彼は良い人。だって、悪い人が目を輝かせて「流れ星見よう」なんて言う?
「行こう」
 イッペイの言葉に、咄嗟に私は答えた。
「行く!」
 静かな暗闇が、私の意識を飛ばしていた。夜空へ。私達を待ついくつもの流れ星へ。

 風にはためく髪をおさえ、私はあたりをきょろきょろ見回した。私はイッペイの自転車の後ろに乗って、2人乗りで目的地へと向かっていた。正直、もうどこをどう来たかわからない。そんなに距離は走っていないはずだけど、暗がりなのともともと自分が方向音痴なのとで道がさっぱりわからなかった。ここで置いていかれたら迷子決定。
「ユカ、大丈夫?」
 イッペイが聞く。優しいな。私は大丈夫、と返事を返した。
 いつの間にか家がまばらになり、気がついたら周りに何もなくなっていた。何も。
「着いた」
 イッペイが自転車を泊めたのは、草原の真ん中だった。こんな草原、近くにあったっけ?そう思いながら自転車を降りると、視界が急に真っ暗になった。
「きゃっ?」
 イッペイの手が私の目を押さえているのだと、一瞬後に気付く。
「いいか?いち、にの、さんで手を離すからな」
 こくり、と頷く。イッペイは私の顔を上にあげた。
「いち」
 あぁ、胸がドキドキする。
「にの」
 ………。
「さん!」

 見えたのは、無数の星だった。いつも見ているのよりずっと明るくて、はっきりしていて、私はここにいるよ、って精一杯自己主張していた。あれは、オリオン座だ。あっちには北極星。
「わぁ……」
 感嘆の声をあげて、私は首を目一杯後ろに倒したままその場でくるくるとまわった。
 宝石箱だ。きらり、きらり。ずっとずっと、気の遠くなるくらい遠くから光りを届けている。私はここだよ。ここにいるよ。きらり。
 ああ。首をこの角度にあげたのは……上を見たのは、久しぶりだ。いつも変わらずそこにある素敵なものたちに気付くことなく、私は今まで下ばかり見ていたんだ。
「すごい……すごいなぁ」
 それしか言えない私を見て、イッペイは満足そうだった。
「オレたち、ちっぽけだよな、って思わねぇ?」
「……思う」
 大きい宇宙。その中の、あの星と同じ、ひとかけらの惑星、地球。その中のちっぽけな人間。その中の、小さい小さい私。そんな、ちーっさい私の中での悩みごとなんて。迷いなんて。笑えるくらい、なんていうか、ほんと、小さい
。  星空と同化するような変な感覚を、私は味わっていた。自分の体はそこになくて、魂だけがあの無数のきらめきの中に漂っているような、そんな感じ。なんだか、空が飛べそう。あそこまで行けそう。
「あ!」
 いきなりイッペイが声をあげた。
「流れ星
」 「ええっ」
 嘘、そんなに簡単に見えるものなんだ?
「人工衛星とかじゃないよね?」
「あったりまえ。よく見てな」
 そう言われて、私は一生懸命目をこらした。心臓がドキドキして、思わず胸に手をあてて。

きらりっ。

「見えたっ!」  一瞬だったけれど、確かに見えた!
 きらりっ。きらりっ。
 息をつく暇もなく、続けて2つ。光りの筋が、私の視界を流れていく。綺麗。
「ほら、願い事」
 イッペイに言われて、私ははたと気付いた。そうだ、願い事、しなくちゃ。心の中で、3回、唱えなくちゃ。
 何を。何をお願いしよう。
 大学に受かりますように?
 長生きできますように?
 幸せになりますように?
 だめだ、どれもピンと来ない。もっと、もっと------素敵な願い事はないんだろうか。
 もっと。もっと。
 ……………………。
   しばらくして、いくつもの流れ星が真っ黒な夜空を駆けた後、それは、はたりと止んだ。さっきまでの流れ星オン・パレードが嘘みたいに、星空はまた静かにきらきら光るのみだった。
「ショーはオシマイかな?」
 イッペイがおどけて言う。
 不思議だった。たくさんの流れ星が一気に降って、一気に止んだ。魔法みたいで、夢みたいで、でもさっきまでの光の残像は、確かにまぶたに焼き付いていた。
「何をお願いした?」
「……んー……秘密」
「そう」
 なぜかふわり、と笑ってイッペイが言うので、ちょっとドキドキした。心を見すかされているような気がするなぁ……こんな流れ星、見せてくれるし、彼って魔法使いなのかもしれない。そんなことを本気で思う自分がいて、なんだかおかしかった。
「イッペイは何をお願いしたの?」
 そう聞くと、イッペイは今度はにやり、と笑った。
「お前と一緒」
 今度こそ心臓がドキン、と鳴った。
 やっぱり彼って魔法使いなのかもしれない。
「さてと。帰りますか」
 ……あ、そうだった。私は一気に、星空に漂う私ではなく、ただの私になった。ショーはオシマイなんだ。
 携帯の時計を見ると、11時をかなり過ぎている。音を消していた携帯の着信履歴には、お母さんから何度も電話がかかってきていた。心配しているだろうな……。
「ほら、ユカ、乗りな」
 イッペイが自転車にまたがる。私も後ろに乗る。自転車が走り出す。遊園地から帰る子供みたいに、私の胸はまだ少し、興奮でドキドキしていた。

 元の場所へと辿り着いたのは、来た時よりもずっと早く感じられた。
「それじゃ」
 イッペイが私を自転車から下ろすと、片手をあげた。バイバイ、だ。初対面の男の子と流れ星を見に行くなんていうおかしな出来事は、これで本当にオシマイ、だ。
「どうもありがとう」
「おう。……頑張ろうな」
「うん!バイバイ」
 なぜだかわからないけれど無性に走り出したくなって、私は振り返ることなく、家に向かって全力で駆け出した。頭の中ではまだ無数の流れ星が流れていた。きらりっ、きらりっ、きらりっ。

「ユカ!あなた一体どこに行っていたの?携帯にかけても出ないし、心配してたのよ」
 案の定、帰ってきた私に、お母さんが怒った声でお小言を始めた。私はハァハァと息をきらしながら、えへへ、と笑った。
「お母さん、私、魔法使いに会っちゃった」
「はぁ、何を言ってるのよ。あなたねぇ、受験生なんだからもうちょっと……」
 魔法が解けて、現実が戻ってきたのだ。私は明日も制服を来て、学校に行って、予備校に行って、くり返される先の見えない毎日を過ごすのだ。
 でも、もう大丈夫。
 私は、願い事をしなかった。その代わり、流れる星に向かって約束をした。
 私は弱いから、また挫けるかもしれない。夜に、また独りで泣くかもしれない。そんな時はまた、星を見て、自分の約束を思い出そう。

 私は、約束します。
 私は、私を頑張ります。
 私は、ここでしっかり立って、自己主張をする。

 私はここにいる。
 私はここにいるよ。
 ここに。

 オシマイ☆☆☆

これもMelodyと同じで、高校生のときに書きました。
当時の私も受験生で、ユカの気持ちは当時の気持ちそのまま。
男の人と自販機のそばにいて、それから自転車に乗せてもらう夢を見ました。
そこからこのお話ができました。
大学生のときに、私は生まれて初めて流れ星を見ることができました。

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