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めもらんだむ

〜〜不定期連載中〜〜
since 2001.Jul.21
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No.1 序章

供の頃、読書が大好きだった。親に本を買ってもらってはボロボロになるまで読み直して、あるときは感動して涙を流して、あるときは見知らぬ世界へと夢を馳せていた。そして、物書きに憧れた。
高校生になって小説を書いてみようと思って文房具屋に行って一冊の大学ノートを買ってきてその前に座りペンを握ってみた。さて、自分で世界を作ってその中でストリーを作って人物を動かそうと思った瞬間から、僕のペンは一ミリも進むことが出来なかった、人物が動かないのだ。自分の表現の下手さ、世界の作り方が下手すぎるという事実に直面したときにペンを持とうという考えは、あっと言うまに消えてしまった。
でも、どこかで子供の頃からの憧れはくすぶり続けている。死ぬまでに小説を一作だけ書いてみたい。それが面白くなくて誰にも読まれることは無くても良い。ふと気が付くと30台半ばになってしまっていた、人生は70年とか80年であるのでひょっとすると折り返し地点を過ぎたのかもしれない。子供の頃からのちょっとした憧れを忘れたまま年を取っていくことに悲しくなってしまったらかだ。
だから、そのためにこの文章を書いて行くつもりである。誰の為でもない、子供の頃の憧憬を忘れたくない自分の為にゆっくりと書いてゆこう。

Topページは最新の3話程度を掲載しています。過去のめもらんだむはこちらへ

No.74 引き算〜2004.Jul.25〜

然な話であるが、先日三人目の子供が誕生した。

毎回気になるのは、妻の体重なのである。一人生む度に5kgずつ増加しているので三人目だと結婚当初と比較すると+15kgとなってしまう可能性がある。ましてや体重が増えすぎると妊娠中毒やらの危険性もあり危険なのである。

子供も無事に出産して退院してきたのだが、妻に会ってみると

生まれる前と体型が変わっていない

出産前の体重から出産した子供の体重を引き算しても、退院時の妻の体重のほうが重いのだ。

【出産退院後の妻の体重】>【出産前の妻の体重】−【子供の体重】

胎盤とか羊水の分はどこへ行ったのだろうか・・・・それとも私の引き算が間違っているのだろうか誰か教えて欲しい。

No.73 雉〜2004.May.5〜

が家は郊外の畑の中にポツリと建っている。

我が家の前の畑は去年からある事情で荒れ放題。昨日、一面のペンペン草だったのだが、さすがにクレームが入ったらしくて畑の地主がトラクターを持ち込んで耕していた。 耕している最中に畑の一角で「キジの巣」を見つけたのだが、放置する訳にもいかずトラクターで耕してしまったそうだ。巣には12個の卵があってとりあえず、卵を確保。この卵が軍鶏孵化させた実績のある我が家に持ち込まれた。でも、さすがに野鳥を人口孵化させても育てて自然に戻す自信が無かったのでお断りすることにした。

今日キジが畑(巣の跡)を歩き回っていた。その姿をみて息子が

「卵さがしているから返してあげないと!」

卵を引き受けて孵化させるべきだったんだろうか?

子供のストレートな発言に、ちょっとだけ悲しくなってしまったGW最終日でした。

No.72 節分〜2004.Feb.3〜

日は節分。

家に帰ってきて、子供達と豆まきしてみました。結構子供も楽しみに待っていたりします。枡に入った豆を持って家の中を歩いては、日ごろのストレス発散させるように大声で叫びます。

「鬼はーーー外!」

「福はーーー内!」

私の掛け声に子供達も続きます

息子(推定5歳3ヶ月)

「おにはーーーそと!」

「ふくわーーーーうち!」

娘(推定3歳5ヶ月)

「おにはーーーそと!」

「ふくわーーーーそと!

・・・お決まりのボケをしてくれる3歳の娘でした。

No.71 蛙の子供〜2004.Jan.30〜

子の幼稚園で「個別保護者面談」なるものがあったそうだ。幼稚園が終わってから保母さんと個別に一人15分ずつ幼稚園での子供の生活の様子などの話をしたそうだ。

嫁さんが母親ネットワークを利用して後から聞いた話によると、殆どの母親は「お子さんは、よくお手伝いしてくれて助かっています。いい子ですね。」と決まり文句を言われたらしいのだが、我が家の場合は全くそんなことは一言も言われなかったらしい。面談が始まって開口一番に言われたことは、

息子さんは、何をするにしても「ウケ」を狙うように行動するんですよ。全然面白くなくてかなり「スベッて」いますけれど。長年保母をやっていますけれど、5歳位でこんなに他人を笑わせようとするサービス精神のある子供ってはじめてみるんです。

と不安げに話しだしたらしい。母親としても普段から感じていることであり、焦ったりするのだが、こう切り返したそうだ。

「父親がウケを狙って外すタイプなもので・・・」

「あ、そうなんですか?じゃ仕方ないですね・・・」

んな話で素直に納得されても困るんですが、反論できない自分を少しだけ可愛く感じる今日この頃なのです。

No.70 子供の視点その2〜2004.Jan.23〜

と思い立って、中古プリンタを買った。自宅で年に何度か数千枚単位で大量に印字する必要があり家庭用のレーザビームプリンタを持っていたのだが、既に購入してから5年近く経過し、印字速度も遅くあまり実用的でなかったのだ。

業務用のレーザプリンタなら中古でも程度の良いものが安く手に入るので、オークションで落札してみた。家に届いたプリンタの入った箱を広げて見ると、会社のオフィスで見るのとは違ってやはり大きく見えて、少し焦るがとりあえず、リビングの床に置いてみた。

最近の子供たちのマイブームは「迷路」である。雑誌についていれば喜んで迷路で遊ぶ。それに飽き足らずたくさん迷路が欲しいというので、迷路を作るフリーソフトを探してプリンタで印字させて遊ばせていた。今回はせっかくプリンタを買ったのでレーザプリンタで印字させてみた。子供たちは喜んで迷路を解いて、解きおわると自慢して持ってくるので次から次へと迷路を作って印字させていた。新しい大きなプリンタからドンドン出てくる迷路に子供たちは大喜び。そして一言。

「この箱の中に迷路がいっぱいはいっているんだよね〜」

思わず笑わずには居られなかった。こういう子供の純粋な発想に出会うたびに少しだけ優しい気持ちになれる。

No.69 DALIAN〜2004.Jan.21〜

年は仕事で海外へ出かける機会が二度ほどあった。海外といっても飛行機で3時程度で到着するお隣、中国の大連市。

DALIAN〜ダイレン〜

その響きはどこか郷愁を誘う響きがある。この地名の由来は、ロシア語の「ダーリニー(遠方の)」に由来する。この街は日清戦争後1894年にロシア租借時代に「ダーリニー」と名づけられ、ポーツマス条約で日本軍が権利を得て1905年に「大連」と名づけられて現在に至る。

中国といえば、自転車が洪水の如く走っていて人民広場では太極拳を舞う人が沢山いるイメージであるが(私だけ?)、大連はとても近代化された綺麗な街並みである。北の香港と呼ばれるくらいで、人口だって700万人もいる大都市なのだ。30階建てクラスのマンションが並び、街中の道路は舗装された片道3車線。道路にはごみ一つ落ちていない。ディズニーランドのよに「ほうき&ちりとり」を持った人が街中のいたるところで掃除しているのである。街並みはロシア時代の建物やら旧日本軍の古い建物と近代建築物が雑然並び建つと思えば貧乏まるだしの半分以上崩れかけたアパートも立ち並んでいる。しかし街として妙な調和が取れていて、雑然とした中に何か期待をさせられるような思いと、懐かしいような郷愁に引き込まれてしまうのは私だけでは無いだろう。

街中を歩いていると、花売りの小さな子供が寄ってくる。一束を10元(=150円)で売るのだ。我が家の子供たちとほとんど年齢が同じ位の年端もゆかない子供たちだ。勿論、後ろでは親が「よし!あいつに行け!」と糸ひいていているのだが、子供はどこの国だって無邪気で可愛い。足元にしがみついて離れなかったりするのだ。街並みはきれいだけれど、やはり貧困さと混沌と熱気が渦巻いている街。

すっかり中国が大好きになってしまった。中国語にあこがれて通勤時に中国語のCDを聞いて勉強する毎日です。

No.68 とある一日〜2004.Jan.17〜

婚して子供を持つと本当に自分一人で過ごす時間が殆どなくなったと思う。結婚してから休みの日に一人で自分だけの時間を過ごすことは殆ど無かったと思う。休みの日に子供に囲まれて過ごす時間が多いのである。

でも、どこかに家族の事など考えずに自分だけの時間を自由に過ごしたいと思う時もある。出張先とかでは自由時間もあるが、少し違う。

今日は久々に自分の自由時間があった。というのも休日というのに仕事で朝の9時と夕方の6時からの会議があったのだ。朝の会議がお昼前に終わり夕方まで自由な時間ができてしまった。なんとなく家に帰るのも面倒なので一人で過ごしてみた。やったことと言えば

半日の自由時間を何も考えずに過ごしてみた。10年ぶり位に目的の無い一人の時間をゆっくり過ごしたような気がする。10年以上前に独身時代に彼女も居なく一人で休日を過ごしていた時代を少し思い出した。一人で買い物に出かけたり、一人で時間つぶしにドライブしたり、車の洗車をしてひたすらワックスがけしていた時代だ。そして

どうしようもなく寂しがり屋の自分

に気がついた。ウルサイと思っても邪魔だと思っても、子供の顔を見て嫁さんの顔を見ていたほうが何処か心が満たされている自分に気がついた。子供と嫁さんと過ごす生活がすっかり自分の生活の一部になっていた。どんなに単調に思える生活でも、一歩普段の生活からはみ出てみると色々見えてくるものだと改めて思った。

でも、家に帰るとどこか満ち足りないものも感じてしまう。妻とは違う女性とゆっくり話をしながら肌の体温を確かめ合いたい気持ちもあるのだ。どこか自己矛盾を感じてしまう夜。

No.67 新年〜2004.Jan.9〜

た新しい一年がやって来た。

去年の新年に、このページを更新したのが昨日のように感じてしまう。一年が過ぎることは実に速いものである。

さて、私にとっての去年一年とはどうだったんだろうか。ふと思い返してみるが得たもの失ったものと色々あるみたいだ。自分の人生の収支をふと考えることがある。得たものを足し算して失ったものを引き算してゆくのだ。生まれた時はゼロからのスタートだから確実に収支は増えてゆくのだろう。しかしある年齢からは失うもののほうが多くなるのかもしれない。

去年一年の収支はどうだったのだろうか?

計算してみようと思ったが答えは上手くでなかった。得たものも多いけれど大事なものを失ったような気もする。

今年は年末に収支プラスと言い切れるような一年でありたいと思う。

No.66 人口孵化計画その後〜2003.Dec.20〜

工孵化計画を実行して一ヶ月以上経過した。結果は?

卵をトータルで6個入れましたが、生まれたのが最初に入れた一個だけでした。他の卵は駄目になってしまったみたいです。夢精卵だったのかも

ある程度オトナになると当たり前に知っているつもりになっていても、実体験すると感動するものです。今回の卵からの孵化の瞬間がまさにそういう出来事でした。卵を暖めれば雛になることは誰でも知っているけれど実際に暖めて卵の殻を割って出てくる瞬間を見たことある人は少ないのではないでしょうか?

今回の雛の誕生は、子供二人と一緒に見ることができました。すっかり固まった思考の持ち主の39年前の製造年月日である父親にとって、目から鱗が落ちる状態であった。

「知っていると経験したことあるの差」

に参ってしまった次第。3歳と5歳の子供達はどんな感じ方をしたんだろうか?息子の一言から始まった計画であるが、子供達にとって有意義な瞬間であったことを願わずにいられない。