戦後60年


謹賀新年でございます。正月で実家に帰省しておるのでありますが、リーチDSLなるものが動きませんので、はっきり言って仕事が出来ません。およそいまどき、30kとかでPPP接続なんてするもんじゃぁありません。やはり、定額の通信カードでも買った方がいいのかなぁと思いながら、ダラダラとテレビを見ているわけですが、どうも今年は、戦後60年が合い言葉らしいです。

ほかにも、日韓国交回復40年とかいうのもあるそうですが、あちらのお国では、やはり光復節60周年記念なわけであります。嗚嗟、インドネシアの独立60周年というのもありますですね。

それはそれといたしまして、この戦後60年特集なるものを拝見いたしておりますと、ある一つの傾向を見ることが出来ます。それを一言で申し上げますれば、日本の戦後復興を言祝(ことほ)ぐということに尽きるのであります。早い話が、壮大なプロジェクトXと申し上げても宜しいでありましょう。結局のところ、戦後60年を経て、日本という国がいかに立派になったかということを称揚することで、現在抱えている様々な諸問題を棚上げして、一時的にでもいいですから、過去の栄光の中に浸りたいという心性をそこには見ることが出来ます。

まぁ、そういう病んだ精神自体は、いまさら殊更(ことさら)に論(あげつら)うには値しませんので、無視してもいいです。というか、無視してください。お願いします。で、問題は、戦後のそのとは何ぞやという問いが、ほとんど見受けられないということであります。

すなわち、いやしくも戦後たるもの、何かしらんの戦争があってこその戦後であります。まるで戦後から世界が始まった――そこまで言うのは極論だというのであれば、日本が建国されたかのような時間感覚というか歴史意識というのには、当方は、かなり違和感を感ぜざるを得ないのであります。

そもそも戦後戦後と申しますが、その戦後をもたらした戦争に対する認識はいかばかりのものがあるのでしょうか。ほとんどの戦後60年的言説においては、太平洋戦争を、あたかも日本国民すべてが遭遇した災害のように表現しております。玉砕・特攻・空襲・原爆――もとよりこれらは日本国民にとっての悲劇でありましたが、本来的には人類における悲劇であったはずであり、その責任の一端――あえて一端と申し上げますが――を、ほかならずその日本が担っていたことは、疑いようもない事実なのであります。

このまことに単純な事実を閑却し、ただ災害からの復興をのみ言祝ぐことは、畢竟、先の大戦が勃発するに至るまでの日本帝国の置かれた歴史的経緯やその判断といったものに対する無関心以外のなにものでもありません。はたして、〈戦後〉日本なるものは、戦前に存しておった日本帝国とは全く別個の、さらに言えば日本帝国が有していた様々な問題をすべて解消した先に成立した全く新しいくにだったのでありましょうか。

國體ハ護持サレタですとか八・一五革命ですとかいうお話しは、ここでは問題といたしません。確認しておきたいことは、敗戦直後、「日本は文化国家じゃけん」((C)笠智衆)などと世迷い言を申し述べ、全く新しい国家が始まったかのような顔をして、いわゆる文化人どもが日本を真の国民国家 Nation-stateとして再建しようとしたことであります。

戦後の精算が叫ばれる昨今、はたして私どもは、戦前の精算自体が済んでいるのかということを、そして、戦後は何をなしえてきたのかを改めて考えなければならないのではないでしょうか。



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