現代経済の思想(下)―1940年体制の成立と崩壊―・註


 唐突に註なんぞ付けて済みません。このころ出された諸法令・政策について触れておきます。

 1939年に「小作料統制令」というものが出され、地主はこれまでのように法外な(と云うか、そもそも方の縛りがほとんどなかったのですが)小作料を取ることが禁止されました。これは、当時の急激なインフレ傾向の中では、地主の小作収入の実質的な減少と、小作人収入の実質的な増加をもたらしました。即ち、農地解放によって地主が没落したと云われますが、この時点で既に地主の経済的没落は始まっていたともいえます。(ちなみに、地主の経済的没落は既に昭和初年から始まっていたとして、「小作料統制令」はそれを決定づけたのだと云う方もおります。)

 また、「地代家賃統制令」というものが1940年に出され、これまでは大家の都合で借地・借家人を立ち退かせることができましたが、これを禁止し、法的な手続きをとることを義務づけました。この、「地代家賃統制令」は1946年にも改めて出され、借り手の保護が強化され、のちの「借地・借家法」まで受け継がれることになりました。数年前から土地の流動化を進めるという政策の下で規制が緩和され、大家の権限が大幅に拡大されました。これによって国民経済に与えるプラスの効果は大きいのですが、社会福祉におけるマイナス面も少なくないといわれています。

 中小企業の面では、「系列」というものが成立したことが挙げられるでしょう。「系列」は'keiretsu'とか云う横文字にまでなっている所謂「日本的経営」の根幹をなす重要単語でありますが、これは決して日本に資本主義が発生したときから存在するものではありませんでした。むしろこの時期、財閥の横暴によって中小生産者が不当な圧力を加えられないように、そして仕事を常に回されるように、政府の指導の下中小企業の系列化が図られたのです。むろん、これには軍需生産の遅滞なき稼働という目的もあったことを付け加えておきたいと思います。現在では「系列」は親会社の利益のためのものというイメージがありますが、その成立当時は逆に中小企業のためのものであったのです。


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