【 語 り 部 】

あいさつ これまでの経緯

▽「20世紀最後の年末」(平成12年12月12日)

 忘年会シーズン到来。今年もまた職場のエライ人たちと飲み明かす夜が何度も訪れることだろう。特に今年は20世紀最後の年ということもあって、忘年会の最中いろいろ気を遣うことがある。
 中でも最も気をつけなければいけないのは、20世紀の総精算とも言える今世紀の歩みを含めた歴史話を上司に語らせないことだ。親父どもがこぞって歴史の話をし出すと、思いの外長くなることが多い。思いの外ってゆうかもうめちゃめちゃ長い。まさに嫌がらせの境地である。いじめっこと言っても過言ではないと思う。
 だいたいあの連中はなにが悲しくて20ソコソコの若輩者にまだ生まれてもない頃の話を聞かせようとたくらむのか。とことん理解が行かない生き物たちである。しかも話をし出すと、展開として説教になる場合が多い。そもそも忘年会などという無駄なエネルギーを費やすことすら嫌なのに、そのうえどうして説教まで垂れられねばならぬのか。末端従事者の心の叫びが聞こえぬのか。
 なんとかこのような長話と説教は避けねばならない。今回はいくつかその方法を示して、どなたか試していただきたいと思うのだ。

 ・イキナリキレてみる。
 ・課長のヅラを剥いでみる。
 ・酔拳ができる程度まで酔ってみる。
 ・あらかじめ携帯電話の着信音を「蛍の光」にしておいて、説教中に電話をかけてもらう。
 ・てゆうかうるせーよ。と言ってみる。
 ・むしろ暴れる。
 ・カエル。
 ・つーか最初からいかねー。

▽「秋の夜長に」(平成12年10月23日)

 秋の夜は長い。嫁のウィンドゥショッピングよりも長い。しかしうちの部長の結婚式の挨拶よりは短い。
 なにしろ秋の夜は夏の短い夜からの推移で、得てして長く感じるものである。この機会に読書に勤しむも吉、山岡さんと栗田さんに頼んで美味しい究極のメニューに舌鼓を打つも吉である。
 そして秋と言えばもうひとつ、スポーツの秋というのもある。うちの職場では毎年恒例になっている秋のボウリング大会というものがあるのだが、課対抗のチーム戦は豪華な賞品もかかっていることも手伝ってかなりの白熱ぶりを見せる。
 対抗戦は課の代表3名がひとりづつ順に投げ、一ゲームの点数で勝負を決める。例えばひとりだけ抜きに出るプレイヤーがいても、投げる順番があわずに、より重要な二投目を下手なプレイヤーが投げれば必然的に点数は落ちる。この順番がなかなかやっかいで、つまりは3人併せて総合的な力が必要となるのである。
 ちなみに昨年優勝したチームはトータル168点だったが、これも代表者3名のうち1名はなんと一人で投げれば200点は軽くいけるという凄腕ボーラーを含んでいてのことである。準優勝チームは大きく離れて123点。優勝チームだけは明らかに群を抜く技術だったわけである。しかしこのチームのポイントゲッターの男、ボーリングの腕を鼻にかけるタイプの人間、いわゆる嫌われ者の男でチーム優勝したにもかかわらずそれほど祝福は受けなかったようである。今年などは始まる前から優勝宣言を豪語して病まず、もちろんそれに相当する腕前は持っていたのだが、なかなかにいけ好かない野郎であった。
 さて、今年のボーリング大会である。偶然にも本年度の我が課は、たいへんな名誉と言われるボーリング大会幹事を任ぜられていた。場所や日程のセッティングから、商品の決定まで実に多くの作業をやらされたのである。幸いにも僕は若い順というわけのわからない方式で課の代表3名に選ばれ、かつその中でも最も若いという理由で幹事の中の幹事、いわば幹事長に任命された。世の常である。
 そんなわけで10月開催に向け、僕は2ヶ月も前から準備を余儀なくされ、あちこちの部課長に予定を聞きながらうまいことボーリング大会の開催と相成ったわけであった。
 当日のコンディションは抜群であった。僕のボーリングの腕前は一人で投げれば100点いくかいかないかという体たらくで、いかに他の二名が巧くともまぁ優勝は無理だろうと予想はされていたが、あくまでマイ部長の命令は優勝の二文字であった。だったらオマエ出ろよ、と喉元まで出かかったが、保身本能が働いてそれだけはどうしても言えなかったので、かわりに心の中で12回ほど突っ込みをいれておいた。
 まず行われた個人戦の成績だが、僕の記録は2ゲーム行い108点と102点という幹事長の名に恥じぬ立派な得点を叩き出した。ちなみに68人中64位。危なくブービー賞で皆の前に姿をさらさなければならなくなるところだった。
 個人戦などどうでも良い。メインは対抗戦だ。今回僕は幹事長の権限を利用してひとつ細工をしておいた。すなわち優勝賞品と準優勝賞品を入れ替えておいたのだ。具体的に言うと、優勝賞品よりも準優勝賞品の方が値段の高いとても素晴らしいモノを用意しておいたのである。何故そのような配慮をしたかというと、実に簡単なことだ。対抗戦のメンバーを前もって把握していた僕は、そのメンツを見て優勝が不可能であることを知っていたのだ。昨年優勝チームがそのままのメンツで出場していたのである。逆にそれ以外のチームは皆似たり寄ったりで、準優勝の可能性は十分にある。実に奇抜で巧妙な、幹事長も感じちゃう見事な作戦であった。
 ところが。ところがである。ひとたび対抗戦が始まると、思いの外我がチームのメンバーの投げるボール、投げるボールが、吸い込まれていくようにピンを次々となぎ倒していったのだ。その勢いは7フレームまでオープンフレーム無しの200点を超えるペース。2位のチームに30ピンの差を付けていた。2位のチームはあの嫌な男率いるチーム。故に周りの我らに対する期待度も高まった。あの男を倒せ、とそう皆が思っていた。だがいかん、これではいかん。準優勝の賞品がぁ!!僕の個人的な趣味で選んだプレステ2がぁ!!!我々は勝ってはならぬのだぁ!!!
 幹事長はそれとなく他の2名にペースを落とすように耳打ちしたが、他のメンツには準優勝の賞品が最強の賞品だということは伏せてある。まさに四面楚歌。このままでは僕の策が仇になってしまう。と、言ったそばからストライクをゲットするメンバーのひとり。駄目だ、駄目だ。はずせ!ガーター連発しろ!しかし内心怒り狂う僕を横目に、普段見せないような技でつぎつぎとピンをなぎ倒していくメンバー。まったく切れた堪忍袋の緒が蘇生する間もないほどだ。
 ところが2位のチームも負けてはおれぬともの凄い追い上げを見せたのである。捨てる神あれば拾う神あり。なんと7、8、9フレームをストライクで仕上げて、見事なターキー。これで我がチームとの差は縮まった。対抗戦始まって以来の200点に届くか届かないかという勢いの2チーム。当然僕はわざとらしく悔しがりながらもガーターを連発する。そして勝負は最終10フレームに持ち越された。2位との差はわずかに8ピン。すでにゲームを終了した相手チームに対し、この10フレームで8ピン以上倒せば我々の勝利である。そしてそれは同時に対抗戦、前人未踏の200点という記録をうち立てることを意味するのだ。
 しかしもちろんそれは僕の望むところではない。この手にプレステ2を得るために8ピン以上倒させるわけにはいかないのだ。ここで僕は都合の良いことに10フレの2投目を預かることになった。1投目を放るチームメイトの背にはずせ光線を浴びせる。皆の見守る中、1投目が投じられた。綺麗に1番ピンと2番ピンの間に向かって飛んでいく。そして弾け飛んだピンは、1,2,3…。7ピン!!
 やった!負けた!!僕の勝ちだ!!僕がここで華麗にガーターをとれば実質的な勝利を得ることができるのである。もうプレステは手に入れたも同然だ。
 しかし、しかしである。事はそううまくいかなかった。見ると残った3つのピンは綺麗に割れている。スプリットというやつだ。あまりにミエミエのガーターでは仲間に叱られる。仲間どころかその場に居合わせた皆に叱られる。なにせあと1ピンでも倒せば優勝なのだ。ついでにあの男の鼻っ柱をへし折れるのである。それをみすみす見逃しては許してもらえないだろう。あくまで全力投球したにもかかわらず失敗してしまった、というのを演じなければいけない。そうだ、これはなかなかに難しい仕事だ。僕は精神を集中させ、ガーターではなく、ピンとピンの間、すなわち真ん中を通すことにした。
 この時、僕はカモフラージュをすることに気をとられていた。そう余りに考えすぎていたのだ。今思えば、ミエミエでもよかった。あっさり溝に落としてしまえばよかった。真ん中を通す技術などなかったことにどうしてその時気が付かなかったのだろうか。
 危惧したとおり僕の投げたボールは見事に右隅に置かれたピンをヒットし、この時点で優勝が決定したのである。沸く観客とチームメイト。そしてうなだれる僕。深い絶望と拒絶が僕に襲いかかり、およそ受け入れがたい現実から逃げ出そうとさえした。九分九厘手中に収めていたプレステが手から放れていったのである。それほどの悲しみは今だかつて味わったことがなかった。

 閉会式を終え、ついに長い夜は終わった。それは秋の夜長にはおよそ相応しくないあっけない幕切れであった。
 と、その時。閉会式を終えた直後のことだった。2位のチームのポイントゲッター、例の嫌な男が僕に文句を付けてきたのだ。どうやら最後の一投にいちゃもんをつけているようである。いわく「投げた後ファールのラインを超えたから反則だ」というのである。これにはさすがに我がチームメイトはキレたのだが、幹事長は逆に喜んだ。いやぁ、まったくだよ。最後のは実はファウルなんだよ、と危うく言い出しそうになったほどだ。しかしそれを言ってはいけない。まるでいちゃもんつけられたのがうれしいみたいではないか。抑えて抑えて。
 そこで一考した僕ははたと手を打ち、彼にこう申し出た。
「そうまで言われちゃ僕も気が済まない。ではこうしよう。今からもう1ゲーム勝負をしようではないか。その結果次第では優勝トロフィーも優勝賞品もとりかえよう。」
 無論、さきほどの高得点など我々のチームにもう一度出るわけがない。マトモにやれば勝てるはずがないのだ。もちろん狙いは2位の賞品プレステ2。絶好のチャンスである。幹事長がそう申しては他のメンツもやってやろうじゃないか、とのってくる。男なら今一度勝負だ!と。
 いける、今度こそいける。プレステ討ち取ったりぃぃ!!!僕は仕舞いかけていた13ポンドのボールを再び持ち直し、ピンの群と対峙した。そしてゆっくりとプレステへ向かう1投目をリリースした。
 秋の長い夜はまだ続く。

▽「適材適所」(平成12年10月18日)

 高校時代、体育祭の応援マスコットと称して、高さ2,3メートル級のミッキーマウスの大きなはりぼてを造った。クラス総動員、一致団結して造られたそれは贔屓目も入って他のクラスのマスコットよりも数段良い出来映えに見えた。
 もちろん僕も設計段階から作業に加わっていたのだが、どうも黙々と作業をするというのが苦手な性分で、室内作業をやらせれば外に行きたくてうずうず、外の作業をやらせればガヤガヤと騒々しくあちこちを飛び回ってはクラスメイトたちに迷惑をかけるという役割であった。
 僕としては皆で楽しくやるためにはおしゃべりも必要だろうという考えのもとで、友達の邪魔をしていたのだがどうやらそれが皆には必要なかったらしい。そのうちに僕の仕事は少しずつ単純で楽なものになり、最後には鋸で材木を切り続けるという最も基礎的な作業に任命されるようになった。
 鋸である。学級委員長の畑くんに「チャンバラすんなよ」という注意と共に鋸を与えられると僕は半べそをかきながら材木に対峙した。最初のうちこそ「ええい、許さぬ。叩ききってやるぅ!」などといちいち抜かしながらギコギコと斬っていたのだが、さすがに30分もやればそれも飽きてくる。鋸を渡されて35分後には僕の集中力は枯れ果てて、ついに畑くんのところへ鳴きながら飛んでいった。
 「なぁ頼むよ、もっとおもしろいことやらせてくれよ。」
 すると畑くんは丸めがねをくいくいっと持ち上げてこう言った。
 「じゃあさ、一番重要な役割な。これちゃんとやってくんないと、俺らだけじゃなくて世界中のひとに迷惑かけることになるからな。」
 世界中の人に、それほど重要な役か。むむ、それこそ僕にふさわしいではないか。僕は喜び勇んで、彼の言葉に耳を傾けた。
 「まず両手を地面について、足にぐっと力を入れろ。」
 言われるままに両手を地面につき、足をぐっと踏ん張る。ちょうど陸上のスタートの時のポーズのようだ。右足を曲げて前に出し、左足は伸ばして後ろで踏ん張る。全体的に体重を前へかけ、両の手はしっかりと大地に根をはった。そしてそんな僕を見ながら畑くんは言った。

 「よし、そのまましっかり地球を支えとけよ。軌道から離れないようにな。」

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