中世封建制をめぐる悲喜こもごも
―中世封建社会の評価―

 つい最近まで、この中世といふ時代の評価は極めて低かつたです。つまり、中世は封建制精神の桎梏(しつこく)な暗黒時代だとされてゐたわけです。かういふ評価を定着させた人は、あのヘーゲル大先生です。

 ヘーゲル先生は、「すべての歴史は自由への歴史である」と主張して、東洋における一人の自由(専制君主)や古代ギリシヤ・ローマにおける少数の自由(ポリス的自由)に封し、ゲルマン君主国におけるすべての人の自由を最高のものとして提出するわけであつて、かうした世界史に封する観念からすれば現代(=近代・モダーン)以前のものはみんなダメなわけです。

 それでは、中世以前の古代ギリシヤ・ローマはもつと悪いのかといふと、あにはからんや、さにあらず、なのです。このヘーゲル先生といふ先生は、いはゆる形式論理学ではなく、弁証法に基づいた論理学を構築した人で、よく正反合とかいわれますが、「テーゼ・アンチテーゼ・総合」といふ論理の展開です。ヘーゲル先生はこの論理の展開を歴史の展開にもあてはめて考へたわけで、はやいはなしが歴史的展開といふのは、前の時代を否定する過程だと考へたわけです。

 現代(ヘーゲル先生の生きてゐた頃ですね)は、中世の否定である。その中世は、古代の否定である。否定の否定は、同じとはいはないまでも或る点において、にかよつてゐるのであり、実際古代と現代とではヨリ多くの人々の精神的な自由を希求する精神においては同じであつて、これは高く評価されるべきですよアナタ、とヘーゲル先生は思つたわけです。

 ヘーゲル先生にとつて、歴史の終はりであるべき現代こそ最高の時代であらねばならないわけであつて、同時にその否定の否定としての古代は高く評価され、またその否定としての中世は低く低く評価されなくてはならなくなるわけです。

 どうも、この中世蔑視の傾向はながく尾を引いて、ヘーゲルの批判的継承者である同志マルクスなんかも歴史観としては中世=封建制=桎梏=暗黒時代の立場ですね。「ブルジョアヂーはそのとめどもない生産によつて社会に残る様々な遺物を洗ひ流して、世界を一つにしてくれる点でのみ評価できる存在である」みたいなことを、なかよしのエンゲルス君にいつたりしてます。この同志マルクスの中世観こそが、その後の歴史学をかなり強くしばつてきたのです。

 ヘーゲルを批判的に継承したといつても、やつぱりその論理様式は弁証法なわけですが、同志マルクスは、ヘーゲル流の観念論から脱退して唯物観念論をうちたてたトコロに違ひがあるとしておきませう。まぁ、それにしても歴史的展開の把握は否定の否定で一つ一つの段階を過程し進歩していくといふ、いはゆる発展段階説だつたといふ点では同じです。

 同志マルクスにはじまるマルキシズムに基づいた発展段階説によつて古代奴隷制→中世封建制→絶封主義→近代資本主義→社会主義→共産主義といつたいはゆる歴史の必然性が永久普遍の原理として歴史学に通用してきたわけですが、よく考へてみればそんな歴史展開をしてきたのはヨーロッパくらゐなもので、その他の大多数の地域ではまるで関係がないのです。(どういふわけか日本は非常に似てゐるのが不幸の始まりだつたのですが…。)まぁなんにしろ、発展段階説といふものは結局は一特殊地域の法則であつて、(少なくとも近代以前の) 世界史は均一に流れてきたものではないことがいへます。

 そもそも同志マルクス自身も、「ブルジョア社会の本来的任務は、世界市場の樹立、取敢ずはその大枠だけでも造ることであり、またその基礎に拠つた不動の生産を樹立することである。世界は丸い、それ故に世界市場の樹立といふのは、カリフォルニアとオーストラリアの植民地化(Kolonisation)、及び中国と日本の開国(Aufschluss)によつて完了するやうにみえる。」なんていつてをりまして、近代以前に「世界」史なんてもんはなかつたんだよと認めてゐるのに、弁証法的世界史の把握といふヘーゲルの影響がぬけてゐないわけです。

 現在は、中世=暗黒時代といふ観念もやうやく薄れつつあるやうですが、民主的幕府体制の確立とか、政治学の根本観念も失ふやうな、意味のよくわからない発言がおほやけの場で繰り返されたり、「幕藩体制とは地方分権でありまして…」とか真顔でいわれたりする時代でもあります。近代的中央集権体制が最近うまくいかなくなつたから、近代以前の近世幕藩体制をもつてこやうとかいふのは、かなり低次元のエセ弁証法でもあります。これはこれで困つたもんではあります。かういふのを普通は歴史に学ばないヤツといひます。


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