Project-YUCA


第三話 見えない敵



「お兄ちゃん、朝だよっ。起きようよぉ。」

昨晩から裸のままの由香が長谷川豊の身体をゆすっている。 長谷川豊は、深夜の由香の行動が気になり、 なかなか寝つけなかったため眠い。もうしばらく寝ていたいと思った。

「お兄ちゃん、おなかすいたよぉ。お兄ちゃあん。よおしっ!」

由香が長谷川豊の上に馬乗りになった。 長谷川豊は下腹部への圧迫感で完全に目を覚ました。

「由香、朝っぱらから何してんだよぉ。」
「お兄ちゃんを起こしてたんじゃないぃ。」
「そうかぁ。驚いたよ。」
「へ?なんで?」

由香はきょとんとした顔になった。

「いっいや、何でもない。」
「それより早く朝ごはんにしようよぉ」
「わかったわかった。昨日の服を着ておいで。」

二人でコーヒーとトーストの朝食を終え、研究所に向かった。

「なぁ、昨日の夜遅く言ってたこと本当か?」
「何?目が覚めたのはいつかって話?」
「違う。その後だ。由香が一度寝てからもう一回起きた時だよ」
「私、一度寝た後は、起きたの今朝だよ」
「そうか?」

由香は覚えてないようだ。なんか嫌な物を感じた。

「あ、由香のIDカードが無いと、由香は入れないなぁ。」
「これ?」

由香がポケットからIDカードを出した。

「相馬由香...か....。社長の姓になってるなぁ。いつ貰ったんだ?これ」
「昨日、目が覚めてすぐ。」
「じゃあしょうがないか。俺と住むって決まったのはその後だから。」
「でも、私はお兄ちゃんのものだからね」

由香が真剣な眼差しを向けている。

「うん」

としか答えることができなかった。

今日から由香に対する徹底した検査が始まる。由香には退屈な日々に なりそうだ。由香を検査室に連れて行く。 由香も緊張しているようだ。
「じゃ、言うこと聞くんだぞ!俺の仕事場は別の所だから。」

由香に言って、自分の検査室を出ようとした。 由香が長谷川豊の腕にしがみついた。

「お兄ちゃん、私はお兄ちゃんのものだからね。 捨てちゃ嫌だよ。必ず迎えに来てね。」

泣き出しそうなほど深刻な表情で由香が言った。 考えてみたら、昨日会って以来、別々になるのは初めてだ。

「わかってるよ。ちゃんと迎えに来る。 今日は早めに終わるはずだから、そしたら由香の服を買いに行こうな」
「うんっ。」

長谷川豊は所長に報告書を提出した後、 仲の良いN1班の高橋繁の研究室に行った。

「おう、どうしたんだ長谷川」
「あのな。由香の精神プログラムを作ったの高橋だよな!?」
「あぁ、そうだよ。」
「ちょっと気になることがあってさぁ。」
「何か問題が起きたのか?」
「実は....」

昨晩の食事の時の由香との会話、そして所長の言動を話した。

「それは変だ。俺のプログラムと違う!」
「何?」
「俺は、『自分はクローンだ』なんて教えていない!」
「でも、あいつは一昨日に産まれたことを知ってたんだぞ」
「そんなはずはない!そんな可哀相なプログラムを組む訳ないだろ! 普通の女の子のつもりで生きてるはずだ!」
「それじゃあ....」

二人の間に思い沈黙が続いた。
 しばらく考えていた高橋繁が口を開いた。

「なぁ長谷川、Project-YUCAのYUCAってどういう意味か知ってるか?」
「いや、いきなりYUCAってプロジェクトだって言われたから。」
「Yonder Uranic Colonists' Association」
「なんだ?」
「『さらに向こうの天上植民地開拓者協会』ってことかな」
「どういうことだよ」
「これは、ちょっと人から聞いた話なんだけど。 元々は、ここはクローン人間を作る技術を研究してたんだ。 素晴らしい頭脳を持った科学者や哲学者などを永遠に存在させるためだ。」
「あぁ、それは知ってる。」
「しかし、その研究をしている間にも、 残すべき人物がどんどん死んで行った。 そこで次に考え出されたのが、あの世の偉人との会話だ。」
「何?」
「俺達はただクローンの技術を研究してた訳じゃない。」
「それはわかってるさ。俺が遺伝子操作をしたんだから」
「俺達が作るクローン人間はな。今の人間を越える者なんだ。 普通の人間は脳の1/3だけしか使ってない。 しかし、あいつらは全てを使うことができるのさ。」
「それって、ただ記憶能力が向上したりするだけじゃ...」
「違う。隠されていた新しい能力が目覚めるのさ。テレパシーだよ。 テレパシーであの世の人間と会話できないかって研究目的もあるらしい。 それが可能な肉体を作るのが、お前らのQ1班、 それが可能な精神体を作るのが、俺らのN1班という訳だ」
「天上の世界を植民地として開拓する....」
「そうさ。そういう超人類を大量に作り、 さまざまな分野で活躍させる協会を作る。 そういうプロジェクトなのさ。」
「で、どんな精神プログラムを組んだんだ?」
「ごく普通の少女さ。そういう目的のプロジェクトだなんて、 表向きは聞いてないことになってるから。」
「それを誰かがすり替えたってことか。」
「本来の目的に沿ったものにな。」
「もう一つ聞きたい。由香にとってお母さんって何のことだ?」
「何?」
「これは、所長にも言ってないことなんだけど...」

今度は昨晩深夜の由香の奇行を話した。

「明らかにテレパシー能力が目覚めてるな。」
「でも誰と?」
「由香自身が『お母さん』と言ったのか?」
「そうだよ。」
「それがおかしい。母親に対する記憶は一切入れてないんだ。 俺が用意した記憶データでは、自分が小さい時に亡くなったから 全く覚えてないことになってる。 だから、誰かにテレパシーで呼ばれても母親と思う訳がないんだ。」
「あの世の母親と話してると思っているということか?」
「俺の用意した記憶データがそのままだったら、そうなるな。」
「やはり記憶データもすり替えられてるのか。」
「俺の作った記憶データでは、 テレパシー能力に関する知識すら知らないはずなんだ。 すり替えられたというより、追加されたのかもしれない。」
「それで誰かとテレパシーで話したのか。」
「そうだな。その人物を母親として記憶させられてるんだろう。」
「このことは誰にも言わないようにしよう。」
「なぜだ!俺の精神プログラムや記憶データが書き換えられたんだぞ!」
「でも、しばらく様子を見たいんだ。誰が書き換えたのか知るためにも。」
「わかった。じゃ検査でちょっと記憶データを探ってみるよ。」
「頼む。」

 自分の研究室に戻り、自分の仕事をすることにした。 一昨日誕生した直後の測定データと自分の遺伝子プログラムとを 照らし合わせるという単純で根気のいる仕事だ。 由香の検査は12時で終わるはずである。 長谷川豊は12時丁度に検査室に入った。

「由香は?」

近くの研究員に聞く。

「所長が連れて行きましたけど。」

ちょうどその時、検査室のドアが開き所長と由香が入ってきた。

「あ、お兄ちゃん。」

由香が走り寄って来て抱きついた。

「約束通り、迎えに来たぞ。」
「うんっ。嬉しいっ。」
「所長、これから由香の物を買いに行きます。そのまま直帰します。」
「よし。」
「そこでなんですがぁ。」
「わかってる。由香の物は研究費として請求しろ。」
「はいっ。」

 買い物の前にデパートで食事をすることにした。

「昨日、寝る前に言ったこと覚えてるか?」
「何だっけ?」
「昨日、目が覚める前に、所長が由香の所にいたって言ったろ。」
「え?言ってないよ。」
「いや、言ったよ。俺に嘘を付くのか?」

由香が突然頭を抱えて呻き声を出した。

「どうしたんだ!由香!!」
「頭がっ...痛いっ...痛いよぉっ...お兄ちゃん....助けてぇっ.... ....お母さん.....」
「わかった。わかったから!さっきのことには答えなくていいっ」

由香がぐったりとなった。

(あの時の由香は普通だった。覚えていないはずがない。)
(誰かが記憶を操作したんだ。たった昨日の記憶を。)

長谷川豊はすぐに察知した。 そして、ショックのためか、由香が母親を呼んだことに気付いた。 しかし、今の症状を見た後では、そのことを聞くのは躊躇われた。 おそらく記憶へのアクセスを制限しているだろうと思われるからだ。

「なんてひどいことを...」
「え?!何?お兄ちゃん。」
「いや、なんでもない。さぁ、洋服を買いに行こう。」
「うんっ」

洋服を選んでる由香は本当に嬉しそうだった。

「うわぁ、このお洋服可愛いーっ。でもこっちも素敵だしぃ。」
「両方買ってやるよ。」
「わーい、お兄ちゃんありがとうっ。後ね、エプロンが欲しいの。」
「なんで?」
「お兄ちゃんったら起きるの遅いんだもーん、 明日から私が朝ごはん作るっ。」
「由香にできるかぁ?」
「できるよぉ。今日見て覚えたもんっ!」

 全くごく普通の少女である。本来予定されていた記憶データの元で、 予定されていた精神プログラムだけが稼働していたら、 普通の少女として暮らせたはずなのだ。 由香の使命はそれだけだったはずなのだ。 それを何者かが由香の一生を狂わせたのだ。 長谷川豊は怒りを覚えた。そして、事実を解明することを誓った。


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