近代の国民国家

――同じ土俵の上で――


 今回は近代の国民国家です。次回は現代の国民国家です。(予定としては。)

 国民国家という思考様式は、近代特有のものです。このことは、空間的同一性を以て国民国家の成立を近代以前に見出すことは出来ないと云うことを意味します。例えば、ポルトガルやスペイン、あるいは日本のような、近代以前に何らかの全体性が(民族的・領域的に)存していたような国であっても、それがそのまま国民国家になったと見做すべきではありません。端的に言って、国民国家の建設とは、その領域に存在する全人民を国民として再編成する運動です。プリミティヴで前近代的な全体性(人民)が、近代的な全体性(国民)へと転化するには、そこに何らかの断絶がなければなりません。思想的には、いわゆる「建国神話」の共有という意識上の転換がそれです。

 建国神話のの形態は大ざっぱに言って二つの種類があるように思われます。第一にフランスやアメリカに見られるようなの革命的建国型神話、第二にドイツ(第二帝政)に見られるような王権発展型神話です。前者は人民の意志による建国神話(仏米)、後者はヘーゲル的なヨリ高い共同意志による建国神話(独)を意味します。日本はどうなんだ、と言いたくなりますが、ある時点までは前者(幕藩体制=アンシャン・レジームに対する革命)で、それ以降は後者の性格(天皇制の強化発展)が大変に強くなると云う複合型といえるのではないかと思います。古代日本の建国神話が、色々な神話を総合して作られたものであるように、近代のそれも色々なモデルを参考にして作られたと申せます。これについては再考の余地がありますが、今は国民国家の本場の話をしたいと思います。

 革命型においては、その革命主体の総意と云うことが強調されます。いわゆる「王殺し」の汚名をぬぐい去るには、共犯者を多く作り、かつ自らがこの体制を望んだのだという共同幻想を作るのだと申せます。既に他の所で申しましたが、「第三階級それは全てである」という事実ではない認識を、フランスに存在する全人民に及ぼしたのは、革命それ自体に参加していない人々も革命主体として取り込んでいく一つのイデオロギー性を表現しています。

 これに対し王権発展型は、「王殺し」の結果ではなく、王政が自らの前近代性を否定して近代化することを意味します。その点で、その近代国家の真の成員と呼びうるのは王および王党派に過ぎないわけで、近代国民国家の必須要件である人民の国民化は遙かに遠いと言えます。ここで、神話の源泉をそういった人間以上の存在に求めようとする動きが現れて参ります。「ヘーゲル的なヨリ高い共同意志」と云うのがそれです。本当は王政が自己発展したのだけれども、その事実を隠蔽して、「いやこういうのはボクが望んだと言うよりも、なんてぇの? 歴史的な要請? 必然とかみたいな? 何か抗えない意志がさ、ボクたちを駆り立てるんだよね」などと、人間以上のよく分からない存在の意志であるかのように振る舞い、例えばドイツ民族の血に訴え、「だからみんなもボクの身勝手と思わないで、新しいこの国家のために働いてよ」など虚言を労してみたりするわけです。

 革命型・王権発展型双方の神話はともに、本来自らを国家の成員と意識していない人民を国民として取り込むことで、実質的・形式的を問わず、その国民に国家の主体者として活動することを求めます。このことは、いかなる強権的・専制的な国家であれ、それが国民国家である限り、国民が国家形成に参与することを全面的に否定することは出来ないと云うことを意味します。従って、政府は自らが「非民主的」であるというレッテルを貼られることを嫌います。非民主的であると云うことは、非国民的であると云うことであり、そのことは国民国家の自己否定となってしまうからです。

 戦前の日本では「民主」ということばはなぜかタブーでしたが、そのかわり「民権」「民本」または「デモクラシー」などと云うことばを使っていましたが、明治国家も自らを国民国家として形成していく過程においてこれを全否定することは出来ませんでした。近代国家におけるこのディレンマこそ、反政府活動家にとっての狙い目でありました。

 かつて中江兆民は「民権には二種あり」と言いました。つまり、英仏の恢復的民権と、プロイセンや日本のような恩賜的民権とに弁別し、いずれの民権もその本質においては異なるものではないのであって、その維持・拡充を押し進めることによって恩賜的民権も恢復的民権に劣ることのない民権たりうると論じました。「劣ることのない」というあたりやや優劣関係が見え隠れしますが、これを単に妥協と見做すのではなく、一層の民主化への闘争の一つの戦術であったと言えるでしょう。

 しかし、こういった民主化への戦術は、全人民を国民化するというテーゼが守られている限りにおいて有効なものでありました。その意味で、政府も反政府も国民国家という土俵の上で闘争していたわけで、国民国家それ自体を否定はしていなかったと申せます。現代の国民国家の建設の際にしばしば発生する悲惨な内戦「民族浄化」と呼ばれる大量虐殺はこのテーゼが機能しなくなっていることによります。そこには全人民性への志向の減退があるのですが、この点については次回に譲りたいと思います。


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