Project-YUCA


第一部

第一話 誕生


 日本国内の某所の相馬生物学研究所において、その研究は行われていた。 クローン技術を駆使し、人間を複製する技術である。 人類の将来に役立つような有能な人物を永久に存在させるため、 というのが研究者達に伝えられた理由だが本当の所はわからない。 クローン人間を培養する前に遺伝子操作を行ったりしたことからすると、 もっと別の目的があるように感じられた。

「うむ、転送前後で精神体波形の差異が無いことは確認されたのだな。 念のため、意識の連続性を再度確認してくれたまえ。 そうだ。記憶と精神体波形だけではない、意識だ。頼む。」

所長の相馬佳男は、静かに電話を置いた。

「今の電話はN1班の井上綾君からだ。諸君も想像がついたことと思うが、 彼女の方でも成果があがった。そして、 君たちのQ1班では、昨晩ついにクローン人間が誕生した。」

相馬佳男所長の声に研究者達が拍手した。
しかし、これまで遺伝子操作の失敗のために誕生させられた数々の 奇形児達の姿を、長谷川豊は思い起こしていた。

「これから我々の研究は第二段階に入る。昨日誕生したクローンを実際に 生活させることになる。」

 長谷川豊は遺伝子操作を担当していた。数々の奇形児達は 彼の失敗が起こした悲劇であったのだ。 だから、彼はまだ今回のクローン人間の姿を見ていなかった。 見る勇気がなかったのだ。

「そこでだ。誰か協力して欲しい。彼女を当面養って欲しいのだ。 このプロジェクトは極秘だから部外者には頼めないのでね。」

長谷川豊は「彼女」いう言葉に反応した。 相馬所長の言葉は、彼が組んだ遺伝子プログラムに 致命的バグがなかったことを意味している。

「はい。」

長谷川豊は手を上げていた。

「じゃ長谷川豊君、頼むよ。第9研究室に来てくれ。」
「わかりました。」

長谷川豊は第9研究室に入ったことがなかった。
中は彼の知らない機器が並んでいた。

「そこに座って待っていてくれたまえ」

 相馬佳男所長に言われ、ソファーに座る。
相馬佳男所長はドアの向こうに消え、数分後に戻って来た。 そして、相馬佳男所長の後から一人の少女が現れた。 長谷川豊の好みのままの少女だ。彼は遺伝子プログラミングが 成功したことを察した。手足が細いように感じられる。 ほとんど運動をしないで育った状態なのだから、 筋肉の発育が遅いのかもしれない。

「彼女だ。宜しく頼むよ。名前は由香だ。」

 由香。それは、このプロジェクト名Project-YUCAから取ったものだろう。

「宜しくお願いします。」

クローン人間は愛らしい声を発し、おじぎをした。

「こちらこそ宜しく。」
「彼女にこれを付けてあげてくれ。」

 所長が銀のブレスレットのようなものを手渡した。 それは、鈍く光る細い銀の輪だった。 その一箇所が切れ、反対側の蝶番で広がっていた。

「これは何ですか?」
「ニューロリングというんだが、まぁ、発信機とでも言っておこう。 彼女の所在を把握するためのものだ。 鍵が内蔵されていて自分では取れないようになっているから、 行方不明になっても捜し出すことができる。 彼女のことが知られたらまずいのでな。首に付ければ動さするから。」
「わかりました。」

長谷川豊はニューロリングを受け取ると、由香の首に付けた。 カチッと小さな音がした。

「ありがとうございます。」

なぜか由香が言った。

「じゃ、早速家に連れて行きます。」
「うむ。頼んだよ。」
「はいっ。」

長谷川豊は彼のマンションに由香を連れ帰った。

「さぁ、入れよ。」
「おじゃま致します。」
「そんな他人行儀な言い方しなくていいよ。 今日からここは由香の家なんだ。」
「ありがとうございます。しかし、私はペットですから。」
「ペット?」

予定では、そのような認識は与えられていないはずだ。 長谷川豊は、このプロジェクトの知らなかった部分に触れた気がした。
「はい、私はペットとして製造されたのです。 ですからペットとして扱って下さい。」
「うーん、じゃあペットでもいいけど、喋り方が堅苦しいよぉ。 もっと普通に喋ってくれないかな。」

途端に由香の顔に表情が現れた。

「良かったぁ。さっきから舌噛みそうだったのぉ。」

由香が初めて笑顔を見せた。彼女にとって最初の表情だ。

「えっとぉ、これがテレビ!これがビデオ!...これが時計!...」

中に入っていらい由香はいろんな物を見て指差している。 昨夜誕生した後に詰め込まれた情報を確認しているようだ。 ここに来るまでもいろいろと指差していたのは知識の確認だったのだろう。

「まぁ、ジュースでも飲めよ。」
「はーい。これがコップ!中がジュース!」


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