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みっぷーのエイサー講座

エイサーの歴史,背景
1. エイサーとは

エイサーとは、旧盆(盂蘭盆)に行われる沖縄の代表的な祭りの一つである。
各部落で青年団があり、踊り、曲もそれぞれに特色がある。
盛んな地域は沖縄本島の北部から中部で、それ以外は最近つくられたものである。

2. エイサーの歴史,起源

はじめに断っておかなくてはならないが、いまだにエイサーの起源は
はっきりと判っているとは言い難い。
その為、以下は代表的な説に私見を加えたものであると思っていただきたい。

沖縄には遥か昔から「臼太鼓」と呼ばれる儀式があった。
これは、旧盆に祖先の霊を迎える儀式であり、女性だけで行われた。
起源については盂蘭盆教の沖縄伝来が西暦1265年頃とされており、
それを受けてのものだと思われるが、正確な時期は分からない。

お盆という概念が一般に定着した西暦1603年、仏教(浄土宗)が伝わる。
難解な教典を一般的な言葉に訳したものを使い、さらに判りやすくする為に
歌にして布教にあたった僧呂袋中の功績で沖縄各地に広まった仏教は
念仏踊りと呼ばれ、その名の通り派手な踊りを伴った。
臼太鼓が念仏踊りの影響を受け、現在のエイサーに発展していった。
発展していく中で、より楽しく、分かりやすい遊びうたが
好んで使われるようになり、念仏踊りの面影を残す曲はわずかになった。
とはいえ現在も臼太鼓を継承し、部外者禁止で行われる地域もある。
また、エイサーの盛んでない本島南部や八重山には今もより完全に近いかたちで
「継母念仏」が残されている地域もあり、これが元々のエイサー歌と思われる。

3. エイサーの生まれた背景

古来より沖縄では祖先や親、目上のものに対しての礼儀作法に厳しいが、
それは中国文化の影響がヤマト(日本)よりも強かった為である。
実際、中国における属国の序列は朝鮮、琉球、日本という順になっていた。
その為に儒教的精神がヤマトよりも色濃く反映され、その軸である孝行、つまり
「親、祖先を尊び、年長者を立てる」という考えが美徳とされ、
祖先の霊を迎え、慰めるエイサーにつながっていったのである。

4. 沖縄の芸能

昨年行われた「第4回オキナワン・ナイト」の紹介としてフロンティアタイムスに
掲載された記事を引用させていただくと、
「芸能で外交を担ってきたから洗練されており、民衆の中で生まれたから力がある」
その一つがエイサーであり、数え切れない歌の数々であり、舞踊である。

沖縄には5000〜6000の唄があるといわれている。
一例を挙げるなら人口わずか300人の竹富島に300の唄がある。
これは大坂生まれの歌とほぼ同じ数である。
沖縄における歌や踊りが単に楽しいだけのものだったとしたら
これほどの数になるだろうか?その上今も島唄は増えているのである。
「唄半学」という言葉がある。唄を知る事はその背景を半分学んだと同じ事
という意味で、その事を噛み締めながら歌い、踊りたい。

5. 総論

上記のように、伝統芸能にはそれを生み出してきた背景、歴史がある。
エイサーの背景が祖先を敬い、親に感謝することであるならば、
ただ楽しいから踊るだけではなく自分自身の背景というものを
ほんの少しでも考えながら踊って欲しい。
生まれてきた自分、育ってきた自分を見つめることが
自分と、そこにつながる人々を愛することになるのだから。


2000.5.25 各務 明洋


→→ エイサー唄の意味、解説

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札幌エイサー隊 地謡 各務《みっぷー》明洋


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