1997年(ゴール/25試合、1300時間)


13(8)



2nd stage 第12節A 京都パープルサンガ戦(2-3で負け) 1997/9/13


 GK  佐藤           櫛引 
 DF  内藤             西田
     室井            小川
     奥野            カルロス 
     石井(86分真中)     野口
 MF  栗田(71分増田)     ミネイロ
     ジョルジーニョ            大熊
     ビスマルク        ダニエル(75分松山)
                  山口
 FW  マジーニョ        藤吉    
     黒崎           武田(86分井原)
     柳沢(64分長谷川)      
 得点者 鹿=柳沢(42分)、京=ダニエル(58分)、
     武田(70分)、鹿=増田(73分)、京=武田(84分) 


42分、ジョルジーニョ→柳沢H(これで1-0と先制)


ゴールの内容 右からのジョルジーニョのアーリークロスを、ゴール前中央でヘッド。(もう1人選手がかぶっていたが、柳沢の頭に当たる)左隅に決める。試合前のインタビューでは、「最初から全力でゴールを狙って、必ず勝ちます」



前節のサンフレッチェ広島戦では、延長戦で辛くも勝利し、この試合が始まる時点で鹿島は3位につけていた。ジーコが「苦しい試合だった」と語った広島戦をモノにして、波に乗りたい鹿島だったが・・。京都の必死な守りと、ハゲハゲ芝のひどいピッチに悩まされ、ボールを支配しながら攻めあぐねる。前半途中で藤吉が退場するという数的優位も生かせなかった。

この試合を落とした鹿島は、その後3連勝してジュビロ磐田を追撃するが、ラスト2戦に連敗し、念願の年間完全優勝はかなわなかった。



それでも、やなぎはいいプレーをしていた。

・50分ごろ、相手DFのクリアミスを前線で拾い、突破。DFに詰められ、中央にマイナスのパス→ビスマルクが右に浮き玉のスルーパス→内藤が受けきれずCK。

・53分ごろ、後方からのパスをマジーニョ→やなぎがワンタッチで前方に浮き玉のパス→黒崎が抜け出してキーパーをかわし、シュートするも、DF小川が戻っていて身体で防ぐ。



1997年の状況<厳しいFW争いの中で「スーパーサブ」に>

この年はFWの争いが激烈だった。マジーニョ、真中、黒崎、長谷川、それに増田も前めで使われていた。やなぎは1stステージの最初のころは先発だったが、次第にベンチスタートになり、6月のWユース(マレーシア)から帰ってきてからは「スーパーサブ」として定着してしまった。そのかわり、短い時間の中でチームの雰囲気をガラッと変え、いい仕事をして結果も出した。シュートも多く、非常にモチベーション高く試合に臨んでいたことが伺える。

(2000年シーズンの本山の使われ方を見ると、この年のやなぎの役割に重なる。キレ味のいい若手を監督がどう使いたいのかが、わかったような気もする。当時はそんな使われ方がイヤで納得がいかなくて仕方なかったが・・。だから本山もあと一歩のところなんだろう。個人的にはすぐにでも先発で使ってほしい選手だが)

それにしても、いくらFWが多いからって、ベンチにMFはゼロでFWが3人・・そして一度に2トップを総入れ替えしたり、3トップにしたりする・・という贅沢な大盤振舞い采配はなあ・・。大味で好きじゃなかった。
でも、今思えば、人数は多かったけど、黒崎・長谷川は下り坂で、やなぎはまだ少し足りず、「帯に短したすきに長し」状態だったから、継投策を取るしかなかったのかもしれない。


★余談ですが(笑)★

やなぎの顔つきは、この年の後半頃、劇的に変わったように思う。

広島戦の豹のような身のこなし。横浜フ戦で見せた猛禽類のような目つき。京都戦の厳しい表情。マレーシアのWユースで得た危機感と勢いを、そのまま持ち帰ってきた感がある。まだ少年の面影を残す輪郭と、精悍な表情・・その微妙なアンバランスさがまた何ともいえなかった。

アレックスさん@97年Wユースを生観戦(羨)は、マレーシアで生で見た「ギラギラとした近寄り難い雰囲気」が、いまだに忘れられないという。私も、このころの眼光鋭い顔つきが大好きだ。


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