日露戦争の今日に与へた影響――憲法第九条と国際協力――


 何かいつの間にか1ヶ月も書いてなかつたことが判明しました。えー今回は、思想といふよりは、こぼれ話のやうな感じですが、一方で結構まじめ話でもあります。

 現在ユーゴの方で、爆撃なんぞをやつてをりますがこれは所謂戦略爆撃といふヤツで、ゲルニカ爆撃や東京大空襲、更にはヴェトナムの北爆なんてのが有名ですが、この攻撃の意味するのは、「戦争は政治の一部なんだ」といふクラウゼウヰッツの『戦争論』以来の思想です。つまり、外交におけるカードの一つといふ認識ですね。かうなると、もはや石原莞爾が『最終戦争論』で提起した決戦−持久戦争の相剋といふ戦争史観も成り立たなくなつてきます。決戦でもなく持久でもない、単なるルゥチンワァクの爆撃な訳です。「ヘイ、ジョン今日は1トン爆弾を32個落としてきてくれ。」みたいな、まるでピザの宅配サァビスです。無論落とされる方はたまつたもんぢやないですが、とにかく、さういふことが出来るのも、圧倒的に優位な軍事力のおかげでもあります。たゞし、それでも敵国を殲滅できないのも今日の戦争の特徴です。北爆しかり、湾岸戦争しかり。

 将来的には必ず決着が見られるでせう。たとへ、イラクのやうに(アメリカにとつては)不完全燃焼な感じであつても永久に戦争をやるといふのは、かなり無理があります。われわれ日本人は先の大戦で徹底的に負けたので、戦争といへば殲滅戦争と考へがちですが、戦争が外交の一部である以上、戦争にも勝敗以外の目的があります。最近よく見かける「戦争論」といふヤツも、どうも物理的な戦争―戦闘における勝敗―のイメージが先行してゐて、目的のない戦争についての論議がなされてゐるやうな気がします。戦争はやればいゝと云ふものでもありません。

 まぁ、それはそれとして、ユーゴも外交交渉が決着を見れば、当然日本にもPKOとかゞ求められてくるのでせう。しかし、日本の自衛官は今のところユーゴに行くことが出来さうにありません。日本は行きたくても行けない事情があるのです。

 それは、某野党が強硬に反対してゐるとか、ガイドラインがどうだとか言ふ以前に、ユーゴ周辺に問題があります。かつてユーゴスラヴィアを構成してゐた共和国の一つにモンテネグロ共和国といふのがありますが、この国がまだ王国だつたころ、帝政ロシアのロマノフ家と姻戚関係にありまして、日露戦争に参戦してをります。まぁ、参戦といふと格好が宜しいですが、おつきあひ程度と云ふべきでせうか。実際に干戈を交へてをりませんから。

 日露戦争アメリカのポーツマスで締結された講和条約で幕を閉ぢました。日本がロシア(西洋)に勝つたと云ふことがアヂアのナショナリズムに多大な影響を与へたことは周知の事実ですが、この戦争の本質は帝国主義戦争であり、講和の結果大韓帝国は事実上日本の保護国となることが決定づけられました。日本帝国の戦争目的はアヂアの解放ではありませんでした。

 たゞしこれは今回の話にはあんまり関係ありません。問題は、この講和条約の調印式にモンテネグロを呼ぶのを忘れてしまつたと云ふことです。おかげで、未だにモンテネグロと日本とは国際法上戦争状態にあるといふ訳です。たとへ日本のPKOが、モンテネグロを避けたとしてもその周辺国に自衛官を派遣するとやはり問題がありさうです。別に戦争になるつて訳ではないのですが、さすがに明治の元勲も今頃になつて日露戦争が顔を出してくるとは考へてなかつたでせう。

 まぁ、日本政府内部では「すでにモンテネグロ王国なんてぇのは消滅してゐるんだからいゝんぢやないか」といふ意見もあるやうですが、それを云つたら「大日本帝国」なんてのもすでに消滅してゐるはずですよね。それでもいゝなら、いゝんですが――。


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